第三十章 18

 気がつくと修は救急車の中にいた。そして丁度病院に着いた。


「輝明は……もう一人あの場にいた、頭の悪そうなパツキンのピアスだらけのチビの子は、どうなったか知りませんか?」

 救急隊員に尋ねる修。


「あちらは先に搬送されたよ。君は顔の骨が折れているが、彼は腹部に盲管銃創――銃の弾が腹の中にある状態で危険だ」

 年配の救急隊員が答える。


(腹か……。まあ大丈夫だろう。そう簡単にくたばるヤワな奴じゃない……っていう台詞は、あいつにこそ相応しい)


 少し動けるようになったら、さっさと雪岡研究所に行って、早めの回復をしてもらおうと決める修であった。


***


 輝明と修が、雷軸やオンドレイと交戦したその翌日。


 善治が雪岡研究所にメールを送ると、すぐに返信が来て、研究所の入り方を知る事が出来た。

 輝明と戦うことを決意した善治であるが、このまま戦って勝てるはずも無い。そうなると自分も雷軸のように、怪しい改造をするしか手は無い。それが善治の出した答えであった。


 カンドービルの秘密の扉を開け、地下へと続く階段を下りる。


「よくぞここまで来た! 我が精鋭達よ!」


 雪岡研究所と書かれたガラスの扉の中には、地に着きそうなほど髪が伸びた細身の少女がいた。そして善治を見るなり、笑顔で意味不明なことを叫ぶ。


「精鋭でもないし複数系でもない」

「へーい、真面目に返すなよォ~。何か暗いノリだなァ。ま、ここに来る奴なんて、人間やめて力を手に入れたいっていう奴ばっかりだし、思いつめた事情あるんだろーけど」


 みどりがそう言って、扉を開く。


「じゃ、まず第一の試練と行こうか~。あばばあばあばあば」

「改造してもらうのに、試練を乗り越える必要があるのか」


 おかしな笑い方をする少女の試練云々という言葉は、初耳だった。雪岡研究所に関していろいろと予習はしてきたつもりだが。


『みどり、からかってないでちゃんと案内してやれ』

「ふわぁ~、ひでーな真兄。あっさりバラしすぎぃ」


 スピーカーから少年の声が響き、みどりは舌を出して善治についてくるように指で示す。

 みどりに案内されて、実験室の一つに入ると、中には制服姿の小柄な少年がいた。


(雪岡純子の殺人人形、相沢真か)


 裏通りにもある程度関わっている善治は、その顔と名も知っていた。


「迷っている系だな。考え直すなら今のうちだ」


 一目見るなり、自分の迷いを見抜いた真の指摘に、善治はどきっとする。


「散々実験台志願者を見てきたから、すぐにわかる。やめておけ。自分の命をチップにして、力を手に入れようなんて、ろくでもないことだ」

「それも……考えたうえで、承知のうえでここまで来た」


 善治が言うものの、その声音は、自分でも驚き呆れるほど弱々しかった。


「覚悟は決まってないだろ?」


 真の口から発せられた二度目の指摘が、善治の心にまた突き刺さる。


「ちょっとちょっと真君、私の実験台志願の子を説得するのはやめてよー」


 後ろから声がかかり、振り返ると、ネットの画像で見たのと同じ、真紅の瞳に白衣姿のショートヘアの少女がそこにいた。


「もう帰ってきたのか……」

 小さく溜息をつく真。


「はじめましてー、私がただのマッドサイエンティスト、雪岡純子だよー」

「夕陽ケ丘善治だ。最近、雷軸という男が来て、ここで改造してもらったと聞いて、俺もしてもらいにきた。あれは俺と同門の妖術師なんだ」


 真の指摘によって生じた動揺を振り払わんとして、善治は淡々と用件を告げる。


「君も輝明君を殺したいの? 一応彼は私の知りあいだし、殺してほしくはないんだけどなあ。雷軸さんは、輝明君を殺すのが目的だと、私も知らないで改造しちゃったんだけど」

「そうなのか……。いや、輝明は大嫌いな奴だが、殺したいとまでは……そんな野蛮なことは考えてない。でも、あいつと戦って勝利し、継承者の座を奪いたいとは思っている。そのためにここに来た」


 輝明と知り合いと言われ、善治は純子が輝明に与する可能性も疑ったが、それでも自分が思っていることを正直に述べる。


「俺はあんな雷軸のような力はいらない。ただ妖術師としての力を強めたい。輝明のような才能のある者にも負けないようにな」

「強い力を求めれば、その分リスクは大きくなるよー? 雷軸さんはどんな代償でもいいからっていうんで、相当な改造をしちゃった結果、寿命も凄く縮んじゃったしねー」


 その縮んだ寿命を延ばすことは、純子にも出来ない。全てのマウスには不老処置がしてあるが、雷軸には最早それすらも不可能なほど滅茶苦茶な施術を行い、細胞分裂回数は限りなく少なくなった。おそらく病気への免疫もほとんど無い状態であったと、純子は見ている。


「リスクがあるのは仕方無いとして、雷軸のように確実に寿命が縮まるのは御免被りたい」

「どうして?」


 どうしてと問い返され、善治は言葉を詰まらせる。普通は寿命を縮めたいなどと考えないだろうと。


「雷軸は輝明憎さのあまり、それだけしか見えない状態だから、そんな改造でも受け入れたのだろうが、俺は違う」

「どう違うのー? 無茶な改造した方が、強い力を得る可能性も高いよー? 死ぬ可能性もあるけど」


 力を得る代償としての実験なのだし、無茶な改造を試みたくて、うずうずしている純子である。しかし実験台志願者が、大して力を得なくてもいいので、なるべく安全なものでとリクエストをしたら、純子はそれに合わせるようにもしている。もちろんその安全コースでも、やはりリスクのつきまとう人体実験にはなる。


「俺は……世界を変えたいんだ。そのための力が欲しいんだ。輝明に勝つことは、俺にとってのスタート地点だ。あいつは正に俺とは正反対の存在。秩序に対する混沌そのもの……」


 そこまで喋った所で、純子、真、みどりの三人を前にして、包み隠さぬ本心をついつい口にしてしまったことに、激しく恥じる善治。


「どうせ俺のことを狂ってると思って笑うんだろうが、これが、俺が真剣に思っていることだ。人が真剣に考えることを、何故か世の中の奴等は皆嘲笑う。世の中のそんな所も嫌いだ。それさえ変えたい」

「イェア、みどりはそういう人や、そういう気持ちをいっぱい見たから、笑えねーわ」


 懐かしい気持ちに浸り、みどりは言った。


「僕にも笑う資格は無いな。僕も大それた夢と目的を持っている。でもそのためにお前が選ぶ手段は、あまり感心できない」


 真がいつも通り淡々とした喋り方で言う。


「笑うっていうのは、真剣さを? 世の中を変えたいっていう気持ちを? あるいはその両方?」

 最後に純子が尋ねた。


「そもそもさ、この世の全ての人間が、世の中を変えながら生きているんだよー?」


 純子のその言葉の意味が善治にはわからず、怪訝な表情で純子を見る。


「ほんのささいなすれ違い、たった一つの言葉だけでも、世の中が大きく変わるきっかけになるかもしれない。人と人とのわずかな触れあいで、人の心が変わり、そこから大きく連鎖していくことも、今世界中のあちこちで起こっている。世の中は絶えず変わりあっているわけ」

「そういう話では……」

「違わないよ。もちろん、一個人が我を通して世界を大きく変えた人も、歴史上に何人もいるよ。現代の有名人で言えば、グリムペニス会長のコルネリス・ヴァンダムさんがそうだよね。でもね、そうした大きな変化を望むのなら、理想の結果だけを求めて、焦っちゃダメだと思うけどねー。私みたいにこつこつやっていかないと」

「……」


 しばらく無言になって考え込む善治。ここまで来て、いまだに迷いがふっきれないでいる。


「やっぱり……やめる。いや……やっぱりやる」

 迷いを振り切れないまま、善治は申し出る。


 真とみどりは顔を見合わせ、無言で部屋を出る。

 善治は服を脱いで寝台に寝る。


「ちくっとするよ~」


 にこにこ笑いながら、注射器を取り出す純子。純子のその、至福の瞬間という感じの顔を見て、善治の考えがまた変わった。


「やっぱり駄目だ!」

 善治が叫んで、寝台から跳ね起きた。


「輝明には勝てない。だがこんな方法では駄目だ! これで勝つのは違うっ! でも……でもどうしたらいい!」


 善治が頭を抱えて苦しげに叫ぶ。


「へーい、それならあたしが力を貸すよォ~」


 扉が開き、みどりが歯を見せて笑う。みどりの後ろには真の姿もある。二人してずっと扉の前で様子を伺っていた。


「雫野の妖術の中には、短期間で身につけられる術もあるんだぜィ。素人でも簡単に妖術師になれる破心流に習って、雫野でもそうした術の開発が、盛んに行われたみたいなんだわさ。つまりぃ、星炭の妖術プラス雫野の妖術でさらに強くなるってんなら、全然構わんでしょ?」


 言いつつ部屋の中へ入ってくるみどり。


「ちょっとちょっとみどりちゃん……私の実験台を横からさらわないでよー」

「いやいやいや、純姉、この兄ちゃんはもう改造強化する気はねーっしょ。あの胸糞悪いチビガキをぎゃふんと言わせるために、このみどり様が一肌脱いでやるわー」

「面白そうな話をしていますね」

「よく拒んだ」


 累も現れ、真と共に入室する。


「改造なんていう手段を取らないで、正々堂々と勝負するっていうなら、僕も力を貸してやってもいい」

「向上心のある人になら、手ほどきしますよ」


 初対面の年下の少年少女三人がかりで、突然力を貸すなどという申し出を受け、善治は戸惑いまくる。


「俺は君達のことを知らない。君達にとっても俺は会ったばかりだし、何故そんな協力をしてくれるんだ?」


 善治が不思議そうに尋ねる。


「こいつに改造依頼して、安易にパワーアップをしようという奴が気に入らないんだ。でもお前は悩んでいたみたいだし、ギリギリの場でそれを拒んだ。それを評価したいという気持ちかな。向上心のある奴も僕は好きだし」

「ふええぇ~……あの輝明って奴に、以前ネトゲ内でボロクソにディスられて嫌な思いしたのよォ~。あいつをけちょんけちょんにしてくれるってんなら、あたしは喜んで協力したいんだよね」

「僕は暇だからおまけみたいなものです」


 それぞれ答える真、みどり、累の三名。


「んー……どうしてこうなるかなあ」


 腕組みしてうなだれつつも、まんざらでもない微苦笑を浮かべる純子。


「他の妖術を習ったからといって、それで強くなれるものだろうか」

「幅は広がるし、向こうの知らない手使うってだけで、意表つくことできるじゃんよォ~」


 疑問を口にする善治に、みどりが言った。


「妖術だけに頼る必要も無い。輝明は体術の方がからっきしだから、肉弾戦に持ち込んでぼこぼこにしてやればいいだろう。僕はそっちの手ほどきをしてやろう」

「確かに……星炭流は雫野流と同じく武を尊ぶ妖術流派ですが、輝明はそちらの面に全く才がありませんし、妖術を捨てて拳での決着に持ち込むというのは、極めて有効でしょう」


 真が申し出て、累が真に同意する。


(改造して戦おうとした立場ではあるが……妖術流派の継承者となるための戦いに、妖術ではなく拳での決着を図るというのは、どうなんだ……)


 善治はそう疑問に思うものの、すでに断れない雰囲気になりつつある。


 その時、研究所の呼び鈴が鳴った。


「その輝明君達が来たみたいだねえ。多分怪我を治してもらいに」


 ディスプレイに研究所入り口前の映像を移し、純子が言った。確かにそこには、修と、修におぶさった状態の輝明の姿があった。

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