第四十章 31

(来てくれたのか。何となくそんな期待してたけど……いざ本当に目の前に現れたとなると……)


 真の姿を確認し、笑みがこぼれそうになるのを堪えるランディであったが、武者震いだけは堪えられない。そして視線が真一人に集中して、目が離せない。


「あいつは僕にやらせろ。あいつも多分、それを望んでいる」


 真の方も、ランディ一人をずっと見つめたまま、仲間達に向けて宣言する。


「真、戦った相手の気持ちが何となくわかることがあるって、前に言ってたよね」

「ああ」


 来夢に声をかけられ、真は頷く。


「俺、あいつ見て戦う前に何となくわかっちゃった。真みたいに、心を外に出せない奴だよ。でも、真とは微妙に違うタイプ。違う形で抑えている。我慢している。自分を殺している。何か可哀想」


 ランディと真を見やりつつ、来夢は言った。


(僕も何となくそれは感じていた。でも……戦っている間は間違いなく、心を外に出せるだろうさ。自分を殺すこともなくな)


 そう確信している真である。


「できれば殺さないで欲しいものだ! 踊る心臓は元々溜息中毒とは懇意! 幹部連中やボスを殺してしまうと、瞬一の組織との関係を修復しづらくなる!」

「かなり難しい注文だな。期待しないでくれ」


 美香の要求に、真はすげなく答える。


「こっちは人数劣るけどどうする?」

「俺が二人担当する。あの黒い女と隣の男」


 克彦の確認に、来夢がミルメコレオと蹴導を指す。


「じゃあ俺はあの愛想よさそうな人で……」


 春日を見て克彦は言った。克彦は春日がどういう能力を持つ男かも、一応聞いてはいるが、怪奇現象を具現化して操ると言われても、具体的にどんな能力を繰り出してくるか、全くわからないので、正直不安だ。


(でも超常の力を持つ者は、超常の力を持つ者同士でやりあった方がいいし、自慢じゃないけど、俺の能力って応用性高いしね。まだ負けたこともないし……)


 自慢じゃないけどと己に言い聞かせているが、実際は密かに自慢に思っている克彦である。


「では私はあの大男だ!」

 龍雲をびしっと勢いよく指差す美香。


(美香が厳しい相手だな。勝てないとは言わないまでも、どう見ても敵の方が強い)


 両者を見やり、真はそう判断する。


 雪岡研究所サイドの四人組が、それぞれ自分の担当相手に視線を向けているので、踊る心臓サイドも自分の相手が誰かを理解する。


「四対五で乱戦ではなくて、タイマン希望みたいだな。俺とミルメコレオはあの子に二人がかり……って、何で服脱ぎだしてるんだ……」


 蹴導が喋っている途中に、来夢が服を抜き出して戦闘モードに入る。


「駄目だ。ここ虫多い。やっぱ服着たままで……」


 そう言ってまた服を着だす来夢。一応服の背には穴が開いていて、服を着たまま、重力制御を司る翼を出す事はできる。


「本当に他の構成員は出さなくていいのか?」

 龍雲がランディに確認する。


「余計な死人が増えると見た。少数精鋭同士での戦いにした方がいい。それに、俺はあいつとタイマンしたい。おそらく俺の初めての、ボスの特権での我侭だが、それも駄目か?」


 真に視線を向けたまま、ランディは部下達に問いかける。


「駄目なわけねーじゃん。もっとボス特権がんがん発動して構わないぜ」

「ええ、ボスは自分を犠牲にして頑張りすぎよ。もっと我侭でもいい」


 春日とミルメコレオがここぞとばかりに言う。


(ありがとう……)

 心の中で感謝するランディ。


 春日がトラックから離れていく。それに合わせて、克彦が春日のいる方へと位置をずらす。

 美香が龍雲に手招きし、歩いていく。龍雲が春日と反対方向へと動く。

 真とランディは動かない。


 来夢も場所変更はせず、その場でもって先制攻撃を仕掛けた。不可視の重力弾が、蹴導とミルメコレオに降り注ぐ。

 蹴導がまともに食らい、地面に横向けに押し潰される。ミルメコレオは際どい所でかわしたが、重力にじりじりと引き寄せられていく、


 そこに新たな重力弾が降り注ぎ、ミルメコレオもうつ伏せに押し潰された。


「たまには雑魚相手の裏方もしないとね」

 重力で二人の動きを封じた来夢が、くすくすと笑う。


「美香の言うこと聞くのも癪だし、本当は殺したいけど、なるべく殺さないでって言われたから、加減するよ」


 美香に貸しを作ったということで、今後何かあったら引き合いに出そうと、心に決める来夢であった。


***


 克彦と春日の戦いは、克彦側から仕掛けた。


 克彦の背後に亜空間の扉が開き、中から二本の黒手が飛び出て、春日へと猛スピードで向かっていく。

 春日は抵抗することもなく、あっさりと黒手二本に体を巻きつけられた。


「怪奇現象発動! トイレの中から出てくる白い手!」


 克彦が拍子抜けしたその時、春日が叫び、黒手の合間から、一本の白い手が生えるようにして現れ、黒手の一部を握る。

 直後、白い手が出てきた場所へと引っ込んでいく。その際に物凄い力で黒手が引きずり込まれ、春日の体に巻きつかれた黒手二本が途中でちぎられて、消滅した。


(何……? 今のは……)


 啞然とする克彦。黒手の状態も克彦は把握しているので、黒手が超強力な吸引機で引きずり込まれたかのような感触もわかった。


「ふふふ、黒より白の方が強かったな」


 克彦の表情を見て、勝ち誇ったように笑う春日。


(次は気をつけて巻きつけよう。巻きつける本数も増やして。手足別々に巻きつける。でも……)


 あの白い手を複数同時に別箇所出せるとしたら、それも意味を成さないと、克彦は思う。


 五本の黒手を展開し、緩急をつけ、様々な角度から襲いかかる黒手。


「怪奇現象発動! 妖怪伸びる黒い手隠し! 無くなったものは全部妖怪の仕業!」


 白い二本の手に白い二本の脚がくっついただけという、奇怪極まりないクリーチャーが春日の周囲に五体出現し、伸びる黒手をそれぞれ両手でキャッチする。

 しかしも白い手足だけのクリーチャーは、黒手を掴んだまま、アスファルトの地面の中へと潜りこんだ。


 黒手は途中から地面に埋まったまま、じたばたともがく。一応地面から先の手の感触もある。地面をすり抜けた状態で、しかし白い手足に依然として掴まれたままで、身動き取れない。


(な、何だよそれっ!?)

「ふふふ、言わなかったか? 黒より白の方が強いと」


 驚く克彦を見て、またにやりと笑う春日。


(何をやっても駄目なのか? 何でも有りなのか?)


 自分の能力の応用性などより、敵の方がずっと何でも有りで、ズルい気がしてならない克彦であった。


 五本の黒手が白手に掴まれた状態のまま、克彦はさらに二本の黒手を追加する。


「あ……それは不味い」


 それを見て春日は顔色を変えた。

 一度に発動できる怪奇現象は一つだけだ。この状態でさらに攻撃された場合、今の怪奇現象を解いて、合計七本の手を一度に封じないといけない。


「とっておきの怪奇現象発動! 驚愕! 部屋を開けたら、メデューサ二次エロ画像を開きっぱなしにして、石像になっていた男!」

「怪奇すぎるだろっ」


 誰も信じそうにない怪奇現象を語られ、思わず突っ込む克彦。どんなポーズで石になっていたんだと、嫌な想像をしてしまう。


 春日の体が石化する。


「え? 黒手か俺が石にされるのかと思ったら、自分が?」


 予想外の展開に、克彦はひきつった笑みを浮かべる。


「でも凄く硬い石だな、これ……。俺には壊せそうにない」


 黒手でペタペタと触りながら、硬度と強度を確認する。


(しかも地面とまで同化してるから、亜空間に放り込むこともできないし……。でも、この人はこれでこのまま?)


 防御としては凄い気もしたが、このまま攻撃もせず石のままなのだろうかと疑問に思う。


(目を離すと石化を解いて襲ってくるかもしれないし、このまま膠着状態か……)


 石となった春日を注視し、克彦は溜息をついた。


***


 戦う気構えで相手と向かい合えば、実力差など誰にでも大体わかる。本能が教えてくれる。

 美香は龍雲と対峙し、純粋に銃撃戦だけでは勝ち目が無いと察した。


(運命操作術を交えて何とか……といったところか!)


 この一戦に出し惜しみなく運命操作術を用いる事に決める。


「幸運の前借!」


 まずは手始めに、自分に小さな幸運をもたらす運命操作術を用いて、銃を二発撃つ。一日に一回という制限があるうえに、未来に起こりうる幸運が失われる。賭け事のような完全に運に依存する物は、必ず負けるようになる。ただし、必ず不幸が訪れるということはない。


 二発の銃弾のうち、一発はそのまま龍雲を狙い、もう一発は行動予測後を狙っていたが、どちらも外れた。


 一見、幸運が起こらなかったように見えて、銃だけではなく、幸運の引き金も引かれて進行中だ。美香の銃声に驚き、飛んでいる鳥が糞をする。落ちた鳥の糞めがけて、蝿が飛ぶ。龍雲が美香に狙いをつけて銃を撃つその瞬間、龍雲のすぐ目の前を蝿が高速で横切り、龍雲は謎の小さな飛来物にほんの一瞬ひるみ、狙いがズレた。

 龍雲の銃撃を美香がかわす。美香は己の身にどのような幸運が起こったか、理解してはいない。しかし長年の経験から、それは気付かぬうちに起こったと、直感でわかる。


 美香が直感だけの行動予測のみで銃を撃つ。これは外れるとわかっている。幸運の前借りの代償だ。そして美香は、幸運の前借りを支払うニュアンスで、銃を撃った。本命はこれからだ。


「不運の後払い!」


 幸運の前借りは自らに幸運をもたらす事も有れば、不運の回避もできる。しかしこの不運の後払いは、不運の回避にしか使えない。そして使用すれば、ギャンブル要素かどうかは関係無く、確実に未来に一つ不幸が訪れる。


 美香は動きを止めた。防御と回避を捨て、龍雲に向かって十分に狙いをつけて、連続で銃を撃ちまくる。

 この自殺行為にも等しい美香の動きに、龍雲は警戒した。何かあるような気がした。そして防戦に徹する。


(これは……敵が警戒して攻撃の手を止めたパターン! もうそれで不運の後払いは発動したとみた!)


 美香は運命操作術を利用した戦闘に慣れているので、運命操作術によるバタフライ効果がどのタイミングで発生したか、運命操作術の効果が決定づけられたか、大体勘でわかるようになった。その勘をあてに行動し、あるいは次の運命操作術へと繋げる。


「不運の譲渡!」


 自らの身に起こりうる不運を、誰かに押し付けて回避するという運命操作術。不運の後払いによって、未来に確実に発生するであろう己の不運は、これで回避した。しかも相手に押し付けるという形でだ。


 美香が堂々とリロードを行う。それを見て龍雲は、今度は躊躇うことなく撃つ。


 銃弾は発射されなかった。極めて低確率に起こる、雷管の不備という現象による現象――不発。

 もし仮にこれが運命操作術によって発生したとすれば、運命操作術の作用は過去にまで力が遡っているとも考えられるが、実証の手立ては無いし、運命操作術は、必ずしもカオス理論に則って発生する能力というわけでもない。運命捜査術の術理は、使い手ですら完璧には把握できていない。


 龍雲が銃弾を吐き出して、リロードする。先にリロードを終えた美香が龍雲を撃つ。


 回避しきれず、二発撃たれたうちの一発を右腕に食らうが、防弾プロテクターと防弾繊維の二重効果で、銃弾は無効化される。


「偶然の悪戯!」


 予測も難しく、不確実性の高い運命操作術を用いる美香。しかし美香は長年の経験から、この運命操作術の予測もある程度可能になり、利用のタイミングも図れるようになっている。


 美香は龍雲の銃を狙って一発、もう一発は行動予測後を狙って少し後れて撃った。龍雲はそれを察したが、どうせ銃撃の前に読んで体ごとかわすので、構わず回避を試みる。


 美香の二発目の銃が、龍雲の銃を狙って撃つという意思を反映して偶然の悪戯が発動し、回避後の龍雲の銃に直撃した。

 龍雲の銃が弾かれて落ちる。


「偶然の悪戯!」


 間を置かずに、連続使用で同じ運命操作術を用いる美香。術の種類にもよるが、多くの運命操作術は、一日一回の制限や、時間を置かないで連発すると、成功率が劇的に下がるという性質を持つ。しかし美香は、成功する方に賭けた。純粋な運で、運を操作する術が成功する勝負に出た。


 美香は、龍雲が次にいかなる行動に出るか、幾つかのパターンを予測した。懐に手を入れて予備の銃を手に取るか。こちらの銃撃を警戒して回避に徹するか。あるいは落ちた銃を拾うか。

 美香が賭けたのは、予備の銃を抜こうとする動作であった。それを狙い、龍雲の手の行き先を先回りして狙って撃つ。運命操作術も併用したうえで。


 龍雲は手と胸に衝撃を覚える。美香の銃弾は、予備の銃を取らんとして、懐に入れた龍雲の手の人差し指を付け根から弾き飛ばし、胸に直撃していた。

 防弾ブレートと防弾繊維により、胸の方は大した事は無かったが、指が弾き飛ばされては、もう銃は撃てない。慣れていない左手を用いての銃の戦闘も考えたが、キツい話だ。


「降参しろ!」

 銃を構えた美香が叫ぶ。


(月那美香は、溜息中毒の月那瞬一の姉であるし、その辺を考慮しての降伏勧告か……)


 そう龍雲は判断し、両手を上げて降参の意を示した。

 上げた右手の指の切断面から血がこぼれ落ち、龍雲のサングラスを濡らした。

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