第三十九章 19
昨夜、とんでもない事態が発生した。アルラウネのコピー達の住処であり、星一郎達がアルラウネと遭遇して力を手に入れた賭源山が、火事になったというのだ。
火事の件はニュースで知った。翌朝、動ける者で現場へと向かった。
星一郎、幸司、笠原、それに享命会から四名、他に五名の男女の計十二名が、丸焼けになった山の麓へ訪れる。
「山火事の跡ってこうなるんだね」
灰となった草を踏んで歩きながら、幸司が呟く。
「皆死んだのか?」
星一郎の顔見知りの男が呻いた。UFO繋がりのグループの一人だ。皆とはアルラウネのコピー達のことだろう。火事は山の頂上に至るまで焼き尽くしていた。
「そうかもな……」
言いつつ星一郎は灰の中に、アルラウネの亡骸を一つ見つけ、拾い上げてみせた。真っ白な肌は真っ黒になっているが、完全に炭化してはいない。
「可哀想に……」
幸司が悲しげな顔になる。人との会話はどことなく無機質ではあるが、愛らしい見た目だったアルラウネが、このような無惨な姿になっているのは、非常に痛ましい。
「で、どうしてこの場所が知られたんだ?」
怒りを込め、誰かを責めるかのように疑問を口にする星一郎。
「何者かが俺達を尾行したと見なすのが自然だろうな。時間的に考えると、俺と漸浄斎とこの子が来た時だろう」
笠原が素直に白状した。星一郎の怒りの矛先が自分に向くことも覚悟していたが、星一郎はそれ以上責める事も無かった。
その後、佐胸が裏通りのチンピラネットワークを駆使して、犯人を調べるという運びになった。
「アルラウネのリコピー達は、霧崎研究所に集結しているんだろ?」
星一郎が笠原に確認する。
「そいつらの動きはチェックしている。今日もあの、バイパーと相沢真という裏通りの有名人が外出しているようだが、こちらに来るような気配は無かった。そもそも昨日は君達と戦って向こうも痛手を負い、引き上げていただろう」
と、笠原。
「そうじゃなくて、そいつらが研究所に引きこもっていても、別の誰かに依頼はできるじゃないか。そいつらの仕業としか考えられないけどな」
犯人探しなどしてどうするんだという意味を込めて言う星一郎。
「まあ、敵ははっきりしている。その可能性が高いのは事実だが、佐胸の調査次第で、何か有効な敵の情報が掴めるかもしれないぞ」
「なるほど」
笠原に言われて、星一郎は引き下がっておく。引っかかることはあるし、言いたいことはまだある。無駄だろうとたかをくくっているというのが本音だが、流石にそれをここで口にすると、ただの嫌な奴になってしまうので、黙っておく。
「オリジナルも焼かれていないことを祈るかのー」
漸浄斎が言う。彼はオリジナルアルラウネが、同じ教団にいる八重子を宿主としている事を知らない。オリジナルは自身の存在を同種に悟られなくする事も可能だ。
(オリジナルは一部の者しか信じていない。俺がその信じられる者として選ばれたのは、多分たまたまだろうけどな)
人格やら能力で選んでいるのではないということくらいは、星一郎にもわかったし、浮かれるような事も無かった。
「皆は帰った方がいい。生き残りを捜索するにしても、警察だって来ているし、いつまでもこんなに大勢でぞろぞろしていたら、不審がられる。少数だけ残して、後は帰宅だ」
笠原が決定した。特に反対する理由も無く受け入れた星一郎であるが、この時、どうして頭が回らなかったのかと、後悔する事になる。
敵がこの賭源山をアルラウネの住処と知って山火事を仕掛けたなら、再度この場に訪れてチェックする可能性も十分にあるはずだ。何故それに気付かなかったのかと。
「佐胸さんが狙ったリコピー持ちは、霧崎研究所には行ってないんだよな?」
星一郎が佐胸に尋ねる。
「ああ。野良コピー持ちともつるんでいるし、護衛もいるけどな」
「何十人も終結している霧崎研究所には、今は手が出せないから、その離れている奴等を狙ってみるよ」
佐胸の言葉を聞いて、星一郎が言った。
「俺も行く」
すぐさま申し出る幸司。
「二人だけでは危険だな。もっと数を増やそう」
「あまり増やしてくれるなよ。多すぎても足手まといになったり余計な犠牲が出たりして、鬱陶しい」
笠原の言葉に、異を唱える星一郎。
「それでも二人だけというのは駄目だ。あと最低二人はつける。こちらから精鋭を選んでおく。少数精鋭の四人だ」
「わかった……」
有無を言わせぬ口調で笠原が決定したので、渋々だが星一郎は従った。昨日、摩擦使いを殺された件が無ければ、反発し続けた所だが。
***
真、累、みどり、バイパー、上美の五名は午前中から、アンジェリーナの救出へと向かった。
「人気の無い場所ではあるし、監禁場所にしてはもってこいか」
建築から百年以上経っているといわれても不思議ではないほど、色あせた木造建築の古めかしい二階建ての納屋を遠巻きに見やりつつ、バイパーは呟く。
安楽市西部の丘陵地帯。近辺には田畑が広がっているが、今いる場所はただの荒地だ。近くに機能していない用水路がある事から、元々は田んぼだったのかもしれない。
「おぞましい気配を感じます」
「ふえぇ~……確かに何かおどろおどろしいオーラが出てるよ。これ、絶対にアンジェリーナだけじゃなくて、他にも何かいると思う」
累とみどりが納屋を見つめ、警戒を露わにして言った。それを聞いた上美が、拳を握り締める。何かいるということは、それと戦う事を意味すると受け取った。
「精神分裂体に偵察させてきます」
累が言い、精神分裂体を投射する。
「あ、いました。イルカ。でも……」
累の報告に表情を輝かせた上美であるが、続いて口にした「でも」の一言に怖くなる。
「でも、何?」
そこで言葉を区切った累に、上美が問う。
「やはり他にもいますが……これは何者なんでしょう……。どちらも見た目は人外ぽいですが、妖怪とは少々違うような……」
「それよりアンジェリーナさんは生きてるのっ? そっちを教えてよっ」
少し苛立ち気味の声をあげる上美。
「ごめんなさい。格好からして生きていると思います。仰向けになって、両手を枕にして足を組んで寝転がってますからね」
「よかったあ」
上美が胸を撫で下ろす。
「人外ぽいのとやらの特徴は?」
真が尋ねる。
「一人は真っ黒の人型。もう一人は……犬と人が合成されたキメラみたいな感じです」
「そいつらがおぞましい気配とやらの出所か?」
今度はバイパーが問う。
「はい。しかしアンジェリーナがああして堂々と寝ている所を見ると、危害を加えられた雰囲気は無さそうですね」
と、累が。
「よし、入ってみよう」
真が促し、一同は納屋へと歩を進めた。
「ジャプ?」
納屋の扉が開き、何人もの人間が入ってきたのを不審に思いながら、身を起こすアンジェリーナ。
その中によく知る顔があったので、アンジェリーナは呆けたように口を開いた。
「アンジェリーナさんっ!」
「ジャアアアップ!」
上美が泣き笑い顔でアンジェリーナに飛びつき、アンジェリーナも喜びの声をあげて受け止める。
「前にもこんなことあったよね。でも今度は立場が逆だよ」
「ジャップジャップ」
上美の台詞に、抱きしめあいながらうんうんと頷くアンジェリーナ。
「ふえぇ~……感動の再会の台詞がジャップかよ」
「まあ見た目は無事を祝って抱擁ですし」
みどりと累が言う。
「何か違和感が……」
「ああ、俺も感じた」
真とバイパーが言った。累やみどりも当然気がついている。納屋に入った瞬間、奇妙な感覚に包まれた。
「悪い気ではないですね。むしろその逆です。ここはとても、居心地が良くて心が安らぎます」
累が言うものの、それと同時におぞましい気配も感じられる。
「ジャップ」
足に繋がれた鎖を指すアンジェリーナ。バイパーが無言で近づき、鎖ではなく、アンジェリーナの足にハメられた輪の方を両手で引きちぎった。
「ジャ……」
「すご……」
鋼鉄の輪をあっさり破壊するバイパーの力に、アンジェリーナは引き、上美も目を丸くする。
「い……行っちゃうのかい?」
毛むくじゃらの巨体が動き、声をかける。一見に犬に見える顔で、眉毛のような毛が目も覆い隠している。
「ジャップ……」
毛むくじゃら――ハチコーにも来るように促すアンジェリーナだが、ハチコーは首を横に振った。
「アルラウネを裏切るわけにはいかないよ」
その名を口にしたハチコーに、一同は反応した。
「お前さん、アルラウネの何なんだ?」
奥にうずくまっている真っ黒の少年の方も一瞥しつつ、バイパーが尋ねた。
「友達だよ。彼女のおかげで……僕は苦しみから救われたし、ハチと別れずに済んだ。こうして一緒になれた」
両手を広げてみせるハチコー。
「うっひゃあ、一つの肉体に二つの魂が入ってるわ~。しかももう一つは、人じゃないし」
みどりが指摘する。
「よくわかったね。愛犬のハチと一つにしてもらったんだ。身も心もね。おかげでいつでも僕はハチを感じていられる」
静かに語るハチコーの声に、狂気の響きは一切感じられなかった。人によってはその行為そのものが、狂気の行いと感じられる者もいるであろうが、ハチコーの声や、目の前にいる彼の暖かな雰囲気を直にあてられていると、陰気さも狂気のようなものも、一切感じられない。
(ハチコーが和みムードなキャラっていうだけじゃなくて、どうもこの納屋自体がおかしいわ。霊的磁場が強いわけでもなく……何か妙な力を感じるぜィ。おぞましい力なのに、『陽』に働いている……)
みどりが蹲る真っ黒の肌の少年を見やる。力の源はこの少年であることが、はっきりとわかる。累も同様に黒肌の少年に視線を向けていた。
(流れ込んでいる……いや、吸い取っていますね)
累は微弱な力の流れを感じ取っていた。力の流れは、全て蹲っている黒い少年に向かっている。少年が吸引機のように、ゆっくりとした流れで、納屋全体から何かを吸い取ろうとしている。その結果、この納屋がひどく居心地がよくなっている。
(こいつが陰気を全て吸っているせいか)
黒い少年を見ながら、累より早くみどりが真相に気付いた。
「また……時々遊びに来てくれると嬉しい」
「ジャップ……」
寂しげに声をかけるハチコーに、名残惜しそうに手を振るアンジェリーナ。
その時だった。蹲っていた黒い影が、弾かれたように動き、アンジェリーナめがけて襲いかかった。
アンジェリーナとハチコー以外の全員が、殺気に反応したにもかかわらず、誰一人動きについていけなかった。
一体何をどうやったのか。黒い影がアンジェリーナの体を縦に引き裂いて駆け抜ける。
「アンジェリーナ!」
ハチコーが悲痛な叫び声をあげたが――
「ジャ~ップ」
真っ二つになったアンジェリーナの体はすぐに元通りにくっつき、両手で二つの輪を作る形で頭につけ、おどけた声をあげてみせる。
「今のは――」
「ふわぁ~」
累とみどりだけが、アンジェリーナをどのように攻撃したのか、見抜いていた。
「デビル! 何をするんだ!」
ハチコーが驚きながらも、黒肌全裸の少年――デビルに向かって怒鳴る。
「こいつ……!」
上美が怒りを露わにしてデビルの背を睨みつけ、臨戦体勢を取る。デビルは壁に向かって、ただ佇んでいる。
「そいつは何なんだ?」
バイパーがハチコーを見て尋ねた。
「僕と同じだよ。アルラウネのオリジナルに改造された、特別な宿主」
それ以上のことは、ハチコーも口にするのが躊躇われた。自分とデビルが、アルラウネの切り札であることや、他の宿主の能力を複数、転写されている事まで伝えると、彼女への裏切りになってしまうのではないかと思えて。
デビルがゆっくりと振り返る。真っ黒の顔で、表情は読めない。薄暗いせいで、口も鼻も見えない。目の白い部分だけがはっきりと映し出されている。
「この豪華メンツ相手にやろうってのかよ」
バイパーが進み出る。うそぶく言葉と裏腹に、デビルに対して底知れぬ危険な何かを感じ取っていた。
闇に溶けるかのように、デビルが目にも止まらぬ速さで、バイパーへと跳びかかった。
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