第四十一章 11

 誓と護は、優と冴子に事態を報告し、休み時間に優に一年一組の教室に来てもらった。


 教室内の二つの死体は、教師達の指示により、BとCの生徒によって片付けられた。焼却炉に放り込まれて、焼き芋と一緒に焼かれる運命だ。そしてその焼き芋はCの生徒に食べさせ、Cが焼き芋を食べて美味しいと叫ぶ様子を見て皆で楽しむ趣向となる。それが学園内での死体処理の決まりとなっていた。


「大騒ぎになっていましたねえ」

「今日、この状態で誘拐は辛いんじゃない?」

「この騒ぎ、黒幕も絶対気付いていると思うし、うちのクラスは目をつけられると思う。一組の担任も行方不明になってるしね」


 優、護、誓がそれぞれ言う。


「私が黒幕さんの立場なら、今後は一年一組にこっそり隠しカメラつけて、監視しますねえ。ていうか、校門にもすでにカメラがつけられているのを確認しましたから、気をつけてくださいねえ。あれは私のせいですけど」

「優のせい?」


 何をしたのだろうと訝る誓。


「吊るされた死体、いつも消してましたからあ。やめた方がいいとはわかっていましたけど、死者を晒し者にするとか、見過ごせませえん」

「いや……その消すって能力をあまり使わない方がいいよ……。変な話だけど目立たなくする力なのに、目立っちゃう。死体はどこに消えたのかって話になる。ただでさえ校門の死体も消してるのなら、黒幕はますます不審がるよ」

「でしょうねえ。不思議に思ってカメラつけたくらいですし。申し訳ありませえん」


 誓の言葉を素直に認め、優はぺこりと頭を下げる。


「謝ることないけど。でもさ、それって、派手な動きをすれば、黒幕も一応気にしてアクションを起こすっていう証明になってるよね?」

「はい。私と同じで、気にして動いちゃうタイプみたいですから、その性格、黒幕さんの正体を突き止めるのに利用できると思いますよう。町子先生を誘拐した後に、考えてみましょう」

(すごいなー、この二人)


 二人の少女の会話を聞きつつ、誓の洞察力と優の利発さに、護は感心していた。


「気になっていた事があるんだけどさ、優と冴子先輩は暗示が一度解けてるのよね? 雪岡研究所で一旦解いてもらったんでしょ?」

「はい」


 誓の質問に、優は頷いた。


「じゃあ、外に訴えることもできるじゃない。警察じゃ頼りにならなくても、解決できそうな人達に協力を求めるとか、そういうの心当たりは無い?」


 優と冴子が裏通りの人間ではないかと踏んで、誓は尋ねてみる。


「えっと……解決できそうなのは、私と冴子さんですう。バラしちゃいますけど、霊的国防機関というのがあって、私達がその一員ですし、私達で解決しちゃえばいいかなーって。でも協力者はしぼった方がいいんですよねえ。学園内部にいて、私達の味方になってくれそうなマウスである、誓さんと護君、それに誘拐時に手を借りる人くらいに留めます。場合によっては、もう一人くらい追加しますけど、黒幕さんの正体がわからないのに、あまり人を増やしすぎるのは良い手ではありませえん」


 次から次へいろいろと衝撃の事実を曝露してくる優に、誓と護は引き気味になっていた。


「町子先生の件はどうする? 一組の騒ぎのせいで、他の授業も中断してるよ」

 護が確認する。


「予定通り今日中に実行しましょう。予定を伸ばす意味はないですし、町子先生もまだ校内にいるようです」

 優が言った。


「そういえば、話は変わるけど、優と冴子先輩も夢は見る?」

「同じ夢の話ですかあ? いじめられている子の夢、見ますよう」


 誓が尋ねると、優は即答した。


「BやCは見ないらしいよ。いじめられてなくても見るってことは、やっぱりAだけ限定か」

「あれって何の意味があると思う?」

「黒幕さんの仕業ですかねえ? そうだとしても、どういう意味があるのかわかりません。あ……」


 ふと、優は思いつく。


「夢の意味を探ること、できるかもしれませんよう。雪岡研究所で、町子先生の洗脳を解いてくれる子に頼めば……。何でもっと早く気づかなかったのかなあ、私も馬鹿ですねえ」


 そう言ってこつんと拳で己の頭を小突いてみせる優。


「優と冴子さんの暗示を解いてもらえたなら、その方法で学校の生徒全員の暗示も解けないかなあ。学校に足を踏み入れると暗示にかかるようになっているのなら、一度暗示を解いたうえで、もう学校に近づかなければよくない?」

「それは現実的ではないですよう。中等部と高等部合わせて、二千人近くいる学園の生徒全員の暗示を解くなんて大変です」


 誓が提案するが、優は難色を示した。


「でも催眠暗示をかけた側は、一度にそれだけの生徒を暗示にかけたんでしょ?」


 誓がなおも食い下がる。


「そもそも純子さんはそこまで協力してくれないと思うんですよねえ。黒幕さんもマウスなわけですから」


 暗示を解くのは純子ではなくみどりであったが、ここではそれは触れないでおく優。


「優さんや町子先生の暗示解除は協力してくれるけど、直接解決に至る協力はしてくれないのか……。何だかなあ……」


 純子に苦手意識を持つ護であったが、優の話を聞いて、苦手意識どころか反感も抱きつつあった。


***


 その日、武蔵と九郎は放送室にいた。


「またとんでもないことが起こったね」


 九郎が難しい顔で切り出す。


「一年一組のあの騒動……の前に、担任教師も行方不明になっている」


 武蔵が顎に手を当てて言う。


「Cの男子の腕が触手化して、Cの女子を一人殺害。その後、そのCの男子も死亡したが、腹部に大きな刺し傷があり、死因はその刺し傷。つまりCの男子を殺した者がいるってことだ」


 武蔵はさほど頭が回るわけではないが、流石にそれくらいは判断がつく。


「殺したのも一年一組の生徒かな? 問題のクラスには隠しカメラをつけた方がいいね」

「教師に手配させるよ」


 九郎の言葉を受け、武蔵がメールで命令を下す。


「触手とやらで暴れたCの生徒も、雪岡研究所で改造されたのかな? 僕と九郎だってマウスだ。一つの学園に他にもマウスがいたって不思議じゃない」

「雪岡純子の介入にしては変だ。変身して暴れようとして、誰かに殺されたとかさ……」

「殺した方も殺された側もマウスって可能性もある。さもなければ、たまたま生来の超常の力を備えた人間とかさ」

「イレギュラーすぎるね。いずれにせよ、一年一組は要注意だ。生徒も一人一人調べてみた方がいい」

「わかった」


 九郎の意見に従う形で、新たに手配を行う武蔵。


 二人のいる放送室に、三人目の人物が現れる。

 武蔵も九郎も驚かない。その人物は仲間だからだ。少なくとも二人はそう思っている。


 武蔵はこの学校に暗示結界を築いたが、実は武蔵だけの力では、結界を維持しきれない。今現れた三人目の力と組み合わされて、維持が出来ている。教師の洗脳もそうだ。二人がかりによる暗示と洗脳だった。

 その三人目の意図は、武蔵も九郎もいまいちわからない。何しろ一切喋らない。しかしかろうじて意思の疎通はできる。武蔵が結界を築いている際に現れ、無言で力を加えてくれた。教師達を洗脳してまわったのも、彼の仕業だ。


 一切の光を吸収しているような、黒い肌。黒人の肌のそれよりずっと黒い、真っ黒な肌。体の隆起さえもわかりづらいほどの黒い肌。少なくとも顔は目ぐらいしかわからない。鼻も口もよほど近づいてみないと見えず、顔が目以外、黒一色で塗りつぶされているかのように見える。

 全く喋らないその黒い少年の、一応呼び名だけは知っている。喋らなくても文字は書けるし、たまに文字でコミュニケーションを取ってくる。しかしそれも本当にごくたまにだ。


「デビル、一応状況を報告しとくね」


 どこからともなく――部屋の扉さえ開ける事無く室内に入ってきた黒い少年の名を呼び、九郎が一年一組にまつわる話を報告していく。


 九郎が喋っても、黒い少年はまるで聞こえてないかのように無反応だ。床に無造作に腰を下ろし、九郎にも武蔵にも視線を向けず、ただじっと前を見ている。

 彼のこの態度にも慣れたので、九郎も武蔵も気にしない。


「そういや夢の噂を聞いたか?」


 報告が終わった所で武蔵が、自らの呼び名をデビルと名乗った黒い少年に声をかける。

 Aの生徒達が共通で見る、いじめられている子の夢の存在。それは武蔵と九郎も知っているが、二人はそんな夢を見ていない。具体的な内容も知らない。自殺者の遺書で初めて夢の存在を知った。

 生徒達に夢を見せているのは、この漆黒の肌を持つ少年の仕業ではないかと勘繰っているが、その意味はわからない。そして――


「と、聞いても答えないか……」


 武蔵は諦めたが、激しく気になっていた。デビルが何か企んでいるのではないかと。今の所は協力してくれているが、何も喋らないし、共通の悪夢とやらが彼の仕業であるとしたら……

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