第三十七章 28

「攻めの戦いの方が、やるのも見るのも楽しいよね。それは当然だ。でもね、重要なのは守る時だよ。守りの戦いってのは難しい。予め守りを固めておくことも大事だ。守りさえしっかりしておけば死なない。まず死なないようにする。守りを固める。だから今こうして生きてもいられるんだ」


 壁にもたれかかった李磊が、壁伝いに伸びているツタ植物をいじりながら、得意気に語っている。


「僕はあまりゲームしたことないけど、重視するのって大抵攻撃力とかじゃないか?」


 石の床に大の字に寝た真が言った。体の上には小銃が乗っている。


「そうそう。嘆かわしいことに、防御が重視されるゲームも少ないんだよね。とりあえず攻撃上げとけー、やられる前にやれーってなもんばかり」


 三度の飯よりゲームが好きな李磊だが、帰ってまたゲームが出来るかどうかも疑わしい状況にある。


「しかし明らかに形勢が不利で守りに徹しているのと、最初から守りを固めておくのとじゃ、まるで意味合いが違ってくるぜ」


 そう言ったのは、真が最も尊敬し、心の中で師事している男だった。名はサイモン・ベル。身長160センチ程度だが、最強の傭兵と呼ばれている。口はいささか悪いが、いつも愛想よくにこにこと笑っており、人当たりがよく親しみやすい。この傭兵隊の中で、真と最初に打ち解けたのもサイモンだった。


「正に今この状況がそうだ。ジリ貧に追い込まれて守りの戦いも糞もねーよ。ただ守るしかできない戦いだろ」


 サイモンの言うとおり、彼等は今要塞にたてこもり、大群に三方向を囲まれて集中砲火を受けるという、絶体絶命の状況に陥っていた。


「守るのは活路を見出すためでもある。運も見込んだ状況の変化――あるいは敵が隙を見せたその瞬間、そいつを待って忍従する。それが今の守りだ」


 偉そうな口調でもっともらしく言ったのは、その傭兵部隊――『傭兵学校十一期主席班』のリーダーだった。彼は日本人だ。


「いつも通り、その活路は俺が見つけてやる。それまでお前らチンカス共は気張れ。踏ん張れ」


 リーダーのその言葉に、要塞内に溜息が溢れる。


「それ、一時間前も聞いたし、三時間前も聞いたから、早く見つけてくれな」


 李磊が苦笑いを浮かべて言うと、窓の外に向かって小銃を撃つ。RPGを持っていた兵士が倒れるのが確認できた。

 もうずっと首の皮一枚の攻防が続いている事は、戦場経験のまだ浅い真にも、はっきりと理解できる。敵を寄せ付けまいと、少数で必死であるが、味方は少しずつ倒れ、敵には援軍が到達する。もうここで終わるのかと絶望しかける。


「よし、来た。俺の読み通り。今こそプランDを実行するぞ」


 窓の外を見て、リーダーがにやりと笑った。雨が降り出し、たちまち激しいスコールへと変わる。


「ただのスコールじゃん。ていうか、この雨に乗じて乗り込んでくるかもね。視界を遮るほどひどい」


 優男の傭兵――シャルルが言う。


「西は主にバトルクリーチャーで編成された部隊だ。この雨で鼻が利かなくなる。スコールに紛れて西のジャングル地帯を抜ける」

「おいおい、ここを出る気かよ」


 傭兵学校十一期主席班には属さない、義勇兵の一人が驚いた。十一期主席以外にも、複数の傭兵や義勇兵がこの要塞にはいた。


「ここがもぬけの殻とわかったら、東西の兵士達は、俺達が唯一空いている南へと抜けて逃げたと考え、追撃に向かうだろう。そのまま次の防衛線へ侵攻するかもしれない。俺達は西のジャングルを抜けて北の後方へと紛れ込み、北の部隊を背後から討つ。北は一番手薄だから、俺達なら何とかなるだろ」

「相変わらずアバウトで上手くいきそうにない作戦なこって」


 サイモンが笑顔でぼやきながら、立ち上がった。


「上手くいかないと思う奴はついてこなくてもいいぜ」


 リーダーが告げるが、全員従う流れとなった。そしてサイモン曰くアバウトで上手くいきそうにないその作戦が、ちゃんと上手くいったおかげで、真もその後生存している。


***


 真は李磊の指示に従うかの如く、なりふり構わず逃げ回る防戦へと切り替えたが、夕月は折れた剣で、執拗に切りかかってくる。

 かわしきれずに何度か斬撃を食らい、防弾繊維を編みこんだ服があちこち斬られ、服がズタズタかつ血まみれになっている。


「よく逃げのびている……。でもこのままじゃジリ貧だぞ」


 梅津が呻く。少し見ない間に真が随分と腕をあげていた事に感心もしていたが、そのせっかく磨いた腕も、ここで全てお釈迦になってしまう可能性が高い。


「李磊っ、プランDを実行するっ」

 その台詞を聞き、李磊は閃いた。


ハオ。プランDね。とにかくおっけー」


 打ち合わせに無いことを突然言われたが、李磊にはそれで通じてしまった。


「やっぱりお前、新居の影響受けてるよ」

「絶対無い」


 茶化す李磊に、真は力強く否定する。


(あいつの影響を強く受けてるのは輝明だろう……)

 真はそう思う。


(スコールに紛れて……つまり)


 李磊は真が自分にしてほしいことを理解していた。


「真。お前が殺した弟弟子の技を使う」


 腹部――丹田の上に両手でお椀の形を作る李磊。


(わざわざそんな言い方しなくても……。名前で言えば伝わるのに)


 恨まれているのだろうかと勘繰ってしまう真。


 李磊が通路を多い尽くすほどの気孔の壁を作り出し、真と夕月のいる前方に向かって解き放つ。

 壁が、天井が、床が粉砕されながら、避けようのない不可視の攻撃がやってくるのを見てとり、さすがの夕月も目を剥いた。しかもこのままでは、真も巻き添えになるというのに。


(さっきは気の塊で攻撃して、その勢いを利用していた。しかし今回のこれは、二人共吹き飛ばされるのでは……)


 一体何のつもりでこのような攻撃をしてきたのか、夕月は読み解こうとしたが、さっぱりわからなかった。そして考える間など無く、広範囲の衝撃波が迫る。もちろん光の帯は見えない。


 まず先に真が吹き飛ばされ、次いで夕月の体が吹き飛ばされる。

 二人共激しくもんどりうって倒れる。


 しかし真は過去何度もこの攻撃を食らっているので、体の面積を丸めて小さくして衝撃を減らし、倒れてもすぐに起き上がって、体勢不十分の夕月に銃を向ける。


(いいスコールだった)


 真がほくそ笑む。スコールは回避不能の気孔壁攻撃に見立てられた。李磊ならこの技を出来るだろうと真は踏んでいた。


 銃声が響く。

 一つではない。ほぼ同時であったが銃声は三つ響いたのを、梅津も李磊も聞いた。


「仕込み銃だけじゃなかったのか……」


 肩に銃弾を受け、真が呻く。以前、修との共闘で、刀に仕込み銃があったのは知っていたが、銃そのものを携帯している事までは見ていなかった。


(運が良かった。上手く狙いもつけずに勘だけで撃ったが……)


 右胸と左脚に銃弾を食らった夕月の手には、拳銃が握られていた。夕月は一発、真は二発撃っていた。


 真が何を狙っているのか、夕月は読んでいた。同じ攻撃を食らっても、夕月の体勢の立て直しが遅れる分、先手を打てると踏んでいた事も。理屈でわかっていてもどうにもならず、体勢が崩れたまま銃を抜いて撃った。そうしたら上手いこと当たった。

 左脚の銃弾は防弾繊維を貫いていたが、右胸は防弾繊維に阻まれた。これも強運の結果だ。


(ここまでやって勝てないのか……?)


 指の無くなった手で肩の傷を押さえながら、立ち上がる真。敗北の気配が漂うのを意識せずにはいられない。夕月は刀も折られ、脚も負傷している。それでもなお、勝てる気がしない。


「勝てないね、こんな奴。こんな化け物……」


 弱音とも思える台詞を口にする李磊であったが、それと反比例するように、闘志が昂ぶっていく。


「うん、難しいね……。でも……俺らしくないけど、もうちょっと頑張ってみるかな」


 顔面血まみれでへらへらと笑い、李磊は夕月を睨みつける。


「だから、真――今すぐそのアバウト頭で、新居譲りの適当な策を思いついて何とかしろ」

「不本意な言われ方だし、最悪のアシストだけど、わかった」


 物凄い無茶振りをしてくる李磊に、真が自然と笑みをこぼして了承した。真自身は、自分が笑っていたことに気付いていない。


 猶予は限られている。その間に脳を高速回転させて、突破口を見出さないといけない。良策を思いつかなければならない。無理がありすぎる。しかしだからこそ真は、楽しくて仕方が無い。無意識のうちに笑うほどに。

 真が傷口を押さえながら後退し、李磊の後ろまで下がる。その間に夕月が立ち上がる。夕月のダメージも大きい。衝撃波によって軽い脳震盪も起こしていた。


「李磊、これが最後の策――いちかばちかだ。今度は李磊が前に立って、死に物狂いで頑張って、あいつの動きを一瞬止めてくれ。その間に僕があいつを何とかして殺す」

「え……? 嫌だよ……。普通そういうのは、言いだしっぺが危険な役を担うよね?」


 すでに後ろに下がった真の作戦提示に、李磊は顔を引きつらせる。


「適材適所。来たぞ」

「ふざけん……なっ!」


 李磊が叫び、目の前に迫る夕月めがけて気孔塊を放つ


(真に余計なこと焚きつけなければよかったか? よりにもよって俺を囮にするとかもうね……。ま、俺の方が歳食ってるし、若い奴が生き残ればそれでいい気もするけどね)


 自分以外の全てを犠牲にしてでも、自分だけが得して生き残ればいいという、そんな利己的な考えは、李磊には無かった。そういうタイプの人間が李磊は大嫌いだ。


 全身を気孔でコーティング強化し、李磊が前に出る。滑り込むようにして一気に間合いを詰め、縦向きにした拳を突き出す。

 脚を負傷しているとは思えぬほどシャープな動きで、夕月は身をひねって李磊の崩拳をかわし、左手に持った拳銃を至近距離から撃つ。


 刀での攻撃の方を警戒していた李磊は、意表を突かれたものの、上体を引いて際どい所で回避する。


 かわした瞬間を狙って夕月が剣を突き出したその時、李磊の股の下をスライディングでくぐって、真が夕月と李磊の間に割る形で飛び出してきた。


 正面からの不意打ち。真のこの動きは、夕月も全く予想していなかった。下がったからには後方から撃ってくるとばかり考えていた。無論、夕月の見る光の帯の中にも、対応していない。李磊に気を取られ、李磊の後方から真が接近してくる事も見逃していた。銃撃による殺気で反応しようと、警戒していたのも仇になった。


 真はちゃんと計算して行動していた。夕月が李磊の攻撃をかわした瞬間を狙って、一気に接近していたのだ。その時だけ、夕月は激しく動いているが故に、視界がブレていた。

 意表を突かれた分、夕月の反応が一瞬遅れた。その一瞬の隙こそ、真が望んでいたものである。


 真が左手で何かを投げる動作をする。夕月はそれに反応して、それが何であるかも確認せず、勘だけでかわす。

 その一方で真は、指の無くなった右手を後方で動かし、李磊に向けて何かを投げてよこした。


(なるほどねえ。さてさて、上手くいくかなー)


 真から受けとったものを見て、李磊はこっそりと不敵に笑う。


 さらに何かを夕月に向けて投げる真。投げているのは透明の針だ。夕月は確認もせずかわしていく。


 李磊が夕月めがけて気孔塊を放つ。狙いは頭部。不可視の攻撃であるが、夕月は殺気だけに反応して、身をかがめてあっさりと避けた。


「かかった」


 真が右手を思いっきり引いた。


 夕月は右腕に違和感を覚えた。何かが右腕に巻かれている。

 気付いた直後、夕月の右腕が切断された。


 李磊は気孔塊を撃つ際、真から受けとった錘を気孔塊の中に入れていた。真の左手から放たれた針を夕月が避けた直後、真が右手を引き、右手首から伸びた超音波震動鋼線の先にある錘が落とされ、真の動きに合わせて夕月の右腕に巻きつけられたのだ。


 李磊が動き、切断された夕月の手に握られた刀を踏みつける。


 右腕を失い、刀も使えない状態でなお、戦意を失わず戦い続けることは、流石の夕月にもできなかった。銃も捨て、血が吹き出るのを押さえようとして、必死に服の腕の部分を巻きつけて締める。


「勝負あったか……」


 観戦していた梅津が胸を撫で下ろした。


「あんたの敗因は、経験則に頼った戦いをしていたことだ。達人の域になって、どんな攻撃もいとも簡単に避けてしまうのは凄いと思うが、その先は見えていない。想像の範疇に無い行動には対応しきれない。隠れたものは見通せない。あんたは恐ろしく強いが、こけおどしが得意な僕とは、相性が悪かったな」

「二人がかりでぼろぼろになってやっと勝っておいて、その台詞は無いと思うんだよね」


 淡々と勝ち誇る真に、呆れ気味に言って笑う李磊。


「やっぱりお前、新居の影響受けまくってるよ。あいつと重なって見えまくる」

「心外だ。僕の方がずっとスマートにアバウトだろ」

「スマートにアバウトってどういう意味よ」

「殺せ」


 やっと決着がついて気を抜いてお喋りしている李磊と真に、うずくまり、顔に脂汗をびっしりと滲ませた夕月が声をかける。


「さっさと殺してくれ……。せっかく……その時が来たというのに……。ようやく俺は敗北を得たというのに……死ねないなど……」

「殺しあいだから、そりゃ殺すつもりでいつも戦ってるさ。でも、運よく殺さずに戦闘不能に追い詰めた敵を仕留めるとか、そこまでしたいとも思わない。相手が下衆ならともかく」


 自分が日頃からよく言う台詞をそのまんま真にお返しされ、夕月は複雑な気分になる。


「死にたいなら手抜きして戦うか、あるいは自殺でもいいだろ」

「それではダメだ。常に全力を出して戦い続け、戦いの果てに力尽きて死ぬのでなくては……」


 真の言葉に対し、夕月は掠れ声で言った。


「実に矛盾してるな。拗らせてるというか。死を強く望みながら、死ぬまいと必死になっている。死にたいならその腕を放せばいい。出血多量で死ぬだろ。なのにあんたは、死ぬまいと必死で押さえている」


 真に指摘されても、夕月はうつむいたまま、腕から手を離そうとはしなかった。


「僕も人のことを言えないけどな。生きようとしながら、好んで死地に飛び込んでいるんだから。あんたと似たようなもんだ」


 小さく息を吐き、真は珍しくニヒルな口調で語る。こういう喋り方は、真は好まない。そもそもニヒル気取りの人間からして好きではない。


「一部裏返し、一部は同じか」

 李磊が言う。


「わかった……。もう頼まん」


 夕月は押さえていた手を離し、落とした銃を拾う。


(こんな死に方は望まなかったが……情けをかけられて生き続けるなど、耐えられない)


 頭部に銃を当て、脳裏に次々と思い浮かぶのは、今まで観た映画のシーン。登場人物が格好よく死ぬシーンが、次から次へと思い浮かぶ。


(全然格好よく死ねなかったな……。望みはかなわなかった。無念だ……。俺は本当に馬鹿だ……。しかし、馬鹿なんだから仕方がない……)


 そんなことを考える夕月であったが、自殺の望みもかなわなかった。真がひょいっと銃を取り上げたのだ。


「たまにはあいつにプレゼントでもしてやるか」


 そんな独り言を呟き、夕月の腕を縛りにかかる。


「どこまで俺を辱めれば……」

「死にたいなら雪岡研究所に来いよ。自殺志願者を手ぐすね引いて待っている奴がいるから」


 夕月の言葉を遮り、真は言った。


 本当は純子の元に実験台志願者など送りたくない真だが、今回だけは特別とした。

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