第三十一章 9

 純子と累、それにほころびレジスタンスの面々が新宿を訪れて、一晩が明けた。

 西新宿二丁目にある旧都庁舎ビル(現在の都庁舎は同じ新宿内の別の場所に移転されている)に、その二名は召喚されていた。


「ケッ、驚いたな。朽縄の穀潰し共が出揃っていやがるぜ」


 会議室に集った者達を見て、星炭流妖術継承者星炭輝明は皮肉っぽく笑う。輝明の横には虹森修もいる。


「うちらが動くということは、つまりそれだけ大事ということなんだ、な」


 朽縄一族当主である朽縄正和が、緊張感の欠片も無い顔で言う。


「貸切油田屋だのヨブの報酬だの、他国の組織に出遅れてから動き出すとは、呑気な国防だね」


 修も――彼にしては珍しく、皮肉めいたことを口にする。


「情報をまとめていたら、出遅れてしまったんだ、な。おまけに複数の力霊が、新宿区内に放たれてしまったんだ、な」


 その話はすでに輝明と修も聞いている。


「そんで、今度は朝からのんびり対策会議か」

「状況の把握と、これからどう動くかを決定する必要はあるでしょ」


 朽縄の妖術師達に混じって会議室の席に座した、制服姿の背の高い少女が言う。輝明達には見覚えのある制服であり、見覚えのある顔だった。一時期、アース学園に出入りしていたヴァン学園の女子生徒だ。出入りしている理由も、輝明と修は知っている。


「おっ、殺人倶楽部が参戦か」

「うん、期待してちょーだいね」


 修の言葉に、新生霊的国防機関である殺人倶楽部所属の橋野冴子は、肩をすくめて微笑んだ。隣には藤岸夫の姿もある。


(あの頭ツンツンの不良の子、アース学園で見た人だ。そういえば殺人倶楽部のことも知っていたし、やっぱり超常業界の住人だったんだ)


 輝明を見て、岸夫は殺人倶楽部に入るために、アース学園を訪れた日の事を思い出す。


「他に動いている奴は、雪岡研究所と、ほころびレジスタンスと……ヨブの報酬と、同じ貸切油田屋か。内部抗争とか本当かねえ。内部抗争に見せかけておいて、実は繋がってましたとかで、情報ダダ漏れっていう危険性は考えてねーのか?」

「そもそも貸切油田屋の改革派だか穏健派だかが、各方面に協力を求めてきた話なんだ、な。繋がっているなら、そんな自分の組織の内情を外に知らせる意味など無い、な」


 輝明の疑問に対し、正和が経緯を述べる。


「噂をすればだ、な」


 正和が指先形態電話を取り、ハヤ・ビトンと杜風幸子の到着の連絡を受け、呟いた。


 やがてビトンと幸子が会議室に現れ、簡単に挨拶をして席に着く。


「ヨブの報酬と貸切油田屋も混じって、ここを対策本部にするんだ、な」

「対策本部の名称は?」


 修が正和に尋ねる。音頭を取るのはこのまま正和のようであった。


「新宿霊乱対策本部でいいんだ、な」

「ひでーネーミング……」


 輝明が皮肉っぽく笑い、小さく息を吐く。


「失礼……」

 ビトンが電話を取り、そして顔色を変えた。


「奴等……狂ってる。街中にバトルクリーチャーまで放ちだしたぞ」


 ビトンの報告に、岸夫と幸子だけが驚きを顔に出したが、他はまるで顔色を変えていない。


「そりゃ楽しそう」

「ケッ、楽しすぎるぜ」


 冴子と輝明に至っては薄笑いさえ浮かべていた。


「混乱を演出して、戦力を殺ぎ、その間に何かするつもりと見た、な」

 正和が冷静に言う。


「力霊量産の目論見が崩れかけているのに、何をしようっていうの?」

 誰ともなく問う幸子。


「そもそも力霊量産が本当の目的かも、怪しくなってないか? ただ混乱させて、翻弄しにかかっているように感じるよ」

 修が意見する。


「混乱……混沌自体が目的ってのも考えられるな」


 修の言葉を受けて、輝明はふと思いつき、口にした。


「このケース……似ている。過去に……この国の闇の歴史に、何度かあったぜ。大掛かりな儀式を用いて、国中に邪気を蔓延させて災厄を立て続けに起こした者の話」


 輝明が言った。

 特に輝明が印象深いと感じた話は、星炭の妖術師に伝えられる伝承の一つで、雫野右衛門作との戦いだ。星炭流妖術九代目後継者の星炭闇斎が戦ったこの術師は、島原の乱において原城で散った三万を超える死者の魂を用いて大掛かりな儀式を執り行い、本気で国壊しを行おうとしていたという。


「なるほど、な。この副都心で巨大な儀式を行うとすれば、いろいろと合点もあうんだ、な。彼奴等が新宿を出ようとしなかった理由も、な」


 それらの話は正和もよく知っているので、輝明の言いたいことはすぐ察せられた。幸子と修も、術師の歴史には詳しいので、輝明の懸念を理解できた。


「儀式って何だ……。何の話をしているんだ?」

「力霊の話とどう関係あるの?」


 一方、ビトンと岸夫は輝明や正和の話についていけなかった。発言しなかったが、冴子も理解できていない。


「つまり、新宿という街そのものを生贄にして、何か巨大な術式をかけようとしているってことよ。もしかしたら新宿を死の都にして、この都市にいる人間の霊魂全てを触媒にするつもりかも」


 幸子が静かな口調で言い、理解できていなかった者達は絶句する。


「アジトを破壊して、力霊を容易く放っている時点で、おかしな行動なんだ、な。そのうえ、自分達の妨害者への時間稼ぎためにバトルクリーチャーを放つ事も、とっとと新宿からズラかればいいのに、離れようとしないことも、都市そのものに呪術の儀式をかけるつもりと考えれば、納得なんだ、な」


 他人事のように話す正和。


「もちろん推測の域でしかないんだ、な。全く別の狙いという可能性もあるんだ、な」

「外れて欲しい推測よね」


 幸子が言うものの、外れて欲しい推測に限って当たるものだということを、ここにいる何名かはよく知っている。


「避難勧告だして、新宿にいる人間を全部他所に避難させるのは?」

 岸夫が提案する。


「推測の時点でそこまでできるわけがないんだ、な。それが一番いいことはわかっているけど、な」


 岸夫の提案を認めつつも、却下する正和。


「ケッ、推測が当たっていて、アブラハムとかいう奴の目論見どおりになって、後悔する流れになりそうだぜ」


 正和の却下を嘲るように言い、不敵かつやんちゃな笑みを広げる輝明。その輝明の言葉に、口には出さずとも、同感であった者が何名かいた。


「これだけのメンツが揃ってるんだから、大丈夫だと思いたいんだ、な」


 緊張感の無い楽観的な物言いをする正和に、彼と初見の者はいまいち頼りなく感じられたが、正和をよく知る朽縄の術師達からすれば、正和がこのノリでいる今は、逆に安心していられる状態だと受け止めていた。


***


 朝、ホテルを出た所で、純子と累はバトルクリーチャーが暴れている光景に出くわした。


 純子達が手を出すまでも無く、おそらくはビトンの部下と思われる迷彩服姿の兵士達が、あっという間にバトルクリーチャーを鎮圧する。しかし道路には一般人の死体が幾つも転がっていた。


 街中でバトルクリーチャーが暴れるという異常事態。

 しかし人々は、バトルクリーチャーが暴れているうちは恐怖に逃げ回っていても、いざ退治されたとなると、興味津々にバトルクリーチャーの死体に群がって、撮影を始めていた。中には人の亡骸を撮っている者もいる。

 純子も累も大した感慨も無く、その光景を流し見する。


「今日の予定は?」

 累が尋ねる。


「まあ、ぶらぶらしてれば、そのうち何かと遭遇するんじゃない? どうも敵さんは派手に暴れるのがお望みみたいだしー」


 純子がアバウトな答えを返す。


 ふと、純子と累は巨大な霊気が接近しているのに気がついた。


「こんな朝から力霊?」


 霊気の巨大さを感じるに、そうとしか思えないが、朝から堂々という部分がどうにも気になる。

 空を飛んできて現れたのは、黄色く光る女の霊であった。体の輪郭の線が激しく変化し続けるという霊であるが、どうにか体の線が、女であることを示している。目が片方巨大化したり、鼻がひん曲がったり、下唇が異様に膨らんだりと、顔の変化は激しくて、生前どんな顔をしていたのか、全くわからない


『純子ちゃんっ』

「え?」


 激しく顔が変化し続ける力霊から、自分の名前を呼ばれ、純子はちょっぴり驚いた。


「あの力霊……理性がまだ残っているかもです」

「うん、私の知り合いなのかな。でも人間離れしすぎててわからないよ」


 累と純子が言い合う。


『私、そんなにおかしな姿? えっと、千鶴よ。葦塚千鶴』

「千鶴ちゃんっ?」


 かつて自分が改造したマウスのことは、ちゃんと覚えている。しかし力霊となって変わり果てた姿になってからは、流石に判別がつかなかった。

 ちなみに憑依した男は、トイレ等が面倒なのでさっさと解放した。


『私、純子ちゃんのおかげで、望みがかなったけど、その後で変な外人らに捕まって、ずっと拷問され続けて、殺されて、気がついたらこんな風になっていたの』

「そっかー……大変だったねえ。でもよく理性が残ってたねえ」


 おそらく千鶴の精神力が強く、持ち堪えていたのだろうが、力霊化してなお理性があるのは、稀有な例である。


「千鶴ちゃんがいた場所、どこだか覚えてる?」

『はい……場所は……』


 千鶴がいた場所を教えてもらった後、累が千鶴を浄化して、力霊から解放して冥界へと送った。


「あ、聞こうと思って忘れてたけど、力霊に憑依された人から、力霊を引きずり出して絵の中に入れられないの?」

「あの術は剥き出しの霊か、あるいは正常な状態の人間にしか効かないんですよ。人や物に憑いている霊には無効です。それは異物と一体化しているようなものですからね」

「なるほどー。そういえばオススメ11の電霊の時も、物に憑いている霊が相手だから、累君にも手のうちようがないって言ってたっけ」


 何かに憑いている状態の霊が相手では、霊には絶対的優位と言われている雫野の術も、文字通り成す術が無くなると、純子は認識した。


(でも人の体から無理矢理霊を分離させるっていう、問答無用な殺人術は可能で、憑依の分離は不可能ってのも、変な話だけど……)


 そう思う純子であるが、詳しい術理は雫野流の妖術を習得でもしないかぎり、わからない。


「やっぱり昨夜のうちに、湯冷め覚悟で、力霊の浄化しておいた方がよかったかもねえ」

「何を今更……」


 その時ふと、累は思った。真のあのアバウトさも、純子の悪い影響でああなったのではないかと。

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