第三十五章 14

 古代未来はネグレストの家庭にて育ち、両親は十歳で蒸発した。

 親戚に引き取られる事もなく、施設に入ったものの、施設ではいじめられる日々が待っていた。いじめられた理由は、未来がひどい癇癪持ちで、大声で喚いて物に当り散らす性癖があったからだ。


 施設を出た未来は、強盗や盗みや売春を繰り返し、放浪しながら生きていた。そんな毎日でも、生まれ育った家や、その後の施設での日々に比べればずっとマシだと、未来は思っていた。


 未来は極めて凶暴で破壊的な性格となっていた。この世の全てを恨んでいる。この世界の全てが敵だと認識している。世界は自分を虐げるためにあるとすら感じている。


 二十歳になった未来は、蒸発した自分の両親を探して殺したいという欲求に駆られ、雪岡研究所を訪ねる。

 そこで出会った赤目の美少女は、未来にとって規格外の存在だった。世の中の誰も彼もがつまらないと、くだらないと思っていた未来であるが、平然と人体実験を行い、人を殺しても朗らかに笑っている彼女の、その天使のような悪魔っぷりに、すっかり魅せられた。これまで誰も信じず全てを憎んでいた反動もあり、どっぷりと入れ込んで心酔した。


 しかしそれが悲劇のトリガーとなった。純子からは逆に疎まれ、未来はラットとされて、関わりを断たれた。

 それまでは怪人タイプのマウスとして、何度も殺し合いをさせられ、それが楽しくて仕方なかったし、純子のために貢献できるのが嬉しくて仕方なかったのに、わけもわからずあっさりと捨てられた事で、未来はこれまで以上に荒れた。


 百合という女性が現れ、ラット・コミュニティというラット達の集団に属した未来であるが、その中で心を開けるのは二人しかいなかった。一人は勝子という名の、頭の壊れてしまった少女。もう一人は、相棒かつ恋人関係となったオマルである。二人とも非常に純粋であったが故に、未来は気を許すことができた。


 現在、二十三歳になった未来は、すっかり裏通りの住人となっている。常にオマルと共に行動し、関西方面の暗黒都市を拠点にして殺し屋コンビとして活動していたが、ラット・コミュニティの召集によって呼び戻された。

 コミュニティのリーダー格である瑞穂曰く、純子への復讐と、彼女をトップに据えた組織作りの両方を進行するという話であり、コミュニティのラット達にも協力を仰いだが、未来は真面目に従うつもりはなかった。純子と親しい月那美香と相沢真との交戦だけ、勝手にやるつもりで、月那美香の事務所を襲撃したのである。


「ミキッ、オマル、ヤリタイ」


 月那美香事務所で、敵が戻ってくるのを待っていた未来とオマルであったが、オマルが鼻息を荒くして要求してきた。


「あのね、さっきは敵が退いた直後だからいいけどさ、今はいつ戻ってくるかわかんねーんだよ。助っ人連れてくる可能性も高いしさ。ズコバコやってる間に敵が来たらどーすんのよ。いい子だから、お預けな」


 微笑みかけながら、オマルの頭を撫でる未来。

 未来がオマルに心を許せる理由は極めてシンプルである。オマルが本能と欲望に忠実で、純粋だからだ。決して悪意をもって自分に接することはない。自分を貶めることもない。そんな発想がオマルには生じない。未来にもそれがわかっている。だから安心できる。


「ジュンコ、アイタイ。モウオマルトミキハホントウニ、ジュンコトナカヨクデキナイカ?」


 しかし純粋すぎるが故に、欲望に忠実すぎるが故に、デリカシーには欠ける。こういった発言を聞くと、オマルだから仕方ないと思いつつも、嫌な気分にもなる未来である。


「無理だろうさ……諦めな」

「アキラメタクナイ。ジュンコニアイタイ。デキレバヤリタイ」

「あんたねえ……。よくもまああたいの前で、そんなこと堂々と口にできるもんだよ。あたいはあんたの女じゃねーのか?」

「ゴメンナサイ。オマル、ウッカリ。デモ、ミキモダイスキダカラ」


 未来に呆れられながら注意され、申し訳無さそうにターバン越しに頭をかくオマル。しかしそんな仕草が、未来は可愛いと思ってしまう。


「ネエ、ミキ。ヤッパリシタイ。ヤリタイ。チョットダケ、チョットダケデイイカラ」

「やるのにちょっともくそもねーだろ。あんた、やらない日が無いじゃんか。つーか今日もう三回もしたってのに」

「ダッテ、シタイ。ヤリタイ。オマル、ミキガスキデスキデスキスギテ、バクハツシソウ」

「はいはい。こっちにおいで。ったく……やってる間に敵が来ても知らないよ」

「オマル、ファイヤーッ」


 とうとう根負けした未来がオマルに向かって両手を広げると、オマルは表情を輝かせ、未来の体を強く抱きしめ、口付けた。


***


 瑞穂が事務所で情報集めをしていると、電話がかかってきた。


『私の出番はいつなのかしら。ずっと裏方ばかりですけれど』

「もう少ししたらよ。組織が出来たら百合にも協力してもらう。組織が気に入ればだけど」


 百合からの電話に、相変わらずアンニュイな口調で答える瑞穂。


『期待していますわ』


 全く期待していない口振りで言い、百合は電話を切る。瑞穂はそれを聞いて溜息をつく。


(百合って何のかんの言って、目立ちたがりというか出たがりというか……)


 百合に裏方の役割を頼んだのは、失敗だったような気がしてきた瑞穂であった。

 すぐ隣では、宏が新しい組織のサイト作りの仕上げを行っている。


「私ってショート似合わない」

 ふと鏡を見て、瑞穂が呟いた。


「いや、すげえ似合ってるよ」

 宏が振り返って微笑む。


(零には似合わないって言われたのよね。純子の真似してみたんだけど……)


 そう思い、瑞穂はこっそりと息を吐くと、無言でコーヒーを淹れ、宏の机に置く。


「おっ、ありがと……。どういう風の吹き回し? 結構おだてに弱い?」


 ふざけてそう言った宏に、瑞穂はジト目になってコーヒーカップを取り上げ、自分で飲み出した。


「口は災いの元って誰かから習わなかった?」

「ごめんなしゃい……」


 瑞穂の冷めた一言に、宏はがっくりとうなだれた。


***


 真、二号、累の三名が、美香の事務所へと訪れたのは夕方であった。

 十一号達とは途中で会ったが、負傷していたので雪岡研究所へと向かわせた。


「あと一晩寝れば、美香は治るだろう」

「ゲームの宿屋かーいっ。でもオリジナルはまだ治ってないから、ゲームの宿屋ほど優秀じゃない、か」


 真が言い、二号が突っ込む。


 美香の事務所がある建物の二階を見上げる三名。


 敵も真達の来訪を察知し、窓から現れたオマルが銃を撃ってくる。

 アスファルトが銃弾で穿たれる最中、真も即座に撃ち返す。


 オマルは撃ってすぐに引っ込み、そのまま出てこなくなった。


「オマルか。久しぶりだな」

 真が呟く。


「うひっ、知ってるの?」

 二号が訊ねる。


「以前、二度会った事がある。一度目は傭兵時代。二度目はあいつがマウス志望で事務所に訪れて、改造された後だ。一度目はただのテロリストでまともだったが、二度目の時にはイカれて見境が無くなっていた。雪岡にも襲いかかっていたしな。僕がぶっとばしてやったが」

「テロリストだった時の方がまともなんかーい」

「悪い奴でもないんだよ。ただ、精神的におかしくなっていたようなんだ」


 突っ込む二号に答える真。


「シン、オマエトタタカイタクナイケド、デモテキ。サンドメハカツ! ゼンリョクデブツカル!」


 窓の脇からオマルが叫ぶ。

 同じ窓から未来が飛び出てきて、道路に着地した。すでに怪人化は終えている。


「相沢真。会うのは初めてだけど、嫌な奴だって聞いてるよ」


 真を見て歪んだ笑みを浮かべる未来。


「チガウ、シンハワルイヤツジャナイ。イイヤツ。デモテキダカラシカタナイ」

「わかったわかった。でも純子に好かれているっていう時点で、あたいラットにしてみれば、憎らしい奴だよ」


 オマルの言葉に気を殺がれる未来。


「二号は見物で、一対一を二つに分けますか。彼女は接近戦が得意そうですし、僕が」


 累が言い、黒い刀身の妖刀妾松を抜く。


「うひっ、応援係だったら、わざわざ来る必要なかったじゃん」


 肩をすくめて舌を出して変顔しながら言う二号。


「オマルは、掌のタトゥーを見せた相手の意識を奪うが、まあ累には効かないだろうし、注意もいらないか」


 しかし自分は気をつけなければならないと真は思う。対処方法はちゃんとあるので、負ける気もしないが。


「あたいは、こっちのかわいこちゃんか。じゃあ、いっくよーっ」


 未来が嬉しそうな笑みを張り付かせ、累に向かって疾走した。同時に、オマルが再び二階の窓から銃を撃ってきた。

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