第三十章 19
輝明と修は、救急車で病院に運ばれた翌日、病院を抜け出して、タクシーで雪岡研究所にやってきた。輝明は歩くのが辛いので、修におんぶしてもらっている。
「回復施設に到着だ。痛てて」
喋っただけで腹の傷に響く有様だった。
「一晩寝ると治る宿屋ほどは性能よくないぜ」
修が言い、呼び鈴を押すが、反応は無い。
「どうしたんだろ?」
「トイレとかじゃねーの?」
「それにしてもここには真や累だっていそうなもんなのに。電話してみよう。皆で揃ってお出かけとかなら、ここで待ってるのも辛いわ」
修が指先携帯電話からディスプレイを開き、純子に電話をかける。
「もし旅行で留守とかだったら、俺ら抜け出した病院に戻ることになるし、いろいろうるさく言われそうだぜ」
「このままでいるよりましだろ。あ、出た」
『ちょっと待ってー。すぐそっち行くから』
電話から純子の声がして、すぐに純子が現れた。
「何かあったのか?」
「べ、別に……えっと、治してほしいんだよね。どーぞどーぞ」
輝明に問われ、ぎこちなさ全開の応答をする純子。目も露骨に逸らしている。
「すっげえ怪しすぎるんだけど、何があったんだ?」
「んー、私にとってはわりと残念なことかなあ……。まあ気にしないで」
輝明の問いに、純子は歩きながら頬をかいて答える。
「知ってるだろうけど、雷軸の奴は死んだ。その後俺らはあの超常殺しのオンドレイ・マサリクにやられちまったわ」
「うん、見てた」
「はあ? 見てたんなら、その後の俺らを助けてくれてもいいだろうに」
純子の一言に呆れる輝明。
「救急車呼んだのは、私だよー?」
「救急車呼ぶより、ここに僕らを運んで治してくれりゃいいじゃんよ」
純子のその言葉に、修も呆れる。
「いや、一人ならともかく、二人運ぶのは重いし、致命傷じゃないのも確認したし、どうせこっちに来るだろうからと思ってさー」
純子が口にしたその言葉を聞き、二人は呆れを通り越して諦めの領域に入る。
治療するための部屋に着いた所で、輝明と修に綺羅羅からメールが届いた。
内容は、明日の夜に緊急集会を開きたいという代物であった。
「またかよ……。今度はババアが呼びかけ人か」
「二度目は行ってないけど、依然として実入りの無い集会繰り返されていたのは、何となくわかるよ」
輝明がダルそうな顔になり、修がからかうように言って微笑む。
「それ、私が行ってもいいかなー?」
純子が興味津々な顔で尋ねる。
「いんじゃね? 当主の権限で許す。これだから当主って素晴らしい」
「いやいや、部外者入れたら駄目だろ」
星炭の規則完全無視な決定を下す輝明に、修が苦笑気味にストップをかける。
「いや、当主決定だから。俺が星炭の中の最高権力者だから。俺の決定は絶対服従なはずなのに、それに逆らっている不届き者共がいるから、今回みたいな騒動が起こるんだろ」
「テルが疎まれている理由って、その辺にあるんだぞ。せめて身内に敵は作らないようにしろよ」
無駄だと知りつつも、修は毎回諌める。護衛だけでなく、それも自分の役割だと認識している。
***
善治、真、累、みどりの四人は、雪岡研究所内にある訓練室へと移動した。目的は善治の特訓だ。
「短期間でできる事なんて限られているけどな。何もやらないよりはマシだろう」
善治の不安を見てとり、真が言う。
「僕なんか何も超常の力を持たなくても、短期間で入念な準備をして、オーバーライフであるこいつもやっつけたんだぞ」
「イェアー、やっつけられたオーバーライフだぜィ。でも真兄、あの時のこと思い出すと、結構ムカムカくることも多いから、話題にあげるのはやめような?」
真に指されたみどりが、目の笑っていない笑顔で言った。
「何でだよ。何かムカつくようなことあったか?」
「真兄、ちったあデリカシーってものも学ぼうか」
真面目に尋ねる真に、みどりは作り笑いも消してジト目になる。
「まずは悪臭弾の製作と慣らしから入ろうか」
「真……またあれをやる気ですか……」
真の言葉を聞き、げんなりして顔をしかめる累。
「効果的だって証明できただろう?」
「いや、でもあれはちょっと……。少なくともあたしは付き合いたくねーぜ」
「僕ももう御免です」
みどりと累がこぞって反対する。
「今回はこいつが一人でやればいいだろ。こいつの戦いなんだし」
と、親指で善治を指す真。
「そちらだけで納得していないで、具体的に教えてくれ」
善治に問われたので、真はどういうものかを説明してきかせた。説明が終わった時点で、善治は累とみどりが引いている理由も理解する。
「それは……卑怯ではないか?」
悪臭でひるませるという手段が、いろんな意味で受け付けないが、とりあえず善治が真っ先に感じたのはそれだ。
「卑怯じゃないだろ。正々堂々とした立派な不意打ちだ」
「真兄、自分がおかしいこと言ってるって気付かんの?」
真の矛盾した台詞に、みどりが突っ込む。
「相手の意表をつくとか、ひるませるっていうのも、れっきとした戦術じゃないか。例えばスタングレネードが卑怯だと?」
「当主を決める大事な戦いで、星炭門下の妖術師達も見ている中、悪臭弾で相手をひるませるような真似はキツい……」
「ああ、星炭の妖術師達もギャラリーになるのか。それは確かに駄目だな……」
善治が拒否する理由を述べて、真もそれで納得した。
「悪臭使いの星炭流継承者とか、すげえ不名誉な異名をつけられちまいそうだしね~。真兄がなりふり構わずであたしを倒したのとは、全然背景事情が違う戦いなんだから、そこは考えないと駄目さね」
「そこまで教えてもらってなかったらな。それを知れば、僕だって駄目だとわかる。お前、僕のこと非常識な奴だとでも思ってるのか」
「悪臭戦法にこだわるのはどっかおかしいわっ。真兄、その発想は今後一切イレースしてくれないかなァ~……。真兄が何で自覚無いのかわからないし、悪臭戦法のどこらへんをそんなに気に入ってるのかも不明だけど、凄く感じ悪いし、真兄のイメージダウンが著しいぜィ」
「わかったよ……」
みどりに拒絶されまくる理由が、真には理解できなかったが、とにかく嫌なのだろうと思って、やめる事にした。
「とはいえ、輝明の方が明らかに強いのなら、それを短期間で勝てるようにするには、相手に予測不可能なカードを使って、不意をついて一気に畳みかけるしかないんじゃないか? 例えギャラリーがいても、善治が精一杯工夫をして倒しにかかっているという事を見せつければ、通じる人間も出るんじゃないか?」
真に言われ、善治は少し考える。
「通じる者もいるだろう。しかし俺みたいな頑固者も星炭には多い。まあ、輝明が何でもありでかかってこいと言ったのだから、どんな方法で下しても、勝ちは勝ちとなるのは間違いないが」
善治が答える。確かに敵の意表をつく手段であろうと、立派な戦法ではあるし、真の言うとおり、格上の相手に勝つにはそれが最も有効だと、善治には思えてきた。それでも悪臭弾のような見栄えの悪すぎる手だけは、勘弁してほしいとも思っているが。
その時、善治の電話にメールが受信された。相手は綺羅羅だ。星炭流の者全員への緊急連絡のグループメッセージだった。
(明日の夜、また星炭の妖術師が集るのか……。今度は輝明の育ての親である綺羅羅さんによる呼集だ)
何となく嫌な予感を覚える善治。銀河による呼びかけなら、どうせしょうもない企みがあるのだろう――くらいの受け止め方に留まるが、星炭綺羅羅という、善治も一目置いている人物が集会を開くからには、何か余程重要なことがあるのではないかと、そう勘繰ってしまう。
***
同じ頃、銀河が綺羅羅からのメッセージに目を通した直後、先日会いに行った星炭玉夫から電話がかかってきた。
『何も変化は無いか?』
「特に無い」
『一つ頼みがあるんだがね。当主に口を利いて、私を末席でもよいから、星炭の門下に置いてもらえんかな』
「輝明が当主の時点で無理だ。あいつは星炭流呪術を激しく嫌っている」
銀河は嘘をついた。輝明の性格を考えれば、玉夫の立場を聞けば、例え嫌っていても同情して、門下の末席に加えるくらいのことはするであろうと、銀河は見ている。しかし輝明がいる限り無理ということにすれば、この男を輝明追放のための駒として利用できると考えた。
とはいえ、一度この星炭玉夫という男に会いに行って話をした際、あまり利用できそうにはないと思ったし、銀河にしてみれば保険のようなものでしかない。
『そういうことにしておけば、私が今の当主を殺すために協力的になると、そう考えたのかね?』
しかし玉夫は銀河の考えなどあっさりとお見通しで、嘲るような口調で言った。
『星炭輝明という子の評判を聞く限り、星炭流呪術を嫌っていても不思議ではないがね。しかし、それなら尚更私のような輩は、管理化に置いて制御しようと、そう計算しそうなものだ。そこまで頭が回らない当主なのかな?』
これは銀河が頭の回らない男という皮肉も込めていたが、それが皮肉であるという事さえも、銀河の頭では気がつかなかった。
「その通り、そこまで頭が回らない。だからその件は諦めてくれ」
『わかったよ』
電話が切られる。
「図々しい奴だ。あんなのと関わるんじゃなかったかな。俺の役に立たせるために手懐けてやってもいいと思ったが、ああも図々しいと考え物だな」
己の図々しさには気付くことなく、銀河は呟いた。
しかし厚顔無恥な銀河も、この時の会話を後になって後悔して恥じ入る事になる。
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