第三十五章 8
美香と二号は真と合流し、由紀枝と男性を見かけたという報告があった繁華街へと向かった。
絶好町からは大分離れている。安楽市の北東部の端――二十三区のすぐ近くだ。
「この辺は初めて来るが、絶好町よりずっと人がいるな。街としての規模は絶好町の方が大きいけど」
真が感想を口にする。
「都心に近いからかもしれんな! その分目撃者は多いだろう!」
「人が多い分、聞き込みも大変になるんだぞ。最初の聞き込みは周辺の店からだろうけど、通りに人がいない方が目に映りやすい」
「そ、そうかっ!」
自分が思っていた事とまるっきり逆の指摘をされ、若干狼狽気味になりつつも、真の言うことを認める美香であった。
「ぐへへ……オリジナルや、この智将あたしに、とってもナイスな案があるんだけど、聞いてみるかい?」
へらへらと笑って申し出る二号。
「勿体ぶらずに言え!」
「イヒヒヒ、ならお耳を拝借……」
人差し指で口元に招く二号に、美香は頭を寄せ、耳を接近させる。
二号の提案を聞き、美香はくわっと大きく目を見開いた。
「できるか! そんなこと! と……言いたい所だが、悪くない案だ! やってみる!」
「楽器もほれ、この通り」
亜空間ポケットの扉を開き、中からギターとアンプとマイクを取り出す。
「やりたいこと、わかってきた」
二号の目論見を見抜き、真が呟いた。
「このクレープ屋の前でやらせてもらうとして、一応店の人に許可をもらってこよう!」
「ついでに電気も拝借だぁ。御礼にサインあげて、クレープも買っておきますかね」
美香と二号がそれぞれ言い、すぐ側にあるクレープ店舗の店員と交渉しだす。
「逞しい奴等だ」
その様子を見て、真が呟いた。
かくして月那美香及び二号による、ゲリラライブが開始された。変装用の帽子を脱ぎ、束ねた髪もほどいて、セミロングの髪を露わにする。
「おい、あれ月那美香じゃん」
「本当だ。二号もいるぞ」
「何でこんな所で路上ライブ?」
何人もが立ち止まり、人垣が出来る。
一曲歌い終わった所で、美香はホログラフィー・ディスプレイを最大サイズで目の前に投影し、手を繋いで歩く由紀枝と男性の二人組の画像を出した。
「実は今裏通りの始末屋としての仕事の最中で、人探しをしている! この二人組を見た者がいないか!? いたら教えてくれ! プリーズ! 教えてくれたらもう一曲いく!」
美香の呼びかけに対し、何名かが挙手して、情報を教えてくれた。
公約通りもう一曲歌い終えた所で、歓声と拍手に包まれ、サイン責めと握手責めにあう二人。
しばらく付き合っていたが、次から次へと人が押し寄せてきて、サインやら握手をねだってきて、身動きが取れない状態となった。
「どうするんだ、この状況?」
いつの間にか美香の隣にやってきた真が、こちらももみくちゃにされつつ訊ねる。
「やむをえん!」
美香が銃を抜き、頭上へ向けて三発ほど発砲した。
「協力してくれたのにすまん! しかしここから私達も仕事なので、速やかに解散してほしい! 通行人や周囲の店の迷惑にもなる! いいな!?」
念押しと共に、さらに銃を撃つ美香。集った群衆は美香と距離を取り、ドン引きしながら従った。
「大した荒業だな」
「物事は効率よく! アンド、自分のできることを活かす!」
呆れる真に、毅然と言い放つ美香。
「今度から聞き込みする際は、ずっとこのやり方でいいわ~」
「いずれ捕まるぞ」
二号が言い、真が突っ込んだ。
「ねーねーあの子、月那美香の彼氏かね~」
「えー、ないでしょー。顔はいいけど、背低いし」
「中一くらいだし、彼氏にするには歳離れてるよねー」
「でも凄く可愛いし、彼氏の可能性もあるんじゃない?」
野次馬に来ていた女子高生達が真を見て囁きあう。彼女達との会話は、ばっちりと真と美香と二号の耳にも届いていた。
「うへ~、デリカシーの無い奴等だね。女子高生ってちょっと憧れてたけど、あんなもんかよ。なら高校なんて行かなくていいや」
思いっきり顔をしかめる二号。
「背低いってそんなに悪いことか?」
三人揃って、群衆の中から脱出した所で、真がぽつりと呟く。
「そんなことはない! その顔があれば私は十分!」
フォローのつもりで、思わず本音を口にする美香。
「ぷッ……結局メンクイかよ。ファンに今の言葉聞かせてやりてーッス」
「顔だけではない! 真の内面も気に入っている! 多少デリカシーに欠けるしアバウトで、時々疲れるが!」
「今、顔さえあればって言っただろ~。つかね、オリジナルさっきから自分が何言ってるか、気付いてないんかねー」
「うるさいだまれ! 全てお前のせいだ!」
からかう二号に、自分でも意味不明と思える叫びをあげる美香であった。
***
美香、真、二号の三人が、情報を元に訪れたのは、繁華街を出たすぐ側に建つ、廃墟化した縫製工場だった。
廃墟となってわりと年月は経っているようだ。窓ガラスは割れまくり、埃もそこかしこに積もっている。床はゴミが散乱している。主に布切れが多い。
ミシンが置かれた机と、おそらくは衣服を作るためと思われる機械が、大量に並んでいる。結構広い工場だ。銃撃戦をするには適している環境だと、工場内を見た真は思った。それにどこに誰が隠れているのかもわからない。
「こんにちは。ここを突き止めて……来てくれたのね」
機械の陰から一人の少女が現れ、三人に声をかける。
花野に捜索を依頼されていた少女だった。その両目は閉じられている。
「はじめまして……かな? 私は月那美香さんのファンだから知ってるけどね。進藤由紀枝です」
「はじめまして! 君を助けろという依頼があって、探しにきた! 罠だと承知してな!」
由紀枝をここに連れてきた者も、同じ広間のどこかに潜んでいると見なし、美香は最後の一言を加えた。
「陸に勝った人達と、話をしてみたかったの」
美香の言葉を無視するかのように、由紀枝は語りだす。
「陸は強かったよね? 最後まで……頑張ったよね」
頑張ったという表現が何となく引っかかる真と美香。
「私はもっと成長して、陸のようになって、陸を倒した人達と戦って勝ちたいから、ここで負けないでほしい。もっとも今の私は、陸みたいに目が見えなくても、空間が把握できる力も目覚めて無いし、全然駄目なんだけど……」
悪意も殺意も恨みも感じさせない由紀枝の語り草に、三人とも戸惑いを覚える。
「復讐したいのか?」
花野の言葉を思い出しながら、静かに問う美香。花野は、由紀枝が自分を殺したがっていると言っていた。しかしそのわりには、由紀枝からそんな感情を感じない。花野の言葉は自分を悩ませるための、嘘だったように思える。
「復讐って……何かそういうドロドロしたものじゃないよ。私の立場だったら、やっぱりそう考えると思う。自分が最高だと思っていたプレイヤーをやっつけた人達を、目標にするっておかしい?」
「プレイヤー!?」
「あなた達は知らないのかな? この世界ってゲームの中なんだよ?」
微笑を浮かべ、由紀枝は言った。
「気づいてない人が多いけどね。ていうか、プレイヤーはほとんどいない。私も完全に見分けがつくわけじゃないけど、世界中の人の大半は、ただのAIで動いているだけの、魂の無いNPCなんだ。つまりお人形みたいなもん」
由紀枝がごくごく普通の喋り方をしている事に、そう信じて疑わないことを伺わせる事に、美香も真も二号も、底知れぬ狂気と闇を感じた。
「美香にも真にも、私はそのうち挑戦する。そして勝つ。だからそれまでは負けないでね」
それだけ言うと、由紀枝は背を向けて、奥に向かって歩いていく。
「待て!」
「今度はこっちの用事」
制止をかけた美香であったが、由紀枝は止まらず、入れ替わるようにして、用途不明の機械の陰から、一人の少女が姿を現す。
「甘粕瑞穂か。よりによってここで出てくるとはな」
真が言う。彼女が首魁であることは、花野から聞いている。
「美香を狙う意味は何だ? 今の子を使って何を企んでいる?」
「美香だけじゃない。真、貴方もよ。そして……この意思は私だけじゃない。ラット一同の意思……と言ってもラット・コミュニティに属している者に限るけど。相沢真、月那身美香。私達は、あなた達二人を否定する。それだけよ」
真の問いかけに、アンニュイな口調で瑞穂は答えた。
「つまり殺すか!?」
「そういうこと」
「何故だ!? 理由くらい教えろ!」
美香の問いに、瑞穂は大きく溜息をついた。
「百合は貴女の周囲の人間を殺して、貴女の心を蝕もうとしたらしいけど、私はそういうんじゃないから」
美香から真の方へと視線を向けて、瑞穂は言った。
「いや、純子に対するあてつけという意味でなら、そういうのはあるかな。単に気に入らない。私達はラットとか呼ばれて冷遇されている。その一方で、純子と親しい者達もいる。それが許せない。うん。ただの嫉妬で、ただのあてつけよ。それが目的。納得した? 納得しなくても……そろそろ始めましょ」
怨嗟に満ちた殺気を放つ瑞穂。
「不味いぞ。ここは奴の腹の中みたいなもんだ」
床を見渡し、真が告げる。
「どういうことだ!?」
「布に近づくな。布以外でも、紙やビニールといった薄いものには近づくな。それだけじゃない。床や壁にカモフラージュして貼り付いているかもしれないから、気をつけろ。近づいたら、炎が噴き出る」
「炎!?」
布から炎が出ると言っても、一面布だらけなので、美香は戦慄した。真の言葉の意味――腹の中という意味も理解した。
「近づかなくても同じだけどね」
瑞穂が言うと、工場の中に風が吹いて、床の布が舞い上がった。
「布から離れろ」
袖から超音波震動鋼線を出しながら、真が注意する。
「無理に近い!」
部屋中に舞う布を見て、美香が叫ぶ。
「ぬわはははっ、いざあたしの出番也っ」
二号が胸を張り、勝ち誇った声をあげたかと思うと、美香、真、自分の周囲に向かって、無数の小さな骨のようなものを放り投げる。
布が三枚ほど二号に迫り、一斉に燃え上がったその時、無数に枝分かれして先が尖った木のようなものが、足元から猛スピードで生え、火に包まれた布を突き刺し、二号への接近を防いだ。
同様に、美香に向けて飛来した布も火に包まれたが、足元から生えた枝分かれしまくった木のようなものに絡めとられ、美香への攻撃は防がれた。真の方も同様の事が起こっている。
「フヒヒ、こういう相手はこのあたし様が一番適してるんだぜ。あたしがついてきてよかったよなあ? オリジナルぅ?」
有機物を増殖させて罠へと造り変える能力、『オーガニックトラップ』を発動させた二号が、得意満面で勝ち誇る。
「油断するな! これだけで済むはずがない!」
「風を吹かせているのは、敵が他にいるか。あるいは瑞穂の新能力か、そのどちらかだな」
真はそう判断する。しかも瑞穂の能力とすこぶる相性が良い。こちらにとっては最悪だが。
(思い込みってのは危険よね。風を操る能力だと思っていると……)
瑞穂がそう思っているうちに、二号の生み出した木が大きな音と共に爆ぜた。
(圧縮した空気を爆発させたか。風を操るんじゃない。空気そのものを操るようだ)
真は即座に己の認識を改めた。
(固まっていない方がいいな! ばらけて敵の意識を分散させる!)
そう判断した美香が駆け出す。
「馬鹿! 迂闊に動くなっ!」
真が怒鳴り、美香が足を止めたが遅かった。
何も無いと思われた床から火炎が噴きだし、美香の体が炎に包まれた。
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