第三十一章 7

 十夜は予め服の下にスーツを着ていたので、マスクを装着し、あとは名乗りをあげることで変身したことになる。名乗りはスーツの力を引き出すトリガーになるので、外すことはできない。


「メジロエメラルダーさんじょー」

 覇気の無い声で名乗りをあげる十夜。


 十夜自身の肉体の改造に加え、後から付与されたスーツの力により、十夜は近接戦闘では無類の強さを発揮できる。耐久性も優れており、多少の弾丸なら耐えられるために、ほころびレジスタンスの盾役兼囮役として、これまで幾度となく窮地を救ってきた。


 銃を持った複数の敵相手に、十夜が突っ込むことで、自然と敵の注意は十夜に引きつけられる。


 通常、ありえない行為であり、予想外の行為であり、そしてそのまま突っ込ませたら危険だと本能に訴える行為であるため、ほぼ必ず十夜に対して敵の攻撃の矛先が注ぐ。これはすっかりパターン通りになっている。

 そのわずかな隙を見逃さず、晃が銃で撃ち、敵の数を減らしていく。これまたほころびレジスタンスの定石だ。


 今回の敵はフルフェイスフルアーマーであったが、問題は無かった。ヘルムによって隠れた喉や頭を撃つと、あっさりと弾丸がヘルムを貫通する。


(流石は純子。いい仕事してくれるよ)

 戦いの最中であるが、つい笑みがこぼれてしまう晃。


 防弾繊維と拳銃弾の関係は、常に互いを意識して進化する一方で、弾の方は一定以上の貫通力は出さないように設計され、防弾繊維は一定以上に装甲が厚く重くならないようにする制限が課せられている。

 晃に与えられた銃の弾は、その貫通力の制限が外されている。バトルクリーチャーの甲皮であろうが、防弾繊維だろうが、ボディーアーマーであろうが、戦車の装甲であろうが、余裕で撃ちぬける、下手な徹甲弾も凌ぐ貫通力。当たりさえすれば防ぐことのできない銃。


 大口径で、大きく重く扱いにくいのが難点であるが、晃は天性のセンスでもって、これを短期間である程度扱いこなせるようになった。

 難点は他にもある。拳銃弾の貫通力が常に抑えられているのは、貫通しすぎる事での思わぬ被害を防ぐためというニュアンスがあるが、貫通しすぎるが故に、撃ちぬけた先の人や物に当たるという事だ。

 そして貫通力が増した分、衝撃は小さくなっている。着弾した際に弾が体内で止まれば、銃弾の衝撃によって、相手にダメージを与えたうえに、動きも止める。しかし貫通してしまえば、相手の体への衝撃が低い分、ひるませる時間も短くなる。当たり所によってはダメージも低くなる。故に急所を狙う必要性が増してしまう。


「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう……」


 凜が魔術の呪文を唱え、黒鎌を呼び出して両手に構える。

 さらに亜空間トンネルを開き、トンネルの入り口めがけて鎌を振るう。


 武装兵達の後ろに控えていた魔術師達の間で、鎌の柄の半ば先と刃の部分が液状化し、黒い飛沫となって飛び散る。驚いた魔術師の一人の首が、凜の腕を引く動きに合わせて、液体から個体へと戻った刃によって跳ね飛ばされる。


 さらに凜が鎌を幾度も振るう。液体へ個体へと変化を繰り返し、その度に魔術師が惨殺されていく。黒鎌が前衛である兵士達を飛び越えで飛んでくるので、まるで対応できず、呪文を唱える前に一方的に殺されていく。


「累が言ってた通りね。術師は武を軽んじる傾向にある。おかげでこの様。助かる」


 嘲りを込めて呟く凜。


 背後で起こっている殺戮に、装甲兵達は狼狽した。盾を兼ねて前に出た自分達が、盾の役割を全く果たしていない。敵は空間を飛び越えて攻撃している。


「メジロエルボー!」


 そこに十夜が突っ込んできて、兵士の一人の腹部に肘を打ち込む。あっさりと内臓破裂を起こし、ヘルムの内側で激しく吐血し、ヘルムの下から血を流しながら、崩れ落ちる。


 ほころびレジスタンス側が一方的にリードしたが、まだ不利な状況に変わりはない。敵の数と火力が難点だ。さらに魔術師が多くいることも。


 魔術師の何名かが呪文を唱え始める。兵士の何名かが十夜を無視して、晃や凜を攻撃しだす。凜と晃の攻撃の手が緩んだところで、兵士達は一気呵成に攻め込もうとする。

 凜と晃が物陰に隠れ、十夜も回避行動に徹し、防戦気味になる。凜は物陰で鎌を振るい、さらに何名かを殺害するが、敵はひるまない。それどころか、敵の数が増えている。


「魔術で幻影だか分身だかを造ったのね」


 隣にいる晃にも聞こえるように、凜が呟いた。


 その数秒後、晃と凜の周囲の足元に、直径30センチはありそうな巨大な芋虫のようなものが何十匹も現れ、それが一斉に跳ね出して、凜と晃に飛びかかる。

 芋虫のようであるがただの芋虫ではない。大きな口が開かれ、中には尖った牙がびっしりと並んでおり、二人に噛みこうとする。


「みそバリアー!」


 凜が叫ぶと、味噌が薄い膜となって凜と晃を覆い、おそらく魔術によって生み出されたであろう、芋虫もどきの攻撃を防いだ。


「みそゴーレム!」


 さらにみそゴーレムを呼び出して、芋虫を潰させまくる。みそゴーレムの出現には、流石に敵も驚いていた。


「あちちちちっ、いたたっ」


 一方十夜は、魔術によって生じた火線で焼かれたうえに、ひるんだ所を銃で撃たれと、続け様に攻撃を食らいながら、逃げ回っている。


(十夜が危険ね……)


 凜が十夜の方へとみそゴーレムを差し向けたその時、十夜を撃っていた兵士達が一斉に、足元を見えない何かにすくわれたように、激しく尻餅をついて転倒した。

 それがアリスイの援護である事に、三人共すぐに気がつく。今この場において他には考えられないし、殺さずに相手をひるませるというやり方からして、イーコらしい助け方だ。


 みそゴーレムを盾にする格好で、凜が物陰から出る。実際には銃弾など貫通してしまうので盾にはならないが、敵の視界を遮る程度には役立たせることができる。


「乾く世界。眠る宇宙。絶句する現し世。風は息を切らし、音は踊り疲れ、光もはしゃぐのをやめる」


 みそゴーレムと凜めがけて、銃と魔術による攻撃が行われたその刹那、凜の呪文の詠唱が終わり、魔術が発動した。

 銃弾と、魔術で放たれた電撃をまとった短剣数本が、凜の前で停止している。まるで時間が止まったか、あるいは空中に繫ぎとめられたかのように。


「メジロ稲妻レッグラリアート!」


 凜に攻撃が集中したその隙をつき、十夜が飛び蹴りのような技を繰り出し、兵士の首を跳ね飛ばす。


「おお、すげえ。顔もスタイルも抜群にいい女がいるな」


 そこに宮村好吉が現れ、凜を見て声をあげる。すでに怪人化しており、腕と爪が伸び、全身赤黒く変色している。


「これは神が俺にホーリー・ドッキングせよと言ってるのか? いや……でも俺の守備範囲を超えているか。十八歳以上は駄目だ。禁止だ。十八を過ぎたらそれは女ではない。ババアという名の、医学的にただ女というだけの、歪なクリーチャーだ。ホーリー・ドッキングは18禁厳守するのが、神の掟!」

「果てしなくキモいのを飼ってるのね」


 喚く好吉を見やり、凜が顔をしかめて言う。


「お前も俺を見下すのか……」

 凜を睨み、暗い声を発する好吉。


「神の使いになった俺をなおも見下すのか……。何で人のことを平気で見下せるんだ。見下された者の気持ちも考えないで……。それが楽しいのか……。許せねえ……」


 好吉が凜めがけて殺気を迸らせ、その場で腕を振る。


 殺気に反応し、咄嗟にその場から飛びのく凜。自分がいた空間に衝撃が駆け抜けたのを実感し、好吉の能力の正体を把握する。


(孫の手か……)


 口の中で呟く凜。芦屋黒斗のそれが有名であるが、動作に合わせて、手の届かぬ所にも手が届くかのように、エネルギーが発生する念動力が、最近こう呼ばれている。


「新手か……」


 ふと、アブラハム吉田がぽつりと呟いた。特に慌てた風も無く。


 凜とアリスイも察した。亜空間の扉が開くときに生じる、独特の気配。

 果たして亜空間の扉が開き、次々と小銃を手にした迷彩服姿の兵士が飛び出してくる。


 ほころびレジスタンスの三名が身構えたものの、新たに現れた兵士達は、フルアーマーの兵士達や魔術師に向かって銃撃を始めた。


「味方?」


 十夜が大きく飛びのいてから、銃撃戦を始めた兵士達を見て呟く。


「味方で相違無し。久しぶりだな」


 計七名の兵士が出た後で、ほころびレジスタンスとアリスイの知る者が、亜空間の扉から姿を現し、声をかけた。


「おおっ、ミサゴっ」


 晃が顔を綻ばせる。新たに現れた亜空間トンネルはミサゴのものかと、凜とアリスイは納得する。

 あっという間に形勢は逆転したように思えた。迷彩服兵士の数は少ないが、それに加えてほころびレジスタンスの三人と、アリスイとミサゴが加われば、明らかに勝てそうな気配だ。


「君等はアブラハムの敵対者のようだが、すぐに逃げるぞ」


 精悍な顔立ちをした壮年の白人兵士が、凜と晃の方を向いて、意外な言葉を口にした。


「今こっちが優勢なのに?」

「敵にも新手が?」


 晃と凜が同時に尋ねる。


「ここは奴等のアジトの一つに過ぎないうえに、奴等はアジトごと自爆する。ヨブの報酬の部隊がつい先程、アジトの一つを突き止めて、それで全滅した。アジトにいる技術者や兵士や魔術師もろとも、証拠隠滅と敵掃討を兼ねて吹っ飛ばすんだ。そのうえ力霊が解放される」


 その兵士――ハヤ・ビトンの言葉に、凜達は驚きと呆れが入り混じった顔になる。


「無茶苦茶するなあ。でもここには敵の親玉もいるんだよ?」

 と、晃。


「向こうのアジトにもいたそうだ。おそらくは影武者だろう。我々もたった今その連絡を受けた所だ。そういうわけで、一刻も早く撤退だ」


 ビトンに促され、一人離れていた十夜が凜と晃の方へと戻り、アリスイが亜空間トンネルの扉を開いた。

 ほころびレジスタンスも、ビトンとその部下とミサゴも、亜空間の中へと入る。


(影武者とは思えなかったんだけど……)

 ビトンの言葉を訝る凜。


「逃がすかっ!」


 魔術師の一人が吠え、アリスイの亜空間トンネルを遮断して、進めなくした。


「私が新しく開く。私のが潰されたら次はアリスイお願い」

「がってんでーすっ」


 凜が新たな亜空間トンネルを開いて、四人はそちらに移動する。


「空間使いが複数いるのか。厄介な……」


 空間使いの魔術師が呻いた。こちらは彼一人しかないので、二人がかりで空間操作をされたら、潰しきれない。


「ここは放棄する。持ち出せる物は可能な限り持ち出して、速やかに他所に移るぞ」


 アブラハムの命を受け、慌しく行動を開始する研究員と術師達。

 放棄がアジトの自爆を意味する話は、もちろんここにいる者全てが知っている。ただし、いざとなったら、アジトにいる者達も巻き込んで自爆する話は、アブラハムと好吉しか知らなかった。


 好吉の能力によって、アブラハムは己の分裂体を複数作っていった。ここにいるアブラハムも、本体ではない。好吉は自身だけではなく、他者の分裂体も製作可能である。ただし、好吉自身の分裂体は好吉と同じ力を持つが、他人の分裂体は本体と同じ力は持てず、力が大きく劣る。


(もっと早めに自爆しておけばよかったか。いや……ここのデータも重要だからな)


 アブラハムとて別に好んで、味方もろとも自爆しているわけではない。

 兵と術師で交戦して敵を返り討ちにできるのなら言うことはない。他の場所で自爆という手段を行ったのは、そちらが全滅しかけていて、どうしょうもなくなっていたからにすぎない。

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