第三十九章 3

 中学三年の時、村野幸司は登校する際、いつも表情が強張っていたが、次第に強張る事も無く、ただの無表情になっていった。諦めの極致に至っていた。


「あ、またカマ野郎がきたぜ」

「お前何で学校来るんだよ。お前の馬鹿なダチみたいに、登校拒否ってろ」

「あいつとホモってたってマジなん?」

「二人揃って心中すりゃいいのに。仲良く机の上に百合の花~」

「つーかあいつひどすぎて笑うわ。かばったお前を見捨てて逃げてんじゃんよ」


 クラスの屑連中が歪んだ笑みを浮かべ、はやし立てる。


 彼等はどんな大人になるのだろうと、幸司は考える。大人になったら同級生をいじめて登校拒否にまで追いやった事も、あっさりと忘れるのだろうか? そして平然と幸せな人生を送れるのだろうか?

 傷つけられた方はずっと傷を負っていくというのに、他人の傷など見て見ぬふりができるのだろうか? 少なくとも幸司にはできない。


 幸司がいじめられるようになったきっかけは、ごくごく些細なことからだった。

 幸司の友人が、学年別の球技大会で足を引っ張って、クラスを敗北へと導いた。それから彼はいじめられるようになった。

 いじめている筆頭は、運動だけが取り得のノータリンの不良だ。それに合わせて他の不良連中もいじめるようになった。


 友人は確かに運動神経が乏しかったし、スポーツではいつも足を引っ張っていたが、たったそれだけの事で蔑まれる謂れは無い。そもそも小学校中学校と、運動差別がひどすぎると幸司は思う。それだけでランク付けされているような気さえする。しかもその運動エリートは、大抵嫌な奴ばかりで、ひどく差別的なのだ。


 幸司は黙ってそれを見ていられず、友人をかばって不良達に真っ向から抗議したが、その翌日から、友人は学校に来なくなった。


 何度も会いに行ったが、部屋から出て込ようとはしなかった。それどころか友人の親は、幸司のせいで登校拒否になったとまで責める始末。

 自分が正しいと思った行為が、悲惨な事態を招いてしまった事に、幸司はすっかりと落ち込んだ。


 幸司は学校以外にも一人、友人がいた。自分より二つ年上だが、同じ宇宙人マニアという事で、幸司が中学に上がってすぐに付き合いだした。


「お前、最近すごく様子おかしいぞ」


 馳星一郎という名の年上の友人に問いただされ、幸司は事情を話した。


 翌日、不良達の姿は学校に無かった。その次の日も無かった。

 親からは捜索願いが出され、警察の聞きこみもあった。

 その後、とうとう不良達は学校に来ることは無かった。未だに見つかってはいない。

 誰の仕業か、幸司にわからないわけがない。その事で星一郎に問いただすと――


「いじめはいじめられる方も悪いんだよ。いじめる奴はもっと悪いけどな。ちゃんとやり返さないと駄目だ。俺も昔いじめられてたけど、一生動けない体にしてやったらいじめられなくなったよ。俺が直接やったんじゃないぞ。小遣い全部はたいて株で金増やして、その金で裏通りのヤバい人雇って、全員ダルマにしてもらった」

「俺をいじめてた奴等は……?」

「同じだよ。ダルマにされて外国の売春宿に売り払われた。一生ケツアナ掘られ続けるだけの人生だろ。おかげで俺は貯金が底つきかけてるけどね」


 幸司が恐る恐る尋ねると、事も無げに星一郎は言った。


 自分のためにそこまで星一郎がやってくれたという事に、幸司は衝撃を受け、感動し、感激、感謝の念でいっぱいになった。星一郎にこの恩を返したい。一生返し続けたいという気分になった。

 その気持ちは、二年経った今でも変わってはいない。


***


「薬仏市はどうだった?」


 星一郎の自宅に遊びに来た幸司が尋ねる。


「あっちの担当がほぼ全滅した理由がわかった。笠原に報告したら、しばらく薬仏市に関わるのはいいって言われたよ」


 星一郎は仰向けに寝転がって本を読みながら、不機嫌そうに言った。あのバイパーという男ともう一度戦いたかったというのに、その機会はしばらく無くなりそうだ。


「星一郎は積極的に戦いに行きたがるね」

「そりゃそうだよ。こういうシチュエーションをずっと夢見てたんだ。かなわないと思った夢なのに、今こうしてかなったんだぜ」

「そっか……」


 楽しげに言う星一郎だったが、幸司の顔は浮かない。


「でも危険なんだよ? 死ぬかもしれないし」

「わかっているし、それが面白い。死が近づくほどぞくぞくしてたまらない」


 心配する幸司に、星一郎は笑みを張り付かせたままうそぶく。


「俺は今が凄く楽しいんだよ。もしかしたら明日死ぬかもしれない。落とし穴が目の前にあるかもしれない。あるいは今のこの絶頂感も、調子こいた奴を貶めるための意地悪な神様の布石かもしれない。それでも今楽しいのは事実じゃん。だったら存分に楽しまないとさ。見えない穴が目の前に待ち構えていても、飛び越えてやる」


 十八年間ずっと、かなわぬ想いばかりを抱き続けていた。世間一般では現実には有りえないと思われることを追い続け、求め続けた。そのどれもが一気にかなったのである。もういつ死んでもいいと、星一郎は本気で思っている。

 それどころか、死ぬなら凄く楽しい今死ぬのが一番いいとさえ、星一郎は思っていた。例え生きていたとしても、この楽しさがずっと持続するとは限らない。つまらなくなった人生を細々と淡々と生きているよりは、派手に散らせた方がいいのではないかと。


 一方で、自分が死んだら悲しむ人間もいるという事を意識すると、どうしても後ろ髪が引かれる想いだ。両親、変人の実父、そして星一郎。


「アルラウネの言う通りにしていて平気かな? 力を餌にして、俺達のこと利用しているだけっていう風にしか、俺には思えないんだけど」

「いや、実際そうだよ。何を今更……」


 不安げな幸司を見て、星一郎は笑う。


「皆気付いてて、承知したうえでやってるんだ。いや、中にはアルウラネが宇宙人だからとか、自分の望みをかなえてくれたっていうんで、本気で崇拝している奴もいるっぽいけどね」

「幸司はどうなの?」

「楽しいから以外の理由なんか無い」


 即答して、ふとカレンダーを見る星一郎。


「今日は……二日か。もうあれから……丁度三ヶ月経つんだな。俺達の世界は、大きく変わっちゃった」


 星一郎が感慨深そうに目を細める。


 三ヶ月前、星一郎も幸司も、望み焦がれていた未知との遭遇をついに果たした。宇宙人と出会うことができたのだ。

 しかしそれは始まりに過ぎなかったのだと、今となっては思う。


 アルラウネと名乗った彼等は、すでに何人もの人間と取引をしていた。力を与える代わりに、自分達の思い通りになる者達を増やしていた。

 まず星一郎達が行ったのは、アルラウネの宿主となる者達を増やすことだった。皆、様々な方法で人を探し、そして選別し、力を与えればアルラウネに従いそうな、現実に喘いでいる者達を賭源山へと連れて行き、アルラウネを寄生させていった。


 賭源山のアルラウネに寄生された宿主の数は、率先して動いて、他の宿主達との連携を取っている笠原でさえも、把握しきれてはいない。星一郎にしてみれば気に食わないことに、笠原が全体のリーダー的なポジションについてしまっている。


 現在、アルラウネの宿主は相当な数がいるのはわかっている。判明しているだけでも50人以上はいると、笠原は言っていた。

 コピーの中には、オリジナルの元を離れた野良アルラウネもいるという。それらの野良までは、オリジナルでさえ把握しきれていない。


 そして二週間程前から、宿主達はアルラウネから新たな指令を受け取った。

 アルラウネオリジナルの指示によって寄生したコピーは、オリジナルが手を加えた特別製であり、アルラウネの宿主をかなり遠方からでも探知できるようになっているという。その力を使って、マッドサイエンティスト達にリコピーを移植された者達を探し、襲い、彼等を殺害してリコピーを抜き取れというのが、指令内容であった。


 殺人などできないと反対した者達は多かったが、アルラウネは咎めなかった。それも織込み済みだったようだ。


「俺、正直言うと間接的にでも人を殺したくはない」


 幸司が言いにくそうに口にした言葉に、星一郎は小さく笑う。


「俺だって気分が悪くなることもある。でもさ……楽しいんだよ。戦いそのものは。漫画みたいに異能の力を駆使しての戦い。楽しくて仕方ない。強い敵との戦いはなおさら楽しい。バイパーって奴との戦いは特に良かった。死の恐怖を一番感じられた」


 それもまた、星一郎がずっと憧れていたことであった。漫画やラノベやアニメの主人公のようになって、特別な力を手にして、強者とひたすら戦いに明け暮れたいと、ずっと夢想していた。

 宇宙人と会うという願いがかなったかと思ったら、そちらの願いまでもかなってしまった。今やまるでこの世の全てが星一郎の思い通りに動いているかのような、そんな気さえしている。今こそ人生の絶頂であると言っても過言ではない。


「相手が善人でも殺す?」

「いいや」


 恐る恐る問う幸司に、星一郎は間髪入れずにかぶりを振った。


「善人だとわかったら抵抗があるよ。マッドサイエンティストに魂を売り渡して悪人になった奴とか、裏通りに堕ちた奴は、別にいいと思う」


 星一郎の言葉を聞いて、それはあまりに浅い判断基準だと幸司は思ったが、それ以上は突っ込めなかった。

 きっと星一郎もわかっていて、あえて見ないようにしているのだろう。それでいて、都合の悪い部分に目を背けて、戦いを楽しんでいる。超常の力を手に入れたことに酔いしれている。

 その先には破滅が待つのではないかと、幸司は密かに脅えている。その破滅から、星一郎を出来る限り守りたいとも思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る