第三十一章 19

 空が黒く染まると、夜空に昨日の倍以上の数の力霊が乱舞しだした。

 東京ディックランドでもそうであったが、どうして解放された力霊が空に向かうか、いまいち謎である。真はもちろんのこと、純子達にもわからない。


「凄く増えたねえ。せっかく作った力霊をこんな風に解き放つのって、勿体無くないのかなあ。それが惜しくないほどの凄いプランがあるってことかなあ」


 旧都庁舎ビル屋上。二本の角のように建つ建物の片方の屋上に、雪岡研究所のメンツ四名とビトンは上っていた。足元の床には丸の中にHの文字が大きく描かれている。ようするにヘリポートだ。すでにヘリも二機、待機している。


「ゴースト・ウェポンを製造することが、彼等の当初の目的だった。今やそれを放棄しているとも言える。朽縄達の推測通り、ゴースト・ウェポンの製造そのものが、最初からフェイクだったのかもしれない」


 ビトンが空に舞う色とりどりの霊を見て言った。あれらの数が増えているということは、昨日からさらに意図的に放たれたとしか思えない。


「確かに……新宿に邪気を蔓延させるため……と考えれば、わりと納得のいく行動です」

「あるいはそこから何か新しいことを派生させたか、だねえ」


 累と純子がそれぞれ言う。


(私達を力霊駆除のために空に引きつけて、その間に何かするのが狙いじゃないかなあ)


 純子はそう推測していたが、あえて口に出さない。今は敵が大きく動かないとこちらも敵に付け入ることができないので、敵がそれで動くのなら、あえて動かせてみようと考えている。


 ヘリコプターに乗る累、真、純子、みどりの四人。組み合わせは累の要望を聞き入れ、真と累、純子とみどりという性別分けになった。


 新宿高層ビル郡の脇を夜間飛行する二機のヘリ。


「うっひゃあ、夜景すっげー綺麗。夜空を飛んでる色とりどりの力霊も結構綺麗」


 みどりが歓声をあげる。

 夜空に様々な形状で、様々な色で光り輝く力霊が飛び交っているが、ヘリに反応している気配は無い。


「どうも今夜は力霊の実体化が強くて、力霊の姿が区民の目に見えているようで、ネットで話題になっちゃってるよー。ま、何かのパフォーマンスってことで、誤魔化せるだろうけど」


 ディスプレイを開き、ネットで情報チェックをしながら、純子が報告する。


「イェアー、そうなると雫野流の妖術で派手に消す場面も、撮影されてネット上で公開されちゃうわけか~。前代未聞な話だわさ」

「ま、これも時代の流れでしょー。十年前に霊と冥界の存在も証明されて公で認められたし、もうそろそろ超常の能力や術師の存在も、公開されるんじゃないかなー」


 十年前の霊の証明と認知には様々な理由が絡んでいるが、そのための伏線という面もあるような気がする純子であった。


 純子とみどりが乗ったヘリが、力霊に接近する。色も形状も統一せず様々であるが、近づいたそれは、顔だけがエイのように平べったく広がり、胴体は乾燥してカラカラになっている。


 ヘリコプターの扉が開き、緑色の炎が迸る。霊だけに効果をもたらすそれは、一瞬力霊の霊体を焼き焦がしたかのように見えたが、そうではない。異形と化した霊体は人の姿へと戻り、苦しみから解き放たれた喜びと安らぎの表情で、死後の世界へと旅立っていく。


 累の方も同様にヘリコプターの扉を開き、高層ビル群の合間を吹き荒れる乱気流に晒されながら、雫野の浄火を解き放ち、力霊を成仏させていく。

 いちいちヘリの扉を開かないといけないのは、この緑の炎が、霊にしか効かないわりに、物質にも阻まれてしまうからだ。


「順調なようだ」


 ヘリポートから、二機のヘリが力霊を浄霊してまわる光景を見ながら、幸子に電話で報告するビトン。


『でも警戒しておかないと。この合間に何か仕掛けてくる可能性が濃厚よ』


 幸子も純子同様に予感していた。


 ビトンの配下である貸切油田屋の兵士達、ヨブの報酬の本隊、朽縄一族の妖術師達、殺人倶楽部の冴子と岸夫、星炭流妖術の輝明と修、機動隊が、新宿各地でゾンビ化したバトルクリーチャーと戦闘する一方で、さらなる何かよくない事が発生するかもしれないので、そちらにも警戒しておくようにと、幸子から警戒を促されている。

 イーコやほころびレジスンタンスも、休憩しながら様子を伺っている。彼等も、今夜は何か起こりそうだと予感していた。


***


 宮村好吉は己の人生を振り返る。


 ほとんど誰とも心を通わせたことがない。小学生の低学年くらいまでは普通に友達も作っていたが、高学年からいじめられるようになり、それは中学に上がっても続き、イジメっ子達は同じ高校まで一緒になって、ずっと持続していた。


 いじめられ、見下され、蔑まれることも辛かったが、もっと辛かったのは、孤独であることだ。

 学校でも、通学路でも、親しそうな者同士で仲良く談笑している場面を見かけるだけで、羨ましくて妬ましくて仕方無かった。

 家族もそうだ。兄ばかり可愛がる両親を見て、いつも胸が張り裂けそうだった。それは決して慣れることがなく、諦めることもなく、痛みは常につきまとっていた。


 力を手に入れ、自分を苦しめていた者達を成敗し、さらには自分を認めてくれる人とも巡りあえた。一気に人生はハッピーになったかと思いきや、心の傷は残ったままだと、先程のミサゴと十夜と晃との闘いを見て気がついた。


(俺にも……友達か恋人……欲しい。家族も欲しい)


 そう思わずにはいられない。自分を認めてくれるアブディエルの存在は確かに大きいが、それは好吉が望んでいたものと微妙に違う部分もある。好吉が望んでいたのは、主従の間柄ではない。もちろんそれでも、無いよりは全然ましではあるが。


(あいつらは対等の仲間……だったんだよな)


 先程自分と戦っていた三人を思い起こすと、羨ましくて仕方がない。


(無いものねだり……。欲が出ているのかな。俺には俺を認めてくれる人もいる……。そっちをひたすら信じて、尽くそう)


 それが忠誠ではなく依存であることに、好吉は気付いていなかった。


***


 貸切油田屋ゴーストウエポンプロジェクトチーム本拠地、オペレータールーム。


 アブディエルの腹心トニー・ラドクリフは、ディスプレイに新宿上空を俯瞰して映し出していた。人工衛星からの映像だ。

 二機のヘリが飛び、緑色の炎を噴射する度に、カラフルな力霊達が消えていく。


「とうとうこの時が来た。TATARIプロジェクト、始動」


 ラドクリフの命に応じ、複数のオペレーター達が、新宿のあちこちに散った術師達に指示を出していく。


 室内に巨大なディスプレイが拡がり、夜の光り輝く新宿全域を俯瞰して映し出す。


 ディスプレイに赤い光の道のようなものが、無数になぞられる。

 光の道は、新宿だけではなく新宿の外にも広がっている。一ヶ所から広がる枝葉とも、心臓へと繋がる血管とも取れるその赤い光の道に、外側の各所から、さらにまばゆいピンクの光が液体のように、中心に向かって徐々に流れていく。

 赤い光の道は、あらかじめ新宿とその周辺全域に仕掛けておいたものだ。貸切油田屋お抱えの死霊術師達が作った、気や霊の通り道である。


 新宿全体に残留した悪しき気が溢れ、邪気に影響された浮遊霊、悪霊、さらには本来動かない地縛霊達もが、地を這うような動きで、道に沿って一箇所へと集っていく。

 それらを吸引して集めるために、誰にも気付かれることないように、わかりづらい場所を選んで、霊の通り道を作っておいた。バトルクリーチャーが暴れる場所も、必ず霊の通り道からは離れた場所で暴れさせていた。


「上手くいくとは限らんが、霊を完全に無効化できるという雫野累が空の上だ。今から防ぐのは困難だろう」


 ラドクリフが呟く。そもそも雫野がいても、これを防ぐのは困難ではないかと思われる。しかし念には念を入れておくに限る。


「いよいよだな」


 トイレから戻ってきたアブディエルが、ディスプレイの中の光の道を見上げて言った。肝心のタイミングで用を足しに行っていたので、肝心の指示はラドクリフが下していたのだった。

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