第四十一章 29

「この猿がっ! ウッキーって鳴いてみろ!」

「モンキぃいぃッ、モンキィィマァジーック!」

「秀吉! 秀吉! 太閤検地早く!」


 今日もいじめっ子達が武蔵を取り囲み、歪んだ笑みを向けて罵ってくる。


 大安武蔵はいじめられる際、主にその容姿を罵られた。自分の顔が猿に似ているという、そんな理不尽な理由でだ。

 いじめている連中だって、他人の顔などどうこう言えるような面ではない。しかしそれをいじめっ子達の前で、口にできるはずもなかった。


 武蔵は小中高とずっといじめられ続けていた、そしてヴァン学園の三年になったある日、武蔵は耐えきれずに飛び降り自殺しようとしたが、九郎に止められた。

 九郎と知り合ったのはその時だ。彼はその時はアース学園の生徒であったが、彼もいじめられていたという話を聞いた。


「俺はいじめっ子達に復讐したよ。雪岡研究所って所で力を得てね。皆殺してやった。気分がすっきりしたけど、まだいじめのトラウマは残ってる。まだ夢に見る。殺したりない。一回殺しただけじゃあ気がすまない。でももう復讐のしようがない」


 武蔵の前で、九郎は暗い面持ちで語る。


「俺が代わりに殺してやってもいいけど、自分でケリをつけた方がいいよ」


 こうして九郎の勧めで、武蔵は雪岡研究所を訪れ、暗示を与える能力を身につけた。

 いじめていた連中には暗示をかけて、自分の家族を殺すよう仕向けた。家族を殺した所で、自分の目を潰し、そこで暗示が解除される設定にした。自分が家族を殺した場面の記憶も、ちゃんと残した。


「殺すだけじゃあ気が済まないから、一生苦しむ地獄をプレゼントしておいた」

「俺もそうすればよかったかな」


 武蔵の報告を受け、九郎は朗らかに笑った。


「でも僕も君と同じで、まだ復讐し足りない。僕の心には、十年近くもいじめ続けられていた記憶が、完全に焼きついてる」


 恥辱の少年時代を過ごすことになったのが、武蔵は悔しくて仕方ない。


「十年近くか……俺よりずっとひどいなあ」

「僕、いいこと考えたんだ。僕のこの能力を使って、世のいじめっ子達を凝らしめ続けて、他のいじめられっ子を助けるプラン。君も協力してくれないかな?」


 武蔵は、壮大なプランを九郎の前で打ち明けた。


 九郎は再度雪岡研究所へと足を運び、二度目の改造によって、いじめっ子といじめられっ子、いじめられっ子を助けた者を選別する能力と、導く運命操作術を習得した。


 武蔵は学校に結界を施して、大人数に暗示をかけようとしたが、力が不足していた。そこで計画は早くも頓挫しかけたが、そんな武蔵と九郎の前に、漆黒の肌を持つ少年が現れ、無言で力を貸してくれた。

 デビルと名乗ったその異形の少年が、何を思って力を貸してくれるのか、全くわからない。しかし彼は明らかに九郎と武蔵の味方であったし、彼の力があったからこそ、生徒達の心を縛り、外来者を寄せ付けない暗示結界を学校に築くことができたし、教師達を洗脳して手駒にすることもできた。


 かくして彼等は一つの学園をのっとり、いじめっ子と傍観者達にとっては地獄を、いじめられっ子達には天国となる世界を創りあげたのである。


***


「うおおおおーごっ!?」


 真っ先に攻撃してきた凡太郎は、冴子のハイキックを頭部に食らい、あっさりと崩れ落ちた。

 殴った対象に、負の念を物理パワーへと転換して破壊をもたらすという、かなり恐ろしい能力を持つ凡太郎ではあるが、戦闘訓練を受けたわけではないし、デビルに洗脳されても教師達のように潜在能力のリミッター解除も施されていない。様々な格闘技を学んでいるうえに、純粋に肉体の性能を上げたマウスである冴子の敵ではなかった。


「絶滅危惧戦士! ヤンバルクイナー!」


 ヘルムを被って変身した元太が名乗りを上げ、前に進み出る。


「何て頼りにならないんだ……」


 うつ伏せに倒れた凡太郎を見下ろし、呆れ顔になる九郎。


「五対二になっちゃったね……。ひょっとしなくても僕等、もう風前の灯?」


 武蔵が後ろ向きなことを言い、不安げな面持ちで身構える。


「こっちの計画が発動する前に居場所を突き止められちゃったからねえ。でもさ……最後まで全力で抗おう。俺達の楽園を護るためにさ」

「わかった」


 九郎が爽やかな笑みを浮かべて明るい声で言うと、武蔵も微笑をこぼして力強く頷いた。


 武蔵の横を、九郎が軽やかに舞って通り過ぎ、冴子と元太に飛びかかる。


(飛んだ!?)

(空中を……)


 冴子と元太が目を見張る。九郎は助走無しで前方に2メートルほど跳躍したかと思うと、床に着地することなく、何も無い空中を足場にして、さらに跳躍して、一気に冴子と元太の間にまで飛んできた。


「それっ」


 静かなかけ声と共に、九郎が冴子と元太に向かって手を突き出すと、二人は同時に足場の感覚を失くして、体が宙に浮き上がり、あげく半回転して足と頭が逆さまになった所で、床に頭から落下した。

 二人共、受身さえとれなかった。受身を取れずに頭を床に打ちつけるということは、ただそれだけで途方も無いダメージを受ける。その気にさえなれば誰でも試せるが、本能的な恐怖から、誰も試す気にはなれない事だ。


「重力コントロールの力みたいですねえ」


 優が九郎の能力の正体を言い当てる。


「本人が接近してきたということは、効果範囲も狭いと思われます」

「凄いね。すぐにそれを見抜くなんて……」


 優の方を見て、ゆっくりと着地した九郎が舌を巻く。


「他にも重力操作を使える子を知ってますからねえ」


 優が知る別の重力操作能力者――砂城来夢は、接近せずとも重力弾を飛ばして攻撃してくる。九郎の能力もそれなりに脅威ではあるが、来夢に比べればかなり力が劣ると見なす。


(でもこれは力が最小限に限定されて発動しているので、消すことはできませんねえ)


 かつて来夢の重力攻撃を消すこともできた優であるが、それは重力による影響を視界内で視認できたからだ。瞬間的にのみ、そして接近した相手にのみ重力操作を行う九郎には、優の消滅視線で、九郎の重力操作を消すのは不可能と判断する。


「そいつは私が相手をするよ。私が一番適している」


 主に優を意識して誓が言うと、様々な悪趣味デザインの人形やぬいぐるみを、周囲に具現化させていく。


(誓さん、私とは相性の悪い敵だと見抜いてましたかあ)


 誓の洞察力に感心し、同時に頼もしくも思う優。


(何かヤバそうだ……)


 夥しい数の人形を見た武蔵が、九郎を助けに駆け出す。

 その武蔵の前に、西洋甲冑が突然現れて、剣を振り下ろす。


 武蔵は驚いたものの、恐怖は無かった。

 甲高い音が響く。鎧の騎士の振るった剣は、武蔵の頭部を直撃したが、武蔵の頭は切れず、剣は武蔵の頭頂で止まっていた。


「硬い……」


 護が武蔵を見据えて呻く。騎士の鎧の感覚は、護にも伝わっている。


 騎士がさらに攻撃する。今度は武蔵の喉めがけて突く。

 またも甲高い音が響いた。剣の切っ先は弾かれていた。武蔵の喉には傷一つついていない。


(こいつの体、物凄く硬い。剣が通らない。あっちは誓が相性良い相手みたいだけど、俺の方は逆かな……)


 異常な硬さを見せる武蔵を前に、護はそう思いつつも、焦ってはいなかった。

 一方で九郎は人形達の攻撃を受け、焦っていた。


 優が見抜いたように、九郎は瞬間的にのみ重力を操作する。力を持続することはできない。連続で力を使うことはできるが、誓の人形の攻撃をそらし続けるのは、かなり骨が折れる。数が多いうえに、あらゆる方角から、次々と襲い掛かってくる。

 一斉に襲い掛かってくるのではなく、何体かずつしか襲ってこないのを見て、数は多くても一度に操作しきれないのだろうと、九郎は誓の能力の性質を見抜く。しかし見抜いたからといって、九郎の状況は何も好転しない。防戦一方に追いやられ、必死になって人形を重力で潰し続けている。


 武蔵が九郎の苦戦を見て、鎧の騎士を平然と無視し、九郎の助っ人に向かう。どうせ護の剣では、自分を傷つけられないとたかをくくっていた。

 しかし甘かった。鎧の騎士は武蔵を後ろから羽交い絞めにして、そのままうつ伏せに床に押さえつけてきた。


「こ、これ……」


 上から押さえつけられているうえに、肩と腕を同時に絞められ、武蔵はじたばたともがくが、どうにもできない。

 体の硬さだけではなく、ある程度肉体の純粋強化も施された武蔵であったが、この体勢では十分に力が出せず、鎧の力と重さをはねのけることができない。


「硬い体でも、その鎧の重さと力は関係ないだろ」


 護が静かに言い放つ。


 優は戦闘を尻目に、冴子と元太の元にしゃがみこみ、二人の状態を確かめる。気を失っているだけだったので、ほっとする。


 優はある理由で、戦闘には参加しようとせず、部屋の隅々を見渡し、常に注意を払っていた。


(室内にデビル君が現れたら、私がすぐに対応しないと……)


 みどりの報告では、視聴覚室内のどこかにデビルが潜んでいるという。しかし精神分裂体の精神世界からの探査でも、具体的な隠れ方はわからなかったとのことだ。


「うおおおーっ! ふっかあぁああぁあっつ!」


 冴子に昏倒させられた凡太郎が、叫び声と共に勢いよく起き上がる。


 その時、凡太郎以外の全員の電話が鳴った。


(取る余裕は無いけど、教頭からの電話か。何かあったのか?)


 人形の攻撃をいなしつつ、九郎は思う。

 確認できるのは優だけだ。バーチャフォンを取る。相手は竜二郎だった。


「ちょっとすとっぷっ、皆さん、戦闘を中断してくださあいっ」


 優が突然静止をかけるが、全員躊躇いつつも、動きを止めない。


「あほかーっ! その手はくわねーっ! うおおおぉーっ!」


 凡太郎が喚いて優に突進するが、優はカウンターの目潰しを凡太郎に見舞い、あっさりと撃退した。


「誓さん、ちょっとストップしてください。そっちの人、その電話、取ってください。多分異変を知らせる報告ですよう」

「何……?」


 優に促され、九郎が電話を取る。誓も優の指示に従い、人形の攻撃を止めた。


『大変です! 一部の生徒達がエスカレートして、来場者の見ている前で殺人に発展しています! そのうえ来場者に手出しする者が現れ、逆に来場者が何故か暴走して生徒に襲い掛かるケースも発生しています!』

「はあぁっ……?」


 教頭の必死な声による報告を受け、九郎はぽかんと大口を開け、素っ頓狂な声をあげた。

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