第四十三章 エピローグ
地球と惑星グラス・デュー(結局この呼び名は定着せず、ミルク以外誰も呼ばなかった)を繋ぐ光の門が閉じる日。
久美はあれからずっと、この地域のアルラウネ達と交流をし、情報交換を行っていた。
「そうか。地球に行って、地球の命として生きることを決めたのか」
日本語も習得して自分の声帯と口で喋れるようになった、ぶくぶくと顔だけ太り、長く鋭く伸びた嘴が有り、全身ぶよぶよの肌を持つ、羽毛が一切無い鳥のよう生き物が、残念そうに言う。翼は皮膜で出来ている。
「ここ数日ずっと考えていた。自分に問い詰めていた。そして結論が出たよ。私は地球人とメンタリティからして違う。あっちでは孤独を感じる時もある。生まれはこの星。でも……それでも私は地球の者なんだと、迷い無く言える」
『それはよかった』
久美の話を聞いて、久美の膝の上に乗ったロメットシが言った。
『君の話もいろいろと興味深くて、もっと聞いていたかったが名残惜しいな』
『巨大大怪獣になるほどの同胞がいた事は驚きだ』
『しかもコピーでだぞ? ようするに宿主となる生物が優れているのだ』
『宿主は知性のある生物の方がいいかもしれないな。ますます地球に興味が沸いてきたが、流石に故郷は捨てられない』
『あっちに移住してしまった者もいるけどな』
アルラウネの宿主たる生物達が、念動力で空気を震わせ、口々に喋る。
(向こうに移住してしまった同胞がいるのか……)
その言葉だけが、久美は気になった。トラブルの種になりそうな気がしてならない。
「じゃあ、そろそろ行くよ。ここに来られて、仲間に会えて、本当によかった」
笑顔で別れを告げる久美。こんなに晴れやかな気持ちになった事は、ここ最近では無かった。
巨大ナマコの上から、もうおそらくこないであろう生まれ故郷の景色を焼き付ける。
『さようなら、塩の惑星の民』
「塩の惑星?」
ピンク色の花のような大きな襟巻きをつけた太った四足獣の言葉に、久美は怪訝な顔になる。
『君の星――地球は、七割が水で覆われているだろう。しかも水の97%が塩水だ』
「なるほどね」
四脚獣に言葉に納得し、せめて塩水の惑星にしてほしかったと思いつつ、久美は微笑んだ。
***
純子が傷を癒すために一度研究所に戻った際、クォに渡すために、いろいろなものを持ってきた。そのうちの一つがバーチャフォンであった。
「操作は今教えた通り、電池が切れたらラクィレァに頼んで、こっちにある充電器に電気を入れてもらって、そこから充電すればいい。まあ時間が経てばそのうち壊れるけど、壊れたらその時は諦めろ」
真が扱い方を説明しつつ、クォに渡した腕時計タイプのバーチャフォンに、動画を転送し続ける。
「わかった。父さんといっぱいプロレス技研究して、父さんといっぱいプロレスする。上手くなるっ」
クォが嬉しそうに宣言した。バーチャフォンの中にはプロレス動画をたっぷりと転送しておいた。
「地球人と異星人の初の異文化交流がプロレスになるなんて、誰が予測できただろうねえ」
真とクォの様子を見つつ、純子がおかしそうに言う。
「しかし体を大きく使う競技であるということが、大きなポイントだ。様々な技もあるし、互いの体をぶつけあうし、勝ち負けも競い合えるし、何より見ていて楽しい。異文化交流には非常に向いているぞ」
腕組みして霧崎が真顔で私見を述べる。
「クアアァァアァ」
ラクィレァが何かを喋る。その気になればラクィレァも日本語を喋れるようにもできるが、みどりも累も面倒くさがってやらなかったので、ずっとクォが通訳する役目であった。
「またいつか光の門が開いたら、遊びに来てってさ」
にっこりと笑ってクォがラクィレアの通訳をする。
「この星との門が開いても、上手くクォ達のいる場所とは――」
「へーい、真兄。そういう時は余計なことごちゃごちゃ言わないで、わかったって言ってりゃいいのっ! わかった!? いい加減空気読む事を知れ!」
余計なことを喋りかけた真に、みどりがキツめの声で注意した。
「わかった……。わかった」
みどりとクォに交互に顔を向け、同じ台詞を繰り返す真。
その真を正面から抱きしめるクォ。ずっと笑顔でいたクォであったが、この時は涙ぐんでいた。
真にずっと付きまとっていた空飛ぶウミウシも、光の門をくぐる際には離れた。根人に寄生されている端末であり、ずっとこちらの監視をしていたのだろうが、一方で真に懐いていたのも事実であろう。
純子、真、累、みどり、霧崎の五人が光の門を抜け、地球に戻ると深夜だった。
「強さは進化の可能性を奪う――か」
歩きながら、根人との話を思い出す純子。
「鮫は何億年とほぼ姿を変えていない。変える必要が無かったからな。鮫は海の中の生態系では上位に位置していた。ワニも恐竜の時代から、あまり姿が変わっていない。ワニもまた、その社会性の高さと、川の生態系の中で頂点に近い位置にいたが故に、進化する意味合いを無くしたまま、停滞していたとも言えよう」
霧崎が語る。アルラウネが純子の前で同じ発言をしていたので、アルラウネは霧崎の前でも同じ話をしたのだろうかと、勘繰る純子。
「鮫はシャチの餌だし、ワニもたまにカワウソに食われるんじゃなかったっけ?」
「だから上位の……だよ。最強とは言ってなかろう」
真の突っ込みに、霧崎は苦笑いを浮かべる。
余談だが、恐竜時代には、現代よりもサイズが大きく、恐竜を餌にしていたという、巨大ワニが何種類もいた。肉食恐竜の化石に、ワニの歯型がついていた例すらある。しかし恐竜を滅ぼした環境の急激な変化に、巨大ワニも生き残ることができなかったのではないかと、推測されている。
「つまり――弱さこそが進化に繋がる。知的生命ならば、頭が悪くて精神も未熟な方が、文明を豊かに幅広く発展させる……か」
純子が顎に手を当てて、思案顔で呟く。
「根人さん達は自分達の文明と地球人の文明を照らし合わせて、そう結論づけていたけど、それはそれで、飛躍しすぎじゃないかって思うんだよねえ。あくまで真理の一面でしかないというか……」
根人、下位根人であるアルラウネ、地球人というたった三つのケースでは、判断が早すぎるとも純子には思える。
(私の目的は、全ての人間の進化だけど、根人さんの理屈からいくと、それで人類の進化が停滞しちゃうことになりかねないことになるよね? でも……そんなのとても想像できないよ。これまでの人類の道程があるわけだしさ)
根人の話を聞いて、一瞬気持ちが揺らいだ純子であったが、有りえぬものとして、思考の脇に寄せておくことにした。
***
卸売り組織『踊る心臓』本部があるビルに、久しぶりに顔を出す春日。
「ただいまー、ボス。土産話いっぱいあるよー。いい映像もいっぱい撮ったー」
執務室にて、明るい笑顔で帰宅の報告をする春日に、ボスのランディと側近の龍雲は思いっきり白い眼を向けた。
「誰だっけ? こいつ」
春日を指し、無感情な声で尋ねるランディ。
「え……ああ、かなり無断欠勤続いたから、あははは……。やっぱボス怒ってる?」
「不審者がいるぞ。つまみだせ」
頭をかく春日を指したまま、ランディが命じる。
「いや、敵組織のスパイかもしれない。拷問しよう」
龍雲が提言する。
「任す」
「だそうだ」
「悪かったよ~。ついつい楽しくて~……」
龍雲が立ち上がり、拳を鳴らしながら迫るのを見て、春日は泣き顔で両手を合わせて謝った。
***
「楽しかった」「いい経験だった」
コンプレックスデビル、シャーリーの私室にて、牛村姉妹はシャーリーや兄弟弟子達に、異星での土産話を聞かせ、撮った写真や画像、拾った石などを見せていた。
「僕も一日くらいは行っておけばよかったですねー。しかし殺人倶楽部と学校、どっちも休むわけにはいかなかったんですー」
と、竜二郎。
「お二人は学校サボッて平気だったんですか?」
「平気」
「学校と、地球以外の星に旅行する機会。天秤に乗せて、学校を取る子は頭がおかしい。きっと頭の中がピーマンと同じ」
竜二郎の問いに、伽耶は端的に答え、麻耶はせせら笑うように言ってのけた。
***
「御苦労だった。はあ……私も行きたかったなー」
博士、ビトン、ポロッキーの報告を受け、貸切油田屋の大幹部であるテオドール・シオン・デーモンが、ねぎらいの後に、三歳児の見た目そのままな口調と顔で言った。
「遊びに行ったわけではないがな」
と、ビトン。
「じゃあ仕事だからという理由で、全然楽しくなかったというのか?」
「いや……それは……」
「楽しかったです、はい」
テオドールの突っ込みに、ビトンとポロッキーは苦笑する。
「責任ある立場というのはこういう時辛いものだ」
それまで黙って報告を聞いていたラファエルが言った。実はテオドールも行きたがっていたのを、ラファエルが制止したのだった。全世界のメディアをコントロールする元締めという、重要なポジションにある者が、危険かもしれない場所にほいほい行くなと。
***
雪岡研究所に帰宅し、いつものようにリビングでくつろぐ面々。
「真兄、いつになくしんみりしてるんじゃんよォ~。クォと離れたの、そんなに寂しいん?」
にやにや笑いながら、無口になっている真に声をかけるみどり。
日頃から真がよく口にしていることだが、一人っ子だった真は、ずっと弟が欲しいと思っていたし、クォは正に自分に懐いた理想の弟分であった。
「累君や晃君じゃダメなの?」
純子が疑問をぶつける。
「その二人はちょっと違うんだよなあ……。僕の理想とは」
「んー、理想の線引きがどの辺にあるのかわからないんだよねえ」
「累は問題外。理由は口にするまでもない」
同じ部屋に累がいることもお構いなしに、思ったことを口にする真。累は愕然として椅子からずり落ちて、カーペットの上に横向きになって死に始めた。
「晃は僕に懐いていても、僕と趣味が違うし、強引だし、僕と悪い部分が少し似ているし」
「ああ、確かに晃はそうですね。真とは違う方面で、言わなければいいことを口にします」
死に掛けていた累が納得した。自覚もあったうえで、似たもの同士は敬遠したい部分もあるという気持ちも、理解はできる。
***
クラブ猫屋敷。
「宇宙旅行から帰ってきて、今度は海外旅行に行くってどうなんだ?」
ミルクの決定がおかしくて、バイパーが笑う。
『うるさいうるさい。日本の動物園では見られない動物がいる動物園狙いうちで、世界各国動物園巡りだっ! そうしないと私の気が収まらない!』
「何があったんだ?」
「ふにぅ~……」
バイパーがナルとつくしを見下ろして尋ねるが、ナルは困り顔になり、つくしは無表情無反応。
「くぅぅぁぁ」
『つーか、失敗したな。アルラウネの共鳴作用が逆効果になるかと思って、繭とバイパーを置いてったけど、問題無さそうだし、連れていきゃよかったわ。せめて繭だけでもな』
繭を見上げてミルクが言う。
「それなら途中で帰還して、連れてくるという選択肢もあったはず」
『超面倒臭い』
つくしの指摘を、ミルクは一言で切って捨てた。
***
惑星間を繋ぐ光の門が閉じる数日前の話。
「ただいまー。あっ!?」
佐保田門度之介が自宅に帰ると、息子の学の行方不明とともに消えていた、息子の靴が玄関に置かれていたので、目を丸くして驚いた。
「学……見つかったのか!? 無事だったのか!?」
期待と興奮と不安を胸に叫び、靴を脱ぎ散らかして、家の中へ駆け上がる門度之介。
「あ、パパおかえりー。むぐむぐむぐ……いや、こっちがただいまー」
父親の顔を見て、学はにっこりと微笑んだ。顔中を血まみれにして、何かを口の中で頬張って食しながら。
いや、何を食っているのかは一目でわかる。
「ママとっても美味しいよ。パパも一緒に食べる?」
学の足元にて両腕が無くなり、腹部は綺麗に平らげられ、今は脚の肉を食われている最中の、妻リリカの亡骸があった。
そもそも学からして、全身に鱗が生えているし、大きく裂けた口には牙がびっしりと生えているし、手は大きく膨れ上がっているし、口からはツルが伸びている。どうみても人間をやめている姿である。
「ひぃややぁぁァあぁあ! あひっひぃ! あひゃァーっ!」
顔を引きつらせ、悲鳴をあげて逃げ出す父親。
「パパ……どうしたの? ママ美味しいんだよ? これでもうガミガミ言う奴もいなくなったんだよ? パパなら喜んでくれるって……信じてたのに……」
心を開いていた父親に怖がられて逃げられ、学は泣きそうな顔になっていた。
第四十三章 他の惑星で遊ぼう 完
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