第四十一章 学園をグラン・ギニョールにして遊ぼう

第四十一章 四つのプロローグ

 小さい頃の大安武蔵おおやすむさしは、その勇ましい名前とは逆に、とても優しく、そしてとても臆病な子供だった。

 争いごとは好まず、自分を出そうとはせず、誰かと衝突すれば自分がまず引く性質。優しさと臆病さの双方から、自分より他人を気にする。


 そんな性格だったから、いじめられるようにもなったし、いじめにも抗うことができなかった。それどころか、いじめっ子達を憎むことすらできなかったほどだ。

 家族もあてにできない。高級官僚である両親は、体面を気にして長男の進学だけに力を注ぎ、出来の悪い次男である武蔵にはそうそう見切りをつけて全く無関心で、相談などできる空気ではない。親には玩具を買ってもらった覚えも無いし、家族で遊びに連れていってもらった事も無い。


 武蔵はいつしか楽園を夢想するようになった。誰もが平和に暮らせる世界。争いが無い世界。誰も他人を攻撃する事の無い世界。人が人を傷つけない世界。そして人と人が助け合う世界。


 いじめは小、中学校時代延々と続いた。高校になってからは、いじめていた連中とは離れられたが、またそこで、別の生徒にいじめられるようになった。


 武蔵の心の楽園はいつしか歪んでいった。それは彼が歪んでいったからに他ならない。純粋だった彼も、人を憎まなかった彼も、次第に憎悪という感情が芽生えていった。心の中で平和な楽園を望むのではなく、自分を虐げる者達を逆に虐げ返す楽園を夢想するようになっていった。


 そして武蔵はネットで、都市伝説のような噂を知る。命の危険もたっぷりある実験台となることと引き換えに、願いをかなえてくれるという、雪岡研究所の噂。いじめられっ子が足を運び、そこで力を身につけていじめっ子達に復讐したり、復讐せずともいじめを無くしたりといった報告も、数多くあるという。

 武蔵は雪岡研究所へと足を運び、力の獲得を願った。


 それが一ヶ月前の話。


***


 それは三週間以上前からの話。


 赤口護せきぐちまもるは数日前から毎晩、奇妙な夢を見るようになった。誰かがいじめられている夢。物凄く気分の悪い夢。かつて自分がいじめられていた事をどうしても思い出す。しかしいじめられているのは自分ではない。


 いじめられているのはいつも同じ子だ。護はいつも傍観者として見ているだけ。

 いじめられている際に、いつも同じ言葉で罵倒されている。サル、エテ公と。


(助けてあげたい。いや、俺と同じように、雪岡研究所に行って改造してもらえばいいって、教えてあげたい)


 夢から覚めた後、いつもそう思う。そしてこの夢が、何か意味のあるものではないかと思い始めている。


 護もかつてはいじめられっ子だった。しかし、ある人物に勧められて、雪岡研究所で改造してもらって力を身につけたことで、いじめの問題は解消した。

 こんな夢を毎晩見るのも、改造されたのが原因ではないかと、そう勘繰った。雪岡純子にも連絡しようかと悩んだが、正直これ以上はあまり関わりたいと思わなかったので、やめておいた。


 毎晩見る同じ夢の意味がわからない。助けを求めているのかもしれない。しかし夢から覚めると、いじめられていた子がどんな顔をしていたかも覚えていない。自分以外の同じ誰かがいじめられているとしか、覚えていない。


 しかし、そんな夢よりさらにとんでもない異変が、現実で――護が通う学校で立て続けに発生した。


「今日は転校生がいます」


 ある日、覇気の無い顔で告げた教師の言葉に、またかと護は思った。昨日も転校生がいたというのに、連日である。しかも何故よりによって同じクラスに入れるのかと、疑問を抱く。


 異変はその時すでに始まっていた。


***


 それも三週間以上前からの話。


 友引誓ともびきちかいは毎晩、奇妙な夢を(中略)誓は傍観者として見ているだけ。


 いつも同じ言葉で罵倒されている。サル、エテ公、モンキーなんだよと。それらの罵っているいじめっ子共に、誓は心底怒りを覚える。


(私、誰かに攻撃されてる? 例えば私と同じように、雪岡研究所で能力を得た何者かの能力で……。例えば私とは逆に、いじめっ子が雪岡研究所で力を得たパターンとか)


 頭の回転が早く、同時に妄想癖を持つ誓は、そんなことを考えてしまった。


(これ、あの子に相談すべきかなあ……。でも……)


 誓がまず思い浮かべたのは、同じクラスにいる男子生徒だった。見た目より幼くて、どう見ても中学生しか見えないほど小柄で、小動物を連想させる可愛い系の美少年。誓とは仲がいい――と、誓は少なくとも勝手に思っている。誓が恋心を抱いている相手だ。


「あ、その夢、俺も見るんだよっ」


 誓が好きな相手――赤口護せきぐちまもるは、驚愕の表情でそんなことを口走った。護の言葉に、誓も驚いていた。


「ひょっとして雪岡研究所で改造された悪影響かな?」

 誓は真っ先にそれを疑った。


「それならさ、どうして俺と友引さんの二人なの? 雪岡研究所で改造されたマウス全員がその夢を見てもいいはず。でも、雪岡研究所で改造されたマウス限定の会員制サイト見たけど、そんな話全然出てないよ?」


 護の言葉を聞いて、そんなサイトがあることそのものに驚く誓。そして護が意外と行動力があることにも驚いた。


 護が思い切って、二人のマウスが同じ夢を見るという書き込みを掲示板にしてみたが、同様のケースがあるという反応は、返ってこなかった。雪岡研究所に赴いて調べてもらえとレスされたが、護は雪岡研究所に激しい抵抗があるようなので、その時は行かずじまいになってしまった。


 夢はその後も相変わらず見続けた。しかし二人の生活に具体的な影響も見当たらないので、二人は次第に気にしなくなり、話題にも挙げなくなっていった。


「今日は転校生がいます」


 その日、幽鬼のように存在感の無い担任教師の告げた言葉に、誓は耳を疑った。


「どういうことだよ、先生。三日連続だぞ」

「二組と四組にも転校生いたらしいよ。それも二日前からずっと」


 生徒のうちの二人が発言する。


「何だとぉっ!? 今、何て言った!?」


 いつもやる気が無く事務的な担任教師が、憤怒の形相になって声を荒げたので、生徒達は呆気に取られた。天変地異並に頭の中が真っ白になった。

 そもそも何がおかしいかと言えば、今のどこに怒らせる要素があったかなのだが、そんなことが瑣末に感じるほどの出来事が起こる。


「けしからん! ブッ殺してやる!」


 断固たる口調で叫ぶと、担任教師は物凄い勢いで生徒達の机の上に駆け上がり、そして机の上を跳びまわり、発言した男子生徒の机に着地する。


「先生に刃向う悪い口はこれかーっ!」


 悪鬼の形相で怒鳴り、教師が胸にさしていたボールペンを振り上げると、力いっぱい振り下ろし、顔をかばおうとした男子生徒の手を突き刺した。


「誰が防いでいいと言ったーっ!」


 絶叫にも等しい怒鳴り声と共に、男子生徒の顎を蹴り上げる教師。男子生徒が後方へと倒れる。

 さらにもう一人の発言者――女子生徒の方を睨む教師。その恐ろしい形相に、女子生徒は震えあがる。


「お前もだーっ! 見逃すと思うかーっ!」


 全力パンチを女子生徒の顔面に容赦せず見舞う担任。女子生徒の顔が大きく歪み、血と欠けた前歯が飛び散った。


「な……」


 殴られた女子生徒の鼻血が顔にかかって、思わず声を漏らしてしまう護。


「お前もかあ~? お前も先生に逆ら……」


 担任教師が、その護に反応した。


(赤口君っ……!)


 恐怖や驚愕でクラスの者達が固まっている中、一人だけその硬直から解かれた者がいた。誓だ。

 護の危機と見て、身につけた超常の力を発動し、担任に向けようとした誓であったが――


「A……でしたか! 失礼しましたーっ!」


 それまでの態度とはうってかわって、護に向かって土下座して謝罪する担任教師に、教室内の生徒達はさらに啞然とする。


 誓もすんでの所で、力の発動を思い留まった。他の者達同様、啞然としている。


 異変はとっくに始まっていたが、まだ異変は序の口に過ぎないと、生徒達は後々思い知ることになる。


「それでは転校生の日向君に入ってもらおう。日向君、入って」


 何事も無かったようにいつもの影の薄い担任教師に戻ると、転校生の入室を促した。


***


 赤口護は中学高校と、同じ相手にいじめられていた。


 いじめの主犯は丸米実まるこめみのる。丸坊主にひどく不細工な、中途半端にヤンキーの入った生徒だ。護がたまたまいじめやすい性質なので、いじめの標的にし続けていた。


 高校になると、護と実は同じクラスになってしまったのがまた、辛かった。しかも実の友人二人も同じクラスで、三人かがりで護をいじめた。

 誰も護をかばおうとしなかったし、一人を覗いて護に声をかけようとすらしなかった。巻き込まれてはたまらないと。


「雪岡研究所に行きなよ」


 そんな護に、そう勧めてきた女子生徒がいる。友引誓ともびきちかいであった。


 誓とは一学期の頃、護の隣の席であった。同性の友人が出来なかったというか、作ろうとしなかった護は、誓くらいしか喋る相手がいない。その誓とも、いつも喋っているわけではない。

 友人を作らない理由は、いじめられているからというだけではなく、裏切られた経験があるからだ。また裏切られるのが怖くて、ぼっちになる道を選んだ。誰かに話しかけられても曖昧な態度ばかりとっている。

 しかしそんな護が、誓とだけは普通に喋る。誓の方からしきりに話しかけてくれたおかげだ。


「ずっと迷ってた。君を助けるのは簡単だけど、それじゃあ解決しない。自分の力ではねのけないと一生負け犬になる。でも、これを勧めるのもどうかと思って……。何しろ死ぬかもしれないしさ。ま、一番いいのは君があいつらに立ち向かうことなんだけどね」


 整った小作りな顔を寄せて、真剣に語る誓を見て、護はどきどきする。最初は話の内容よりも、誓の顔を側でじっと見ることや、誓のこんな表情を見たことのインパクトの方が強かった。

 護は誓に想いを寄せていた。相手がクールな印象の美少女であるにも関わらず、自分のことを構ってくれていたので、あっさりと護は誓に惚れてしまった。


「私も中一の時にいじめられていたんだ。でも、立ち向かわないと駄目だって思ってた。それで雪岡研究所の噂を知ってさ。ここで力を身につけて、いじめを解決した子が多いって話も知ってさ。力を身につけて、いじめもはねのければ、自信も身につくよ。人間変わるよ。私は少なくとも変わった」


 好きな少女が、自分のことを真面目に心配してくれた。これだけで護は嬉しかったし、言うとおりにしなくちゃいけないという、変な使命感に取り憑かれた。


 一方で誓には誓で計算があった。

 誓が護に向かって言ったことは本心だ。しかしそれ以外にも下心があった。護が自分と同族になれば、護を救えるだけではなく、もっと自分と心を通わせることができる。自分に気を惹かせる事が出来ると。


 護が雪岡研究所での改造を無事成功したと聞き、誓は歓喜した。片想いだと思っていた男の子が、同じようにいじめられた経験が有り、同じ場所で改造された選ばれし者同士となり、自分と同じになったと、そんな意識を抱いていた。


 それが二ヶ月前の話。

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