第四十一章 2

 昼食前には必ず、全校生徒が体育館へと集められる。

 昼食を美味しく食べられるようにするための、ありがたい取り決め。毎日、愉快な儀式が行われる。


 巨大なホログラフィー・ディスプレイに、一年生から三年生まで、Cの名前が横向きに羅列される。


『ルーレットスタート!』


 校長が禿頭をテカらせて笑顔で叫ぶと、名前欄を高速で光が走り出す。

 やがて光の速度が徐々にゆっくりになり、名前の一つに光が止まった。


『三年四組、美川美子さん! さあ、こちらへ!』


 多くのCの生徒が安堵する中、ルーレットに当たってしまった不幸な女子生徒が脅えながらも、校長のいる壇上へと昇る。


『ではルーレット二回目、はりきっていってみよう!』


 ホログラフィー・ディスプレイに、今度のルーレットには、様々な単語が書かれている。耳、目、鼻、口、歯、髪、爪、眉、指、手、足、乳首、性器、首。全て体の部位だ。

 壇の下では教師達が、様々な道具を手に持ち、生徒達に同じ笑顔を向けている。手にした道具は、ナイフ、爪きり、スパナ、ペンチ、ハサミ、カミソリ、チェーンソーといった、その多くが切断に使う道具だった。


 女子生徒は目を瞑って祈る。どうか眉か髪に当たってくれと。しかしそれらの確率は低い。


 ルーレットが止まる。女子生徒が恐る恐る目を開けると、性器の文字が光っていた。女子生徒が蒼白になる。


『おおーっと! 今日は見物だぞー! 女子生徒の性器切断! アフリカの割礼みたいだぞーっ! 皆さん、この貴重な光景、しっかりと目に焼き付けて、一生の思い出にしておくようにね!』

『はい! 素晴らしい学園生活を謳歌させていただいている事に、感謝します!』


 校長がいつもの台詞を口にすると、それに合わせて、CとBの生徒達が一斉に決められた台詞を大声で叫ぶ。Aの生徒は免除されている。叫ばなかった生徒や声の小さい生徒は、同じように壇上に上げられて、儀式の生贄となる決まりとなっているから、皆必死に大声で叫ぶ。


 壇上の女子生徒が複数の教師に取り押さえられ、服を脱がされていく。女子生徒が悲鳴をあげ、助けを乞う。しかし作業は淡々と進行する。BとCの生徒はそれらをしっかりと見ないといけない。顔を背けたり目を閉じたりしたら、その生徒も壇上に上げられ、同じ部分を切除される。


(これを仕組んだ誰かさんは、こんなことを続けて本当に楽しいの? 私はうんざりよ……)


 誓は顔を背けて、声に出さずに吐き捨てる。Aは顔を背ける行為も免除されている。


 日が経つにつれ、誓の中で、ある欲求が膨らんでいく。実行するのは躊躇われていたその欲求は、最早爆発寸前だった。


 そしてその日、ある事件が起こり、誓が覚悟を決めるきっかけとなった。


***


 生徒達が昼食の最中、Aの自殺者が出た。飛び降り自殺だった。遺書も書き記されて屋上に置かれていた。


『この学校をこんな風にした誰かさん。きっとあなたも私達と同じなんでしょう? だからこうやって仕返ししているんでしょう? でも、自分がやられて悲しかったことを、今度は他人にやりかえして喜ぶなんて、私にはできない。信じられない。耐えられない。加害者になって嬉しいわけがない。心残りなのは、毎晩見る誰かがいじめられている夢。あれは一体何なの? 誰かの助けを呼ぶサインなの? でも私は助けてあげられない。ごめんなさい』


 遺書には次のように書かれていた。それは学校内でちゃんと公表された。


「あの夢なら俺も見るぞ」

「私も毎晩見てる……」

「同じ夢を皆見てるってこと?」

「俺は知らないな……」


 遺書を見て、他の生徒達の立ち話を聞いて、誓と護は初めて自分以外もその夢を見ている事を知った。


「赤口君と私だけじゃなかったのね」


 自分達だけではないと、何となく予想はしていたが、次々と驚く生徒達の数を見て、誓は啞然とする。


「ていうか、こんなに大勢の生徒が、三週間も前から同じ夢を見ていたっていうのに、その事実に誰も気がつかないなんて……。今になって明らかにされるなんて……」

「もっと異常なことが、現実に起こっていたからだろうね。それと、夢を見たのは Aだけみたいだね」


 護の言葉に、誓は納得した。


(もう……耐えられない。でも、私一人じゃ……。それに、私の本当の望みは……)


 じっと護の顔を見る誓。つくづく可愛い顔をしていると思う。誓の保護欲を激しくくすぐる。


「何?」

「いや……気にしないで」


 つい見とれてしまっていた事に気がつき、護に問われ、誓は慌てて目をそらした。


***


 友引誓の部屋は、様々なぬいぐるみと人形で四方を埋め尽くされている。床にも幾つも転がっている。

 誓にとって人形は趣味を超越したものになっている。


「ただいま」


 学校から帰宅した誓は、自室に入ってから、外には聞こえない声で帰宅の挨拶をする。部屋の中の人形達を意識して。


「さーて、今日は誰と遊びましょーかねー」


 この部屋以外では絶対に出さないような猫撫で声をあげて、室内の人形やぬいぐるみを見渡す。

 やがてウサギとペンギンのぬいぐるみと、戦隊ヒーローのレッドの人形を手に取る。男の子向けの人形もかなり多い。


「うへへへ、ラビットお嬢ちゃん、泣いても叫んでも助けにはこないんだよ~」


 ペンギンのぬいぐるみをうさぎのぬいぐるみに覆い被らせて、にたにた笑いながら、ねちっこい悪漢の声を出す誓。


「いやあああ、ペンギンマンなんかに私の純潔があ~」


 ウサギのぬいぐるみの股を大開きにしてぶるぶると震わせて、誓は裏声で悲鳴をあげる。


「あ、今ペンギン差別しやがったなあ~。もう許せねえっ。マイナス60度のブリザードにも負けず、世界一過酷な子育てをしているコウテイペンギンを舐めるなよ~っ」


 ウサギの開いた股の間にペンギンを押し込み、また悪漢声を出す。


「そこまでだーっ!」


 精一杯凛々しいつもりの声をあげると、戦隊ヒーローのレッドの人形を手に取る。


「お、お前はっ!? 赤口護!」


 悪漢声でペンギンを振り向かせる。


「赤口君、助けてーっ!」


 ウサギのぬいぐるみを掴み、裏声で助けを求める。


「ペンギンマン! 俺が来たからにはもう好き勝手させないぞ! 護キーック!」


 凛々しい声をあげ、レッドの人形を掴むと、レッド人形の足でペンギンのぬいぐるみに突き立てる。


「つ、強いっ、一発で改心したくなる一撃! いや、むしろこれはもう改心しますっ!」


 悪漢声から情けない声へと途中で変え、ペンギンのぬいぐるみをうつ伏せにしてぐりぐりと床に押し付け、謝罪をしている風に見せる。


「ありがとうっ、赤口君っ!」


 ウサギのぬいぐるみをレッドの人形に押し付けて、抱きあう風に見せる。


 友人もできず、親にも相手にされず、学校でもいじめられていた誓は、小中学と一人でこうした空想人形劇を続け、高校になった今でもその延長で続けている。小学校高学年の時点でもうやめようと思ったが、自分には空想の住人と戯れることしか、心を安定させる方法が無い。

 護にこのことを知られたらどう思われるかと、何度も意識して、その度に魂が抜けかける。


 ふと、ヴァン学園のことをいろいろ考える。


 誓は自殺する気など無いが、Aの中に自殺した者が現れたという話も、不思議ではないと感じてしまう。元いじめられっ子のAからしてみても、学校の今の有様に満足しているわけではない。

 中には現状をよしとして、積極的に虐げる側になるAもいるが、誓はそうした輩を心底軽蔑している。自分がいじめられて嫌な想いをしていたのに、今度は自分がやる側に立っていじめるという神経が理解できないし、激しく嫌悪感が沸く。


 これからどうなっていくのか、それも不安だ。こんなことがいつまで続くのだろう。卒業する時はどうなるのか。いや、そもそも無事卒業できる保障も無い。Aだからといって安心はできない。


(明日、赤口君に話してみよう……。断られたら、一人でやろう)


 誓は密かに夢見ていた。誓は学校があんな風になってうんざりする一方で、密かにこの状況を利用できないかと考えていた。

 ディストピア化した学園の謎と見えない敵に、片想いの護と二人で敢然と立ち向かうという、燃えるシチュエーション。もし実現したら、こんなに素晴らしいことはないと、誓は夢想している。


***


「このサルがっ! ウッキーって鳴いてみろっ!」


 赤口護はまたいつもの夢を見ていた。誰かがいじめられている夢。いじめている内容も顔ぶれも、いつも同じ。

 例えそれが自分ではなく他人でも、護るはいつも、いじめられる側の気持ちになって考えてしまう。自分と重ね合わせてしまう。

 いじめる側の楽しそうな顔を見る度に、自分をいじめていた連中の顔も思い出し、怒りに打ち震える。


 この夢の意味は何なのか? 自分ではないこの人物は何者なのか? 疑問の答えはいつになっても出ないが、誰かが意図して自分に見せているという気はしている。強く感じる。


 夢から覚める。朝だ。目が覚めて朝を迎える度に、憂鬱になる。今日もまた、半ば異世界と化した学校に登校しないといけない。


 正直な所、学校があんな風になって、最初はすかっとする気持ちもあった。しかし繰り返される虐待と、日々エスカレートして死人も続出していく有様に、例え安全圏にいようと、護は学校に行くのが嫌で嫌で仕方なくなっていた。

 自殺をしたいとまでは思わないが、自殺したというAの生徒の気持ちも、わからなくもない。


 この先どうなるのか。いつまでこんなことが続くのか。

 考えても答えは出ないが、護は何度も意識してしまう。自分が底無しの闇の中にすでに落ちていて、その中を漂うだけで、これから先も延々と闇に覆われているような、そんなヴィジョンが見えてしまった。

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