第三十九章 28
「黒髑髏の舞踏」
様々な衣装を着た黒い骸骨が大量に沸き出て、発火するミニハチコーの群れへの対処に当てるみどり。
累はハチコーの本体に近接戦闘を挑む。刀で何度も斬りつけるが、体は瞬時に再生する。
しかし累はお構いなしに斬り続ける。無限の再生など有り得ないので、再生するための体力が尽きるまで攻撃をし続けるつもりでいる。
(上位のオーバーライフに匹敵する力ですね。底が見えない)
先程の光球もそうであったが、あんな高エネルギー体を人が生み出すなど、それだけで脅威だ。
術や能力次第では、あれに匹敵する破壊エネルギーを作り出すことは出来る。例えば純子なら、最小の力で――水蒸気爆発や核融合を起こして核爆発を起こすなどして、大規模な破壊エネルギーを撒き散らす事が可能だろう。
だが、そのまま破壊に直結する純粋なエネルギーを、凝縮した形で発生させるのは、人の限界を超えているように、累には思える。
しかもそれを使用してなお、ハチコーは元気いっぱいに動き回っている。そしてどんなに攻撃しても、瞬時に再生するときた。
(睦月のように、どこかから力を取り入れている可能性は?)
かつて累は見た。再生するための体力が尽きた睦月は、その際に戦っていた美香の生命力を吸い取って回復していた。あれと同じように力を補給しているのかと目を凝らしてみたが、そのような力の流れは感じない。
累と戦っている最中、転移した薙刀の木刀の刃がハチコーの後頭部を殴打した。ただ殴っただけでなく、殴る際にたっぷりと妖力と気をミックスさせて込めているので、相当な威力が出ている。
ハチコーがひるんだが、累は追撃しようとせず、距離を取って呼吸を整えた。
「アンジェリーナの手前でなければ、黒いカーテンでこいつも瞬殺できるのにね~」
累の横にみどりがやってきて話しかける。
「実際いよいよ危うくなったら、その方法に切り替えた方がよいですよ。アンジェリーナには悪いですが」
「ジャップ……」
二人の会話はアンジェリーナの耳にも届いていたので、アンジェリーナは愕然とする。黒いカーテンが何なのかは、先程見てわかっている。相手を消滅させるか、どこかへ飛ばしてしまう術なのだろうと。
(二つ目の脳の解放も考えないと……これは相当強力な敵です)
累が雫野の別の切り札を考慮する。
「ジャアアアァーップ!」
このまま戦いが長引いたら、本当にハチコーが殺されてしまうと判断したアンジェリーナは、咆哮をあげ、再びハチコーめがけて突進していく。
「ジャップ! ジャアーップ!」
ハチコーに横からしがみつき、悲痛な声で、正気に戻るよう呼びかける。
「ジャアァァアーップ!」
「うるさいっ!」
ハチコーに必死に目を覚ますよう訴えるアンジェリーナだが、接近したアンジェリーナを無情にも弾き飛ばすハチコー。
「アンジェリーナさんっ」
「ジャッ……」
デビルとの戦闘を終え、駆け寄ろうとする上美を、アンジェリーナが片手を伸ばして制した。
めげずにアンジェリーナは、累とみどりと戦闘中のハチコーへと向かっていく。ただ向かって、飛びつく。
「ジャップ! ジャップ!」
また弾き飛ばされて転がされも、すぐに起き上がり、賢明に駆け寄っては飛びつき、ジャップを連呼する。アンジェリーナにはこれしかできない。だから――傍から見てどんなに無様でも、それがもしかしたら全くの無意味な行為かもしれなくても、こうするしかない。
「漫画のお約束みたいに、声が心に届いて洗脳が解ける、お涙頂戴展開とはいかないようだな……」
必死で訴えるアンジェリーナを見て、梅津が渋い顔で呟く。それでもなお必死にしがみついて呼びかけるアンジェリーナが、いじらしくて、そして痛々しくて仕方がない。
「アンジェリーナさん……」
上美などは、アンジェリーナのその愚直にして果敢なアタックを見て、涙ぐんでいる。
「ふわあ~、この手があったよォ~、何で今まで気がつかなかったかね~」
一方、アンジェリーナの体当たりな説得を見て、みどりはあることを思いついた。
「ちょっと御先祖様、一人で頑張ってて」
「え……」
断りを入れて、戦線離脱するみどり。
「ヘーイ、アンジェリーナ」
また吹き飛ばされて倒れているアンジェリーナに駆け寄り、声をかけるみどり。
「あんたの心をあいつの心の中にぶちこんでやんよ。みどりが連れていってやる」
「ジャップ……」
言いつつみどりはアンジェリーナの手を握り、問答無用で幽体離脱させた。
問答無用のサイコダイブを行い、みどりとアンジェリーナは、ハチコーの精神世界へと侵入する。
「ジャ……」
ハチコーの心の中を見て、アンジェリーナは絶句した。天使の姿をした自分が、泣いているハチコーを罵り、殴る蹴るなどして嬲っている。
「うっひゃあ、こいつが原因か~。しかし、精神攻撃には滅法強いあたしがいたのが運のツキさぁね。あぶあぶぶぶぶあぶ」
にかっと歯を見せて、奇妙な笑い声を漏らすみどり。
「イェア、アンジェリーナ、こいつの悪夢を消し飛ばしてやろうぜィ。本物のあんたが、悪夢のあんたをとっちめてやるんだっ、この意味わかるよな?」
「ジャップ!」
みどりに促されるも、言われなくてもわかってるという意味を込めて一声発し、拳を握り締めてみせると、アンジェリーナは偽者めがけて飛んだ。
「ジャアアアアァァァァァップ!」
いつの間にか全身青タイツに赤いベルトと赤いブーツと赤マントという衣装に変わり、アメコミピーローのようになったアンジェリーナが、拳を突き出して、ハチコーを嬲る天使アンジェリーナめがけ、斜め上空から突っ込んだ。
「ジャアッ!?」
偽者の天使バージョンアンジェリーナが本物を見上げ、大きく口を開いて悲鳴をあげる。
ダイビングアタックを食らい、仰向けに伸びた天使アンジェリーナを踏みつけると、両手に腰を当て、赤いマントをたなびかせて仁王立ちになるアンジェリーナ。
アメコミヒーローの格好をした新たなアンジェリーナが出現し、自分を嬲っていた天使姿のアンジェリーナを倒すという光景を見て、ハチコーの心に確かな変化が起こった。
「ジャアアァァ~ッ!」
しかし天使アンジェリーナも負けじと蘇り、憤怒の形相でアメコミアンジェリーナに掴みかかる。
「ジャッ!」
二人のアンジェリーナが互いに手と手を掴みあい、力比べを始める。
「ジャア~」
天使アンジェリーナの悪意のパワーの方が勝り、アメコミアンジェリーナが片膝をつき、やがて両膝をついた。
そのうえ両手を掴んだまま、天使アンジェリーナがアメコミアンジェリーナの顔面に、容赦なく膝蹴りを何発も叩き込む。
「あああ……」
ハチコーはその時、薄々と感づいていた。今やられているアンジェリーナこそが、本物であると。自分の中から生み出した、自分に悪意を向け、嘲り、苦しめる虚像のアンジェリーナに、自分を救いにきた本物のアンジェリーナが押されていると。
とうとうアメコミアンジェリーナがうつ伏せに倒されてしまい、天使アンジェリーナがその上にまたがり、頭部を両手で何度も殴りつける。
「ジャップ!」
ハチコーの方を向いて、倒れたアメコミアンジェリーナが親指で自分を指し、力強く叫ぶ。
「ジャップ!」
さらにハチコーに手を大きく伸ばす。まるで救いを求めるかのように。
「ヘーイ、ハチコー、そいつこそが本物だよォ~。本物のアンジェリーナはあんたを裏切りはしねーからっ、安心していいんだよっ」
「ううう……」
みどりが上から声をかけ、ハチコーの心が揺らぐ。それでもなお、恐怖している。また裏切られるのではないかと。これも偽りの救いではないのかと。
「ジャップ!」
さらに一声発するアンジェリーナ。例えジャップとしか叫んでいなくても、何を言っているのか、何を伝えんとしているのか、ハチコーには理解できた。伝わった。魂の隅々まで響き渡った。
ハチコーが手を伸ばし、アンジェリーナの手を力強く握る。
「ジャアァァァァアァップ!」
ハチコーから力を与えられたアンジェリーナが強烈な叫びをあげ、自分にまたがる天使アンジェリーナを空高く吹き飛ばした。ついでにアメコミ風な服も吹き飛んだ。
立ち上がるアンジェリーナは、全身から黄金のオーラを立ち上らせている。そして空高く舞い上がった天使アンジェリーナを睨み、大きく息を吸い込む。
「ジャアァーップ!」
咆哮と共に口からジェット水流が放射され、空中の天使アンジェリーナに直撃すると、天使アンジェリーナは水に溶けて消失した。
「うおおおぉぉんっ!」
現実のハチコーが叫ぶ。累との戦闘を中断し、頭を抱えている。
「ジャッ……プ……」
サイコダイブから帰還したアンジェリーナが、ハチコーの様子が明らかに変わったのを確認し、再びハチコーへと向かっていく。
「ジャ~ップ」
ハチコーの前で、アンジェリーナが精神世界と同じように、手を差し伸べてみせる。
「アンジェリーナ……」
今度は躊躇うことなくハチコーは手を伸ばし、アンジェリーナの手を握る。
そして二人はひしっと抱きあい、互いにすすり泣く。
「何だか知らんが、和解ムードか」
「そうみたいだな……」
抱きあう異形二人を見て、梅津とバイパーが唸った。
「誰か来るぞ」
階段を見て真が告げる。
現れたのは星一郎と幸司だった。結界が張られているので、一階広間には入れないが、階段の中で立ち止まっている。
(何か様子がおかしいな。気負いが無く、吹っ切れているような……)
二人の表情を見て、バイパーは思う。
「俺達の負けでいい。もう犠牲を出したくないからね。ここも解散ということになったよ」
星一郎が言った。
「勝手なこと言うなよ。それで通ればお巡りさんはいらねーぞ?」
梅津が星一郎を睨む。
「俺達の命と引き換えに見逃して欲しい。もしそれもかなわないなら、ここを今すぐ爆破する」
梅津を無視し、星一郎はバイパーを見つめて言った。
「しかしただで命は差し出さないってか? 随分とわがままなガキだぜ」
そう言って笑いつつも、バイパーは受けて立たんとして、星一郎と幸司の前へと進み出た。
「結界、入り口を開きましたから、今なら入れますよ」
累が声をかけ、星一郎と幸司の二人が一階広間へと足を進めた。
「皆まで言う前に察してくれて嬉しいよ」
バイパーを見つめたまま、星一郎が微笑む。
「何かやたらと俺に対抗意識持ってたみたいだしなー」
「初めて会った強敵だったから、どうしても意識しちゃうさ」
「そいつはどうも。で、そっちは二人組か?」
「俺はただの見届け。星一郎が死んだら、俺も死ぬよ」
バイパーに声をかけられ、幸司はにっこりと笑って事も無げに言った。
(何だかなあ……)
バイパーが渋面になって梅津の方を向く。
「そういうわけだが、ポリ公的にはどうよ?」
「信じられないが、今は信じるしかない状況だな」
バイパーに確認され、梅津が頭をかきながら答える。
(今逃がしても、その後約束なんて反故にして、捕まえられるかもしれないとは思わないのかねえ。こちとら警察だぞ? そんな約束守れるわけがない。しかしまあ、こいつらにもそれしか手が無いってことか)
相手の状況を考えたら、もう崖っぷちだ。この程度のわがままは見逃してやってもいいと判断する。何より空気を読めばそれしかない。
「俺達の仲間が約束を守らなかったら、全員逮捕してもいい。でも約束を守って大人しくしているのに、一人でも逮捕したら、残りが無差別殺人を起こすように言ってある。それを食い止められるつもりなら、約束を破るのも御自由に」
「そうきたか」
星一郎の台詞を聞き、梅津は苦虫を噛み潰したような顔になった。
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