第三十三章 29
「ハッハーッ! ブラボーッ! 田中ぼんたん飴とはこの事だ!」
テレビで赤村親子の記者会見を見て、ヴァンダムは喝采をあげた。
録音した千晶と烏腹のやりとりが流された時など、大笑いして喜んでいた。夫のそんな様子を見て、ケイトは心底げんなりしていた。
「思わぬ追い風だ。これでケイトの疑念は晴れ、支持も回復するであろうし、マスコミの評価は下がる。素晴らしい贈り物だ。全く愉快痛快だ。最早私の勝利は約束されたようなものだ」
番組が終わってもなおはしゃいでいるヴァンダムに、ケイトは大きな溜息をつくと、夫の頭を軽くチョップする。
「な、何だねっ?」
上機嫌な所を思わぬ人物から水をさされて、戸惑うヴァンダム。
「貴方、棚からボタモチですヨ。それに、コウイウ場面で喜ぶノハいけないことデスよ」
「うむむ……」
妻にたしなめられ、ヴァンダムは納得いかない顔で唸る。
「不謹慎トハまさに今の貴方よ。千晶とスハルトさんガどんな辛い気持ちでいたか……そして今もどんな気持ちで記者会見に臨んでイルのか、それダケを考えてアゲテください。あの親子の心を考エテ。有利不利ダノ、そんな計算を先に出すナンテ、ヨイことではありマセン」
「そ、そうか……そういうものなのか……しかし……」
どうしてもヴァンダムはそちらを先に意識してしまう。計算してしまう。理屈で諭されても、ヴァンダムの思考がそうなっている。
「感情ヨリ先に自分本位の計算を働かして喜ブヨウナ人は、人に信用されマセン。貴方のソノ考え方カラして、根本的に改メルのが理想ですガ、今はそれを理屈トシテ理解し、せめて人前で出さないヨウニしてください」
「う、うむ……気をつけよう」
僥倖に浮かれている事も含め、ヴァンダムは自戒を心がけることにした。
***
デーモン一族の何名かが集り、ニューヨークにある貸切油田屋本部の娯楽室で、テレビを見ながら渋い顔をしていた。
「もうこれは……駄目な流れですかね?」
一族の者ではないが、最高幹部に属する者が、呆れたように口を開く。
「完全にマスコミが悪という構図になってしまったな。そして報道しないテレビ局と新聞社がいて、報道するメディアも存在するために、余計にマスコミの愚かしさが浮き彫りになった。昔ならともかく、今そんなことをしても、民はちゃんと見抜くわい」
年配の執政委員が苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「最悪の流れになるかもしれんな。あれも実はヴァンダムが用意したのか?」
「まさかな。発端はあの親子だ。わざわざ妻を苦しませる真似など、あの愛妻家がするものか」
「いいや、あのサイコパスならわからんぞ」
「いずれにせよ、貸切油田屋にも悪影響が出るだろう。かといって、国境イラネ記者団を我らから切り捨てるわけにもいかん」
最後の言葉に、口々に喋っていた者達の会話が途切れる。
「我々は世界七大組織の中でも頭一つ抜けた勢力図を持っているが、こう悪いことばかり起こると、今の座も危ないな」
「七大? 六大ではなく?」
「情報に疎いのぉ、『戦場のティータイム』も我らと比肩する組織となったのだぞ」
世界最大の武器密売製造組織『妊婦にキチンシンク』、過激環境保護団体『グリムペニス』、キリスト教原理派秘密結社『ヨブの報酬』、拝金至上主義のユダヤ系結社『貸切油田屋』、世界最高峰の情報組織『オーマイレイプ』、欧米に古くから伝わる謎の秘密結社『光属性の口上』、アメリカ裏社会の覇者『戦場のティータイム』。以上の七つが世界七大組織と呼ばれ、他に比肩できる存在の無い巨大組織とされている。
妊婦にキチンシンク、オーマイレイプ、グリムペニス、戦場のティータイムは、今世紀に入ってから頭角を現した組織であるが、他の三つの組織は数百年規模で、複数の国家を裏から支配している。
「テオドールはどうする気でしょうねえ」
「私が奴の立場なら速やかに撤退する。しかし奴は成りあがり根性を発揮し、意地でも退かんよ。ヴァンダムも同類だから、どちらに転んでも、どちらも退かずにとことん殴りあいになるだろう」
国境イラネ記者団やテオドールに対し、否定的な言葉だけを口にし続ける。この中には、テオドール寄りの幹部や一族の者もいたが、今や彼等の心もテオドール側から離れつつあった。どう見ても逆転するヴィジョンが見えない。
***
自宅にて肝杉は、赤村親子の記者会見を忌々しげに見ていた。
(ふんっ……。烏腹の馬鹿が……とうとう落とし穴に落ちたか)
烏腹を焚きつけたはいいが、ここまで悲惨な破滅を迎えるとは思っていなかった。何かドジを踏んでよからぬ事態を引き起こすかもしれない――程度なら予期していたが、ただのドジでは済まず、マスコミ全体に最悪の印象を植え付ける格好となった。
ネットを見ると、予想通りの反応だ。凄まじい勢いでマスコミ叩きが加速している。邪悪の化身であるかのような言われようだ。しかしそれも無理も無い。烏腹の失態があまりにも酷すぎた。
普段から『ネットの情報など信じる奴は馬鹿』『ネット依存症は社会の底辺』と言ってはばからない肝杉であるが、本人はネットを閲覧しない日などまず無い。どっぷりとはまっている。そして公の場での発言と己の実態が全く違っていることなど、屁とも思わない。
「ド底辺のネット依存症共が、尻馬に乗る形で調子こきやがって。まあいつものことだが……」
自分のことを棚上げして毒づく。
(あんな馬鹿爺と同じ結末だけは避けたい所だな。そして、もう退き時なのかそうではないのか、国境イラネ記者団の動向次第だが、見極めねばならない)
肝杉ももうここからの逆転は難しいと見ているが、それでも国境イラネ記者団代表のテオドールは、諦めないと見ているそれならばまだ、自分もネタとして食いつけるかもしれないので、一応様子を伺いつつ、いざとなったらすぐ動ける準備を進めておくことにした。
***
「決着がついたとは言わないが、形勢は一気にアンチメディア側――ヴァンダム側に傾いたな」
雪岡研究所リビングルームにて、記者会見を見ながら真が言った。部屋には純子と累とみどりと毅と踊る青ニートもいる。今日の青ニートは阿波踊りをしていた。
「俺はもう決着ついたように見えます。こんな醜態晒されたら、国境イラネ記者団だって、争いたくないんじゃないですかね」
と、毅。
「甘いよー、毅君。勝負ってのは最後の最後までわからないものだって、肝に銘じておかないとねー。君も独立して、また組織の長になった際に、足元すくわれることになるかもしれないよ?」
「は、はい……」
純子に微笑みながら注意され、毅は少し萎縮気味に頷く。
「普通に考えれば、九分九厘ケリがついたように見えます。でも……テオドールという人は諦めが悪そうなのと、ヴァンダムが提唱する国際報道監視機関とやらが、上手くいくかどうか次第でしょう」
累が言った。
「どっちもしくじればいいな。ヴァンダムの報道監視機関だって、正直胡散臭い。高田は明らかに否定的だったし」
「あばばばばば、そりゃよっしーは今でもジャーナリストだし、マスコミが検閲やら規制されるのが大嫌いだったからこそ、裏通りに堕ちたんだから、ヴァンダムのやろうとしている事が、受け入れられるわけないべー」
真の言葉を聞き、みどりが笑いながら言った。
「義久君の性格考えると、彼もこのまま黙ってもいそうにないと思うなあ」
純子が言う。
(黙ってないとしたら……あいつがあのヴァンダムと事を構えると見なすのか? 巨象と蟻の戦いみたいなもんだぞ。でも……面白いな)
蟻が必ずしも象に負けるとは、思わない真である。
「赤村の一件はもう片付いたが、高田はマウスだからという理由で加担していくのか?」
「義久君が頼ってきたら、助けてあげてもいいんじゃない? そうでなくても、真君がこのまま護衛についてもいいんだしさあ」
真の問いに対し、純子はそう答えた。純子にそれほどやる気も無いし、『関わりたければ関わればいい』という言い方が何故か引っかかり、真もその気を失くしてしまった。
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