第三十五章 29
「白金粘土リルーっ!」
手をドリル状にして突っ込む白金太郎。
「またそれか」
「またこれかあ……」
「あれしかないわけ? 何でいつもあればっかなの?」
真、睦月、亜希子が呆れながら白金太郎を見る。
大振りのドリルパンチをアドニスは余裕をもってかわすと、素早く足払いをかけて、白金太郎を転倒させる。
転んだ白金太郎の両脚の膝裏に、至近距離から銃弾を数発撃ちこむアドニス。銃弾は全て膝を貫通した。
普通の人間と同じように血が噴き出るが、白金太郎は両膝の裏に手をあてると、傷口を指でこねまわして、それで傷口をふさいでしまった。突き抜けた反対側の傷口も同様にして塞ぐ。
(なるほど、確かに粘土だ。外側の傷は塞いだが、中も癒えているのか?)
感心するアドニスの前で、白金太郎は素早く立ち上がる。
「白金粘土リルーっ!」
白金太郎がドリル状にした手を振り回す。
ドリル自体が腕より二回り以上大きいうえに、回転しているので、軽く触れただけでも重傷になると見て、アドニスは少し余裕をもって、遠めに距離を取る。
「白金粘土リル・ロケット!」
ドリルが射出して飛ばされるが、真から予め話を聞いていたので、これも難なくかわす。
直後、飛ばしたドリルの中からボールが飛んでくる。しかしそれも真から聞いていたので、アドニスは動きを止めることなく避けた――が……
肌色のボールが、アドニスが避けるとほぼ同時に爆発した。
中に詰まっていた血を浴びるアドニス。いや、血だけではない。小さな肌色の粒が大量に付着し、まるで蛆虫のように蠢き、アドニスの体表を突き破らんとする。
アドニスは動じず、手早く粒を振り払う。粒はあっさりと払われた。
そこにできた一瞬の隙を、白金太郎は見逃さなかった。
リング上に転がったドリルが回転しだしたかと思うと、まるで独自の意思を持つ生き物のように動き、アドニスの背めがけて襲いかかる。
さらに、白金太郎はもう一つの腕もドリルに変形させ、アドニスの正面から殴りかかる。
この挟み撃ちにも、アドニスは慌てることなく対処した。アドニス自身も白金太郎に向かっていくと、ドリルの一撃は体を入れ替えてかわし、白金太郎とすれ違い様に一回転して、裏拳を白金太郎の顔面にと見舞った。
さらに飛んできたドリルは、ひるんだ白金太郎の体を盾にして防がんとしたアドニスだが、白金太郎も自分の腕に貫かれるほど間抜けではなかった。分離したドリルの動きが途中で止まり、リングの上に落ちる。
アドニスが再び距離を取る。ドリルの攻撃はわりと厄介だ。油断はできない。
「こなくそーっ」
もう片方のドリルも、白金太郎は射出せんとする。
「ちょっ、やめっ……」
リング下の亜希子が制止の声をかけたが間に合わなかった。
アドニスの背後には、ふらふらと歩く由紀枝の姿があった。
ドリルが飛ばされた所で、白金太郎もその事実に気が付いた。
(やば……)
やってしまった感たっぷりに青ざめる白金太郎。
「あの馬鹿……」
口をあんぐりと開ける睦月。亜希子と睦月だけではなく、会場にいるほぼ全員が、爆発して死ぬ未来を予測した。
アドニスがドリルをかわせば、由紀枝に当たる。しかしアドニスがかわさなければ、防げるかもしれない。
アドニスはあっさりとかわした。ますます青ざめる観客達。
ドリルは由紀枝に直撃する手前でリング上に落ちた。アドニスはかわすと同時に、思いっきり力をこめて右腕を振り下ろし、飛来するドリルを叩き落していたのだ。
もちろんそんなことをすれば、アドニスの手もただではすまない。事実、腕の皮膚は破け、筋肉繊維もズタズタに裂け、血が噴出し、骨も折れている。
(だがそれでも俺には片手が残っている)
口の中で冷静に呟くと、両腕の無い状態となった白金太郎めがけて再び肉薄し、無事な方の左拳を繰り出す。
白金太郎は恐怖を覚えた。腕が無くて、攻撃も防御もできないからではない。アドニスのあまりにも冷静な判断と動きに、臆してしまっていた。
顎先を打たれて白目を剥き、あっさりと崩れ落ちる白金太郎。
『第六試合勝者、アドニス・アダムス!』
これまでの勝負の中でも一際大きな拍手と歓声が沸き起こる。アドニスの勝ち方が、これ以上はなく鮮烈に見えた。
「白金太郎だって結構強いのに、あの白人さん、やるねえ」
「事前にアドバイス貰ってるからだけじゃないよね。貫禄勝ちって感じ~」
白金太郎のセコンドについている睦月と亜希子まで、アドニスに拍手を送っている。
「相手の強さを際立たせて勝たせてしまうとは、何とも白金太郎らしい無様さだこと」
席に着いて見物していた百合が、やれやれといった感じで首を振る。
「お前が手強いと言い切るだけはあった」
リングを降りて、下にいた真に向かって言うアドニス。右腕は酷い有様だ。
「さっさと医務室に行った方がいい」
「言われなくてもそうする」
アドレナリンが切れて、体中あちこち痛み出してきたことに顔をしかめながら、アドニスは真の脇を通り過ぎてパーティー会場を出て行った。
***
その後も試合は進んでいった。
『第九試合、水島敦vs月那美香二号!』
「よっしゃ、オリジナルのドテッ腹に大穴開けられた恨み、晴らしてきてやるじぇい」
「大穴というほどではない!」
意気込む二号と、訂正する美香。
「つーか人前であたしの能力晒しちゃっていいわけ?」
「構わん! 手の内全て晒さねば勝てぬ強敵なら仕方無い! 全力で行け!」
確認する二号に、美香は檄を飛ばす。
「お……俺なんかがこんな大舞台に立つなんて……」
すでにリング上にいる水島は、大勢の客の視線が自分に集中している事を意識し、震えていた。
(何ですかー、あのおっさん。せっかくこっちが仇討ち気分で盛り上ってたのに、おもいっくそビビっちゃって。これじゃあ、こっちのテンションも下がっちまうわい)
それを目にした二号は、微妙にやる気がダウンする。
(しかし容赦はしねえ)
すでに頭の中で水島を倒す算段はつけた二号が、水島の前方に何かを放り投げる。
水島は反射的に後方に跳んでかわしたが、即座に何かが起こるようなことはなかった。そもそも水島がいた位置とも、微妙に離れている。
リング上に撒かれたのは、丸まった葉っぱだった。何の葉かはわからないが、一枚の葉ではなく、いくつかを丸めた葉のように見える。
水島が躊躇しているうちに、二号はさらに何枚もの丸まった葉を続ける。
(これ、何しようとしているかわからないけど、放っておくとやばいんじゃないか?)
どんどん増えていく葉を見て、水島はそう思うに至り、葉を踏まないように気をつけつつ、二号の横に回りこむようにして動いていく。
水島にしてみれば慎重なつもりであったが、無意味であった。二号のオーガニックトラップの攻撃範囲に踏み込んでいる。
葉の一枚が突如膨張し、あっという間に人間より巨大なサイズになると、まるで口を開くかのように大きく二枚に拡がって、水島の体を葉と葉の間に飲み込んで、閉じてしまった。
観客達は食虫植物のハエトリソウを連想する。実際、仕掛けた二号からしてみても、そういうコンセプトだ。
しかし閉じた葉のかすかな隙間から、体色が水色になり、軟体怪人化した水島の体が、ゼリーが押し出されるかのようにして、ぶちゅっと音を立てて飛び出てくる。
不定形にぶよぶよと蠢く頭部。そして頭から下は、何十本もの細長い触手という水島の姿を見て、観客達は気持ち悪がったり面白がったりと、反応は様々だ。
「出てくるのも想定済みッス」
ぽつりと呟き、ほくそ笑む二号。
「ああ?」
水島は自分の全身が、透明な膜で覆われている事に気がついた。
「なるほど、そういうことかー」
真相と二号の目論見がわかった純子が呟く。いや、純子の目には見えていた。
巨大ハエトリソウの閉じた口全体に、ビニールのような膜が覆われている。隙間から脱出しようとすると、その膜にまず引っかかる仕掛けである。膜自体は薄いうえに固定されていないので、膜がそのまま全身に張り付いた状態で、水島は巨大ハエトリソウの外へと脱出していた。しかも薄いので、すぐには気づかなかった。
「うぐ……」
水島が呻く。皮膚から神経毒が浸透していき、全身の動きが鈍る。
(動けない……こんな……こんなにあっさりと……)
自分でも気づかないうちにリング上に転がり、水島は恐怖する。完全に俎上の鯉だ。
二号の怒りに満ちた視線が注いでいる。それを見て、水島は自分が月那美香のオリジナルを傷つけたことを思い出し、激しく恨まれている事を実感した。
(葉山……俺は無理だったけど、君の夢がかなうことを……祈ってるよ)
目を瞑り、死の覚悟を決める水島であったが、いつまで経っても相手の一撃は降り注いでこない。
(きっと目を開けたら、その時に殺されるんだ。そうに違いない。だっらたずっとこのまま目を閉じていて……)
『水島選手、戦意喪失もしくは戦闘不能と見なして、月那美香二号選手の勝利!』
勝利のアナウンスが流れ、観客達は呆然とし、水島は驚いた後で安堵した。
「オイコラーッ、何であたしに拍手と歓声が無いんだよーっ。瞬殺したからつまらねーってかー?」
観客達に文句をぶーたれる二号。
「何がどうなってるのか、わからないな」
「私にもわからん!」
「えっとねー」
疑問に思う真と美香に、純子が解説する。
「なるほど、二段構えのトラップだったのか。ひょっとしなくてもあいつ、かなり強力なマウスじゃないか。能力の応用力が計り知れないし、美香よりも強いかも」
「ふざけるな! そんなことはない!」
思ったことを遠慮せず口にする真に、美香がむっとして怒鳴る。
「どうよ~? オリジナルの仇、とってやったっスよ~? えへえへえへえへへへ、さあ、あたしを褒めてみるがよいっ」
二号が渾身のドヤ顔で美香に迫る。
「調子に乗るな!」
真に言われた直後もあって、苛々して一喝する美香。
「は……? 何それ? オリジナルの仇を討ったのに……。頑張ったのにこれだわ……。もうグレてやるぅ……。週刊誌記者にあることないこと言ってやるぅ……」
いじけながら、手近なテーブルの上に置いてあったワインの瓶の蓋を開け、ラッパ飲みしだす二号であった。
***
その後も試合は消化されていき、いよいよ最後の試合になった。もう残るは二人なので、組み合わせはわかっている。
『第十一試合! 月那美香vs睦月!』
いずれも裏通りで知られた存在なので、この組み合わせに会場は盛り上った。
「アドバイス感謝! 行ってくる!」
真に向かって一礼する美香。前の試合の時点で組み合わせがわかったので、睦月の手の内を全て美香に教えておいた。
「ありがとうねえ、累」
「いえいえ。美香だけに肩入れとか不公平ですし」
睦月には累が助言していた。累は元々睦月に共感する部分が多かったし、睦月が研究所にいた時も、仲が良かった。
「真が美香に肩入れしてて腹が立つでしょう?」
「あはっ、やっぱわかるう? でもまあ仕方ないさぁ」
「その慰めの意味も兼ねて、僕がこっちに来てみました」
苦笑する睦月に、累がにこやかに笑ってみせる。
やがて二人がリングへと上がる。美香はすでに気合い十分なのに対し、睦月はにやにやと笑いながら悠然と佇んでいる。
(実力は拮抗している。互いに百戦錬磨だが、若干美香の方が劣る……かな)
リング上で向かい合う二人の少女を見て、真はそう判断した。
開始のゴングが鳴っても、二人は動こうとしない。睦月にまだやる気が感じられないので、美香も睦月の火がつくのを待つかのように、懐に手を入れたまま身構えている。
「舌戦では負けた感あるけど、こっちでは負けないよう? 君にはいろいろとムカついてるから、こっちでその気持ちをぶつけちゃうかも」
睦月が笑顔のまま声をかける。
「望むところ! 存分にぶつけるがいい! 受けきってやる!」
美香が叫ぶと、睦月の目つきが変わった。
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