第四十四章 4

 傭兵達は最前線の陣営に着いた。


 出会った時に言われたとおり、リーダー格のサイモンが真の面倒を見ることになった。新兵にはベテランの兵士がついて、直接指示やフォローをするのが、ここの慣例になっているらしい。

 他の三名にもそれぞれ担当がついているようだ。特に優秀である、傭兵学校十一期主席班のうち、サイモン、アンドリュー、シャルルの三名がその役を担った。

 ジョニーを担当したのは――彼にとっては運が悪いことに、アンドリューだった。


「そのタトゥーも素敵だけどぉ~ん。やっぱり男は体毛が濃くなくちゃ駄目よ~ん。あんた頭だけじゃなく体もツルツルじゃなーい。もっと亜鉛を取りなさ~い」

「ふざけんな! 何でこんな奴と俺が組まなくちゃならねーんだ!」


 アンドリューにまとわりつかれて悪態をつくジョニーに、真はいい気味だとも思えなかった。やたら威勢ばかりはいい、態度のでかい奴ではあったが、それでも同情してしまう域である。


「サイモンと組めたのはラッキーだったな、俺もお前も」


 サイモンが離れたタイミングで、同じ三人組で行動するもう一人の兵士が話しかけてきた。アランという名のイタリア人だ。


 どうやらサイモンが傭兵達のリーダー格のようだ。アラン他多くの兵士のサイモンを見る目や接し方、語り草を聞いて、明らかに兵士達から信頼され、尊敬されているのがわかる。立場的には雇い主のアリアダの指揮官の方が上のようだが、指揮官もアリアダ人達も、サイモンには一目置いているようであった。

 昨日の宿でも先程の拠点でも、サイモンは、李磊とシャルルとアンドリューとつるんでいる事が多かった。他の兵士に聞いた話では、彼等はいつもチームを組んで、戦場を渡り歩いているらしい。


「覚えておけよ。あの四人がここのエースだ。いや、どこに行ってもエースだな。『傭兵学校十一期主席班』と言えば、傭兵界隈では名の知れた連中だ」

「傭兵学校?」


 そんなものがこの世に存在するのかと、アランの言葉を聞いて、真は珍しく、少し上ずった声をあげる。頭の中では、疑問符を頭の上に浮かべた自分を思い浮かべている。


 アランから聞いた、傭兵学校なる存在に関しての話は、以下の通りであった。


 ある日、フランスで傭兵学校という珍奇な代物が創設され、世界中の傭兵達の間に知れ渡った。

 最初の頃は否定的な声が強く、馬鹿にする者も多かった。曰く、「傭兵なんぞ育成するなら正規兵を鍛えればいい」「フランスには元々外人部隊があるのに何故そんなものを?」「傭兵は実戦で鍛えられるものだ」「お上品に学校で教えられた奴などきっと使いものにならない」等々。

 傭兵の貸し出し目当てではないかとも噂されたが、そもそも傭兵自体、自分の戦力に余裕の無い国や勢力によって、極めて低賃金で雇われるものなので、国家による傭兵の貸し出しなど商売として成り立たない。


 この傭兵学校に在籍もしくは卒業した兵士は、フランスの外人部隊とは違って、軍人としての地位は与えられないし、国籍の取得も不可能だ。軍そのものとは完全に別枠として扱われているし、建前上は極めて純粋な訓練施設となっている。

 しかしそれらは建前だけの話であり、実際には在学中にも戦場に送られることが頻繁にあるという。その話は公然の秘密となっている。

 何より、正規軍にはできないダーティーな仕事を請け負う存在としての一面もあり、それこそが、傭兵学校が創設された、最大の目的ではないかとも言われている。


 最初は馬鹿にされていたが、傭兵学校を創設した者からして傭兵であり、教官達も全て元傭兵――それも名の知れた歴戦の兵達である事が知られ、評価も違ってきた。そのうえ傭兵学校あがりの傭兵達が、戦場で活躍するようになってからというもの、いつしか馬鹿にする者はいなくなっていた。

 現在では傭兵学校卒というだけで、かなりのハクがつくという有様だ。しかしだからといって、戦場で彼等に特別待遇がされるわけではない。それどころか傭兵学校卒というブランドがある時点で、危険な任務を任される事の方が多いくらいだ。


 卒業生の中には民間軍事会社に入った者もいて、そこではかなり優遇されるようだが、傭兵学校卒で民間軍事会社に入る者はそう多くはない。大体がフリーランスの傭兵となって、危険な戦場へと向かうらしい。


 そして『傭兵学校十一期主席班』は、その中でも伝説級の存在となっているらしい。日本の裏通りでも、アメリカのギャング達の間ですらも、その名は知られている。世界中の荒事の関係者達の間に限れば、その知名度は、二十一世紀最大の英雄として名高い、天野弓男にも引けをとらない。

 彼等は在学中から数々の華々しい功績をあげ、卒業後はさらに多くの戦場で活躍した。傭兵界隈だけではなく、戦時下の国々の正規軍の間でも有名になり、何度もスカウトがかかっているという。


 実際、そのネームバリューの偉大さを、真も身を持って知る出来事があった。傭兵を辞め、裏通りで雪岡純子の殺人人形という異名が広まった頃、元傭兵という人物と知り合い、自分も傭兵をしていたと言ったら、鼻で笑われて罵倒された時だ。


「たかだか半年程度で元傭兵だなんて名乗るなよ。最低でも五年以上続けてから言え。お前みたいな奴は虫唾が走るよ。元傭兵という肩書きひけらかすためだけに、戦場に顔出ししただけなんだろうが」


 真はカチンときた。少なくとも一緒に戦った仲間達は、自分を兵士として認めてくれたし、信頼もしてくれたので、その仲間まで馬鹿にされた気がして、ムキになって言い返してしまった。


「傭兵学校十一期主席班の連中には、ちゃんと戦友として認められたよ。嘘だと思うなら新居に聞いてみろ」


 名前をひけらかすようで恥ずかしくもあったが、真の言葉を聞いて、元傭兵という男の真を見る目が一変した。そして恥じ入るような顔つきで謝罪もしてきた。それだけ傭兵学校十一期主席班の名は絶大だった。


(確かにあの四人だけ一際強いオーラが出てるな)


 背の低い若い黒人、中年の東洋人、優男で前髪の長い白人、ムキムキマッチョの巨漢オカマの白人という四人の組み合わせを見つつ、真は思う。その四人のいる場所だけ、別空間のようにすら感じる。


「ちなみにもう一人いる。そいつはお前と同じ日本人だ。こいつもまた凄い奴だぜ。負傷で療養中だけどな」


 意味深に笑いながらアランが言った。


 ちなみに四人の新兵のうちの一人は、戦場に出向くこともなくリタイアした。非常に馬鹿馬鹿しい理由だが、風邪を引いたのだ。うつされてはかなわないという、たったそれだけの理由で、野営地から先程までいた拠点にまで追い返された。


「一人減ってよかったよね」

「何だと、この野郎」


 聞こえよがしに笑う李磊に、ジョニーが噛み付く。


喧嘩じゃれあいは後回しだ。おいでなすったぞ」

 サイモンが双眼鏡を覗きながら告げた。


 彼等がいるのは岩石砂漠だ。あちこちに大小の岩が転がり、遮蔽物として機能している。反政府レジスタンスのアリアダ族と傭兵部隊が陣取っている場所は、なだらかな斜面の上に位置し、敵の政府軍は下から迫る格好となっている。そのうえ斜面の下は上に比べて遮蔽物も少ない。素人目でも一目でわかることだが、地形的には圧倒的に反政府サイドが有利だ。


 しかし肉眼で目視できるようになった政府軍を見て、そんな地形的有利など、真の頭から吹っ飛んでしまった。

 単純に兵士の数が違った。向こうはこちらの十倍はいるのではないかと思われた。


 レジスタンスと傭兵側の兵士達が散開する。真とサイモンとアランは妙に低い岩陰へと隠れた。しかも一番前に出ている。真っ先に狙われそうな場所だ。もっといい場所を取りたいと真は思ったが、サイモンがその場所を選んだので仕方が無い。ついていくしかない。


「もっといい場所がよかったか? 残念だったな。俺に面倒見られることになったのを呪いな」


 冗談めかして笑うサイモン。後になってサイモンと一緒に何度も戦ってわかったことだが、サイモンは率先してそうした危険な場所に赴くが、それは無謀でも蛮勇でもなく、自分の立ち回りと敵の動きの予測も計算したうえで行っている。

 そして新参である真の扱いに関しても、これでも考えたうえでの行いらしい。サイモン曰く「あの純子がわざわざ強くするためにここに寄越したんだ。それなりに扱ってやる方がいいだろう」とのこと。普通の新兵なら、恐怖でパニックなど起こさせないように、もう少し手心を加えて扱う所だが、純子経由で送り込まれたのだからそれも不要だと、サイモンは判断したらしい。


 銃声が鳴り出した。


 真達は身をかがめて岩陰に隠れる。すぐ頭の上に、岩一枚隔てた場所に、続け様に銃弾が降り注いでいるのがわかる。

 サイモンとアランはまるで銃弾が止むタイミングがわかっているかのように、低い岩陰から身を乗り出して、銃を撃ちまくっていた。

 一方で真は、自動小銃を抱えたまま、硬直していた。二人と同じように、撃たなければならないのはわかっているが、体が動こうとしない。


(今、頭を出したら死ぬかもしれない)


 そんな考えがよぎる。たちまち恐怖が全身を駆け巡り、手が震え出す。


(強くなるために、戦いに来たんだろ。殺しに来たんだろ。なのにこのザマは何だよ。もう殺し合いだってしたはずじゃないか)


 自分に言い聞かせるが、体が動いてくれない。全力で拒否している。母親を殺した連中や、幼馴染を殺した糞野郎との戦いなど、勇気や度胸の糧にはならない。ここはもっと死の可能性が高い場所だと、本能が訴えていた。

 このままずっとうずくまって震えていたい。頭を出せば死ぬ可能性大だ。日本に帰って、純子に会って、自分のチンケな決意など全て放り出して、謝って、また仲良くすればいい。きっと純子はそれをあの天使のような笑顔で受け入れてくれる。

 そんなことまで考え出したその時、真は見てしまった。隣にいる男を。


 少し離れた隣の岩陰を見ると、ジョニーが同じように震えていた。あれだけ勇ましさ全開だったというのに、顔面蒼白になって目を剥いて歯をかち鳴らしているのまで、目のいい真には見えてしまった。

 自分もあんな無様な顔をしているのかと考えると、恥ずかしくて死にたくなる。いや、もっと恥ずかしくて情けないのは、今は自分が頭の中で考えていたことだ。どれだけチキンだ。どけだけ負け犬だ。


(あいつみたいにはなりたくない。今頭の中で思った糞虫の自分をまず殺さないとな)


 自分で自分を殺してやりたいほどの情けなさと惨めさを覚えた真は、恥からくる怒りで恐怖を叩きのめし、岩陰から身を乗り出して銃を撃った。

 一瞬だけ撃って、すぐに引っ込む。多分当たっていない。しかし――


(やった……)


 真は満足感で震えていた。恐怖の震えは、武者震いへと変わっていた。俄然、勇気が沸いてきた。勇気という感覚そのものを実感することができた。それは途轍もなく熱く、そして心地好いものだった。ただのアドレナリンと言ってしまえば身も蓋も無いが、真にはそれが勇気そのものだと感じられた。


「行くぞ!」


 サイモンが叫ぶ。多分真を意識して叫んだのだろう。


(行く!?)


 その言葉の意味を知り、真は青ざめる。言葉の意味する所は、この銃弾の雨の中に飛び出ることしか考えられない。

 果たして宣言通り、サイモンは身を低くして岩陰から飛び出した。アランも躊躇無く後に続く。


 真は一瞬だが躊躇っていた。無視してここに縮こまっていた方がいいのではないかとさえ、思った。何しろここを出れば銃弾に無防備な姿を晒すことになる。しかしベテランであるサイモン達の後を追う方がよいと判断し、真も少しだけ遅れて、二人の後を追って岩陰から飛び出し、かがんだ姿勢で素早く走る。

 サイモンを、アランを、そして真を狙って銃弾が降り注ぐ。しかし距離が離れているため、走っている者達にそうそう当たるものではない。


 後方で爆音が響き、爆風が真の背中にほんのわずかだけ届いた。そよ風に近い。

 サイモンが別の岩陰に飛び込む。アランと真もそれに倣う。


 後方を見ると、先程までいた岩が、敵の迫撃砲の直撃を食らっていた。これも後でわかったことだが、サイモンとアランが派手に殺して敵の気を引き、そろそろ迫撃砲が来るというタイミングも勘で読んだうえで、移動したのだという。

 この辺の読みや、戦いの流れの構築の仕方を、真は半年間の傭兵生活で、サイモンを見てたっぷりと学んだ。そしてもう一人、今はこの場にいない日本人傭兵からも。


 しばらく同じ場所で銃を撃っていたが、またサイモンが飛び出した。アランもそれに続く。


 サイモンとアランの追う真。今度はこちらに銃弾が飛んでこない。別の場所が狙われているようだ。

 サイモンはかなり前方の岩へと移動していたので、真は不安になった。敵に近づく格好だ。いや、側に明らかにこの岩陰には敵が潜んでいる。


 岩陰へ飛び込む前に、サイモンは敵がいるであろう岩陰めがけて、手榴弾を投げつけた。爆音と共に、岩陰にいた敵が爆風に包まれる。真は爆風で巻き起こった砂が目に入らないよう腕で顔を覆いつつ、サイモンがこのために接近したのかと、その勇敢さに感心する。


 岩陰に入ってまたしばらく撃ち続ける。今度は中々、移動せず長めに留まっていた。


 それからどれだけ時間が過ぎただろうか。かなり経過したと思われる。


 ふと、近くに人の気配を感じた。ジョニーが目を血走らせて歯を剥き出しにして、真の隣でうずくまっていた。いつの間に同じ岩陰までやってきたのか、まるで気がつかなかった。

 そもそもジョニーと組んでいた他の二人の姿が見当たらない。アンドリューというマッチョオカマともう一人とはぐれて、混乱してこんな場所に来てしまったのか。ここは敵から一番近い。


 ジョニーはすぐ立ち上がり、岩陰から身を乗り出して撃っていた。自分とは違った形で、ジョニーも恐怖を克服したらしいと、真は察する。

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