第四十四章 14
真達が救助した女性達は、町に連れ帰った後、NGOの『国境とかマジファック糞喰らえ医師団』に連絡して預けた。この国の医師や医療機関では、彼女らをちゃんと看病できるか怪しい部分もあるので、医療技術に優れ、患者の面倒を無償でしっかり看てくれる、国境とかマジファック糞喰らえ医師団の方がよいと判断したのだ。
彼女達を連れて帰るのはわりと楽だった。補給基地に輸送用の大型ヘリがあったからだ。
「体だけじゃなくて、心のケアも長時間かけて必要だろうな。ま、俺達は務めを果たしたし、あとはお医者さんに頑張ってもらおう」
一仕事終えたところで、サイモンが言った。
ゲリラ達と交戦して敗北した別部隊は、やはり正規軍が傭兵を囮にしようとして、行き違いで先に遭遇してしまった結果であったようだ。
最初は人手が足りないから傭兵に任せようとしていたのだが、将校同士で意見の対立があり、傭兵だけに任せておけない作戦だということになり、上の都合で動かされたという。
「それが足引っ張ってれば世話ないぜ」
「全くだ」
「俺達を囮にしようとしていた奴等が、囮の役目を担ってりゃ世話ないぜ」
「全くだ」
酒場で休暇中の傭兵達が笑っていた所に、軍の将校が凄い剣幕でやってきた。
「お前達! 我が軍の兵士を見殺しにしたんだろう!」
喚き散らす将校に、傭兵らは冷めた視線をぶつける。
「我々に雇われている身でありながら、雇い主たる兵士が窮地にあるのに助けもせず、手柄だけ横取りするとは! この恥知らずのハイエナ共が!」
「俺達、味方の兵士が来るなんて話聞いてなかったぜ?」
サイモンが立ち上がり、将校に詰め寄ると、にこにこと愛想のいい笑みを広げて言った。
自分より20センチは背の低い黒人に、将校は圧倒される。相手は笑顔だが、明らかに殺気を滲ませている。やりあったら勝ち目が無いということも本能的に察している。
「し、しかし味方の兵が戦っていたら、助けてしかるべきだ! それを何もせずにただ見殺しにするなど、よくできたものだな!」
「見殺しどころか、そっちは俺達を囮にしようとしたんだぜ?」
「え……?」
新居が口を挟み、将校はきょとんとした顔になる。
「あんたは本気で知らんようだが、そういうことだぞ? 毎度のパターンで慣れてる。そうでもなければどうして傭兵という外部の者に、人質救出なんていう重要な任務を言い渡し、あげく正規軍も同じタイミングで派遣するんだ。何をどう考えてもおかしいだろ。俺達を囮にすると考えれば、辻褄は合うけどな」
「ち、違うっ! 我が軍がそのような恥ずべき行為を働くはずがないっ。侮辱するな!」
せせら笑う新居に、将校は呆気に取られていたが、ムキになって否定する。
(なるほど……)
将校の反応と台詞で、新居は理解した。いや、新居だけではなく、サイモン、李磊、真も理解していた。この将校は言葉のままに、傭兵達が正規軍を見殺しにしたと思って、抗議しにきたのだと。囮の件も全く知らない。
と、そこに新たな将校が現れる。髭面の小男だ。サイモンと同じ程度の身長だが、サイモンと違って横幅が無いので、どう見て小男にしか見えない。
傭兵達は知っている人物であった。傭兵達の雇い主であり、上官的立場で直接指示をしてくる人物だ。
「ローガン大尉っ」
最初に来た将校が驚く。
「ミズ少尉。奇遇だな――といいたい所だが、後をつけさせてもらった。話も全部聞かせてもらった」
厳しい顔で告げ、傭兵達の雇い主――ローガンは、最初に飛び込んで喚いたミズへと歩みよると、その顔を拳で殴りつけた。
20センチ以上の身長差があるにも関わらず、ローガンのパンチをもらったミズは、足から崩れ落ちるようにして倒れる。
「くだらないいちゃもんをつけていたが、彼等は誰が何と言おうと戦果を挙げた功労者だ。全滅させられた部隊の仇を取り、敵を殲滅し、さらわれた人達を救出した。それが全てだ」
特に声を荒げることもなく、しかし毅然とした口調で言い放つローガン大尉。
この場面だけを見ると、公明正大で立派な人物のように思える。しかし――
(胡散臭い……)
真には信じられなかった。どうにも嘘くさいというかわざとらしく見える。愚かなミズを出汁にして、公明正大な人物を演じているような気がしてしまう。
「我が軍の愚物が不快な言動を取ってしまった申し訳ない。君達は素晴らしい働きをした。今後も期待している」
傭兵達に向かって誠意に満ちた口調で告げるその言葉さえ、真にはそらぞらしく感じられた。
ふと、真は新居やサイモンを一瞥してみる。
サイモンはいつものようににこにこと笑っている。しかし目は笑っていない。新居はというと、つまらないもので見るかのような視線をローガンに向けていた。
(やっぱりそういうことか。そしてサイモン達も気付いている)
彼等の反応を見て、真は自分の感じ方に確信を得た。
「御理解力のある大尉殿、次はもっと困難な任務を押し付けられる流れですな? 別にそれは全然構わないが、絶対に死ぬような理不尽な任務や、前もって伝えられることなく囮役を押し付けられるのは御免ですよ?」
「勿論だ。今回のような手違いはもうしない」
慇懃無礼どころではなく皮肉に満ちた新居の物言いに、ローガンは眉一つ動かさず答えた。
「大した狸だわ」
二人の将校が立ち去った所で、李磊が皮肉げに笑う。李磊も見抜いていた。
「どういうこと~?」
「ひょっとして諸悪の根源はローガン?」
アンドリューが不思議そうな声をあげ、シャルルは疑問に感じたことを口にした。
「ミズは額面通りさ。俺達が見捨てた事に怒っていたうえに、囮の件も知らなかった。ローガンは俺達の雇い主であり、責任者だ。今回の作戦、傭兵だけに任せておけないと、上の都合で正規軍が動かされたのも事実だろう。じゃあ何故それを俺達に伝えなかった? 目的地には正規軍が先に着いていた。つまり正規軍が先に出発したのだから、俺達に教えるタイミングはあったはずだ」
「そいつを教えなかったってことは……あいつが俺達を囮にしようと?」
「逆だ」
ジョニーの言葉に、新居は不機嫌そうにかぶりを振った。
「ローガンは、正規軍の部隊では勝てないと踏んでいたんだろう。そして俺達は後発だった。もし追いついたとしても、俺達に正規軍部隊の存在は教えられていないとなると、囮にされたと解釈するか、わざわざジャングルの中を歩かされて用無し扱いか、いずれにしてもよい感情を抱かず、正規軍を見捨てることまで、あの狸は計算していたんだ。まんまと乗せられちまったな。仮に報告するとしても、『正規軍部隊を見捨てろ』なんて、俺達に頼めないだろう? で、正規軍部隊を動かした者は立場が悪くなり、ミッションを達成した傭兵達を雇ったローガンは、そのまま功績となる、と。こうなると正規軍部隊を投入した奴は、ローガンにとって政敵なのかもしれないと、邪推しちまう」
「だとしたら、助けておくのが正解だったな」
新居の話の区切りを見計らって、李磊が渋い顔で言った。
「いや……それ……思い込みすぎじゃないか?」
新居の話を聞いて、傭兵の一人が疑問をぶつける。
「言ったろ? ただの行き違いだったら、ローガンは俺達に、正規軍部隊が動いていると、報告する機会はあった。あるいは、もし正規軍の部隊が敵を殲滅できると思っていたなら、ローガンはちゃんとそれも俺達に報告したはずだ。本来、ローガンの立場としては、自分が雇った傭兵に手柄を立ててほしいから、俺達に先に到着してほしかったはずだろう? わざわざこんな所に来て、あんなクサい演技をして味方アピールした事で、あいつの企みを確信したよ」
「ローガンは反政府ゲリラとも通じているのかな」
新居の説明が終わった直後、真がぽつりと呟く。新居が真を見て微笑む。
「何でそうなるんだよ。もうわかんねー」
と、ジョニー。
「新居の推測が正しければ、正規軍が負けるとわかっていて、傭兵は勝てるともわかっていた。つまり味方の戦力も把握し、敵の戦力も把握していた。力の見定めができていた。それには敵の正確な情報がなければできないだろう?」
「ああ……」
真に説明されて、ジョニーも理解する。
「小僧の分際で中々やるじゃん」
新居が真を見て不敵に笑い、称賛する。真は無表情ではあったが、この男に褒められて少しだけ嬉しく感じてもいた。
「ま、いろいろ喋ったが、あくまで推測だ。でも……俺の単純な勘でも、あのローガンの大根役者っぶり見ても、理屈以外の部分を足して、俺はそうじゃないかと見ているけどなー」
「で、どうする? このままローガンに雇われた状態で仕事をするのか?」
サイモンに問われ、新居は小さく息を吐く。
「報告をしなかったのは不誠実ではあるし、気に入らん奴ではあるが、俺達を貶めようとしたわけでもないぜ。俺達の活躍があいつの点数稼ぎに直結しようと、俺達には関係無い話だ」
曖昧な笑みを浮かべ、新居は肩をすくめた。
***
ゲリラの補給基地からさらわれた人達を救出してから、傭兵達は休暇となった。
町の中にもゲリラやマフィアが潜んでいるうえに、外人は目立つので、町に出る際は、多少変装して外に出るようにしている。
「休みでもこの町じゃあ気を緩められねーな」
停泊している宿屋の一階酒場にて、新居がぼやく。他の傭兵達も大半が、昼間から酒場にたむろしていた。
「すでに俺達は目つけられている可能性もある。くれぐれも用心しないとな」
と、サイモン。
「おい、ジョニー。どこ行くんだ?」
酒場から出ようとしたジョニーを、新居が呼び止める。
「いや、ちょっと買い物に……」
「一人では行動するな。最低二人での行動を徹底しろ。どんなに短い距離でもな。真、お前付き合ってやれ。ジョニーと仲いいんだろ? 新人のわりには結構腕が立つようだし、ちゃんとジョニーのことを守ってやるんだぞ」
(別に仲いいわけでもないし、そんな言い方すると、こいつのブライドがズタズタだろうに……)
そう思って真がジョニーの様子を見たが、意外にもジョニーは無表情かつ無反応だった。ムキになって新居に噛みつくとばかり思っていたのに。
「すまねーな。付き合わせて。お前が一人で歩きたい時はちゃんと付き合うし、その機会が無かったら借りってことで」
街中を歩きながら、ジョニーが隣を歩く真に声をかける。
「ま、俺なんかじゃお前の力になれることなんて、あるかどーかわからないけどな」
自虐的に付け加える。
「らしくないな」
真が思ったことを口にする。
「自分でもそう思う。俺の幼馴染みたいになってるな。あいつは嫉妬よりも諦らめの方が強くて、その末に勝手に劣等感を抱いて、卑屈になる、そんな奴で困りもんだった。今の俺が正にあいつそのものだ。お前は全然……俺とは違うからよ」
「そういう感情を僕に向ける奴が、つい最近もいたよ」
名前も顔も思い出したくない奴の顔と名前を、自然と思い出してしまう。
「ジョニーはちゃんとストレートに、言いたいことを口に出してくれるから助かる」
真が言った。
「何だそりゃ。何か……あったのか?」
真の台詞に何か感じ取り、ジョニーが声のトーンを落とす。
「同じ学校に、勝手に僕に嫉妬して、ずーっと恨んでて、そのあげく僕の母親もダチも殺した奴がいる。同級生の女の子もそいつに自殺させられたようなもんだ。担任教師も殺された」
「シリアルキラーに狙われていたのかよ……」
真の話を聞いて、啞然とするジョニー。
「そいつはきっちりと殺してやったが、死んだ奴等は死んだままだ」
「ふーん、いろいろ重いもん抱えてたんだなー、お前も。ていうか、俺をそんなキチガイと比較してんじゃねーぞ!」
「調子戻ってきたじゃないか」
がなるジョニーを見て、真は頭の中で微笑む自分を思い浮かべる。
その空想の自分を真はすぐに打ち消した。よろしくない気配を感じ取ったのだ。
「つけられている」
「ああ。俺も感じた。人ごみの中を歩いてれば平気だろ」
「相手がテロリストだってこと、忘れたか?」
「ちっ、面倒くせーなー」
ジョニーが先に裏路地へと入り、真がそれに続く格好となった。
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