第三十二章 29

 幾夜ルキャネンコは生まれたその時から、呪いと共にあった。


 呪いを扱う呪われた家。父親は呪いを売買し、呪われた銃を作る事に誇りをもっていた。幾夜はそんな呪われた家業を抵抗なく受け入れたし、父の事も誇りに思うようになった。

 呪いを扱う術と銃を作る技を幼い頃から教わり続けた幾夜は、父親のことが好きで仕方なかった。


「お前は……俺みたいになるな……」


 しかし大好きな父――幾三ルキャネンコは、死ぬ前に自分にそんな台詞を口にした。


 一体どんな理由で、そいつらが父を恨み、殺しにきたのかは知らない。しかし呪いを扱う商売なのだから、敵を作るのは無理もない。襲撃されたのも初めてではない。幾夜が覚えているだけで、これで四度目だ。

 幾三は応戦したが、敵の数が多かった。七人殺した所で、最後の一人に撃たれた。

 幾夜は物陰に身を潜めて、父親が撃たれる場面を目の当たりにしていた。


 襲撃者が満足して帰ろうとした所を、幾夜は物陰から飛び出て、後ろから襲撃者を撃ち殺した。


 まだ息のある幾三が泣きながら、最期の台詞を口にした時、その台詞はまるで望まぬ呪いのようであると、幾夜は受けとった。

 父は自分に呪いを扱う術を身につけさせたのに、そんなことを言う。自分に普通の人生でも送って欲しいと思っていたのかと、考え込んでしまう。


 自分は普通ではない。呪われている。普通に学校に通って、普通に遊んで、普通にお勉強して、普通の社会に出ること目指す者達とは根本的に違う。呪われた家に生まれ、呪いにまみれて育ち、呪いを扱って生き、やがて父のように、呪われて死ぬ。


 だが、幾夜は疑うことなく思う。普通でないことが誇らしいと。この運命が誇らしいと。呪われていることが誇らしいと。


 尊敬する父の今際の際の言葉であろうが、幾夜には従えない。


 一つでも多くの呪われた銃を造り、一つでも多く世に売りさばく。それが幾夜の誇りであり、呪われたルキャネンコの誇りであり、父が生きた証であると、幾夜は信じている。


***


 シルヴィアと幾夜が最上階まで上り、突き当たりまで進むと、コロシアムのような場所へと出た。客席ではなく、リングの方へ。

 客席にも入り口は幾つかあるので、他のルートでもここには入れるのだろう。しかし客席にいるのはたった一人の男だけ。


「ここでボス戦でもするのか?」


 客席にいる黒いローブに身を包んだ異相の小男に向かって、シルヴィアが挑発気味に声をかける。


「ルキャネンコの娘よ、久しいな。そして銀嵐館の主、お初に御目にかかる。我輩が蒼月祭の主催者、コンプレックスデビルの導師(メンター)が一人、電々院山葵之介だ」


 自己紹介する山葵之介に、一人称我輩は笑う所なのかと思ったシルヴィアであったが、自分も女で一人称俺なので、他人のことは言えない。


「電々院さん、早速話を聞かせてちょーだいよ」

 幾夜が山葵之介を睨み、険悪な声を発する。


「これは一体何の真似? 私をこんな形で招待して、どうするつもり?」

「その前に、別の客人だ」


 山葵之介が長い指で、シルヴィアと幾夜の後方を指す。

 シルヴィアは気配を全く感じなかった。その男が後方に接近していた事に気付かなかった。振り返り、確認し、全身の細胞が粟立つ。


「葉山……」

「シルヴィアさんも来てましたか。邪魔しないでくださいね」


 葉山がシルヴィアの横を通り過ぎ――ることはなく、いきなり山葵之介を撃った。

 相も変らぬ殺気の無い、突然の攻撃。そして早撃ち。


 しかし銃弾は山葵之介の前方で、空中に停止している。


「気が早い客人よの。葉山よ、お前の相手は我輩ではない」


 山葵之介が言い、弾が床に落ちると、その音を合図にするかのように、客席入り口から三人の男女が姿を現す。

 そのうち二人は、葉山が知る人物だった。一人は、シルヴィアと幾夜も最近見た覚えがある。


「上美ちゃん……それに佐藤さん?」


 師匠である上野原梅子の曾孫の上野原上美が拘束され、知らない男にがっちりと後ろから押さえられ、頭部に銃口を突きつけられている。さらにその前には、葉山の依頼者である佐藤一献の姿があった。


「下手な動きはしない方が賢明よ。葉山、それとも試してみるか。お前の銃の腕なら、あの男が引き金を引く前に殺して、娘を救えるかもしれんぞ?」


 山葵之介が笑いながら告げる。


(葉山の腕ならできる。相手が一人ならな。しかし横にもう一人いる爺が曲者だ。こいつと二人、まとめて殺すのは、葉山でも難しくないか?)


 佐藤と葉山を交互に見やり、シルヴィアは思う。


「依頼者の貴方が何故?」

「意外と鈍いのですな。私は元々、電々院様に仕える身です」


 訊ねる葉山に、苦笑して答える佐藤。


「僕に電々院の殺害を場所時間指定で依頼し、それまでに殺されないよう銀嵐館から守らせ、今殺そうとしたらそれを防ぐ。蛆虫の脳では、とても意味がわかりませんよ」


 頭を振り、葉山が言った。


「何故葉山を選んだかと言えば、銀嵐館を唯一退けたことを知っていたが故よ。戦力的にも拮抗しているであろうし、何より因縁があるのがいい。面白い」


 にたにたと笑いつつ電々院が理由を明かす。


「普通にボディーガードとして葉山を雇えばいいのに、何でそんな回りくどいことをしたんだ? それもまた、ただ面白いからという理由だけの愉快犯か?」


 シルヴィアが呆れ気味に訊ねる。


「然様。騙した件については、葉山もまた供物として捧げたいと思っていたが故。力のある者を祭りの供物にすることは、大いに意義が有る。しかもそれを最高に呪わしい最期にすれば尚更いい。我輩を殺すように仕向けたうえで、最高に惨めな形で返り討ちにするという悲喜劇(トラジコメディ)」


 楽しそうに語る山葵之介に、シルヴィアはうんざりした。こういう意味不明なことをするタイプが、一番厄介だ。


「電々院さんが殺されるという可能性も、それだけ高くなるんじゃな~い?」

 幾夜がどうでもよさそうに問う。


「それでよいのだ。我輩、自分だけ安全な所で高みの見物など許せぬ性分での。これが我輩の美学。凡夫には理解できんかもしれぬがな。自分を徹底して安全圏に置いて、他人の運命を弄ぶなど、我輩には許せぬことよ。ある程度は、我が身を危険に晒さないと楽しくない。葉山を最後に敵とすれば、我輩が死ぬ可能性もわずかながらに上がるというもの。我輩に恐怖と緊張感を与える存在を招きいれたうえで、これを撃破する。それが楽しいのだ。雪岡純子の存在はイレギュラーであったし、そちらまで手が回らなかったがな」

「そのわりには人質を取っていますが……」


 珍しく憮然とした面持ちになって突っ込む葉山。


「人質を無視するという選択肢もあろう。それもまた興の一つ」


 長い指を絡めて弄びながら、山葵之介は言った。


「ああ、忘れていました。シルヴィア丹下。貴女にお渡しするものがあります」


 そう言って佐藤が鞄の中から、屠美枝と狐村星尾の生首を取り出して見せると、客席からシルヴィアの足元へと放り投げた。二つの生首は、シルヴィアの足元に音をたてて落下して、転がっていく。


「屠美枝さん……」


 生首に目を落とし、幾夜が拳を強く握り締める。


「わざわざどうも」


 シルヴィアは生首に目をくれようとはせず、佐藤を睨みつけたまま冷たい声を発する。


「さっきの話の続きだけど、私に刺客を放って、私をここに呼び寄せた理由は何? それも私をあんたの敵として呼ぶ形にしたわけだよね? それもただのお遊び?」


 幾夜が山葵之介に質問をぶつける。


「うむ、そうだ。自分を脅かす者を作ることが、我輩にとってこの祭りの興の一つ。しかし……ルキャネンコの娘よ。我輩はな、貴様の存在そのものが許せないのだ。殺さなくてはならないと、ずっと思っていた。そう思うようになった。しかし……祭りの供物として捧げるため、ずっと蒼月祭の日を待っていた。それまで生かしてやった」

「わっからないなあ。あんたとは……結構気があったと思ったんだけど~」

「それが許せぬのだよ。理解できぬであろうし、理解することもまた悪だが。我輩はな、我輩と同じ――もしくは似た価値観を持つ存在が許せぬのだ。我輩一人でなくてはならない。真実という名の美に到達した者は、我輩だけでよいのだ。我輩が独占しなくてはならないのだ。幾夜ルキャネンコ、貴様は我輩の心に寄りすぎたが故に、実に目障りとなった」


 肩をすくめる幾夜に、山葵之介は淡々と語り続ける。


「呪いを商いとして扱うこともそうだ。それは似たような事を我輩も行っている。それもまた目障り。我輩の蒼月祭の参加者の多くが、ルキャネンコによって呪われた者。それもまた不快」

「いやあ……イカレてるのはわかってたけど、そこまでだったとはねえ。ただのガキじゃん」

「何?」


 蔑みたっぷりの幾夜の言葉に、山葵之介は薄い眉を微かにひそめた。


「そういうのはさ、ただのガキなのっ。ちっちゃい子供が、自分が持ってる自慢のレアな玩具を、他の子供も持っていてムカついてるっていう、すっごいガキじみた感情。いい歳してそれに気付かないのっ?」

「黙れ」

「あはははっ、いい歳して、小娘の私に図星つかれてキレてやんの~」


 怒りを込めて短く言い放った山葵之介に、幾夜はけらけらと笑う。


「んー、少し私と似ているかもねえ、山葵之介さん」


 と、そこに別の入り口から闘技場リングへ入ってきた純子が、声を発した。後ろには栗三と安瀬の姿もある。


「私もそうなんだよねー。この世に嘘吐きと悪人は、私一人いればいいっていう考えで、私以外にそういう人が存在するのって、何となく許せないんだよねえ。いなくていいと思うんだよねえ」


 客席にいる自分を見上げて、屈託の無い笑みを広げる白衣の美少女。その真紅の瞳と視線が合った山葵之介は、口元を大きく歪めてたっぷりと皮肉めいた笑みを浮かべてみせた。

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