第四十四章 15
「こんな所に入って前後挟まれたらいちころじゃねーか? そうなったら地獄で一年中問い詰めてやるぞ」
自分で選んで入っておきながら、ジョニーが文句を垂れるが、さして危機感は無い様子だった。
「僕等がいつも同じ散歩コースで歩いていて、予め歩くルートを知られていたならともかく、路地裏も分かれ道も沢山あるのに、こっちの動きを予想して都合よく挟み撃ちなんて、現実的じゃないぞ。ここならすぐ片付けられる」
言いつつ真は、懐から手榴弾を取り出し、そっとゴミ箱の陰に置く。
「おいおい、そんなもん街中で持ち歩いてるのか?」
「危険だって言われたから、服も防弾繊維にしてあるよ」
「はっ、抜け目無いね。真似してもいいよな? 咎められたら真の真似したって言ってもいいよな?」
喋りながらしばらく歩いた所で立ち止まり、振り返る。明らかに堅気とは思えない、目つきの鋭い五人組が、殺気を放って狭い裏路地へと入ってくる。
彼等は裏路地に入ってから、追跡対象である真とジョニーが向き直り、待ち構えて自分達を見ている姿を目にして一瞬緊張したものの、すぐに気を取り直し、一斉に得物を抜こうとした。
だが真がそれより早く銃を抜き、撃つ。狙いは彼等の足元――ゴミ箱の陰に置いた手榴弾だ。
爆発が起こり、狭い裏路地を爆風が吹きぬける。
「おいバカ! てめーっ、近いだろうがっ! こっちまでかなり爆風が来ただろうがっ!」
爆風によって裏路地に落ちているゴミが大量に吹き飛ばされ、それらを浴びまくったジョニーと真であった。
「これくらい離れていたら大丈夫かと思ったけどな。悪かった」
体についたゴミを払いながら、真が謝罪する。
煙が晴れた後には、五人が死体となって転がっていた。
「あっさりと片付けちまったなー。俺何もしてねーし」
五つの死体を見下ろして、自身の禿頭を撫でながら微笑むジョニー。
「一人捕まえるか、あるいはわざと逃がしてアジトを突き止めてもよかったな」
真が言った。
「対処できただけでも上出来さ。つーか、俺一人じゃ死んでただろうな。あーあ、ありがとよ。チビッ子ナイトちゃん」
おどけた口調でジョニー。
「じゃあジョニーがプリンセスなのか?」
「やめてくれよ、気持ち悪ィ」
軽口を叩きあいながら、早々と裏路地を反対方向から出る二人。爆音を聞きつけて来た者に、目撃されると厄介だ。
「あいや待たれい、そこの二人」
表通りに戻った所で、真とジョニーを呼び止める者がいた。
声のした方向を向くと、場違いな怪しい格好をした中年男がいた。占い師風の衣装からして、この国の者ではないし、顔を見れば東洋人だとわかる。
男は道の端にテーブルを置いて椅子に座っていた。テーブルの上には水晶球だのカードだのといった、占いの小道具が置かれている。
「こんな所に日本人がっ、珍しいのー。私もだ。ちょっと旅行中に、本業にも戻ってみたくなってのー」
真を見て、男が日本語で喋る。こんな物騒な国に日本人が旅行という時点で、真は不審を抱く。
「私は見ての通りただの占い師だよ。君ら二人、非常に面白い気が出ておる。タダでいいから占わせてくれ」
英語に戻って、男が訴えた。ちなみにこの辺りの公用語はスペイン語だ。
真とジョニーが顔を見合わせる。ジョニーが指で先に行くよう促したので、仕方なくテーブルの前の椅子に座り、占い師と向かい合う。
「君はわりと周囲から注目を浴びるタイプだが、発言に気遣いが無いことが多くて、自己主張を通そうとして、周囲を振り回したり周囲から煙たがられたりしているようだね。しかしそんな性格でも人に避けられることもない。外面はぶっきらぼうだが、実際は激情に駆られやすい。うむ。あまり我を通そうとはせず、素直に人の言葉にも耳を傾けるようにするが吉だな」
「わははは、言われたい放題だな、おい。きっと当たってるぜ」
占い師の話を聞いて、ジョニーはおかしそうに笑い、真は頭の中で憮然とした自分を想像していた。
「よし、次は君を見てやろう」
ジョニーを見上げてにっこりと笑う占い師。
「いや……いやいや……俺はいいよ……」
思いっきりたじろいで、嫌そうに身をのけぞらせるジョニー。
「何で拒否するんだよ。僕だけ占ってお前が占わないのはズルいだろ。やれよ」
「はあ……じゃあやってやるよ」
立ち上がった真に言われ、ジョニーは大きく息を吐いて椅子に座る。
「うーむ……君も見た目と中身が一致しないというか、君ほど自分を偽っている男も珍しい。いや、男だが、女性的男性だな」
「な、何っ!?」
自分の前で手をかざして告げた占い師の言葉を聞き、ジョニーは思いっきり顔をしかめて声をあげた。
「考え方も、受け取り方も、おそらく会話の運びなども、普段のポジション的にも、女性的か。うん。しかも乙女のそれだな。繊細な性格をしているし、悩みやすく、すぐ落ち込む」
「ふざけんなーっ!」
ジョニーが怒号とともに立ち上がる。
「行くぞ、真」
占いの結果がよほど気に障ったようで、ジョニーは肩をいからせながら歩いていた。
「ここだ」
しばらく歩いて、ジョニーが立ち止まった店を見て、真は意外そうにジョニーを見上げる。骨董品屋だった。
「お前とイメージ合わないな。こういう趣味があったのか」
「俺もそう思うよ。俺のダチが餓鬼のくせに骨董品が大好きでな。付き合っているうちに、俺も同じ趣味に芽生えちまったんだ。金のかかる趣味で困っちまうがな」
真に言われ、ジョニーは照れくさそうに笑う。
「傭兵の収入は雀の涙だしな。ここに来る前の仕事の収入はどうだった?」
真が問うと、ジョニーは笑みを消す。
「あのな……日本じゃあどうか知らんが、俺の国じゃあ相手に収入どうこう聞くのは、わりと空気悪くする質問だから、絶対にやめとけよ」
「わかった。悪かった」
いささか渋面になって注意するジョニーに、謝罪する真。
「あと政治の話題も厳禁だな。こいつは親しくなっても触れない方がいい。まあ……州によっても、その手の礼節やタブーはまた微妙に異なるし、ややこしいんだがよ。少なくとも俺がいた所ではそんな感じだった」
店の中に入り、中に並ぶ骨董品の数々を見てまわりながら、ジョニーは話す。
「日本でも政治はわりとタブーだけど、たまに偏った思想にかぶれている奴が、人前でも平然とペラペラ政治語りをしだして、顰蹙買うな」
「ああ、そういうのはアメリカにもいるわ。教師にそういう奴いてげんなりしたぜ。そいつの車のボンネットが、誰かにマザーファッカーって書かれていたのを見て、皆で大笑いしたっけな」
「お前が書いたのか?」
「何でそうなるんだよ! おめーは俺のことどう見てやがんだ!」
声を荒げるジョニーに、店員のお婆さんが脅え顔になる。それを見てジョニーはバツの悪そうな顔になった。
「あいつへの土産も買っておいてやるかな……。墓に添えてやる用だけどよ」
奇怪な文様が描かれた小さな皿を手に取り、ジョニーは懐かしむような眼差しで呟いた。
***
買い物を終え、真とジョニーは傭兵達がいる宿へと帰る。
「ホシズミタマオとかいう、日本人の占い師がちょっとした話題なんだってよ。よく当たるってさ」
「行列が出来るほどらしいな」
傭兵達がそんな会話を交わしていたのを聞き、真とジョニーは顔を見合わせた。
「ひょっとしてさっきのあのおっさんのことか? 行列なんて出来てなかったぞ」
「日本人占い師なんて、こんな所にそう何人もいないだろうし、あれだろうな」
行列はたまたまだったのだろうと真は思う。
「お前等占い師の話は知ってるか?」
エリオットという名の傭兵が声をかけてくる。
「それならさっき会って、占ってもらったよ。向こうから占わせてくれと言ってきて……」
「おい、余計なこと言うな、馬鹿」
報告する真の口をふさぐジョニー。
「へー、何て言われたの~?」
シャルルがジョニーの行動を見て、興味津々に身を乗り出してくる。
と、そこに新居が二階から降りてきた。
「ローガンから連絡があった。明後日からまた仕事だとよ」
新居の報告を聞いて、傭兵達は新居に注目した。
「お次のミッションは、反政府ゲリラと繋がりのあるマフィアが管理している、麻薬を栽培している畑に攻め込めだとよ。かなりの数の兵士で守られているらしい。で、もう四回も政府軍を退けているんだとよ」
予想通りハードな任務を押し付けられた事に、傭兵達の何人かは不敵な笑みをこぼしていた。
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