第三十六章 5
墨田俊三は数ヶ月前から、日本の国使えの術師の始末の依頼を受けていた。高嶺流に限らず、国仕えの術師なら誰でもいいということで、候補となる流派を幾つか提示されている。
依頼者の正体が何者かは知らぬが、依頼内容が、国に使えて国を守備する術師達限定というのが、俊三は気に入っていた。
(考えろ。意識しろ。彼等の命を想え。彼等の命は尊い)
心の中で、俊三は自身に強く呼びかける。
(彼等は凡愚ではない。その他大勢ではない。それらを守るために戦う者だ。故に尊い。敬意を払って殺さないと駄目だ。己の中に敬意の念を強めよ。意識を強めよ)
気にいった理由の一つがそれだ。普段は自分が生きる価値があると判断した者は、助ける俊三であるが、今回はその価値ある命をあえて摘むことで、敬意と悲哀の念に酔いしれることが出来る。
もっと単純に言えば、俊三的にドラマチックな殺しができる。それがいい。加えて相手も戦いに生きる者であり、殺し合いを楽しめる部分もいい。
俊三は世界を敵と認識して人を殺しまくってきたが、これまで思う存分に殺しすぎたせいか、最近ではただの殺しでは満足できなくなってきた。飽きてきた。
殺す時の気構えや、殺す相手に対する意識、加えて純粋な殺し合いとあれば、もう少し楽しめるのではないかと臨んでみたら、これがわりとイケた。中々楽しい。味わい深いである。
俊三が垂らした釣り針に、高嶺流という名の妖術流派の者達が食いついてきたので、これらと交戦し、殺し、想い、悲しみ、胸を打つ感触に耽り、味わい、楽しむ。
人は悲劇を楽しむ。現実のニュースでも、創作物でも、自分と無関係の他人の悲劇が、楽しくて仕方ない。悲しむ振りをして楽しむのではなく、本気で悲しむことで、その悲しみを楽しむ。俊三もそれに倣ってみただけの事だ。
その日もまた、二人の妖術師が現れた。熟練した戦士と思われる、中年男二人組だ。
「現れたな」
俊三の姿を見て、術師の一人が呟く。
俊三は祈る。どうか陳腐な台詞を口にしないでくれと。それは興が冷める。少しだけ楽しくなくなる。それなら無言で戦いを開始する方が余程いい。
しかし俊夫の心配は杞憂で済んだ。二人は即座に呪文を唱え始める。
俊三が光の矢を放つ。二人は俊三の攻撃をかわしながら、呪文を完成させた。
俊三の周囲が暗黒に覆われた。すぐさま幻術であると見抜き、解除にかかる。
(私の精神に影響を及ぼすとは、かなりの使い手か)
驚嘆する俊三をもう一人の術が襲う。視界が遮られているうちに、無数のまつぼっくりを繋ぎ合わせて作られた人型の妖(あやかし)が、何十体も足元に沸いて俊三に群がってくる。
日本古来の妖術の多くは、物理的な攻撃ではなく、幻術、精神干渉、霊もしくは妖怪を使役してのものが多い。RPGの魔法攻撃のような術は、少数派だ。稀に空間操作術を行使する者もいるが、それも稀である。
一方でコンプレックスデビルの魔術における戦闘は、正にゲームの魔法攻撃に誓い。念動力や自然現象を操り、攻撃へと転化する。
俊三がまつぼっくり小人達にたかられながら術を完成させる。俊三のいる屋根の瓦が、そしてまつぼっくり小人達が、一斉に宙に浮く。
それらは流星群となり、高速で畑の中の妖術師二名にと降り注いだ。一人は術で防護壁を作って防いだが、もう一人はかわそうとしてしくじり、全身に瓦を浴びていた。
その直後の出来事であった。
突然、無数の小さな衝撃を背中や後頭部に食らい、俊三は前のめりに倒れた。
(何だ? まだ敵が潜んでいたのか? こいつらは囮だったのか?)
俊三は胸を高鳴らせる。今まで大して苦戦をせずに殺してばかりだったので、もっと手こずってみたかった。できればピンチを味わいたかった。それが望めるかもしれないと考え、わくわくしてしまう。
敵の居場所はすぐにわかった。周囲に使い魔を二匹ほど待機させておいたからだ。
この使い魔こそが妖怪と見られていた存在であり、俊三が術師を囮として誘き寄せるために、妖怪の振りをして周囲の住民を襲わせていたものだ。
使い魔と言っても、いざという時共に戦わせるために、戦闘機能も施してある。そして今こそそれを使う時であると、俊三は判断する。
「わりとすぐ側まで迫ってきていますねー。目には見えませんけど」
「ああ、妖気……いや、魔力か? 超常の力が揺らいでいる」
竜二郎と善治が言い、周囲を警戒する。一方で鋭一は、俊三を注視している。
すぐ横の塀の裏から、二つの黒い影が飛び出して、牙の生えた大口を開いて、竜二郎と善治に上空から襲いかかった。
全身光沢を帯びた黒一色の、狼に似たシルエットの獣。しかし目は見受けられず、口の先は鋭く尖っている。背中には不規則に無数の刃のようなものが生えていた。
善治が黒い獣めがけて、色とりどりの金平糖を乗せた手をかざす。
「星屑散華」
無数の硬化した金平糖を高速で弾丸の如く撃ちこむ、星炭流の初級攻撃術である。初級といっても破壊力はそこそこにある。当たれば、攻撃してきた者をひるませることくらいならできる。何より呪文の詠唱もそこそこで、発動が早いのが大きなメリットの術だ。
善治を狙った黒狼もどきの一体は、空中でひるみ、軌道が狂って善治のすぐ横へと落下した。
「悪魔様に、お・ね・が・い」
竜二郎がにやにや笑いながら呟くと、竜二郎の影の中から巨大な人影が一気に膨れ上がり、黒狼もどきに向かって太い腕をかざし、その咬撃を腕で受け止める。
現れたのは、光沢こそ無いが、これまた全身黒一色の2メートルはあろうかという人型の異形だ。背中からは蝙蝠の羽根、頭からは羊の角、臀部からは先端がスペード状の尻尾が生えている。右手には巨大な両刃の剣が握られている。
悪魔そのもののシルエットの異形が、自分の左腕にかじりついている黒狼もどきめがけて剣を突き出す。黒狼もどきが反応し、腕から口を離し、自然落下してかわす。
鋭一が腕を振るい、透明のつぶてが俊三に再び降り注ぐ。起き上がった直後、両膝両手を屋根の上につく俊三。
「痛……どうやらこの見えない攻撃は、彼のものだな。高校生くらいかな。こっちの中年らよりずっと強そうだ」
鋭一と畑の中の術師を交互に見やり、俊三が呟いた。
畑の中にいる無事な方の高嶺の術師が、俊三に向かって術をかける。周囲の風景が歪みだし、足場が崩れて体が回転していく。
脳に直接作用する幻術。しかし俊三は落ち着いて解除する。
その解除した直後、俊三は鋭一と視線が合った。
鋭一が腕を振り、三度目の透明つぶてが俊三を攻撃する。
「孫の手だったかな。動作に合わせて念動力が発動されるという」
鋭一が腕を振る動作と共に攻撃が来るのを確認し、俊三は呟いた。その動作がトリガーだと見抜いた。
(衝撃を食らう前に、力が私の体に直接干渉しているのがわかる。それが呼び水になって、見えない連弾が私の体振ってきているようだ。つまり、その干渉を防げれば……)
俊三が自らの肉体と精神に術をかける。抵抗力そのものを上げる術だ。
(ロックオンできない?)
鋭一はそれを実感した。かつて対象の相手に防がれるという事も経験はしているし、その理屈もわかる。相手の肉体や精神に直接作用する力というものは、抵抗(レジスト)されることで防がれると、純子に教えられたし、純子の体で試してその感覚もわかっている。
(しかし全く不可能というわけでもない。もう一度……今度は集中して……)
精神を研ぎ澄まし、再度ロックオンを行うと、今度は上手くいった。
俊三の方も、一度は防いだが、その後でまた敵の力によって照準を合わせられた事に気がつく。
(抵抗力を上げる術をかけて、それでもなお力は拮抗している……か。いいね互いに。力はなるべく近い方が楽しい)
鋭一の方を向いて笑いながら、俊三は次の呪文を唱える。
その俊三めがけて数本のナイフが宙を舞って襲いかかり、呪文は中断された。
畑の中にいる高嶺の妖術師の仕業だった。俊三が高嶺の術師を面倒臭そうに見る。
俊三は屋根の上から飛翔した。飛翔したように見えたが、実際には術で強風を起こして滑空しただけだ。
畑の中――高嶺の術師の前へと降りる。
「返すよ」
先程高嶺の妖術師が繰り出したナイフが、俊三の手の中にあった。
俊三がナイフを投げる。高嶺の妖術師は動かない。自分に向かっては投げられていなかったし、それを見切っていたが故。
投げられたナイフは、倒れていたもう一人の術師の喉、胸、腹に刺さった。
頭部に瓦の直撃を受けて痙攣していた彼だが、さらにダメ押しを食らい、恨めしげに俊三を睨みながら息絶える。
「よし。いい表情だった」
死に顔を見て、にっこりと笑う俊三。
「貴様……」
相方の高嶺の術師が憤怒の形相になる。
「楽しそうだな……」
いつの間にか畑の中に降りた鋭一が、俊三に声をかける。俊三は堂々と鋭一の方に振り返る。
「もちろん楽しいさ。楽しくなければこんなことしない」
穏やかな笑みと共に、俊三は言った。
「人を殺して何が面白いんだ? 人を苦しませて何が楽しいんだ?」
「君も人を殺したことがあるだろう? 私にはわかるぞ? それもかなりの数だね。殺した時、楽しかっただろう? 殺人が楽しいということは、君自身知っているはずだろう?」
からかうように指摘する俊三に、しかし鋭一は無反応かつ無表情だった。
一方、黒狼もどきと善治と竜二郎の戦いに、決着がついていた。
善治の手から呪符が一枚放たれ、黒狼もどきの額にくっつくと。黒狼もどきの頭部が次第に凍りついていく。黒狼もどきは呪符をはがすという発想ができず、ただ苦しみ悶えて、やがて動かなくなった。
竜二郎の呼び出した黒い悪魔は、スピードのある黒狼もどきに翻弄され、何度も噛みつかれ、背の刃で斬りつけられていたが、竹槍と大砲の戦いであった。悪魔の剣の一撃をもらうと、真っ二つに切り裂かれ、漆黒の体液をアスファルトの上に撒き散らして果てた。
「おやおや……四対一。しかも高嶺流のおっさん術師より、この子達はずっと手強い。これはいくらなんでも……不味いかな」
初めて味わう大ピンチ。その感覚がまた、俊三にとっては新鮮で心地好い刺激と感じ、笑っていた。
「初体験はいい。でも……死ぬのは嫌だな」
呟くなり、短い呪文で術を発動させて、周囲に大量の白煙を発生させる。
畑の中はもちろんのこと、畑の周辺道路に至るまで、完全に視界を遮った中、俊三は逃走を試みる。
俊三とて煙の中で見えないが、逃げることくらいは出来る。道路には出られる。運が悪ければ煙の中に突っ込んできた車にはねられる可能性もあるが。
しかし視界が遮られていようと、鋭一にロックオンされてしまえば、どんなに距離が離れていようと透明つぶてが上空から標的に飛来する。当然、俊三はその事を知らない。
「ぐあっ」
四度目のつぶてをくらい、うつ伏せに倒され、思わず悲鳴をあげてしまう俊三。
(不味い……声で位置がわかってしまうし……。それにもう……かなり食らいすぎてしまって、体が……)
先程以上に死の恐怖を如実に感じる俊三。正に絶体絶命のどうしょうもない状況だと感じた。この状況で生き延びるなど、都合よく助っ人が参上するくらいしか無いと思ったが、そんな話が現実に起こりうるはずがないと、己の考えを一笑に付して、覚悟を決める。
突然、煙が晴れた。
敵の術師の仕業かと思ったが、そうではないと俊三は察した。前方から、巨大な魔力の気配を感じる。
「見て、俊三が蛙みたいに突っ伏してる」
聞き覚えのある声がして、俊三が顔を上げると、見覚えのある顔が二つ並んでいた。
「私は蛙というより、干物だと思った」
「干物は無い」
牛村伽耶と牛村麻耶が、道路に倒れた俊三を見下ろし、それぞれ言った。
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