第三十八章 2
A月31日 11:02
「他に四人襲われてるよー。特定のマウスがねー」
犬飼が雪岡研究所へと直接赴き、中田村眞一が殺された件を報告すると、純子は事も無げに言ってのけた。
「アルラウネっていうものを移植したマウスばかりが、襲われてるんだよねえ。しかも殺されたマウスは、体内のアルラウネを抜き取られていたし」
「それでどう対処するつもりだ?」
犬飼が問う。
「んー、今のところ様子見かなあ。今ちょっと忙しいしねえ。せっかく素敵な実験台が手に入ったから、これが済んだらねー」
寝台の上の異形をいじりまわしながら、純子は本当に興味無さそうに言う。
(ていうか、これすげーな……)
改造されたマウスは何人も見てきた犬飼だが、今純子が扱っているそれは、最早人の原型をほとんど留めていない。
全身の体色はオパールグリーン。節が無数についた腕が四本。しかし脚は無い。というか下半身が見当たらない。胴も節が幾つもついていて、長く伸びているが、途中で切れていて、その断面を純子はいじっている最中だ。全身のあらゆる場所から小さな枝のようなものが伸びている。
「いつまで……改造し続ける気だ。あれから……何日経った?」
化け物としか思えない寝台の上のそれが口を開き、日本語で喋る。掠れ気味の呻き声だ。
「んー、何日だったかなあ。まあちゃんと依頼は果たしてあげるからあ、夕月さんは気にしないでいいんだよー。これは夕月さんのためでもあるし」
実験台となっている男に、幼児をあやすかのような口調で話しかける純子。
(とはいっても、強くするだけならともかく、夕月さんが戦って満足して死ねるだけの、相応しい相手を探すのが難しいんだよねえ……)
見つからなかったら、自分が相手をしてやるかと考える純子であった。
(何があってもこいつの実験台にだけはなりたくねーな……。この光景見た後だったら、優が実験台になるのも反対していた所だ)
その様子を恐々と見ながら、犬飼は思う。
(しかし夕月って、もしかしてあの虹森夕月か? 安楽警察署に襲撃かけて、何人も警察官殺したって聞いたが)
犬飼も虹森夕月の事は知っていた。つい最近起こった安楽警察署襲撃事件に、その人物が関わっていた事も
「んじゃ」
純子があてにならないと見て、犬飼が実験室を出ると、部屋の外で聞き耳を立てていた真と出くわす。
「あんたガラにもなく、仇を討ちたいっていうのか? そういうキャラだったか?」
真に問われ、犬飼は困り顔になって思案する。
「自分でも違うと思うな。でも……どうしてだろうなあ。知り合いが目の前で殺されてさ、そいつの彼女が泣いててさ、俺はどうにもできなくてさ。ここで……何もせずにいたくはないって気分なんだ。だからこうしてここに足を運んだ」
犬飼は基本的に自分のためには、あまり感情的にならない男である。しかし、自分が親しくなった者が傷つけられたとなると、話は別だ。
(優の時なんか正にそうだった。俺って結構、浪花節な男だったのかな? あまりそういう経験無いから、自分でも困惑しているけどな)
優の場合、彼女が小さい頃から付き合っているのでまだわかるが、それほど長い付き合いというわけでもない中田村眞一でさえも、似たような感情が芽生えている事に、自分でも驚いていた。もっと自分は淡白な人間だと思っていたのに。
「別に親友だったってわけでもない、ちょっとした知り合い程度なのにな。でも……放っておきたくない気分でさ。現場を見たインパクトって、結構デカいもんがあるからな。それで心を揺さぶられた感が凄い」
犬飼の話を聞いて、真は無表情のままでありながらも、明らかに嫌そうなオーラを放つ。それが犬飼の目にもはっきりとわかった。
「復讐なんて馬鹿のすることだ。後には何も残らない」
「うん、俺もそう思うわ。ま、きっと俺は馬鹿なんじゃねーの? いや……試してみないとわからないな」
真の言葉に対し、飄々とした口調で返す犬飼。
「お前さんが力を貸してくれてもいいんだけどなー。お駄賃はやるぜ?」
「悪いけど、別件で忙しい」
「あれま、了解」
真に断られ、犬飼は雪岡研究所を後にした。
***
A月19日 15:25
雨岸邸リビングルームにて、百合、睦月、亜希子、白金太郎、葉山の五人がティータイムを楽しんでいたが、葉山が家を出ていった後、ふと睦月は疑問を抱いた。
「ねえ、百合。葉山ってアルラウネを移植されているのかなあ?」
睦月の言葉に百合はきょとんとする。
「あれが純子や霧崎に改造されているとは思えませんが……」
「あはっ、俺もそう思うよ。でもね、アルラウネを移植されているマウスってさ、全部がそうじゃないけど、大体近づくとわかっちゃうんだよねえ。共鳴しているっていうか……。葉山は……何かそれに近いけど違う反応があるんだよ。前から不思議だったんだ」
「近いけど違うというのでしたら、アルラウネに近しい何かを宿している――という推測もできますわね。それが何かは……全くわかりませんが」
睦月の話を聞いて、百合は思いついたことを口にする。
「葉山さんはいろいろと謎が多い人だからなあ。どうやってあんなに強くなったのかとか、何で自分のこと蛆虫とか言い出すようになったとか」
と、白金太郎。
「それなら私も白金太郎のこと、不思議なんだけど。どうして体が粘土なのかとか、何でママにそこまで心酔してるのかとか」
亜希子が白金太郎を見て言った。
「あれ? 俺はそういう術師の一族の生まれだって話さなかったっけ? 御先祖様の里に風土病が流行って、いろんな秘術を体にかけて試して、偶然生まれたのが、この粘土化の術なんだ。一族の者が小さい時に体にこの術をかけられ続けると、触ったものや自分自身を粘土化する事ができるようになるのさ。百合様に心酔しているのは、百合様が強く美しく気高く、素晴らしい人だからだっ」
百合について語る所になると、いきなり得意気口調になる白金太郎であった。
「まあ……人が人を好きになる理由なんて、聞いても仕方ないか~」
粘土の件はともかく、百合どうこうの件は馬鹿な質問をしたと、亜希子は思う。
「そ……そんな、百合様のことを好きとか……畏れ多い……。そういうんじゃなくて、人として素晴らしいと思うんだよ。感情面だけの話ではないし」
わりと真面目な顔と声になる白金太郎。
「百合との間に何かあったの?」
「余計なことを口にしなくてもよろしくてよ、白金太郎」
尋ねる睦月であったが、百合が白金太郎を不機嫌そうに睨んだので、白金太郎は口をつぐんだ。
***
A月31日 16:00
プルトニウム・ダンディー事務所。
来夢、克彦、犬飼に、組織の構成員の谷津怜奈とエンジェルの二人も加えて、五人で情報を追っていた。
ネットでの検索、情報屋への依頼などにより、乞食坊主の目撃情報が多数集った。画像も幾つかある。電々院漸浄斎という名も判明した。
「神の使いを語る者にあるまじき振る舞い。堕天使そのものだな」
エンジェルがそう言って、ディスプレイを犬飼の方へと飛ばす。それを見て、犬飼も呆れてしまった。
「二十年前に逮捕歴有りか。すげーな、判明しているだけで、人妻ばかり狙って八件に及ぶ婦女暴行と脅迫って、とんだ色欲坊主じゃねーか。でもニュースにはなっていないのか。つまり……」
電々院家の人間というだけで、マスコミを封じる力が働いたのだろうと、犬飼は見る。とはいえ電々院にとっては面汚しの存在であろうから、何も援助はしなかったのだろうと。
「現在は宗教団体みたいなのを築いて、信者五人を引き連れて、安楽市各地で布教活動しているみたいだ」
克彦がそう言って、自分が見ていたディプレイをコピペして、皆に飛ばす。
「この小さな団体の信者が、他のマウスも襲っているんでしょうかねー?」
と、怜奈。
「それは俺達が調べる」
来夢のその言葉に、エンジェルが意外そうな顔になる。
「俺達が調査までする必要があるか? 天使は魔界の世情を知りたくても、悪魔の住む魔界には行くまい。悪魔と交渉して悪魔に調べさせるだろう。つまり、情報組織に任せればいい」
「いいえ、それは情報の質によると思いますよ」
エンジェルの言葉を怜奈が否定した。
「依頼者である犬飼さんがまず知りたいのは、敵の規模や目的です。しかも何故純子さんにアルラウネを移植されたマウスを狙うのかなんていう、そんな突っ込んだ調査をしてくれる情報屋や情報組織は限られてきますし、情報屋とて失敗する可能性があります。詳細かつ確実な情報の獲得となると、オーマイレイプの最高金額コースになっちゃいますから、依頼された私達が、敵の事情を調査すべきでしょう」
「怜奈の言うとおりだね。それに、そっちの方が面白そうだし」
来夢が怜奈を見上げ、悪戯っぽく笑う。
「新興宗教団体に潜入か。何か面白そうだな」
克彦も乗り気であった。
「俺は正直おぞましいと感じる。この世の宗教の全ては、神の意思を勝手に代弁し、神の名を騙る不届き者としか思えないし、そんな中に混じるなど……」
一方エンジェルは随分と否定的であるが、その理由は個人的感情による部分が強かった。
「嫌ならエンジェルは来なくていいよ。ていうか、俺と克彦兄ちゃんの二人でいく。エンジェルと怜奈は待機して、ここぞという時まで彼等に顔を見せないようにする」
来夢が一方的に宣言して、方針を決める。
「来夢、中々考えてますねー。私も、全員で潜入ではなく、潜入先の外部で動ける者と分ける方がいいと思っていました」
感心したように言う怜奈。
「ちなみに俺、かつては宗教団体の幹部していた身だぜ。もっと大きな宗教だったけどな。わりと皆人間くさいぞ。イカレてるのも確かだけど」
「へえ、そうなんだ。全然そんなイメージじゃないのに」
犬飼が言い、克彦が意外そうな声をあげた。
「俺も潜入できればいいんだがな。顔が割れちまってるからな……」
「整形したら?」
来夢が犬飼に向かって促す。
「嫌だよ。お前が俺の立場なら整形するのか?」
「もちろん嫌だ」
犬飼に言われ、きっぱりと言い切る来夢。
「でも教団の出没先のチェックに関しては、流石に情報屋を頼った方がいいですよー。では早速手配しておきまーす」
来夢の返事も待たず、勝手に手配しだす怜奈。とりあえずプルトニウム・ダンディーの基本的な方針はこれで決まった。
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