第四十章 13

 踊る心臓に雇われた始末屋――アドニス、オンドレイ、シャルル、葉山、正美の五人も、踊る心臓の構成員を餌にして、情報屋始末屋を釣る作業に協力している。

 五人がいるのはゴルフ場だった。


 しかし五人のいる場所には中々情報屋が現れず、暇を持て余し、五人で芝生の上に座って雑談を交わし、時間を潰していた。

 話題は、どうしてわざわざ裏社会に身を落としたかという、個人の事情に突っ込んだものになっていた。


「俺は子供の頃からいろいろな技を極めたけど、それを実戦で活かしたいからだよ」


 元傭兵のシャルルが、微笑みながら言う。


「技?」

 オンドレイが興味深そうに声をあげる。


「うん、漫画やアニメの技を幾つも実際に使えるようにしたんだ。でも使えるようになっただけでは意味が無いしねー。使う場所が欲しかった。その結果、人を傷つける商売に身を落としちゃったし、ノーマルな人達から見れば、とんだ異常者なんだろうなー」

「随分とユニークな動機だな」

「漫画の技を使えるようになった事自体が、ユニークだと思います」

「いや、漫画の技を身につけようと励む事の方がユニークだ」


 シャルルの話を聞いて、アドニス、葉山、オンドレイがそれぞれ感想を述べる。


「私は憧れちゃうなー。そういうひた向きさって、やっぱり尊敬する。動機が悪いとも思わないよ? それで実際に行動しているって凄いよ。格好いいよ。アウトサイダー的でいいよね。人に言っても理解してもらえない感がいいよ。ギャグみたいな感じにも聞こえちゃう所がイカしてる」

「う、うん……一応褒められているみたいだし、嬉しいかな……うん……」


 目をキラキラと輝かせながら話す正美に、シャルルは複雑な気分になる。


「んじゃ、次はオンドレイさんいってみよー」

 正美が促す。


「俺はガタイだけはよかったし、腕っぷしが強かったからな。酒場の用心棒から始めて、そこでマフィアをのしまくったら、そのマフィアからお声がかかり、抗争中だったから俺も鍛えていたら、そのマフィアがたった一人の超常の力の所有者に全滅させられた。そこで俺は、超常の力というインチキめいた力に対抗しようと思って、世界中を巡っていろんな所で修行を積み、対抗策を思案し、気がついたら超常殺しと呼ばれる殺し屋になっていたのさ。まあ、日本での修行が一番長かったな。この国は超常の力を持つ者がやたら多い」


 腕組みしたポーズのまま、オンドレイがここまでは自慢げな顔で語る。


「ただ、な。俺はもう殺し屋は辞めた。始末屋として生きていくし、もう、できるだけ殺しはしたくないんだ」


 腕組みしたポーズのまま、オンドレイが突然切なげな表情を露わにして語る。


「殺し屋を辞めた理由は?」

 アドニスが尋ねる。


「今まで殺しを楽しんでいた。散々汚い手段も使ってきた。ターゲットの親しい者を人質にとるような真似も、平然とやった。仕事の遂行のためには非情に徹していたが、いざ自分が似たようなことをされてみて、しかもそれで仕事を放り投げた事で、もう……他人に同じような真似をする気になれなくなった。その時、いろいろと心の中につかえていたものが、決壊しちまったようだ」


 そこまで喋った所で、オンドレイは決まり悪そうに頭をかく。


「ああ、もちろん戦うことはできるから、気にしなくていいぞ。しめっぽい話をしてすまん」

「じゃー、次は葉山さんで」


 正美が言い、一同、葉山に注目する。


「僕は蛆虫なんです」

「それはもう聞き飽きた」


 葉山の言葉に、アドニスが冷たく言い放った。


「聞き飽きても蛆虫なんです。でも、いつまでも蛆虫のままでいたくはありません。いつかは蝿となって羽を広げ、あの大空をぶんぶんと羽ばたいていきたいんです。そのためです」

「言いたいことは何となくわかるけど、蝿に例えるのは最悪。別の生き物に例えられないの? 鳥になってとかの方が素敵だと思う。あるいは蝶になってとかさ。うん、そっちにすべき。蝿はやめて。蝿とか引いちゃう。蝶にした方がいいよ、絶対。私の魂がそう確信してる」


 不快感丸出しに言い放つ正美を見て、葉山は悲しげな顔になる。


「ううう……それは蛆虫と蝿に対する差別ですよ。蛆虫は癒し系なんですよ。マゴットセラピーといって、蛆虫に壊死した部分だけを食べさせる治療法だってあるんですよ」

「戦場で負傷兵の傷口に蛆虫が沸いた際、蛆虫を取った兵士は死に、蛆虫をそのまま放置して兵士は高確率で生き残ったなんて話もあるねー。傭兵時代、うちのリーダーが言ってたよ」


 シャルルが口を挟む。


「そうなんです。蛆虫は傷の膿だけ食べるうえに、抗菌物質まで出しますからね。世界一小さいお医者さんなんて言われてもいます」


 顔を輝かせて嬉しそうに語る葉山。


「マゴットセラピーで検索したが、副作用もそこそこあるようだし、正直やりたいものではないな……。というか、話が全然別方向にいってるぞ。蛆虫と裏社会で生きるようになったことと、関係無いだろう」

「ううう……やはりわかってもらえない。重い副作用は無いんですが……」


 アドニスににべもなく言われ、落ち込む葉山。


「じゃあ次は私が行く。私はね、リヴァイアサンを倒すためだよ」

「は?」


 きりっとした顔になって言い放った正美の言葉に、シャルルが思わず声をあげる。そんなシャルルを見て、正美はきょとんとした顔になった。


「え? リヴァイアサン知らないの? 普通知ってるよね? リヴァイアサン知らないなんて信じられない。国が違っても、それくらい学校でも教わるでしょ?」

「いや、リヴィアサンは知ってるが、それを倒すという意味がわからない」


 オンドレイが真顔で突っ込んだ。


「言っても信じない人多いけど、あれは実際に海にいるんだよ。私は何度も見ましたー。戦いましたー。だから確かでーす。しかも何度も戦ったんだよ。本当だよ。捕鯨仲間じゃもう有名だよ、リヴァイアサン。伝説の漁師、菊男さんでさえ倒せなかったリヴァイアサンに勝つためには、生半可なトレーニングじゃ駄目だと思って、私は裏通りに堕ちたし、髪もピンクに染めたの」


 正美は大真面目に語っているし、ふざけているわけではないし、作り話をしているわけでもないのはわかったが、それにしても真に受けるにしては、あまりに突拍子も無い話だ。


「これは私の勘なんだけどね、ほら、あれ、捕鯨禁止運動に熱入れちゃってる馬鹿みたいな人達いるでしょ。グリムペニ公だっけ? 私の勘なんだけど、あれって多分、私の勘では、リヴァイアサンの洗脳効果だと思う。私の勘だけどおそらく絶対間違いないって。リヴィアサンは海の支配者であり、海の悪魔だから、それくらい多分きっとできます。海はまだまだ人類にとって未開ゾーンだし、人から海を護るため、そしていずれは海の軍勢が人を支配しにかかる時のために、リヴィアサンが一部の人達を謎の怪しい念波で洗脳してるんじゃないかって、私の勘が囁いているの。あれ? 信じられない? でも私、根拠も無くこんなこと言ってるんじゃないよ? 多分だけど、絶対リヴァイアサンはそういうことしてるって。根拠は私の勘。だって私の勘はよく当たるし。だからこのままリヴァイアサンを野放しにしておくと……って、この言葉遣いおかしくない? おかしいよね? だってリヴィアサンは海にいるのに野放しって、どう考えても変。あ、そうだ。いずれリヴァィアサンをやっつけるために、また捕鯨しに行くとして、私どうすればいいの? この歳でスクール水着ってキツくない? ああ、私ね、捕鯨する時いつもスクール水着だったんだけど、あれは十代の頃の話だし、今の歳じゃマジでキツいって。でも私の村じゃ、女子の捕鯨の正装はスクール水着って決められてるし、その掟自体がもうヤバいし古いって」

「とりあえず動機はわかった。で、大将は?」


 腕組みしたオンドレイが、アドニスを見る。放っておくとずっと正美のターンになりそうなので、キリのいい所で口を挟んで、強引に順番を回したオンドレイであった。


「ある意味……俺も葉山と似ているかな。何かを欲している。探している。自分が本当に命を賭けられる何かをな。命をかけられるものを見つけるために、いや、まだ見つかってもないのに、命がけの世界で生きているというのも、おかしく聞こえるかもしれんが」


 そう思うに至ったきっかけ――死と引き換えに自分を守ってくれた父親のことまでは、アドニスは語る気が無かった。


「そういう浪漫は大事だと思う。アドニスさん、顔はおっかないけど、心はクリスタルみたいに輝いてる。私にはわかるよ」

「顔がおっかないは余計でしょ」


 正美の言葉に、シャルルが苦笑しながら突っ込む。


「敵が来た。応戦頼む」


 と、そこに踊る心臓の構成員がやってきて、要請をかける。


「話の区切りで、丁度いいタイミングでしたね」

「だな」


 葉山とオンドレイが先に立ち上がる。

 残りの三人も立ち、踊る心臓の構成員に案内される形で、ゴルフ場を移動する。


「あ、シルヴィアさん」


 そこにいた人物の名を、葉山が口にした。現れたのはシルヴィアと幾夜であった。


「葉山……それにこのメンツは……」


 シルヴィアが顔をしかめる。この五人が踊る心臓についたという情報は、もちろんシルヴィアも知っていたが、いざ自分の前に現れたとなるとインパクトがあるし、最悪のハズレクジを引いた気がする。


「ま、運が良かったとも言えるな。お前とこうしてまた敵同士になれたんだからよ」

「嗚呼……まだ恨まれている……」


 シルヴィアに睨まれ、こそこそとオンドレイの巨体の裏に隠れる葉山。


「お姉様……二対五だし、あっち皆強そうなんだけど、それでもやるのぉ~?」

 幾夜が心配そうに声をかける。


「俺とお前の力を上手く組み合わせれば、できなくもないかもな」

 シルヴィアが不敵に笑う。


「何あの可愛い子、自分のこと俺とか言ってるよ。何なの? 合うような合わないような、ちょっと素敵な感じ? ていうか、五対二とか卑怯じゃない? 卑怯だよね? でも生き死にかけた戦いだし、そんなこと言ってられないし、容赦しなくていいと思います」


 正美がシルヴィアを見て言う。


「人数絞って遊んでもいいと思うがな」


 と、アドニス。先ほどまでの話を思い出す。楽しむためにここにいるわけでもあるし、死も遊びの範疇内にして、楽しんでもよい。何よりアドニスは一対一の勝負が好きでもある。


「そんなわけで、こっちも二人組で行くか。葉山が御指名のようだし、一人は葉山で」

「じゃあ俺が行こう」


 アドニスが言うと、オンドレイが名乗り出た。


「お姉様、何か一番デカくて怖そうなの出てきたよぉ?」

「あれくらいのデカブツと戦ったことも、過去何度かあるよ」


 怖そうにすり寄る幾夜だが、シルヴィアは不敵な笑みを張り付かせたまま、巨大な銀色の盾を呼び出した。

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