第三十四章 15
すっかり開催頻度のあがった、デーモン一族の会議。
今回はいつにも増してざわついていた。何しろヴァンダム寄りの日本の新聞で、国境イラネ記者団のとんでもないスクープが炸裂したからだ。そしてそれはたちまち各国に飛び火してしまった。
国境イラネ記者団が、世界各国のジャーナリスト達に声をかけて、情報工作部隊とする活動であること。そして報道革命の正体であった。表では国の境を越えたメディアの組合化と、情報という名の既得権益の確保。そして裏では情報の捏造と、意図的に事件事故を起こしてニュースソースを作っていく代物であると、全て暴露されていた。
しかもそれが、元々ケイトを叩いていた肝杉という記者によるものだから、彼を知る者からすれば、衝撃の発表となった。
「国境イラネ記者団の企みがすっかりバラされてしまっているな」
「ネット上では、やっていることがヴァンダムと同レベルだと、叩かれまくっている」
「実際、同じレベルじゃしの……。翼賛体制を作ったうえに、閉鎖的な情報カルテルを築いて、既得権益を与えるというやり方は、ヴァンダムもテオドールも全く同じじゃて」
「事実ではあっても、それを示す確かな情報源も無いのに、よくこれを記事にしたな。肝杉という男の証言だけではないか」
「これはヴァンダムの反撃なのか?」
「それにしては手ぬるい気もする。この程度しか手が無いのだろうか」
『しかし痛くないわけではない。むしろかなり面倒だ。この記事内容は事実であるし、この手の工作は今後しづらくなる』
あくまで工作しづらくなるだけで、絶対に不可能という事は無いと、テオドールは考える。
『ヴァンダムの仕業かどうかも疑わしい。我々に反感を抱いて、独断で暴走した可能性の方が高い』
肝杉とケイトの因縁を考えれば、そちらの方がしっくりくると、テオドールの話を聞いて、他の一族の者達も思った。
『で、次の手は? 君が考えていた報道革命とやらは、もうこれで使い物にならないぞ? 組合化だけでも反感を抱かれる』
ラファエルが問う。本人も自覚しているが、今やラファエルは一族内で、アンチテオドール派の筆頭のように見られていた。
『ヴァンダムのいるグリムペニスビルは今、警察に守られている。だが近々、これを退かせる』
テオドールが答えた。
「どうやって?」
『それはここでは言いづらい方法だ』
純子に頼んで、裏通り『中枢』の最高幹部『悦楽の十三階段』が一人、警視総監の北条斬吉に呼びかけてもらうことにしたのは、彼等の前で言うのが憚れた。
日本の支配者層は、元々はグリムペニスと繋がっていたが、ドリームポーパス号事件の件で距離が開いた。そして貸切油田屋の事は、はっきりと敵視している。日本からすると両陣営どちらに打撃があっても構わない。むしろ双方が打撃を被るのが好ましいと考えている。
グリムペニスの警護を辞めさせるための、何か理由付けができるのだろうと、テオドールは考える。純子がそれを警視総監に示唆したのだろうと。
***
一方グリムペニス陣営も、肝杉の暴露記事には驚いていた。
「ケイトにつきまとっていた記者がこのような行動に出るとはな。飼い犬が飼い主の手を噛んだといったところか」
新聞をひろげ、ヴァンダムが唸る。傍らにはいつも通り勝浦が控え、ソファーにはテレンスが座っていた。
「国境イラネ記者団の評価はさらに下がる。しかしテオドールという人物の性格を鑑みるに、大して打撃になっているとは見なさないであろうな。報道の権限の大半を掌握しているのは自分達であるから、好きなように印象操作できると、世間を見下し、たかをくくっているに違いない。羊達は、彼等が思っているほど愚かではないというのに」
(その通りだけど、あんたが思ってるほど、民衆は愚かでもないよ)
鼻で笑うヴァンダムに、心の中で突っ込む勝浦。ヴァンダムもまた、日頃から一般人を低く見ているくせに、都合のいい時だけ、こんな担ぎ上げ方をすることに呆れてしまった。
「で、ヴァンダムさんはどうする予定です?」
テレンスが訊ねる。
「伏兵の急襲を受けた国境イラネ記者団は、ガタついているだろう……。ここで一気に攻めておくというのが定石であるが……どうも妙な流れだ」
新聞をテーブルの上に置き、ヴァンダムは思案する。
「結果として私とテオドール、双方の力が削られている。まるで第三者が暗躍して……というのは考えすぎか?」
(鋭い……)
ヴァンダムの言葉を聞いて、テレンスがそっぽを向いて微笑をこぼした。
「例えばケイトかな。彼女とて力を持っている。それくらいのことはできるだろう」
ケイトが自分のやることに反対し、出ていった時点で、敵として動く予測も立てていたヴァンダムである。しかし――
「そう思って、ケイトの支援者やNGOの動向も探っていたが、まるで動いた気配は無い」
「ヴァンダムさんもテオドールも、恨みを持つ者は他にいるでしょうから、そちらの可能性もあるのでは?」
勝浦が言った。
「確かに……例えば私を危険視している、支配者層の者達が暗躍しているのかもしれないが、そこまでチェックはできん」
他者を踏みつけ、押しのけて、覇道をひた走るヴァンダムであるが、注目を浴びる立場で、隙あらば噛みつく機会を伺う者ばかりという立場でもある事に、たまに煩わしさを覚えることもある。今が正にそうだった。
***
肝杉の暴露記事が、ヴァンダムに肩入れする新聞に載ったその翌日の昼、肝杉は犬飼に、とある場所へと呼び出された。
そこはとある駅の、電車のホームだった。犬飼は先に来ていて、肝杉の顔を見て、にっこりと笑う。
「今からの会話、こっそり録音とかしてないよなあ? もしそんなことをしていたら……」
「してないしてないっ!」
探りを入れる犬飼に、肝杉は慌てて首を横に振る。
「ま、それはともかく……よかったなー、肝杉さんよ。あんたの記事、ウケまくってるぜ。あんたはスターだ。なあ? ジャーナリスト冥利に尽きるって奴じゃないかい? 協力した俺に感謝してくれよ」
朗らかな笑みと共に犬飼が言ったが、肝杉はうなだれ、無言であった。
「ところで肝杉さんよ。こないだ言ったよな? 国境イラネ記者団に殺されることは100%無いって。その理由は、制裁で殺された事になってしまえば、クリーンなイメージ保ちたい国境イラネ記者団に、物凄いダーティーイメージがつくからだと。だから予防線としても、自分が死んだら国境イラネ記者団に殺されたと思ってくれと、一応書いておいたしさ」
顔に笑みを張り付かせたまま、犬飼は確認する。肝杉が恐怖に引きつった顔を上げて、犬飼を見る。
「つまり、だ。今この状況であんたが死ねば、国境イラネ記者団に打撃を与えられるってことだ」
爽やかな笑顔で告げる犬飼の言葉の意味を、肝杉がわからないはずがなかった。膝ががくがくと震えて、泣き顔になる。
「そんな……あんまりだ……。助けてくれ……」
『次の電車はこの駅を停まりません。危ないですから、白線の内側に……』
懇願した矢先、特急電車が来る報せが来る。
そこではっとした。何故こんな駅のホームに呼ばれたのか? 今から突き落とされて、電車に轢き殺されるのだと思い、肝杉は血の気が引いていくのを実感した。
血相を変え、大急ぎで駆け出す肝杉。
「おいおい……」
それを見て、肝杉がどうして逃げたのかを察し、呆れる犬飼。いくらなんでもこんな人目につく場所で、電車が来た瞬間を狙って突き落とすわけがない。混雑している状況にこっそりとなら出来なくもないが、駅はまばらに人がいる状況であるし、駅構内をチェックしているカメラもある。
「もっと話したいことがあったけどな。残念だ」
指先携帯電話を取り出して、ホログラフィー・ディスプレイを投影し、画面を指でタップする。
走っていた肝杉の肥満体が前のめりに倒れ、そのまま駅の階段をごろごろと転がり落ちていった。銃声は少し遅れてから響いた。
(流石は、裏通りでも稀有な腕利きのスナイパー、いい仕事してくれる)
狙撃銃そのものが出回っていないし、狙撃という方法による殺害は裏通りでは珍しいし、この方法が出回ったら面倒なので、忌避されている。しかしスナイパーの殺し屋も全くいないわけではない。
駅のカメラには、犬飼と肝杉の姿が映っていたはずだ。近くにいた所が映ってはいたが、カメラには、会話している様子まで映ってはいない。そう映らないように、犬飼はちゃんと計算して振舞っていた。カメラの距離と位置と角度もちゃんと計算していた。
(大人が死ぬより子供が死ぬ方が悲劇的に感じられるもんだが、二歳半程度のこいつが死んでも、何も同情は沸かないな。人の命の重さも所詮はイメージか。それにこいつは、オリジナルの記憶と仕事を引き継いで、タチの悪い記事書き続けていたからなあ。ま、ゴミ掃除だな)
死んだ方が世のため人のためになる手合いは、確かにいる。肝杉こそ正にそういう人物であり、社会貢献のために、ゴミ掃除を勝手に引き受けた――犬飼からするとその程度の感覚だった。
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