第四十二章 プロローグ・弐
あたし、キーコ。ブスで運動音痴で頭も悪い。どうしょうもない子。何より頭に血が上ると、すぐに叫んじゃう悪い癖があるの。叫び声もキーコだから「キーッ!」て叫んじゃうし。
パパとママからも駄目な子だと嫌われ、罵られてた。パパは政治家さんだから、キーコみたいな駄目な子は恥晒しなんだって。でもキーコがブスなのはパパのせいだって、後になってわかったけどね。だってねっ、ママは美人だけど、パパはキーコとそっくりだし!
学校でも皆からいじめられてたの。幼馴染のみっちゃん以外は友達がいなかったし、みっちゃんは幼稚園が一緒だったけど、小学校からは別々になっちゃった。
小学三年生の時、先生がキーコに言ったの。貴女が他の子より馬鹿だというのなら、他の子の二倍勉強しなさいって。そうすれば他の子より成績がよくなるって。
私は先生の言うことを信じて、ひたすらガリ勉したわ~。他の何が駄目でも、せめて勉強だけはと思って、必死こいたわ~。
そうしたらあら不思議、パパとママのキーコを見る目が変ってきたのよ~。キーコのこと応援して、塾にも通わせてくれるようになったわ~。
でも学校では相変わらずいじめられる日々なのよ~。キーコ、頭に血が上るとついキーキー叫んじゃうから、それで余計にいじめられちゃうのっ。
でもキーコにはわからなーいっ! 何でキーッて叫ぶと嫌がられるのよっ! 頭に来た時にはキーッて叫ぶと、すっきりするのよ~。だから叫ぶのよ~。
皆も叫べばいいのよ。そうよ、世界中の人間皆、頭にきた時はキーッて叫べばいいのよっ。嬉しい時も叫べばいいのよっ。さあ、皆で一緒に叫びましょう。キーッ! これが世界平和の近道なのに、何で皆わからないの? 皆馬鹿なの!? キーッ!
中学になっても相変わらずいじめられていたけど、とてもいいこともあったわ。幼馴染のみっちゃんと同じ私立中学に通えるようになったのよ~。キーッ! そして最近では嬉しい時もキーッて叫ぶようになったわ~。
キーコとみっちゃんは、小学校が違っても度々会っていたし、電話でもよくお喋りしていた仲だったけど、同じ学校に通えるようになったのはとても嬉しいことなのよ~。学校に行くのが楽しみになったわ~。そして、一生懸命勉強したことが報われたわ~。キーッ!
中学、高校、大学と、ずっとみっちゃんと一緒だったのは幸せだったわ~。でもその幸せは、突然壊れてしまったの。
みっちゃんに彼氏ができたの。私と過ごす時間より彼氏との時間の方が増えちゃったのっ。キーッ!
でもそれは友達として喜ぶべきことだし、キーコは偉い子だから、ちゃんと生温かく見守ってたのよ~。
その後、キーコはパパの事務所で働くことになったのよ~。どうもパパは、あたしを政治家にしたいらしくて、それで無理矢理仕事を決められちゃった感じだけど、別にキーコに不服は無かったわ~ん。みっちゃんはあたしが政治家を目指すこと、とっても応援してくれたから。それで私もやる気になったの。
パパはあたしにいろんな所にコネを作って顔を売れと言ってたので、キーコ、いっぱい頑張ったわ~。キーッ。怪しい宗教に入信したり、いかにも中引きしまくってそうな募金団体に入ったり、ド底辺ばかりが集って慰めあってるようなみすぼらしい市民団体に入ったり、人付き合いが苦手なキーコだけど、とにかく頑張ったのよ~。
トラブルも結構起こしちゃったし、困ったことも多かったけど、そんな時はキーコの大親友様のみっちゃんがいたわ~。
みっちゃんはいつもいつも親身になって、あたしに的確なアドバイスをくれたのよ~。みっちゃんはあたしと違って、勉強ができるだけじゃなくて本当の意味で頭がいいんだなって、いつもいつも感じるわ~。所謂地頭がいい? おまけに超優しいし、美人だし、完璧超人すぎて嫉妬もしない自慢の親友だわ~。キーッ。
そんなみっちゃんが……嗚呼……なんてこと、結婚しちゃったのよ~。キーッ! あたしは相変わらず彼氏イナイ歴イコール年齢だったのに~っ。キーッ! しかも相手はみっちゃんに相応しいイケメーン! キーッ! くやしーっ! ねたましいーっ! キーッ! でもおめでと~。キーッ!
そんなみっちゃんに影響されちゃったらしいあたしは、パパがもってきたお見合いの話にも、すぐ飛びついちゃったわ~。相手は大企業の御曹子ですって~。キーッ。パパってば、どう見ても政略結婚させる気満々じゃないの~。
お見合い相手のタカシ君は三つ年下で、大人しそうな感じの子だったけど、すぐに仲良くなったわ~。タカシ君、ずっと引きこもりだったらしいけど、今まで親に迷惑かけまくってきたから仕方なくお見合いに出てみたんですって~。政略結婚だけど、それでも別にいいとか、そんなこと言ってるの~。キーコにはちょっと理解できない子よ~。でも純朴というか、悪い子じゃないので気に入ったわ~ん。
タカシ君は今まで友達が一人もいなかったし、ネット以外で生の話し相手もいなかったっていうんで、昔のキーコ以上に会話がへったくそなのよ~。でもキーコと話している時、凄く嬉しそうで、そんな純粋なタカシ君を見ていると、こっちまで幸せな気分になってきちゃうのよーっ。キーッ。
ただ、タカシ君の趣味がちょっとヤバいの~ん。読書とゲームしか趣味が無くて、ついていけな~い。特に好きな本がヤバいのよ~。キーコが大嫌いな、ブラックユーモアたっぷりの本ばかり書く脳減賞作家の犬飼一なんかにハマっちゃってるのよ~。差別的な内容も多くて、キーコが所属している思想団体の皆も宗教団体の皆も、とっても嫌ってたわ~。キーッ!
ていうかね、犬飼一ってみっちゃんの弟なのよねっ。キーッ! いくらみっちゃんの弟でもあんな小説書くのは許せないわーっ!
でもタカシ君はとっても犬飼一の小説にハマっちゃってたし、キーコの好き嫌いで非難もできないし、ああ、もうっ、こんな時は叫ぶしかないわっ! キーッ!
タカシ君とはどんどん仲良くなって、すぐに結婚することになったの~。正直何でこんな子が引きこもりしていたのかわからなかったから、理由を聞いてみたら、付き合ってた友達が皆、金目当てでしかなかったことで、人間不信になっちゃったんですって~。キーッ! 何て可哀想なの~。キーッ!
そしていよいよタカシ君と結婚というその直前に、タカシ君、通り魔に殺されちゃったのよ~っ! キーッ! しかもその通り魔、タカシ君が大好きだった犬飼一の小説に影響されて通り魔しちゃったんですって~っ! こんな皮肉なことってある~っ!? キーッ! キーッ!
タカシ君を失って失意のドン底のキーコに、新たな不幸が立て続けに襲ってきたわ~ん。大親友のみっちゃんが病気で倒れて……しかも癌ですって~っ。キーッ! 全身に転移して、余命三ヶ月ですって~っ。キーッ!
キーコがすっかり混乱しながらお見舞いに行ったら、みっちゃんはキーコの顔を見るなりわんわん泣き出して……あのみっちゃんが泣く所なんて初めて見た。キーコも涙を堪えきれなかった。
その後、キーコは暇さえ見つけてはみっちゃんの病室に足を運び、たっぷりとお話をしたの。パパの事務所の仕事はサボらなかったけど、他の付き合いはかなりおろそかになっちゃった。でもキーコ、そんなことを気に留めなかった。
タカシ君に続いてみっちゃんも灰になり、キーコが心を開ける相手がこの世に誰もいなくなっちゃった……。
でもその穴を埋めるかのように、キーコは精力的に活動を行いだしたわ~ん。
キーコはタカシ君とみっちゃんの分も精一杯生きると誓ったの! キーッ!
キーコが特に惹かれたのは、『火捨離威BBA』っていう名の団体だったの。悪書追放を謳い、巷に溢れる過激表現を見つけては、何とか規制にもっていこうという、素晴らしい団体だったのよ~。キーッ!
キーコは特に活動に熱心だったせいか、代表の猫捨終造さんに認められて、副代表になったのよーっ。キーッ! 嬉しいわ~ん。
火捨離威BBAでは、あの忌々しい犬飼一の作品を特に糾弾していたわ~。団体に集った人も皆、犬飼一が大嫌いだったしね~。タカシ君だって、元を辿れば犬飼に殺されたようなもんよ~。キーッ! みっちゃんだって弟の小説のせいで犯罪者が出て、浮かばれないわ~ん。
世の悪書を取り締まるため、人の心に悪影響を及ぼして数々の悲劇を起こす暴力表現を抑制するため、キーコは毎日しゃかりきに頑張ったわ~。キーッ!
でもある日、妙なことに気がついたの。
あたし達は必死に悪書を発掘し、人々の心に悪影響を与えるろくでもない表現を見つけてはまとめ、さらには署名をしていた。それらは最後に代表である猫捨さんがチェックして、規制派の政治家さん達に送っているはずだった。なのに、それらが送られた気配が全く無かったのよ~。
「キーッ! どういうことですか!? 猫捨さんっ!」
ある日あたしは、猫捨さんに問い詰めたわ~。
「おかしいなー、ちゃんと送っておいたはずなんだけどなー。どこかで手違いがあったかも」
「手違いがあったじゃ済まされませんよっ! キーッ! 皆で一生懸命まとめたデータであり、集めた署名なんですよっ! キーッ!」
「そっかー。そろそろ頃合かなあ」
怒り狂うキーコを前に、猫捨さんは意味不明なことを口にすると、突然自分顔の皮を剥き始めたのよ~。
いや……猫捨さんは老人のマスクをかぶっていたの。そしてマスクの下から現れたのは、あの忌まわしい小説家、犬飼一だったのよーっ! キーッ!
「どどどどどどういうことなんですかーっ!? キーッ!」
「見ての通りだけど? どういうことかわからない? 頭の回転鈍い?」
へらへらと笑いながら犬飼は言ったのよ~。
「猫捨さんと入れ替わったのね!?」
「違うよ。猫捨なんて奴はいないのさ。俺がずっと猫捨っていう架空の人物を演じていただけ」
そう言われて、キーコも理解したわ~。
「つ、つまりあたし達皆を騙してて……そんな……この団体を作ったのも猫捨さんではなく犬飼……そんな……」
「先に逝ってなよ。姉ちゃんも向こうで待ってるから、寂しくはないだろ」
愕然とするキーコの首に、犬飼は部屋の中に置いてあったボールペンを突き刺したのよ~っ。
「お仲間達も後で送っておくさ。お前達は、殺しても飽き足りないくらいの罪を犯したからな。俺のファンを傷つけた。俺の中では断固として死刑が相応の大罪だ」
犬飼の声には深い怒りが宿っているように、あたしには感じられたわ。
意識が遠のく中、あたしはみっちゃんとタカシ君のことを思う。キーコ……いっぱい頑張ったんだけど、こんな結末になっちゃった……。悔しい……悔しいわっ。でも二人ともうすぐ会える?
いや、このままでは終われないわっ。例えみっちゃんの弟でも、あんな邪悪な男を放っておいていいわけがないっ。このまま死ぬのは悔しすぎる。許せないわーっ。キーッ!
死にたくないっ。死ねないっ。死なないっ。死ぬのは許さないっ。この男をッ……絶対っ、許さないぃぃ……! ウッキーッ!
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