第三十六章 20

 殺戮の一夜が明け、翌日の殺人倶楽部本拠地。


「すでに聞いていると思うが、やりたい放題だ」


 鋭一、竜二郎、善治、優の四名を前にして、壺丘はいつも以上に鋭い眼光で語りだした。


「ここまで派手にやられたことはないと、お偉いさん達が腹を立てている。そして、いつまで経っても始末できず、逃げられまくれ、あちこちに被害を出している俺等を、無能呼ばわりする声まで出ているそうだ」


 朱堂に言われたことをそのまま伝えている壺丘であるが、最も肩身が狭い思いをしているのは、朱堂であることくらい、壺丘とてわかっている。そして目の前の四人を責めているわけでもない。


「星炭の代表として来ている俺も同罪だ」

 善治が申し訳無さそうに言う。


「時間が経つにつれ、被害は拡大していきますねー。しかし敵がそんなに神出鬼没では、どうしょうもないですよー。一晩であちこちに移動して、その動きに誰も追いつけなかったんでしょー?」

 と、竜二郎。


「いろんな流派を狙ったのも効果的だったな。同じ流派内ではすぐに連絡がいって警戒を促したが、他流派には連絡が行き届かなかった。高嶺だけはまた集中してやられたようだが」


 と、善治。善治ら星炭は、昨夜は一晩中警戒していたし、善治はあまり眠ることができなかった。


「で、星炭の助っ人はどうなってるんだ?」

「さあ……」


 壺丘に問われ、善治はますます申し訳なさそうん顔になって、俯いてしまう。連絡を取る事が出来ない相手なのが困り者だ。


「星炭上層部に問い合わせても、もう動いているという答えが返ってきたにも関わらず、一向にここには顔を出さない」

「期待しないでおいた方がいいわけか」


 善治の答えを聞いて、壺丘は腕組みして息を吐く。


「昨夜のようにあちこちにターゲットが移動しまくることも想定して、すぐに居場所を掴めるようにしないとな。でも移動している間に逃しちまうし、妖術師らが強い場合は、星炭当主のケースのようにさっさと逃げ出すしで、どうしたもんか……」

「各妖術師の家に罠を張って、捕まえることはできませんかねえ」


 しかめっ面で思案する壺丘に、優が提案した。


「巨大ゴキブリホイホイみたいなのに、誘き寄せるんです」

「いやいやいや、それを全ての家の分作って配布とか、そんな猶予無いし、一度気付かれたら、用意した分も全てパーだ」

「えー、そうですかあ。いい案だと思うんですけど」


 優からすれば、これなら上手くいくと思った渾身のアイディアだったが、壺丘に却下されてしまい、珍しく釈然としない面持ちになる。


 インターホンが鳴る。


『星炭流当主、星炭輝明という方が参られていますが』

「うふぇぇ?」


 受付の言葉に、善治は思わず変な声をあげてしまった。


「通せ」

 善治の顔色を伺いつつ、壺丘が許可する。


 現れたのは輝明と修の二人であった。輝明はかなり不機嫌そうな顔で善治を一瞥してから、壺丘の方を向く。


「うちの馬鹿が全然役に立っていないようで、すまねえ」


 すでに壺丘とも面識がある輝明が、そう言って頭を下げる。


「いや、そんなことは……」

「この役立たずは引き取る。代わりに俺とこいつ――虹森修の二人が、星炭代表として今回の任務に就く」


 何か言おうとした壺丘の言葉を遮り、輝明は一方的に宣言した。


「待てよ。まだ何も結果を出していない」


 善治が立ち上がり、輝明を睨んで食いついた。


「ケッ、だから悪いんだろうが、この能無しが。お前は帰って寝てろ。これは当主の決定だ」

 すげなく告げる輝明。


「夕陽ケ丘一人の責任ではない」

 鋭一が口を挟んだ。


「星炭、虹森、例え最初にお前らがこの任務に就いていても、結果は同じだったと断言できる。夕陽ケ丘が足を引っ張ってこの事態を招いたわけでもない。殺人倶楽部も含めて全員の責任であるし、敵の方が一枚上手だった。しかし俺達は何もしてないわけではない。敵の情報もそれなりに掴んでいる」


 冷たく鋭い視線をぶつける鋭一に、輝明も変顔してガンをとばしまくって応戦する。


「それに、だ。そんな言い方はないだろう。夕陽ケ丘がどんな活動をしたかも知りもせず、一方的に悪いように言うのは、理不尽すぎる。こいつはちゃんと頑張っていたぞ。頼れる味方だと俺は認識している」


 鋭一のその言葉に、善治は胸が熱くなり、指先が微かに震えてしまう。


「ケッ、部外者は引っ込んでろよ。俺は星炭の当主だ。こいつの上役だ。決定は俺が下すし、こいつは従うしかねーんだよ。この口ばかり達者な未熟者は、この先のハードな展開についてこれるか疑問だから、交代だっつってるんだよ」

「未熟だというなら、ここで経験を積ませてやればいい。これまでこの事件の解決に頑張っていたのに、途中でしゃしゃり出てきた性格のねじくれたトップに、急に引っ込んでろと言われて、納得して引き下がれるわけないだろうに」


 いい加減、鋭一も腹が立ってきて、毒を吐き出す。


「納得して引き下がるしかねーんです~。だって俺がトップなんですからー」

「テル、意地悪するのもいい加減にしろよ。というか、芹沢の言うとおりだろ。善治が経験不足なら、場数を踏ませてやるべきだろ」


 修が見かねて助け舟を出す。


「お前までそんなこと言うのかよ……。ケッ……しゃーねえ。善治、引き続きこの件にあたる許可を出してやる。感謝しろよ、てめー」

「感謝する。口添えしてくれた芹沢と修に」


 横柄な口調で輝明に言われ、善治は頭を下げた。


「てめー……」

「一応お前にも感謝しておく」

「一応かよっ」


 善治の言葉に、苦笑する輝明。


「まあ善治も気付いているかもしれないけど、テルは発破かけにきただけだからね」

「ああ、途中から何となくそう思った」


 修に言われ、善治も微笑んで頷いた。


「ケッ、様子見したいって部分もあったけどな。ま、善治だけならともかく、鈴木と芹沢がついてるから安心はしてたけどよ」


 輝明が頬をかいてそっぽを向く。


「交代云々はともかく、そちらが寄越す予定の助っ人がまるで来る気配が無いのだから、そのまま君達が助っ人として参加していいんじゃないか?」

 と、壺丘。


「ここに来ていないだけで、もうそいつはとっくに動いているんだわ。墨田俊三の動きを把握――居場所を掴むためにな」

「あの人は今、善治達が墨田俊三と戦ったあの小学校にいるよ。そこで、霊達の力を借りようとしているらしい」

「呪術を使わせる気か?」


 輝明と修の話を聞いて、善治の顔が険しくなった。


「事が終わったら、利用した霊は全て解放させるから心配すんな。今はその手を使うのが最良だ」


 輝明が善治の方を向いて言った。


「何だからよくわからないですけど、ターゲットの居場所がわかるのは大きいですねー。寝込みも襲えますし、こちらが一方的に後手ばかりだったのを覆せますよー」


 と、竜二郎が表情を輝かせる。


「巨大ゴキブリホイホイ案もいらなくなりますねえ」


 一方、肩を落としてがっかりした顔で言う優。わりと執着するタイプなんだなと、善治は思う。


 輝明の指先携帯電話が震動し、ディスプレイをミニサイズで投影して、相手を確認する。


「噂をすれば――だ」

 輝明が呟いて電話を取った。


『よっ、玉夫だ。奴の居場所がわかったぞ。ホテルオポッサムだ』


 電話の相手――元星炭流呪術師の星炭玉夫が明るい声で告げた。


「利用した霊はちゃんと俺の前で解放してみせろよ。いや、合流して善治の前でやれ」

『はいはい。いい加減信用してほしいもんだがね』


 電話を切る。


「今のが星炭の助っ人か?」

「ああ」


 鋭一の問いに、輝明が頷く。


「ホテルオポッサムじゃあ手出しができないな」


 修が言う。ホテルオポッサムは、裏通り中枢によって、中立指定区域にされた場所だ。ここでは全ての争いごとが御法度となっている。


「裏通りのルールに従うならそうでしょうねー。中枢に目つけられてもいいなら、裏通りのルール無視で攻め込むのは有効だと思います。相手はきっと油断しているでしょうしー」


 竜二郎が提案した。


「それはやめといた方がいいと思いまあす。それより、ホテルの周辺で張り込んでおきましょう」


 竜二郎の案は、今後の自分達の活動も狭めるものだとして、優は反対した。


「裏通り中枢に目をつけられてしまいますしねえ。一つのミッションを達成させるために強引な手段を用いて、後々まで引く形になる、余計な敵を作るのはいけませえん」

「なるほど、ちょっと僕は思慮が足りませんでしたねー」


 優に諭され、竜二郎は照れくさそうに微笑む。


「お前が殺人倶楽部のリーダーか。何度かアース学園でも見た顔だ」


 輝明が優に声をかける。一応彼女の名も、リーダーであるという事も知っている。


「私も星炭さん見ましたよう。目立ちますしぃ」

「こんなナリだもんね」


 優に向かって修が微笑みながら、輝明の頭をぽんぽんと叩く。


「刺さったりしないんですかあ? 私もちょっと触っていいですかあ?」

「いいよ」

「俺は珍獣かよ」


 優の要求に修が勝手に承認を出し、優が手を伸ばしたが、輝明は苦笑いと共にそれを手で拒んだ。

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