第三十八章 18

B月5日 19:18


 漸浄斎、来夢、克彦、久美、佐胸、弥生子、憲三、アンナ、そして来夢達と同期入門の六人の信者達の計十四人が、夕食を取っている。

 十二畳の和室であるため、スペースには何とか余裕はある。現時点では。食事は弥生子及び数名が担当して作っていた。


 来夢達と同期で入った信者達は、皆この生活を楽しんでいるようであった。少なくとも以前の生活よりはましなようである。怪しい新興宗教団体に駆け込むくらいだから、まともな環境ではなかったのだろう。以前の生活環境や重い悩みを漸浄斎に相談する者もいた。


 皆が和気藹々と食事を取る中で、佐胸はいつも通り無言だった。


(来夢と克彦はここを潰しにきたわけか。だったら下手にここの連中と仲良くならない方がいいと思うが……そこは裏通りの始末屋として、非情に徹する事ができる……か? カモフラージュのためにも、普通に接する必要もあるだろうが)


 つい先程のやりとりを思い出し、佐胸はいろいろと考え込んでしまう。


(俺を信じてくれたのは、内部に協力者がいる方が、いろいろと便利という面もある。だがそれでも人選は必要だ。俺があいつらに選ばれたことに……正直、俺は喜んでいる。全く馬鹿だな……俺)

「珍しいのー、佐胸君がにやけながら飯食っておるよ。デリヘルで好みの女の子でも当たったか?」


 漸浄斎に指摘され、佐胸は飯を吹きかけた。無意識のうちにニヤついていた事への恥じらいで、顔が熱くなっているのがわかる。


「漸浄斎さんねー、女性もいる前で堂々とセクハラするのはやめてくれない?」

「いいんじゃーい。拙僧はセクハラ教祖なんじゃーい」


 久美が抗議するが、べろべろばーをしながら開き直る漸浄斎。


「ひどい大人、ひどい教祖」

「だよねー」


 来夢がぽつりと言い、久美が援軍を得たと言わんばかりにうんうんと頷く。


「童心あるが故の我々の教祖ですよ」

「おお、弥生子さんはわかってるのー。カカカ」


 笑顔でフォローする弥生子に、漸浄斎が気をよくして笑う。


「こないだ、精神障害者やヒキに喝の押し売りしたらどうかって、言ったんだけどさ。いっそ精神病院に喝の押し売りってのはどうかなーと。話題にもなると思うのよ」


 今後の方針を述べる久美。


「そりゃ話題にはなるだろうね……悪い意味で」


 まだその案を引きずっているのかと、呆れる憲三。


「皆も賛成してくれるよね?」

「断固反対じゃ。やりすぎじゃい」


 漸浄斎は憮然として首を横に振った。信者達も、久美に同意しようという者はいない。


「いや、それくらい強烈なアピールしないとさー」

「だからのー、アピールした後に犯罪者になるじゃろーっ」

「んー……じゃあ、精神病院の前でアピールしまくる精神病院巡り行脚は? それなら犯罪者にはならないと思うんだよね」

「おう、それならいいのおっ」

「い、いいの?」

「あ、やっぱやめじゃ。それでも警察呼ばれるわい」

「警察呼ばれても宗教活動の一環だから、人助けだからってことで、皆でゴネてやりすごそうよ。まず話題を呼んで知名度を上げよう」

「御主……大物になるか、大物になる前に逮捕されるかのどちらかの綱渡りは、普通やりたくないんじゃぞ」


 漸浄斎も久美の強引な押しには、たじたじのようであった。


 その様子を見ながら、克彦の表情に陰りがさす。


(皆この教団にいることを楽しんでいるけど、俺達はここをぶっ壊してしまうかもしれないんだよなあ……。いや、高確率で壊してしまう。何しろ最終的には教祖を……)


 克彦はどうしても意識してしまう。漸浄斎を自分達の手で殺す時のことを。

 佐胸は漸浄斎を悪人だと言っていたし、依頼者の犬飼の弁を聞いたかぎりでもそうだ。しかしこうして接していると、とてもそうは思えない。陽気で気さくでひょうきんな、信者達から愛される教祖様だ。


(その悪人の面をはっきりと見ることができたなら、やりやすいんだけどな。来夢、どうするつもりなんだろ……)


 聞いて確認したいが、例え来夢でも何となく聞きづらい。


『次のニュースです。今日未明、東京都安楽市奥多摩山域で大規模な森林火災が発生し、賭源山が全焼しました』


 その時、Nエロ系の七時のニュースで流れてきた内容に、信者達の何名かが反応し、テレビを見た。


(え……その山って……)

 憲三も遅れて反応する。


 全焼した山の名を彼等は知っていた。アルラウネ達が住まい、自分達が異能の力を身につけた場所だ。


 克彦も驚いていた。そしてアルラウネをここで移植されたと思われた者達をそれぞれ見やる。

 漸浄斎、佐胸、憲三、アンナも露骨にニュースに注視している。佐胸は険しい顔になり、アンナと憲三は大きく目をを見開いている。漸浄斎だけポーカーフェイスなのは流石だと克彦は思った。


『不自然な火の回り方から、放火の疑いが強いと――』


 放火と聞いて、克彦は二人の人物が思い浮かぶ。


(純子と犬飼さん……どっちもやりそうだ。いや、純子は無い。純子ならもっと別のことしそうだし……)


 克彦が来夢を見ると、来夢も克彦に視線を向けていた。考えていることは同じだろうと、視線で互いに確認する。


***


B月5日 18:02


 賭源山周辺の山林に大量の人間が入り込んでいることに、アルラウネは気づいていなかった。

 いや、一人か二人の人間を見かけたアルウラネはいたが、気にしていなかった。たまに山菜を摘みに人間が来ることもあるからだ。そしてアルラウネの多くは一箇所に留まっていたので、まさか数十人もの人間が山の周囲のあちこちにいるなど、思いもしなかった。


(バレないよなー。バレないようにやれって言っておいたけど、雇った奴等が裏通りの底辺のチンピラ連中だから、ヘマもしそうだ)


 山から少し離れた場所で、犬飼はやきもきして作業が終わるのを待っていた。


 今、雇った多数のチンピラが山の麓で、油を念入りに撒いている。犬飼が事前に指示した位置に、それぞれ分担させて撒かせている。相当な人数を雇ったとはいえ、それでもかなり時間のかかかる作業だ。油を運ばせるのも楽な作業では無かった。しかもそれをこっそりまかないといけない。


(しかし苦労した分、仕上げが上手くいった時は、脳汁出まくりってね)


 そう思った矢先、最後のチンピラが作業を終えた報告をしてきた。これで準備はできた。


「じゃ、バーベキューパーティーといこうか」


 チンピラ達が犬飼の元へ帰ってくるのを確認し、犬飼は笑いながら呟くと、その場にかがみ、ライターで導火用に撒いた油の先に、火をつける。


 たちまち火が燃え広がっていき、やがて山全体を包む。

 山全体を炎が覆っていることに気付いたアルラウネ達は、慌ててちょこまかと山の中を駆けずり回り、逃げ惑う。しかしどっちを見ても炎に包まれているので、恐怖でその顔が歪む。


「こっちだ! こっちは火がついてない! 降りれる!」


 アルラウネの一人が逃げられる場所を見つけて、側にいる仲間達に声をかける。


「おーい! こっちだー!」

「東の方は無事だーっ!」

「皆に叫んで知らせろ!」


 アルラウネ達が口々に叫んで、続々と集り、東へと逃げていく。


 やっと火の勢いが届いていない所を見つけて、山から逃げられると思い、何人もが炎と炎の合間へと一斉に殺到する。


 すると先頭を走っていたアルラウネ数名の足元がはねあがり、落ち葉の下に隠されていた網に捕獲されて、宙吊りにされる。

 後ろを走っていたアルラウネの足が止まる。何人もの人間が炎の合間に出来た隙間の向こうに現れたのだ。


「おー、予想以上に何匹も獲れた。小さいから捕獲しやすいな。しかもそんなに動きも速くないし」


 吊るされた網の中に詰まっているアルラウネ達を見て、犬飼は歓声をあげた。


「お前達の仕業か……。何者だ」


 犬飼に雇われたチンピラ達が網を滑車で移動させて下ろす作業を、網の中から睨みながら、アルラウネの一人が声をかける。

 チンピラ達は、明らかに人外であるアルラウネを見て、動揺していた。しかもそれが人の言葉を発したので、未知なるものへの恐怖が激しく沸き起こる。


「ただの暇人だよ。気にするな」


 犬飼がそう言って、手を軽く振って合図をすると、チンピラ達が炎の切れ目にもガソリンをホースで噴射した。残った切れ目も炎で遮られ、完全に逃げ場が無くなる。逃げ遅れたアルラアネ達が立ち止まり、絶望する。


「小さい山とはいえ、山一つ丸々焼くのは、中々骨の折れる作業だったし、失敗するんじゃないかとビクついてたけど、雇った人数が多かったせいか、成功したな。かなりの数が生息していたから、途中でバレそうなもんだったのにな。ひょっとして夜行性なのか? 植物のくせして」


 地面に下ろされた網の中にいるアルラウネを見下ろしながら、犬飼が声をかけるが、アルラウネ達は一人として答えようとしない。


(あの山だけではなく、周囲の山にも潜んでいたとしたら、逃れた奴もいそうだが……ひとまずはこれでよしとしよう。純子への手土産も一応確保できたしな)


 その手土産を見上げ、犬飼はにやにやと笑っていた。

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