第四十章 2

 麗魅が大男――龍雲ロンユンの喉と頭を狙って撃ったが、太い腕でどちらもガードされた。銃弾は服に穴こそ開けたが、腕から血は流れていない。


 その横で、真とランディがほぼ同時に二発ずつ撃つ。二人共、動きながら撃っている。

 ランディは少し遅れて、真とは逆方向にステップを踏む。


 真の弾は外れたが、ランディの弾は真の右膝をとらえていた。


 龍雲が両手で頭部を守った格好のまま、麗魅と真のいる方めがけて大股で走っていく。

 麗魅は龍雲に何発も銃弾を撃ち込むが、出血は無い。銃弾の衝撃を受けてひるんでいる様子すらない。防弾繊維ではなく、防弾プレートを全身に着こんでいると推測できるが、それにしても銃弾の衝撃と痛みはかなりのものであるはずだ。


(不味い……)


 真は膝に銃弾を受け、動きが大きく鈍っていた。防弾繊維に阻まれたが、しっかりとダメージにはなっている。

 ランディが冷たく静かな殺気と共に、さらに二発撃ってくる。真は撃ち返さず回避に徹し、何とかやりすごす。


(よくない流れだ。受けに回れば、続けてどんどん攻められる)


 そうわかってはいたが、真は受けに回るしか無かった。片足がおぼつかないこの状況では、反撃の余裕が無い。

 その真の前に、龍雲が迫ってくる。麗魅の銃弾を浴びながら、平然と突進してくる。


「やべー流れだ」


 真が思ったことと同じ台詞を口にする麗魅。真の方が自分より前にいるため、龍雲の攻撃を受ける可能性は高い。そこにランディも追撃してきたとしたら、かなり不味い。


 麗魅は攻撃の相手をランディへと切り替えた。一秒かからずに三発を撃つ脅威の早撃ちが、全てランディに放たれる。

 だがランディは地に胸がつくほど伏せて、全ての弾をやりすごした。麗魅が引き金を続け様に引くのとほぼ同時に、その格好になっていた。


(見切られてた……。あのガキ、やるなあ……)


 舌打ちする麗魅。いくら早撃ちであろうと、撃つタイミングさえ事前にわかれば、そして上手くタイミングを合わせれば、回避は可能であろう。ランディはそれをあっさりとやってのけた。


 ランディが低姿勢のまま麗魅に撃ち返す。

 麗魅は軽く身を横に傾けてかわし、すぐさまランディに向けて二発撃ったが、ランディは素早く起き上がって後方に下がり、銃弾は二発とも地面を穿つ。


 龍雲が真に迫る。真を素通りして麗魅に迫るわけもなく、真めがけて太く長い脚で回し蹴りを繰り出さんとする。

 真はマシンピストルをすでに懐にしまい、左手の袖から超音波震動鋼線を伸ばし、右手で鋼線の先についた錘を持ち、蹴った脚を狙って切断しようと構えていた。


 しかし龍雲は、真のカウンターを読んでいたかのように、蹴りの脚を途中で止めた。

 龍雲のフェイントに引っかかった真は、一瞬ではあるが硬直してしまった。その真の硬直の隙を、龍雲は見逃さなかった。

 上げた足を瞬時に振り下げて、そのままの勢いで回転すると、真に背を向けたと同時に、裏拳を真の側頭部へと叩き込む。


(やられた……)


 銃を持った手で頭部を防いだ真が、口の中で呟く。龍雲の裏拳によって手首の骨が折られ、手の骨にヒビが入るのも確かに感じた。そのうえで頭部にも衝撃を受け、真の体が大きく傾く。

 その真の体を、龍雲のもう片方の手が掴んだ。胸倉を掴み、片手で真の体を軽々と持ち上げると、あろうことかボールでも放るかのように、麗魅に向かって投げつけた。


「なっ!?」


 さしもの麗魅もこれには驚き、目を剥いた。


 真を受け止めると、隙が生じてしまい、二人とも危険になるので、麗魅は後方に跳びのいてかわす。横に避ければ、行動予測したランディの銃撃が待ち構えていると見なした。


 真が地面に激突して転がる。麗魅は後方に跳びつつ、ランディと龍雲の双方に、一発ずつ撃っていた。


 龍雲は片腕でもって、狙われた喉をガードせんとしたが、かざした腕から切断された服と、服の下の防弾プレートが地面に落ちる。ちなみに服の下の全身を固めた防弾プレートだけではなく、服そのものにも防弾繊維が編みこまれている。

 投げ飛ばされる際、真は龍雲の腕を切断せんとして、鋼線を巻きつけて引いていた。腕は切れなかったが、服とプレートだけは切断していた。


 龍雲の腕を銃弾が貫き、頭部を削り取る。


 ゆっくりと崩れ落ちる龍雲に目もくれず、銃撃を回避したランディが、体勢を微妙に崩した麗魅に向けて二発撃つ。


 動いた直後の、動きようの無いタイミングを狙われた麗魅は、脛と脇腹に銃弾を受ける。脛は防弾繊維で防がれたが、脇腹は撃ち抜かれていた。

 バランスを崩した麗魅の背後がぼやけ、空間に穴が開いて何者かが麗魅の手を引っ張る。


 あまりにも突然の出来事に、ランディは反応が遅れたが、すぐに気を取り直して銃を撃つ。

 銃弾は何も無い空間を飛んでいく。麗魅と真の姿は消えていた。


「霞銃の麗魅と、雪岡純子の殺人人形か。久しぶりに骨のある相手だったな」


 龍雲が起き上がり、微笑をこぼす。腕を突き抜けた銃弾は腕の筋肉によって軌道が逸れ、龍雲の頭部の表面をかすめたに留まっていた。それにしてもかなり出血している。

 ランディは無表情無反応のまま、銃をしまう。


「珍しく呼吸が乱れてるぞ」


 龍雲に指摘され、ランディは微かに眉根を寄せた。


 一方で、麗魅と真はというと――


「なはは、助かったよ」


 引き上げるランディと龍雲を見送りながら、凜に亜空間トンネルの中へと引っ張りこまれた麗魅が笑う。真も麗魅より先に、同様に引っ張り込まれていた。


「お前達は全滅させたのか?」

「いや、敵の増援がどんどん来て、しかも一人一人が強いし、途中で逃げてきたんだ」


 真の問いに、メジロエメラルダーになった十夜が答える。


(相沢と樋口がここまで手ひどくやられるなんてね……)


 二人の負傷を見て、凜は少なからず驚いていた。


***


 真と麗魅とほころびレジスタンス三名ともう一人の仲間は、治療のために揃って雪岡研究所へと向かった。そこに彼等の依頼者も来ていたので、直に報告を行う。


「大失敗だな。捕えられた情報屋の救助も出来ず……いや、救助以前に、罠にかかった形だった」


 純子から治療を受けながら、真が忌々しげに言った。麗魅やほころびレジスタンスの面々と共に、雪岡研究所に赴いて、純子から治療を受けている最中である。


「そうか、残念だけど……お疲れさままま」


 依頼者である情報屋リチャード井上が浮かない顔でねぎらう。年齢は晃や十夜と同じくらいと思われる、黒人の少年だ。

 腕利きの始末屋を何人も雇い、そのうえ友人の真にまで頼み込んでこの結果では、諦めるしかない。


「戦闘力もさることながら、こっちの動きを事前に読んで、人質をとって裏切らせるとはね。あいつらいろんな所に喧嘩売って、てんてこまいなのに、そんなことやる余裕があるなんて」


 そう言いつつ、凜は同室にいる中年男を見る。依頼された八人のうち三人が裏切り、二人は始末したが、一人だけ生き残っているので、ここに連れてきた。それがこの中年男だ。


(悪いヴィジョンは見えない……。金に目が眩んで裏切るような人じゃない)


 生来、人を見るとそのヴィジョンが見える力を持つ凜は、中年男を見てそう判断する。


「申し訳ない……。殺されても文句は言えないし、覚悟はしている」

「騒動が収まるまでどこかに隠れていた方がいい」


 真のその言葉を受け、男は安堵と虚脱が入り混じった顔になった。自分の命はそれで助かるかもしれないが、人質は間違いなく殺されていることを意識すると、心の安息など訪れるはずもない。


「リック、まだ仕事は終わったとは言い難い。お前のところの情報屋が捕まったってことは、その情報屋が遂行中だった任務があるんだろう?」


 リチャードの方を向き、真が声をかける。


「それをお前が代わりにするんなら、僕も付き合ってやってもいいぞ」


 人質を取られて仕方なく裏切り、死んでいった榊の仇も取ってやりたいし、負けっぱなしも腹が立つし、何より、ナメた真似をしてくれた踊る心臓という組織を放っておきたくないという気持ちが、真には強くある。

 日本の裏社会――裏通りは、犯罪や犯罪に近い行為をビジネスとしている一方で、海外のマフィアやギャングほど、非情な行為を働く組織は少ない。日本人の気質的な問題もあり、あまり度の過ぎた行為に及ぶと、同業者からの評判も悪くなって、活動しづらくなるという理由もある。だが踊る心臓は、同業者の視線などお構いなしの、非情そのものの犯罪組織だ。


「組織の面子を守るためにも、このまま引き下がってはいられないしね。そう言ってもらえると本当にありがたい。よろしく頼むよ。しっかし……今回の踊る心臓の反物質爆弾騒動は、情報屋泣かせだよ……もう何人殺されたか」


 真の申し出に微笑んだ後、リチャードがぼやく。安楽市中の情報屋が、踊る心臓の動向を探るべく動いているが、踊る心臓はそれを見つけ次第容赦なく殺害している。


「あたしも金さえ貰えば付き合うぞ。このまま引き下がるのは性に合わねーし」


 麗魅が平手を拳で叩いて言った。


「もちろん僕達も相沢先輩に付き合うよっ」

「僕に付き合ってどーする」


 晃の言葉に、真が呆れ気味に突っ込む。十夜と凜も、途中で仕事が投げ出される格好なのは気分が悪いので、反対はしなかった。


「でも真君と麗魅ちゃんは、明日まで絶対安静ねー。真君は超音波治療しよう。二人共、凜ちゃんのみそも塗ってもらおう」


 二人の治療をしていた純子が釘を刺す。二人共、通常ならとても一日で治る怪我ではないが、純子の超医療と凜のみそ妖術を合わせれば、一晩で癒える計算だった。


「じゃあ私達だけでも、先に動いておきましょ」

「うん」


 凜の提案に十夜が頷く。


「えー、相沢先輩が行かないなら、僕達も明日にしようよー」


 晃の世迷言は当然無視された。


「こいつって、累みてーに真ラブのホモっ子なの?」

「違うと信じたい……」

「そうだったらいいんだけどねー。んふふふ」

「いや、別にそういうんじゃないよ」


 晃を指して麗魅が剛速球の質問を口にすると、真は珍しくげんなりした顔を露わにし、純子はにやにやと笑い、晃はあっさりと否定した。

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