第四十一章 1

 私立ヴァン学園校門には、今朝も遺体が吊るされている。今朝は中年の男女だった。

 遺体の損傷は激しく、残忍な殺され方をされた事が一目瞭然であった。二人とも目玉がえぐられて、目は空洞と化し、顎から下が無かった。下半身は完全に消失し、内臓も大半が抜け落ちている。


 校門に吊るされた遺体は目立ち、学園前を通りがかった者の目にも頻繁に映る。警察が来たこともあったが、何故かすぐに帰ってしまう。マスコミも同様だった。そしてネットに上げられるようなことも無い。

 それはきっと、学校に通う生徒達に働いている力と、同じような効果が働いているのだろうと、生徒達は判断していた。


「いやああああっ!」


 吊るされた男女を見て、絶叫する女子生徒がいた。吊るされた中年男女の娘であった。

 しかしそれを横目に見て、生徒達は何の感慨も無い。もう見慣れた光景になりつつある。これが日常と化しつつある。


 最近ヴァン高校に転校してきた一年生である、仏滅凡太郎ぶつめつぼんたろうは推測する。今叫んでいる女子生徒は、両親に学校の現状を訴えて、それで両親が学校に乗り込んできた――というわけではない。娘の家庭での振舞いを不審に思った両親が、学校に原因があると思って自発的に乗り込んできたのだと。そして毎度の結果に至ったと。


 生徒達は告発できないのだ。凡太郎も試してみたが、無理だった。外部に知らせようとしても、手が動かず、声も出なくなる。そういう暗示がかけられている。


 しかし凡太郎は知らなかった。絶対に誰にも告発できないわけではなく、例外もいるということに。とはいえ、それに気付けというのも難しい話だ。そもそもどうして学校がこんなおかしな世界になってしまったのか、それ自体が謎だというのに。


 凡太郎がヴァン学園に転校してきた二週間前には、すでにこの学校はこんな感じだった。


***


 私立ヴァン学園。一年一組。朝のホームルーム。


「今日は転校生がいます」

「今日も……だろ」


 担任教師の言葉に、誰かがぽつりと呟く。口にせずとも、皆同じことを考えている。転校してきた生徒達も。

 毎日のように、転校生が何人も転校してくるのである。一学年だけで、二十人以上も転校してきたこともある。


 最初は誰もがおかしいと感じていた。だが、次々訪れる転校生という異常事態が、些細なことに思えてしまうほどの恐ろしい異変が、護の通う高校に起こったのである。


 まず、欠席者が一人残らず消えた。どんなに重い病気にかかっていても、生徒達は出席する。

 現に今、護がいる一年A組には、肺炎でも出席している生徒がいる。


「貴様! そんな病気にかかりおって! 他の生徒に伝染ったらどうする!?」


 息も絶え絶えで、咳ばかりしている生徒に目をつけ、担任教師が悪鬼の形相になる。


「だって……休むこともできないし……げふっげふっ」


 本当は休みたかった。しかし誰も休むことはできない。病気で休もうとしても、何故か登校してしまう。親族の不幸があって葬式に行こうとした生徒が、何故か学校に来てしまうという事もあった。

 それよりもっと多いのは、学園のこの惨状に恐れを無し、登校拒否しようとした生徒達だ。それらも毎日ちゃんと登校している。


 その状況を見て、自身で思い知って、生徒は全員嫌でも理解した。皆ここから逃げられないのだと。


「言い訳は許さーんッ!」


 いつも通り容赦なく殴ろうとした他人教師であったが――


「Bに暴力はやめてと言ったはずです」


 一人の生徒が告げると、担任教師の動きが止まった。

 発言したのは赤口護だった。


「あひゃあぁっぁ!? す、すみませんでしたああぁっ」


 護に向かって土下座する担任教師。


「流石はA様だよな……。B限定でかばうんだからよ」


 忌々しげに呟いたのは、かつて中学高校と護をいじめていた坊主頭の生徒、丸米実まるこめみのるだった。

 実の顔には、幾つも殴られたあざが残っている。頭部に至っては切り傷や刺し傷が生々しいが、絆創膏すら張っていない。絆創膏を張っても「Cの分際で生意気な!」と言われてはがされたうえに、傷口に指やペンやコンパスを突っ込まれるからだ。さらに極めつけは、耳が片方無くなっていた。


「そりゃCをかばってあげる必要なんて無いもの」


 そう言ったのは護ではない。友引誓だ。実にも聞こえる声ではっきりと告げた。


「それに……Aだってヴァン学園そのものからは逃げられないし、ヴァン学園のルールにも従わされている。逆らう度合いによっては、Aでさえ殺されているのよ?」


 誓がなおも言ったが、実は鼻で笑った。


「元いじめられっ子がA様扱いされているからこそ、お前も堂々と俺にそんな口きけるんじゃないか? 立場が逆転して、本当は喜んでいるくせに、被害者ぶっでべっ!?」


 実の言葉は担任教師によって中断させられた。人とは思えぬ怪力で、顎を掴まれ、そのまま顎が砕けるのではないかと感じさせるような握力を加えられる。


「Cの分際でA様に楯突くとは、絶対に許さーんっ!」


 その後、担任教師の容赦ない暴行が、いつものように実に向けて炸裂したが、護は、今度は止めようとはしなかった。止めたいとも思わない


 大きな変化をきたしたこの学校の正体に、誰もがもう気がついている。実が口にしていたように、虐げる者と虐げられる者の立場が逆転したのが、今のヴァン学園なのだ。


 この学校では、生徒がABCでランク付けされている。制服にABCのバッジをつけることも、義務付けられている。支配者的立場で特権階級のA、雑用全般を強いられる奴隷階級のB、そして家畜以下の扱いを受けるC。

 元いじめられっ子と、いじめられっ子を助けたことがある生徒は全てAに入れられ、教師でさえ逆らえない。その一方でBとCはろくな扱いをされない。特に元いじめっ子であるCに関しては、毎日壮絶な虐待を受ける。不遇になった者はもちろんのこと、死人も珍しくないという有様だ。


 毎日次から次へとやってくる転校生は、今のところ全てAかCである。Bの人口が多数を占めるという理由もあるだろうが、虐げる対象としてのCと、逆転して支配者階級になったAを増やし続け、支配構造をより顕著にしている。


 教師は全員おかしくなっていた。『授業』を行い、BとCに命令を下すのも、Cを積極的に虐げるのも、教師達の役割だ。

 何者かの意志が働いているのは明白だった。そして学校をこのようにした者は、いじめられっ子であり、いじめられていた恨みを晴らすために、こんな歪んだ世界を作ったのであろうことも、容易に想像がついた。


***


 そして今日も『授業』が開始される。

 今のヴァン学園における授業は、通常の学校の授業とは根本から異なる。


「C、起立」

 担任教師の声が重く響く。


 立ち上がった生徒達は、あからさまに脅えていたり、死んだ魚の目のようであったりと、一様に暗い。


 今日転校してきたばかりの生徒が、その異様な光景を見て戸惑う。


「おい、転校生。お前もCだから立て」


 担任に命じられ、転校生も戸惑いながらも立ち上がる。担任の形相が恐ろしく、そのうえ声も有無を言わせぬ迫力に満ちていたので、拒むことなどとてもできなかった。


「さて、今日の授業は何がいいか、Aの生徒様に選んでもらおうか。Aで希望のある人は挙手して~」


 突然猫撫で声を出す担任教師。

 Aの生徒が何人か挙手する。その中には護と誓もいる。


「う~ん、どうせ優しい友引さんと赤口君は、簡単な授業しか選ばないしなあ~」


 にやにや笑いながら口にした担任の言葉に、誓は諦めたように手を下ろした。護はそれでも上げ続ける。


「よーし、今日は小堺さんに選んでもらおうっ。いつもいいチョイスしてくれるしね。転校生もCだし、とびっきりの奴を頼むよっ」

「はい」


 小境と呼ばれた女子生徒は、悪意に満ちた笑みを広げて返事をした。


「新しい授業を考案してきましたので、お願いします」

「どれどれ、先生にデータを送ってみなさい」


 担任に小堺は指先携帯電話で内容を転送する。


「こ~れは素晴らしい。流石は小境さんだっ」


 担任教師がホログラフィー・ディスプレイを見て、会心の笑みを浮かべて称賛する。


 やがて担任教師の指導の元に、Cの生徒達がクジを引いていく。

 CとBの生徒達で、机と椅子の移動を始める。Aは何もしない。そうした肉体労働は、Aの分も全てCとBがすることになっている。


 机を教室の中心に寄せてぴったりとつけて、教室の前から後ろへと一直線に続く長い台座を作る。クジ運の悪い生徒達が台座の上に並んで寝る。

 転校生もクジはハズレだった。わけがわからないまま、指示に従って机の上に仰向けに寝る。


 そしてクジ運のよかった生徒達のうちの一人が、目隠しをした状態で、机の上に寝た生徒達の上を一人一人踏みつけて、教室の後ろから前へと駆けていく。

 この時、下敷きになった生徒を、全員踏みつけないといけないルールだ。目隠しした状態では中々難しい。

 しかしだからといって、ゆっくり丁寧に探りながら踏みつけてはいられない。駆ける役の生徒に向けて、Bの生徒達が、硬球、濡れた雑巾、はさみ、刃を出したカッター、ペンチ、コンパスといったものを次々と投げてくるのだ。


 頭部を踏むと滑って転ぶこともある。鳩尾を勢いよく踏まれて、苦しげにむせぶ生徒もいた。


「何だよっ! これっ!」


 何度か踏まれた後、転校生がたまらなくなって起き上がった。

 その転校生の頭を、担任が後ろから椅子で容赦なく殴りつけた。頭から血を流しながら、うずくまる転校生。


「はい、教育的指導決定~。いや、今のは違うね。指導はこれからですよ~」


 担任教師が嬉しそうに笑い、椅子を捨てて、懐から木工用ボンドを取り出す。


「んぐ!? んごごごごごごッ!」


 そして転校生の顎と頬を片手でがっちりと掴み、口を強引に開かせると、わずかに開いた口に、ボンドの口を乱暴に突っ込んで、中味を流し込んでいく。


「うげーっ! ぐえええぇっ!」


 解放されたところで、蹲って必死にボンドを吐き出す転校生。


「こらーっ! 床を汚すな! さらなる教育的指導決定!」


 担任教師が悪鬼の形相となって、転校生の髪を掴むと、顔を無理矢理上げさせて、唇を強力ホッチキスでとめていく。


「んーっ! んーっ!」


 口をホッチキスで縫い付けられ、声すらまともにあげられなくなる転校生。


 この学校における、三週間前からの授業風景。どのクラスでも、同様のことをしている。これまでにいじめを行っていた経験がある者が、様々なメニューで延々といじめられ続ける。それが私立ヴァン学園の『授業』である。

 誰も逃れることはできない。欠席しようとしても、どういうわけか出席してしまうのだから逃げられない。強迫観念のようなものに突き動かされ、たとえ40度の熱があろうと出席する。


 誓と護は試してみたことがないので知らないが、生徒達は親にも警察にも相談できない。喋ろうとしたり、文字で伝えようとしたりすると、体が固まって、それらの行為ができなくなってしまうのだ。

 たまに不審に思って訪ねてきた警察は、何故か異常無しと判断して帰ってしまうし、乗り込んできた家族は、殺されて校門に吊るされる。


 こうして学園は外部から干渉される事も無い聖域となり、元いじめられっ子達にとっては、素晴らしい楽園を維持している。

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