第三十章 エビローグ

 輝明と善治の継承者争いの二日後、弦螺と正和は安楽市内の寿司屋で昼食をとっていた。

 どちらが勝つかで昼食を賭けた結果、正和の勝ちとなった。


「星炭流呪術の生き残りがいたんだ、な。で、星炭流の中の呪術部門という形で、何百年ぶりかに、星炭流妖術へと戻って、一緒にやっていくことに決めたそうだ、な。犠牲を強いるような、邪悪な術は禁止するという条件で、な」


 輝明から聞いた話を弦螺の前で述べる正和。


「ふーん、それって反発は無かったのお?」


 弦螺が疑問を抱く。星炭の妖術と呪術流派は、犬猿の仲であったはずだ。妖術流派の中には快く思わない者が多いであろうと。


「もっちろん、ありまくったそうだ、な。善治も大反対して、また輝明と喧嘩しまくったそうだ、な。でも当主である輝明の決定だから、な」

「なるるるるー」


 納得する弦螺。


「そうだ、こっちも報告が二つあるるるるー。あの例の新設超常機関、正式名称が決まって、いよいよ始動するよう」

「ほう。何て名前か、な?」

「殺人倶楽部だよう」


 弦螺の報告に、正和は思わず茶を噴きかけた。


「そのまんまじゃないか、な。いいのか、な。秘密機関とはいえ、仮にも国家機関なのに、な」

「僕も反対したんだけど、馴染んだ名前のままがいいってことで、結局その名前で落とし押されちゃったよう」

「情けない支配者様だ、な」

「ああ、言ってなかったけど、その支配者云々繋がりで、もう一つの報告するねえ。この国の真の支配者層のメンツの入れ替えがあったよう。やーっと嫌な奴が二人、消えてくれたよう」


 すっきりとした笑顔で告げる弦螺。


「そんなにひどい奴が、この国の陰の支配者の中に、いたのか、な」

「そのうち一人は、ホルマリン漬け大統領をずっと庇護していた奴だし、最悪だったよう。あの組織が壊滅した際に、客のデータが大量に流れて、その中にそのバカチンの名もあったからねえ。それを理由に退場してもらったんだあ。もう一人は星炭輝明の暗殺を企んでいた奴。これは純子経由で犯人がわかったから、証拠つきつけて糾弾して、追放したよう。こっちはわりと強引だったけど。ま、ホルマリン漬け大統領を庇護下に置いていた奴と並んで、この二人は本当迷惑だったし、こいつらが消えてくれて、少しはマシになるるる」


 退場だの追放だのと口では言っているが、実際には文字通り消したのであろうと、正和は見る。そうした人間を生かしておいても、ろくなことはない。追放された恨みで、敵に回る可能性もある。後腐れないよう殺しておくのが一番だ。


「たまにだけど、ああいう欲望ばかりの奴が支配者層の中に入っちゃうのは、本当どうにかしてほしいよう。仕方無いとわかってはいるけどさあ」


 げんなりした様子の弦螺を見て、何が仕方無いのかと、正和は呆れた。


「入れなければいいんだ、な。それまでの功績だけでなく、もっと人格面も審査しろよ、な」


 それができない事情があるともわかってはいるが、結局最終的には追放という名の殺処分をしてしまうのでは、やはり入り口の審査の方が重要だろうと、正和は思う。


「で、そいつの抜けた穴に、正和が入ってほしいんだけど、な?」

「お断りだ、な。それ真似する、な」

「ほらねー、支配者なんて真面目にやっても面倒なだけだから、誰もやりたがらないんだよう。自分から望んでやりたがる奴なんて、ろくでもない奴ばかりだし、そういう奴がたまに入ってきちゃうのも仕方ないんだよねえ」


 そう言ってけらけら笑う弦螺に、正和は真の支配者層とやらの問題を理解すると同時に、弦螺のことをかなり見直していた。


***


 善治との継承者争いの翌日は、治療のために学校を休んでいた輝明だが、二日後は修と共に登校していた。

 校門に着いても、風紀委員の務めをしている善治の姿は無い。明らかに輝明よりダメージは大きいし、まだ来られない状態なのだろうと察する。


 昨夜、善治とは会っている。一昨日の昨夜ですぐにまた集会を開いて、星炭流のその後に関しての指針をしっかりと固めた。

 宣言通り、一応国仕えは辞めたが、今まで国からの収入に頼りっぱなしであったし、今後も国から依頼を授かる形で、国の仕事を引き受ける事に変わりは無い。

 ただし国から命じられた任務という形ではないので、断る選択肢もあるし、これまでのように気負う必要も無い。また、難解な仕事であれば星炭流だけで動かず、プライドにこだわらず外部とも協力していくことで、少しでも危険度を減らしていくと、輝明は告げた。


 もう反対意見は出なかった。善治も年配の頑固な術師達も、心の底では納得しきってはいないが、これ以上こじらせるのは見苦しいし疲れるだけなので、腹の底の収める事にした。

 もう一つの宣言――星炭の家系に生まれても、星炭流の妖術師になることを強要する事も、改めて禁止とした。それによって星炭流も衰退していくという懸念はあったが、それなら宣伝でもして人を集めればいいという提案を輝明が出し、これまたあっさりと正式に決定した。


 全てスムーズに済んだかと言えば、そうでもなかった。星炭玉夫の件に触れた時は、結構荒れた。善治も年配の保守的な術師達も大反対した。最後は結局、輝明がヒステリックに喚き散らして強引に押し通すという、いつもの展開であったが。


「基本的に俺達は変わらないな」


 校門をくぐった所で、輝明がぽつりと呟く。

 大した変化があったわけではないが、多少の変化はあった。その多少の変化のために必死になって戦い、身内に死者も出して、散々ドタバタしてようやく固まった。


「何かを少しでも変えるってのは難しいな」

「でもテルがトップにいたからこそ、実行できた事だろう」


 ただのフォローではなく、修は本気でそう思う。


「そうだけど、星炭流という一つの集団がもっと優秀なら、トップの俺ももっと楽できるし、いい方向への変化もどんどん促していけるけど、頭固い馬鹿ばかりだからな。中々ままならねーよ。善治の奴は俺に代わって星炭の頭になりたかったようだが、そういった事も全くわかってねーんだろうな。馬鹿だから。どうせ組織の頭になれば、何でもできるとか、そんな幻想抱いてたんだろうぜ」


 一昨日の昨日でまた善治と言い合いをしてきたので、輝明は何かと善治を意識し、不機嫌になる。


「そういや綺羅羅さんとは仲直りしたの?」

「一応会話はしてくれる……。でも嫌味すげーわ……。何かとニートネタ交えてくるし……」


 げんなりした顔になる輝明。


「あんな余計なこと言わなければ、綺羅羅さんだってまともに褒めてくれただろうにねえ。それを台無しにするのが、いかにもテルらしいけど」


 修が笑いながらからかう。


「俺も後悔してるわ……」

「ま、ようやく一件落着だ。これであの子も浮かばれるだろう」

「ふざけんなっての。死んでからやってもおせーよ」


 親しかった年下の少女の件に触れられ、輝明は嫌な顔になる。


「でも、あのまま何もしないよりかは全然マシだろ?」

「ああ、だからやったんだよ」


 あいつに誓ったからな――とは、口にだすのが恥ずかしくて躊躇われる輝明であった。


***


 輝明と継承者争いをした三日後、善治は風紀委員の役目のために早めに登校した。実に十日ぶりの登校だ。


 結局どんなに頑張っても、願いはかなわなかった。届かなかった。才能の前には勝てなかった。

 しかし努力が無為であったとは思えない。理屈で考えると全て無駄だったというのに、そう思えない。


 あの敗北の直後、あの輝明が自分を認めて称賛してくれた事に、善治は嬉しくて泣きそうに気分になっていた。勝利者に認められて喜ぶ敗北者など、一昔前の善治であれば屈辱でしかなかったであろうが、あの時は違った。

 その後にも、星炭の妖術師達が自分を称えてくれた。敗れた屈辱がそれで大きく和らいだ。情けない話かもしれないが、それは事実だ。


 理屈ではうまく説明できないが、何か大きく変わったような気がしている。理屈で上っ面だけ見れば何も変わっていないのに、善治は確かな変化と、手応えのようなものを実感している。


 登校してきた善治の姿を見て、後輩の丸っこくて背の低い風紀委員女子が驚く。


「委員長、随分と長い間お休みしていたので心配しましたよっ」

「悪い。ちょっと事情があってな」

「事情? 病気かと思っていましたが」

「事情だ。学業を優先はできなかった」


 善治の答えに、後輩女子は躊躇いがちな口調でこう言った。


「あの……そういう時は、事情なんて言い方すると何か変に勘繰られちゃいますし、病気ということにしておいた方がいいんじゃないですかねえ……。生意気に意見しちゃってすみません」

「意見はいくらでもしてくれていい。その理屈も身わかるが、俺は基本的に嘘をつけないからな。細かい所でも上手く誤魔化せない」

「まあ委員長は真面目の天才ですからね」


 後輩のその言葉に、善治はむっとする。


「君がそんな皮肉を言うとは思わなかったよ」

「えっ? ええ~っ? 皮肉で言ったんじゃないですよう。本気で尊敬していますっ。真面目の天才だと本気で思ってますよ」

「真面目になんて誰にでもなれる。真面目であることが必ずしもいいことでもないしな」


 むしろその性分のおかげで損ばかりしている事くらい、善治にも自覚はある。


「そんなことありませんよ。真面目な人のおかげで助かることもありますし、真面目さって、誰でも真似できることでもないですよ。少なくとも私は委員長ほど真面目にはなれませんし、委員長ほど真面目な人は、普通に尊敬されますよ。真面目さも才能ですっ。少なくとも私は心から尊敬していますっ」


 真剣な表情で語る後輩に、善治は驚きと照れを隠せなかった。珍しくあからさまにキョドって視線を逸らす。

 そして後輩も勢いで自分の思う所を口にしすぎてしまい、はっとして照れくさそうにうつむく。


「す、すみません。私、何か、舞い上がって……調子にのって、いや、その……」

「別にいい」


 輝明に木石と称される善治であるが、流石にこの後輩の態度を見て、彼女の気持ちがわからないはずもない。

 その後善治は、校門前で十日ぶりの風紀委員活動をつつがなく行った。途中で現れた輝明に散々からかわれたが、今朝は何となく言い合いする気分ではなく、反応も乏しかったため、輝明もからかいがないと感じて、さっさと校舎に向かってしまった。


「おい、君っ」


 始業時間前になって、校門をくぐろうとした善治の背に、声がかかった。


 振り返ると、そこには見覚えのある初老の男性がいた。以前、善治の前で道に煙草を捨てて、呼び止めた人物だ。

 今思い起こすと、感情任せで馬鹿なことをしたもんだと恥ずかしくなるが、当人に呼び止められたので、何事かと戸惑ってしまう。


 初老の男はくわえていた煙草を手に取り、にやりと笑うと、もう片方の手で携帯灰皿を取り出し、その中へと入れた。


「ふっふっふっふっ」


 初老の男は善治に向かって得意満面で笑ってみせると、その場を立ち去った。善治と偶然会ったので、ただそれを見せ付けただけだ。


 たったそれだけのことであるが、胸を涼やかな風が吹き抜けていくような、そんな清々しい感覚に包まれる。


 ふと、善治は純子が口にしていた台詞を思い出す。

 この世の全ての人間が、世界を変えながら生きている。


 今の初老の男の変化は、自分がもたらしたものだ。確かに自分は、これで世界を少しではあるが変えた。


「ふっ……ふふふふ……」


 何故か妙におかしくなって、善治はこみあげてくる笑いが抑えられず、歩きながら笑い続けていた。後輩風紀委員女子が不審げに覗き込んで尋ねてくるまで、善治はずっと笑っていた。



第三十章 継承者争いをして遊ぼう 終

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