第三十六章 29
一夜が明けた。殺人倶楽部と星炭にとっては、これがラストチャンスの決戦の日となる。
玉夫の放った腕っ扱きのストーカーの霊とやらは、誰にも気付かれることなく、コンプレックスデビルの五名の居場所をマークし続けていた。
翌朝午前十時半。鋭一、竜二郎、優、善治、玉夫の五人は、シャーリーの隠れ家である洋館の前に立っていた。
「全然手入れがされていませんねー」
竜二郎が館の庭を見て言う。花壇も庭の地面にも、飛んできた種子から生えた雑草ばかり生えている。
「しかし廃屋ってわけでもありませんねえ。あっちの窓に人影が見えますし」
「本当だ。今消えたな。こっちにも気がついたか?」
優が指した窓を見て、鋭一が言う。
「さて、どうするね? 優ちゃん」
玉夫が優の方を見て指示を仰ぐ。
「中で罠を張って待ち構えている可能性も、無きにしもあらずですねえ。そうなるとやはり、やることは一つですう」
優が館を見る。
館の一部が、ごっそりと消えた。建物の綺麗な断面が映し出され、館の中の部屋が露出する。
「ではこの調子でどんどん消していきまあす」
優が宣言し、館に視線を向けると、次々と館が部分的に消えていく。
「これで実は間違えてましたとかだと、洒落にならないぞ」
優の能力に戦慄しつつも、別の心配もする善治だった。
「この調子で消していけば、家が倒壊して、ターゲット他も下敷きになって任務終了とか、それなら楽ですよねー」
「その理屈なら確認もせず、ミサイルでも撃ち込んでおけば、それが一番てっとり早いな」
竜二郎と鋭一が言ったその時、まだ壊れていない館の扉が開いた。
「ちょっと……やめなさいよ。人の家を何てことするのよ……」
憮然とした顔のシャーリーだった。
「ごめんなさあい。家の中で篭城されて、攻め入った所で、家の中に仕掛けられた罠とか、階段や部屋の中で待ち伏せとか、そういうのが面倒なので、出てきてもらおうと思いましてえ」
ぺこりと頭を下げて謝る優。
「これはひどい」「破壊神でも復活した?」
消された断面部分から現れて、家具も床も壁も綺麗に消えているのを見て、呆然とする伽耶と麻耶。
「ごめんなさあい、破壊神でえす」
手を上げて正直に名乗り出る優。
「絶対に許さない」「正直に謝ったから許す」
「ちょっと麻耶……」
自分と真逆のことを口にした麻耶に、伽耶が顔をしかめて唸るが、麻耶はそしらぬ顔だ。
「おやおや、皆さんお揃いで」
牛村姉妹の後ろから青ジャージ姿の俊三が現れて、殺人倶楽部と星炭の面々を見てにっこりと笑ってみせる。ほぼ同時に、アニマルマスクの羊と豚の二人も、シャーリーの後ろから現れ、シャーリーの両脇に陣取る。
「家の修理代は後で政府の偉い人に請求してくださあい。多分出してくれると思いまあす」
「そうさせてもらうわ……」
優の言葉に、わりと真剣にほっとするシャーリーだった。
「皆殺しにしてしまえば、その請求も無いが」
鋭一が冷たい声で言う。
「殺すなら私だけにしてほしいかな。もちろん殺されるつもりもないけどね。私はもっと暴れたい」
鋭一を見て微笑む俊三。
「これ以上何をするつもりなんですかねー?」
竜二郎が興味本位で訊ねてみる。ろくでもないことには違いないだろうが。
「言うまでも無い。私はここで生き延びたら、また先日のような大量殺人をしまくるつもりだよ。シャーリー先生や伽耶と麻耶も出し抜いてね。彼女らは私にもう、そういったことをさせないようにするつもりらしいし」
爽やかな笑顔で俊三は堂々と言ってのけた。
「そんなことをして何が楽しいんだ? 私もずっと呪術師してたから、あまり人のことは言えんが……それでも、小学校の児童無差別殺人とか、流石に気分悪かったよ」
玉夫がげんなりした顔で言った。玉夫は俊三の足取りを掴むため、その殺人現場に赴いて、殺された霊達とも接したので、表には出さないものの、俊三にはかなりの不快感を抱いている。
「うーん……君達はまだお猿さんなんだなあ。価値観が未成熟というか、物凄く幼く前時代的な善悪の価値観で物を見ている。私はもっと俯瞰的というか、神の視座でものを見ているからね」
「何言ってるの、こいつ……」「真に受けちゃ駄目」
突然上から目線でせせら笑う俊三に、伽耶が呆れ、麻耶は諦観する。
「言っても理解できないかもしけないが、私のやったこと、これからやろうとする予定のこと、それらは絶対悪というわけではない。むしろ神の視座から俯瞰的に見れば、善の比率の方がずっと大きいんだ。私が起こした事件で、悲しんだ人達も多いが、その何十万倍も、楽しんだ人間の方が多い。ニュースや新聞やネットで、でかでかと報道され話題のネタにされ、皆で大事件を楽しんだじゃないか。報道する側だって大喜びで商売のネタにしたしな。つまり、全体的には、社会にとってプラスとなる行いだった。これは否定できない事実だ」
得意げに語る俊三に、竜二郎と優以外は呆れきっていた。いや、シャーリーと麻耶は諦めきっていた。
「何よりね、私と同じように、この世界を、この社会を嫌悪している者からすれば、とても胸がすかっとする出来事だと思うんだ。大きな事件と大きな不幸というものは、人を幸せにする。人災であればなおのこといい。ネットの反応見ているとわかる。皆大はしゃぎしてる。だから私はこの場を何とか凌いで、もっともっと多くの人達を喜ばせるつもりだよ。そもそも私だけを悪としているが、これは君達の……いや、私を殺せと命じた者達の責任でもある。私はただ依頼に従って、霊的国防に携わる術師を殺してまわっていただけだ。その私を殺そうと刺客を放ったせいで、私も『ああ、これはもう駄目だな』と思って、どうせ死ぬならやりたいことをやってから死のうとしているだけだ。つまり、私をそういう風に追い詰めた、君達と、君達に私を殺せと命じた者の責任だ。いくら目を背けようと、これが現実だからな」
「言いたいことはそれだけか?」
俊三の長広舌がようやく終わったと見なし、鋭一が静かな、そして冷ややかな声を発する。
この男の頭の中がどれだけ歪んでいるか、真っ黒なのか、殺す前に全て知っておいてやろうと思って、鋭一は黙って聞いていた。他の面々は、単に悪役お決まりの演説モードだと思って、空気を読んで喋らせていただけだ。
「お前が自分の正当性や責任転嫁を口にするのは勝手だ。神の視座から見て善だろうが、法の目から見れば、人々の良識から見れば悪。その事の方が重要だ」
善治が怒りに声を振るわせて言い放つ。善治は鋭一のように冷たく燃え上がるタイプではない。ストレートに怒りを露わにするため、その顔は怒りで歪んでいる。
「あんたらは……こんな悪党を何で守るんだ? こんな奴を守る価値があるのかっ?」
牛村姉妹、そしてシャーリー達を交互に見て、善治が怒りに声を震わせたまま問う。
「俊三が救いようの無い悪人で狂人であることはわかっている」「俊三は確かに屑。腐れ外道」
「でも私達の前では普通」「でも私達とは兄弟弟子として、仲良くやってきた」
「それだけ」「それが全て」
「見捨てたら駄目」「私だけは見捨てない」
『私は俊三を保護し――』
「管理する」「調教する」
二人して善治を真っ直ぐ見据え、伽耶と麻耶が口々に喋り、思う所を伝える。
(真君と純子さんの関係と一脈通じますね。力関係は逆ですけど)
牛村姉妹の言葉を聞いて、優は思った。
「私の正直な気持ちは、勿体ないからよ。今はまだ未熟だけど、俊三には才能がある。あとね、俊三よりも大事な伽耶と麻耶が、俊三を守りにいくから、引きずられて仕方なくってところかな」
俊三と牛村姉妹を見やり、アンニュイな声でシャーリーが答える。
口には出さなかったが、シャーリーにはやりたいことが沢山あった。新たに開発中の大掛かりな秘術もあり、それに俊三も協力させようと思っていた。
「じゃ、そろそろ始めましょうか」
「ああ、待ってくださあい。提案がありますう」
シャーリーが臨戦体勢に入ろうとしたのを見て、優が慌てて声をかける。
「それぞれ因縁の相手とかもできていることですし、このまま乱戦をするのではなく、一対一を五つに分けるというのはどうでしょうかあ? あ、勝利した人が他に加勢に行くとかは自由ですう」
「面白そうだから私はそれでいいよ」
優の提案に、俊三が微笑みを張り付かせたまま即答した。
「麻耶と伽耶は一人としてカウントなの?」
シャーリーが問う。
「一人扱いはとても失礼な話。差別」「一人でよろしく。首から下の外面は一人だし」
伽耶が唇を尖らせたが、麻耶はあっさりと受け入れた。
「ちょっと麻耶……勝手に決めないで」「その方が都合いい」
文句を言う蚊帳に、麻耶は素っ気無く言う。
「一人でいいですよう。二人にしたらこちらの面子が足りなくなりますしね」
優がそう言ったので、それ以上伽耶も不服を口にすることもなかった。
「条件をつけていいかな? 五人はそれぞれ離れた場所で、見えない場所で戦うっていうの。余計な手出しをしづらいようにね」
「わかりましたあ」
シャーリーが要求した。優としてもそのつもりであったし、言い忘れていただけなので、願ったりかなったりとして、了承する。
「そして麻耶と伽耶、それに俊三に関しては、家の中で戦わせて。他の三名は外でね」
要求を上乗せして、シャーリーは優を見ながらにやりと笑った。
「貴方達の企みはわかってる。個別の戦力だと、俊三と麻耶と伽耶が飛びぬけている。一対一を五つなんて、どう考えてもそちらに不利よね? そちらに不利、こちらに有利と見せかけておいて、隙をついて出し抜いて、俊三達に複数でかかるか、そこらへんに忍ばせている伏兵に不意打ちをさせるか、そんなところでしょう。まあ、他に助っ人がいる気配は感じないけど、遅れて来るかもしれないし」
(ちょっとだけ見抜かれてますねえ。でも、見抜かれても問題無いと思うんですよねえ)
優は思う。最も要となる部分は自分が担うし、それは高い確率で上手くいくと見ている。
「殺し合いの前に、殺し合いのルールを決定とは、実に珍妙よ。終わったら茶会でもどうかね?」
玉夫が茶化す。
「それと、組み合わせはこちらで決めていい?」
玉夫を無視して、シャーリーがさらに要求する。
「それは認められませえん。でも、互いの合意があればいいんじゃないですかあ? 私は牛村さんがいいですう」
「私もそう思ってた所」「気が合う」
優の指名を受け、伽耶と麻耶がそれぞれ異なる形の微笑を浮かべてみせる。
「僕はシャーリーさんがいいですねー」
「私もそう思ってた所。貴方の顔を焼くこと、頭の中でずっと思い描いてたわ」
竜二郎に指名されたシャーリーが、優しい笑顔になって物騒なことを告げた。
「おやおや、この前言われたことが結構堪えてましたかー」
「そんなことはないわ。見当ハズレだったし」
煽る竜二郎に、シャーリーは溜息をつく。
「私の相手は君がいいな」
自分を睨む鋭一を見て、静かに言い放つ俊三。力の差をわきまえずに挑んでくる愚か者――などと見くびることはない。むしろ称賛の念すら沸いている。だからこそ手を抜かずに叩き潰してやるつもりでいる。
鋭一は何も言葉を発する事無く、氷のナイフのような視線を俊三にぶつけ続けていた。この男だけは絶対に殺すという、確固たる決意をこめて。
(荒居との戦い以来だな。ここまで個人に強い殺意を向けたのは)
殺人倶楽部の身内争いを起こした時のことを思い出す鋭一。しかし今回は、あの時の相手とは比べ物にならないほどの強敵だ。
「ふむふむ。星炭流は動物の世話か。じゃ、裏にでも回ろうか。可愛がってやるからの」
玉夫がおどけた口調で言いつつ、羊マスクの魔術師を指で招いて、堂々と背を向けて館の裏へと歩いていく。羊マスクもそれに従う。
優と牛村姉妹、それに鋭一と俊三が屋内へと入る。
「僕とシャーリーさんはあっち側行きますかー」
「ええ」
竜二郎とシャーリーも移動し、館の門前には、善治と豚マスクが残った。
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