第三十三章 20
世界中の各メディアが一斉にヴァンダム叩きを展開した事に対し、ヴァンダムもさらに反論文をネット上に挙げたが、それに対してさらに反論が挙がりまくるという泥沼の戦いとなっていた。
ヴァンダムは自分の反論に対する反論を見て、腕組みして顔をしかめて、同室にいる勝浦に愚痴を述べていた。
「この記事を書いた記者は、私の反論文をしっかりと読んでいない。適当に読み流して、恣意的に書いている。だからこんな適当な記事になる。あるいは故意に悪質なフェイクニュースを流し、私の主張を捻じ曲げて貶めようとしている。いかにもマスコミらしい卑怯なやり方だ。前世紀からの常套手段でもあるがな」
ヴァンダムの主張を読まない人には、ひたすらヴァンダムが悪いイメージを抱かれるようになってしまっている。勝浦にもそれはよくわかった。だからこそヴァンダムは苛立っている。
「とはいえ、いい加減に書いたのか、悪意で捻じ曲げたのか、真実は書いた記者にしかわからんがね。いずれにしても悪い。この世にはいろんな職種があるが、どうやらマスメディアに携わる者は、不誠実な杜撰な仕事をしても許されるらしいな」
「メディアだけではなく、国連までもヴァンダムさんを批難していますが」
恐る恐る言う勝浦に、ヴァンダムは皮肉げに笑う。
「ああ、世界中のメディアが一斉に国連に泣きついたのは滑稽だな。うむ、実に滑稽だ。反権力や反体制を掲げている者に限って、数字や肩書きや権威にからきし弱いという滑稽さが如実に現れている。そのうえ国連に権威があると思っているのが滑稽だ。大国のエゴを守るために作られ、戦時下にある国には婦女子の強姦を行う平和維持軍を派遣し、平和な国には口やかましくクレームを出すだけの、役立たず極まりない偽善に満ちた組織を、世界政府か何かと勘違いしているらしいぞ。国連職員の中にも、そう錯覚している大馬鹿者がいるようだがな」
ヴァンダムの毒舌の矛先が、マスコミから国連へと移る。
「しかし敵ばかりではないよ。それなりに私に賛同する声もある」
愚痴ってばかりである事を意識し、話題を微妙に変えるヴァンダム。彼の言うとおり、各国政府機関や出版社や新聞社が、ヴァンダムの支援を名乗り出ている。
「意外とメディア側にも賛同者が多いですな」
勝浦が言った。
「二つの可能性が考えられる。わかるかね?」
「え……単純に、ヴァンダムさんが正しいと、今のメディアの姿勢が悪いものだと思っている人達では?」
「うむ。一つはそれもある。もう一つがわからないようだから教えておこう。既得権益のためだ。この戦い、私が勝つと踏んでいる者達だ。彼等は早い段階で私に擦り寄って協力しておいて、私が創ろうとしている報道監視機関の既得権益を得ようとしているのだ。もちろん私は、それを与えるつもりでいるがな。私に楯突かずに尻尾を振ってきた犬は、羊の管理者として使ってやるし、上質な餌もくれてやるとも」
その台詞を聞いて、やっぱりヴァンダムはヴァンダムだったと、納得してしまう勝浦であった。
「具体的にはどのような既得権益ですか?」
既得権益そのものが、あってはいけないのではないだろうかと考えつつも、勝浦は訊ねる。
「現時点で考えられるのは、各国政府と提携して特定情報の流し売り等であろうな。最大のメリットは、検閲に関しての厳しさだ。先んじて私に賛同したメディアはソフトに、そうでなかったメディアは徹底的にハードにしよう」
得意気な顔で語るヴァンダムの話を聞いて、勝浦は心底呆れる。
公平中立を謳いながら、全く公平でも中立でもないマスコミ。それらを批難したうえで、監視して公平中立な報道をさせる機関を作ろうと主張しておきながら、不公平極まりない扱いをする気満々である。そもそも既得権益を設けると言っている時点で、公平であろうはずもないが。
少しヴァンダムを見直して、自分の中での株があがったと思った勝浦であったが、改めてやっぱりヴァンダムはヴァンダムだったと、がっかりしてしまうのであった。
「む、テオドール側から新たな動きがあったようだ」
ネットの情報網でその事を知り、ヴァンダムはテレビをつける。
『今ここに、私は報道革命を宣言します』
テレビをつけると、記者会見の場で、テオドールが全く覇気の欠けた声で、そう宣言する場面だった。
『国家にも暴力にも屈さず、全世界で完全な報道の自由への確立を目指します』
淡々と語るテオドール。声だけではなく表情もまるで覇気が無い。せっかく容姿そのものは整っているというのに、人相が悪く愛想も悪い。一言で言えば魅力に乏しい男と、勝浦の目には映った。
「私がやったことをオウム返ししているようで、実につまらん」
テレビを見ながら、溜息をつくヴァンダム。
『それは具体的にどのようなものなのですか?』
『現時点では言えない。敵に情報を与えてしまうから』
記者に質問され、無表情のままテオドールは答えた。表情が無いだけではなく、瞳にも光が無く濁っている。
「賭けてもいいが、この男は現時点で、具体的に何も考えていないぞ。ここで秘匿する意味など無いのだからな」
ヴァンダムが断言する。方針が具体的に決まっているのなら、ここで公開した方が味方の士気も上げられるし、戦略も各自で立てられるはずだ。それをしないというのは、何も決まっていないからであると、ヴァンダムは見抜いていた。
「この男は私と同じく成りあがりと聞いて、少しは期待していたが……大したことはなさそうだな」
たかをくくったように薄笑いを浮かべるヴァンダムを見て、勝浦は漠然とした不安に包まれていた。
ヴァンダムはヴァンダムでズレているし、やってはいけないことをやろうとしている。勝浦から見てこの戦いは、下手に力を持ってしまった非常識人と非常識人の戦いのように感じられていた。
***
雪岡研究所リビングルーム。いるのは純子と累とみどりの三名で、真は赤村家の護衛に、毅は闇の安息所へ行っているので不在である。
「ヴァンダムさんはメディアとの戦いの主戦場を、ネット上へと切り替えたみたいだねえ。効果はいまいちだけど」
ホログラフィー・ディスプレイを眺めながら、純子が言う。
「ふわぁ~? いまいちかね~?」
疑問を呈するような響きの声をあげるみどり。
「例えば動画サイト『腰痛屁』の閲覧数は凄いし、閲覧数千万単位で、凄く多くの人が見ているだろうけど、それでもテレビや新聞にかなうのかと言われれば、疑問なんだよね。ヴァンダムさんのこの反論とか、ヴァンダムさんを敵視するテレビのニュースや新聞で取り上げると思う? 絶対にしないよ。自分達にとって不利なことは、マスメディアは絶対に流さないもん。自己弁護だけはしっかりするけどね」
「へーい、純姉、それには異議アリだぜィ。もうテレビや新聞なんて、純姉が思ってるほど強くはねーよ」
そう言って歯を見せて笑うみどり。
「みどりちゃん、ネットを見る層と見ない層の違いってのもあるし、ネットの閲覧数は水増しもされるから、あまりあてにしない方がいいよ。それも含めたうえで、洗脳マシーンであるテレビの方が未だに強い面があるんだよー。日本は未だに、新聞やテレビニュースを鵜呑みにしている人の割合が、全世界でトップクラスなんだしさ」
「そうかー? テレビも新聞もここ何年も必死に、与党のネガキャンしてるけど、支持率大して落ちないし、民衆だってインチキメディアに騙されるほど、頭悪くないってことじゃね? テレビばかりかじりついて騙されてるのなんて、田舎の老いぼれくらいっしょー?」
持論をぶつけあう純子とみどり。
「マスコミは市民の味方面をして商売しているが、実際には市民の声などまともに聞かない一方通行だと、多くの人はもうわかっていますからね」
「田舎の爺婆はわかってねーよォ」
累が純子に同意するようなことを言うと、みどりが笑顔でまた食いつく。
「メディアは『何となく』の空気を作り、民衆はその『何となく』に容易く踊らされる。もちろんそんなものに騙されない人も最近は多いけどね」
「ふわぁ~、田舎の爺婆はあっさり踊らされるしぃ」
「よっほど田舎が嫌いなんですね」
純子、みどり、累がそれぞれ言う。
「貸切油田屋からすれば、ヴァンダムも破壊者になるんでしょうねえ。頭の痛い存在でしょう」
みどりがしつこいので、話題を変える累。
「別にヴァンダムさんに限った話じゃあないよ。力を持つ人間は大抵彼等にとって頭痛の種なはずだよー」
と、純子。
「全人類を自分達の家畜として支配したがっている貸切油田屋からしてみると、破壊を求める累君、善意の結晶みたいなシスターやケイトさん、自分でも何しでかすかわからない気まぐれな私やヴァンダムさんっていう、この三種類の人間は、いずれも非常に厄介なんだよ。扱いづらく、彼等の計画をいちいち狂わし、障害になるからねえ」
「ヴァンダムも人を羊扱いしてるって、よっしーが言ってたし、それ以前に純姉と同じくくりなわけ?」
「貸切油田屋からすると、多分同じくくりだと思うんだよねえ」
みどりに問いに、純子は不本意そうに曖昧な笑みを浮かべて答えた。
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