第四十三章 9

 一夜明けても純子は戻らなかった。


「真兄、心配で心配でしゃーないんだろォ~? 正直に言っちめーなァ」


 意地悪く笑ってからかうみどりだが、真は無反応で、小動物を突いたり撫でたりしている。


「何で真さんの周囲にあんなに……」


 森の中の小動物や小鳥が数十匹ほど集まって、真の周辺を取り囲んでいるのを見て、十三号が不思議そうな顔をする。


「あれほどまで集まると異様だな!」


 小動物と戯れる真を見て、美香は顔をしかめていた。数匹くらいまでならまだしも、これはいくらなんでも集まりすぎで、気味が悪い。


 真の周囲にやけに動物が集っているのが何故なのか、美香と累とみどりはその理由を知っている。足斬り童子腕斬り童子の騒動の際にも、真の周囲に動物が集まっていた。真の前世が、動物を支配する性質を持つ妖怪であったため、転生してもなお、魂にその名残が残っていて、呼び寄せてしまっているのであろうと。


「でも街中だとネズミとか鳥とか集まってはこないよね~」

 と、みどり。


「おそらく真の精神状態によるのだと思います」


 累は思う。おそらくこの惑星に来てから、真の魂が前世の性質を強く帯び始めているのだろうと。ここにはそれを浮き彫りにさせるものがある。


(獣之帝のルーツがこの惑星とも考えられますね)


 何度か聞いたあの叫び声と強風。あれはどう考えても獣之帝と同種の者だと累は思う。叫び声そのものは微妙に異なっていたが。


「へーい、何か来るぜィ」


 みどりが警戒を促す。精神の根を周囲に張り巡らせ、ある程度のサイズを持つ接近者がいたら、すぐに察知できるようにしていた。


「うわ、月那美香だーっ」


 五人の前に現れたのは、小学生高学年ほどの子供だった。真っ先に美香を見て、声を出して驚く。


「君は!?」


 美香も驚いていた。その子こそ、美香が追っていた佐保田学だったのだ。


「無事だったのか!? 君のお母さんの依頼で、君を助けに来たんだぞ!」

「え……」


 美香の言葉を聞いて、学は表情を曇らせる。


「さらに何人か接近中……」

 みどりがぽつりと呟く。


「冗談キツいな。俺は帰るつもりなんてないよ」

 皮肉っぽく笑う学。


「そうは行かん! 君を連れ戻すのが私の仕事だ!」


 美香が厳しい口調で叫ぶと、学は憎々しげに顔を歪めて、美香を睨みつけた。


「どうしたんだ? 学」


 学の後ろから、数名の大人と子供が現れる。そのうち二人は、見た目からして人間をやめていた。一人は顔の穴という穴から枝を生やしていたし、一人は頭部が完全に赤と黄色の花となっていた。


「この人達が、俺をあの糞地球に連れて帰るってさ」


 吐き捨てた学の台詞に、現れた者達の顔色が変わる。


「えっと……貴方達は地球人なんですよね? どうしてこちらにいらしたんですか?」

 十三号が質問する。


「俺達はあの光の中に度胸試しで入ったんだ。すぐに気持ち悪くなって倒れたんだけど、気がついたら、俺達の体の中に植物が入って、俺達の体も心も変わっていた」

 子供の一人が答えた。


「私達はUFO宇宙人の愛好家グループです。別の星へと繋がるワームホールが開かれたと聞いて、光をくぐってこの惑星へやってきました。その後の経緯はこの子達と同じですし、今はここで清々しい日々を過ごしています」

 大人の一人が話す。


「寄生しているのはアルラウネ?」

「どうでしょうか。特定はできないかと。この星の植物の多くは寄生する性質が有り、動物は植物を宿すのが当たり前みたいですし」


 真が疑問を口にし、累が私見を口にする。


「アルラウネはそのうちの一種に過ぎないってことなのかねぇ……」

 と、みどり。


「アルラウネは知性を持っているが、他はどうなのかわからないな。こいつらに聞いてみればわかるか? あんたら、自分の中にいる植物の声は聞こえるか?」


 真の質問に、子供達とUFOマニアの大人達は、訝しげに顔を見合わせた。その反応だけで、答えはわかった。


「無いな……」

「知らない」

「そうか」


 答える数人に、頷く真。


「それより学君! お母さんが心配してるぞ! 首に縄をつけても連れて帰る!」

「ははは、それ聞いてますます帰りたくなくなったよ」


 美香の宣言に、学が笑う。


「植物に寄生されて化け物になったようだが、それも治してもらうから心配しなくていい!」

「化け物だと!? 僕達は進化したんだ! より高い生命体へ!」


 美香の言葉に、何人かが顔色を変え、UFOマニアの一人が叫んだ。


「俺達は宇宙と一体化したと言っても過言ではない。それが羨ましいと思うなら、君達はまずその心構えから何とかすべきだろう。そうすれば大宇宙の意思と一つになって、俺達のようにより高いステージへと昇れる」

「そうだそうだ。僕達は今とても幸せなんだっ。あんな地球のような穢らわしい星に帰る理由など、何も無い!」

「ここで穏やかに暮らしているのが一番いい。地球が――人間社会がいかに狂った代物だったか、進化してみてよくわかった。あんな場所に戻るなんて信じられん」


 口々に主張するUFOマニアと子供達に、美香は言葉を失くす。


「へーい、正直こいつら、放っておいた方がいいんじゃね~?」

 みどりが苦笑する。


「私もそんな気がしてきたが、依頼されているのだから仕方がない!」

「依頼されたからっていう理由だけで、俺の気持ちは無視か! ふざけんな!」


 美香の台詞に怒りを覚え、学は叫ぶなり背を向けて、一目散に逃走した。


「待て!」


 追おうとする美香と十三号であるが、他の子供達やUFOマニア達が壁となって立ちふさがった。


「どけ! どかないと……」

「殺すか? 俺達は暴力を振るわずに、ただこうして邪魔しているだけだが、それでも殺すか?」

「くっ……」


 恫喝しかけた美香だが、年配のUFOマニアに冷静な視線と共に告げられ、それ以上何も言えず、動けなくなってしまう。


「僕達のことは放っておいてくれ」

「そうだそうだ。帰れ帰れっ」


 十分に逃走できたと見て、UFOマニアと子供達も堂々と背を向けて、森の中へと消えていった。


「参ったな……」


 大きく息を吐いて肩を落とし、渋面になる美香であった。


***


 時間を昨夜へと巻き戻す。


「凄い光景……」


 クォに抱かれたまま空高く飛ぶ純子が、感嘆の声を漏らす。

 眼下の大地から、無数のオレンジに光る塔が、天に向かって伸びている。驚くほど巨大で高い塔。上はかすんで見えない。まるで天を支える光の柱のようにも見える。


(もしかして大気圏も突き抜けてる?)

 あまりの高さに、そう勘ぐってしまう。


 オレンジに光る塔の一つに、クォが向かう。塔の壁面に開いている穴へと飛び込む。

 中は部屋になっていた。外壁ほど強い光ではないが、オレンジ色の結晶の壁が、ほんのりと発光している。


 クォが純子を放して、にっこりと微笑む。


「大分飛んできたけど。夜空の飛行、楽しかったー」

 純子も微笑み返す。


 どうやらここがクォの住処らしく、様々な小物や、寝所と思われる綿のような塊もある。


 中を見渡し、純子がまず目に付いたのは、オレンジ色の結晶の壁に埋まった美しい少女だった。

 両目は閉ざされ、クォと同じ桃色の肌と、ねじれた角を生やしている。翅の有無はわからない。手足と背中は結晶の中に埋まっている。生きている気配は無い。亡骸だ。しかし瑞々しい亡骸だ。死んだばかりなのか、あるいはこの結晶の効果か何かで、腐敗そのものが発生しないのか。純子は後者ではないかと見る。

 顔立ちもクォに似ている。クォの姉妹か。あるいは――


「触ってもいい?」


 右手を上下左右に振りつつ、骸を左手で指し、許可を取る純子。


「クゥォオォ……」

 クォがにっこりと微笑み、声を出す。


 了承と受け取り、純子は骸の腹部に手を当て、掌越しに解析を始める。

 少女は確かに死んでいる。しかし骸は新鮮なまま維持されている。少し処置を施せば蘇生もできるだろうが、霊魂が宿っていないので、魂の無い生体という形で蘇生してしまい、放っておけばすぐ死ぬので、意味は無い。


(百合ちゃんなら死体人形として動かせるだろうけど、知能はあっても心のない、本当にただの人形でしかないからねえ。霊魂が離れてしまった者の蘇生は、どう足掻いても無理なのかなあ)


 人間の想像力が及ぶものは全て実現可能説を信じたい純子であるが、死者の蘇生だけは、どうにもならないような気がしている。


(この結晶……この子と同化しているこの壁……。これは鉱物じゃない。これも植物だねえ。つまりここは塔じゃあなくて、すごく高い木なんだ)


 純子はそう結論づける。


(それにしても綺麗で神秘的な死体だねえ。思わず見とれちゃうくらい)


 解析を終え、壁に埋まった美少女を見上げた後、クォの方を向く。


「この女の子は……お姉さん?」


 壁の中の女の子とクォ、交互に指して関係を問う。


「くぉお……クォオォ……くぉ……」


 するとクォは、少女の股間を指し、自分の腹部を手で丸く描き、さらに自分を指した。ジェスチャーで母親ということを示されたことを、純子は理解した。


「へ~、お母さんかー」

 呟く純子に、クォが何かを渡した。


「んー? 何これ?」

「クォォ~」


 手渡されたのは、口と鼻が少し伸びた、バクのような顔を持つ動物だった。白い綺麗な毛並みを持ち、胴体と手足のつき方はモグラを連想させる。背中からは羽根のような形状に生えた葉が在り、頭からは小さな花が咲いている。


「クォ、くぉぉお、くぉ」


 クォが頭にかぶせるジェスチャーをした後、小さい動物を指す。


「頭の上に乗せろってことかな」


 言われた通りにしてみたその直後、純子の頭に記憶が流れ込んだ。


 今よりもっと小さなクォが、壁の中にいる美少女と、お花畑で仲良く戯れている映像だ。


(見たものを記録して、しかもそれを頭の中に直接見せる力を持った生き物か。こんなのが自然にいるとか、凄いなあ……)


 映像内容どうこうより、頭に乗った生き物の存在に興味を惹かれる純子。


(いや、自然とも限らないかー。ここにも文明があって、意図的に作られた可能性だってあるし。まだ私達はこの星のごく一部しか知らないわけだから)


 たまたま自然の多い場所に来ただけで、別の場所では文明が発展し、知的生命体の都市や国があっても不思議ではない。


「クゥオオォ……」


 壁に手足を埋めた少女を見上げ、どことなく寂しげな笑みを浮かべるクォ。


「お母さんが恋しいのかな?」

 純子が慈しみの目でクォを見る。


「これの名前は?」


 純子が記憶媒体の動物を指して問う。人懐っこい生き物のようで、純子の太股の上でひっくり返って腹を見せて、くねくねと体を動かしている。


「アクル」


 純子のジェスチャーが伝わって、クォが名を答えた。


「これ、他にもいないのかな? って、ジェスチャーで聞くのは難しいなー。うーん……」


 純子が腕組みして小首をかしげていると……


「クォオッ」

「えっ?」


 突然クォが純子の体に飛びつき、覆いかぶさってきた。そのまま押し倒される純子。


「くぅぅぅ……くぅうぅ……」

「ちょっと、何……って……。ああ……」


 頬をすり寄せてくるクォに戸惑いつつ、純子は自分の脚に、クォの股間から膨張したものが触れている事に気がつき、クォが何をしようとしているのか理解した。

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