第三十八章 16
B月5日 18:38
かつて刹那生物研究所で、交戦したことも、共闘したこともある両陣営である。互いに手の内はある程度知っている。
「見てのとおり、この人を守ってる。ていうか、余計なことしてかき回さないでほしいな。それとも純子の邪魔をするよう、百合に命じられて、尻尾を振りながら言いつけを守ってるのかな?」
来夢の刺のある言葉に、睦月と亜希子はカチンとくる。
直後、空気を読まない――そして殺気も感じさせない葉山の狙撃が行われた。狙いは来夢の足元に倒れている佐胸の頭部だ。
しかし銃弾は、克彦の黒手によってキャッチされる。例え殺気が無かろうと、黒手は反応できる。
「お、おい……うわっ!?」
戸惑う佐胸の体に黒手が三本巻きつき、その小太りな体をあっという間に亜空間の中へと引きずり込んだ。
「あはぁ……邪魔はしないでいようと考慮したつもりだけどねえ。そいつだけ殺すつもりだった。何しろ俺達を襲ってきた奴だ」
実際には咲を襲ったアンナも享命会の一員であるのだが、そこまでの情報は知らされていない睦月であった。
(余計なこと? 邪魔はしない? こいつら一体……)
来夢と睦月の言葉が引っかかる佐胸。
「その時点でもう邪魔。佐胸さんは仲間だから、殺させない。やりたいなら実力で押し通したらいい。できもしないから、いつまでもお喋りしてるんだろうけど」
「この子、本当頭くるな~……」
笑顔で煽ってくる来夢に、亜希子もいい加減腹が立ってきた。
「少し懲らしめてあげようよ、睦月」
「そうだねえ」
「いや……無益な争いは……と言っても聞かないか」
すっかりやる気の睦月と亜希子を見て、咲も諦めて戦う覚悟を決める。
睦月が蛭鞭を出して振るうが、鞭は途中で勢いを失くし、来夢に届く前に地面に落ちる。
(鞭の先が重い……。重力を操るのは知っていたけど……これほどとはねえ。これは攻撃方法を選ばないといけない)
わかってはいたが、どれぐらいの力か試してみるために、直に感触が伝わる蛭鞭で攻撃してみた睦月である。
刃蜘蛛が右から、少し遅れて亜希子が左から来夢へと接近する。
近接組の補助をするべく、葉山が来夢を狙撃した。しかし来夢の後ろから黒手が猛スピードで反応し、また銃弾をキャッチする。
(私の花びらは……頭につけないと効果が薄いけど、あの黒い手はどうだろう……。タコやミミズみたいなものだったら、効くんじゃないか?)
咲が思案しつつ、こっそりと赤い花びらを二枚放つ。
刃蜘蛛があっさりと重力に潰されて、ばらばらになる。しかしダメージは大したことが無い。ばらばらの刃に分離しただけだ。
反対方向から接近した亜希子にも重力をかける来夢。亜希子の動きが鈍くなる。
「お……重い……」
完全に潰されるには至らず、何とか動ける程度であるが、この状態で攻撃されたらたまらないと、亜希子は内心恐怖していた。
その亜希子をじっと見て、来夢はぽつりと呟いた。
「その服、とても可愛い」
「え?」
思いも寄らぬ称賛に、亜希子は呆気に取られる。だが――
「褒めたのは服。日本語わかる? 中味じゃないから。勝手な勘違いは無しで」
来夢が続いて口にした台詞を聞いて、激しく苛立つ亜希子。
「痛っ!」
さらに強い重力をかけられて、亜希子の体が地面にうつ伏せに倒される。そのうえ上からぐいぐいと凄い圧迫をかけられる。
「可愛い服を亜希子の薄汚い血で汚したくないから、服に免じて手加減してあげたよ? 倒れてついた汚れは、ちゃんとクリーニングしてあげてね。服に助けられた亜・希・子」
「ぐぬぬぬ……こんにゃろ~……」
言いたい放題の来夢に、亜希子は潰されながら悔しげに唸る。
その時、亜空間からにょろにょろと出ていた黒手の二つに、それぞれ一枚ずつ花びらが付着する。
(え……?)
克彦は黒手の異変にすぐ気がついた。二本の黒手が、明らかに動きが鈍くなっている。
(どうなってる? 何をされたかわからないけど……俺の黒手を封じることをできる奴がいる? これはヤバい……他の手も封じられたら、狙撃から守ることが……)
克彦が守らずとも、来夢も重力コントロールである程度は、弾から身を守ることはできるだろうが、その分、意識も力も分散されるし、克彦の黒手ほど易々と防御できるわけでもない。
黒手の動きを鈍くしたことに、仕掛けた咲も当然気がついていた。
「やっぱり効いた……脳の無い、神経節で動いている擬似生命だからか?」
以前咲は、カニやタコといった、脳の無い生き物に花びらを試してみたことがあるが、人間よりよく効いた。ミミズにも効いたし、大きめの昆虫にも効いた。睦月のファミリアー・フレッシュにも試したが、これも効いた。神経節で情報や思考を処理して動いている生物には、脳を持つ生き物より効果が大きいという結論に至った。
「来夢、退くぞ」
克彦が一言告げると、無事な黒手を来夢に巻きつけ、亜空間へと引きずり込む。
「え? どうして……」
戸惑う来夢であったが、克彦が決定したのだから、何かあるのだろうという事もわかっている。
「黒手が全部封じられてからじゃ遅いし、そもそもあいつらと無理して戦う必要も無い」
亜空間の中に来夢と共に入った所で、克彦は告げると、純子に電話をかけた。
「逃げた……」
突然の退却に、呆然とする睦月。
「あの黒い手に、私の花びらをつけたのよ。睦月のファミリアー・フレッシュと似たようなものじゃないかと思ってさ」
「ああ、そういうことかあ。あはっ、咲やるねえ」
咲の説明を受け、睦月も理解する。
重力から解放された亜希子が、溜息混じりに起き上がった時、睦月の携帯電話に非通知の電話がかかってきた。
『今亜空間の中に引っ込んだ安生克彦だ。成り行きで戦ったけど、俺達は敵じゃない。佐胸さんを殺されたら困る』
意外な相手からの意外の電話に、睦月は一瞬目をぱちくりさせたが、口元を歪めて笑う。
「あははっ、散々ディスって、喧嘩もしておいて、何言ってるの?」
『このまま俺と来夢とあの人――佐胸さんを逃がしてやってくれ。そうしないとせっかく信用を得るための俺らの行動が、台無しになる。君等と戦うのも、あの人の信用を損なわないために必要だったし』
真摯な口調で訴える克彦に、睦月の沸騰していた頭も冷めてきた。
「でもさあ、あの人に殺されかけたし、今度あの人が仲間を連れてきても困るし、あの人だけは殺させてほしいなあ」
『じゃあ俺達で佐胸さんを説得する。だから勘弁してくれよ。佐胸さんにも多分事情があるだろうし、悪い人じゃないんだ』
『それでも退かないなら、こっちも容赦しないよ? 全員揃って、車に轢かれた蛙みたいにしてあげる』
『こら、来夢。せっかく人が和平交渉してるのに邪魔するな』
横から口出しをする来夢を叱る克彦。両者の関係が何となくわかってしまう。
「おっけー。ここは退いておくよう。でも来夢、君は今度見かけたら絶対お仕置きしてあげるから」
『出来もしないことを努力する睦月の姿、見てみたいから、楽しみにしてるね。睦月って、主人の百合といろいろ似てるよね』
『挑発するなっての……。ああ、ごめん。来夢にもよく言ってきかせるから」
「あははっ、ちゃんと調教しておくようにねえ」
捨て台詞の応酬をして、睦月の方から電話を切った。
あのまま克彦と来夢が加わって戦いを継続すれば、こちらに死傷者が出る確率が高まるし、克彦の言葉を信じた方がよいと、睦月は計算した。
「すみません、何の役にも立てずに……。やはり所詮蛆虫でした」
と、そこに葉山がやってくる。
「そんなことないだろ。葉山さんの狙撃があったからこそ、退いたんだ」
申し訳無さそうに謝罪する葉山に、咲がフォローする。敵側からすれば、あの黒手が無力化されたとあっては、葉山の狙撃が最も脅威となるのは、咲にも容易にわかった。
「平和条約結んだよ。あはっ、ムカつくけどさ」
電話を切り、睦月が言った。
「ちょっと交戦しただけだけど、十分来夢の強さは伝わったよ。流石に百合や魔法少女とやりあうだけはある……」
刹那生物研究所での戦いを思い出す睦月。
「いつぞやの残酷な子供がいましたね……。ううう……彼とは顔をあわせたくなかったです。僕の心をえぐりまくりますから」
「あの子、すっごく喧嘩腰で態度も口もワルぅ~。ママと甲乙つけがたいドSだし。どんな育てられ方したの……って、私も人のこと言えないか」
葉山と亜希子がそれぞれ来夢に対する感想を口にする。
「ま、機会があったらいつか落とし前はつけてやろうよ。でも今は残念ながら敵じゃあない。あの佐胸って人も、克彦と来夢があれだけかばうんだから、無理して殺すのはやめておこう。もちろん、今度また襲ってきたら、容赦する必要はないけどねえ」
「その機会が来ること祈ってるわっ。その時のために対策も考えて、私も鍛えておかなくちゃっ。絶対ぎゃふんと言わせてやるっ」
睦月と亜希子がそれぞれ来夢へのリヴェンジを口にして、同時に踵を返した。
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