第三十章 9

 夜。星炭本家邸宅。十日程前と同様に、星炭流派に所属する家々の代表達が集い、集会へと臨んだ。


「銀河ちゃん、皆集めて何ちようってんだい? その足りない脳みそで、どんな浅はかなこと企んでいるんだい? おちえてごらんなちゃいよ~」


 集会用、もしくは宴会用の広間に、皆が座した所で、最後にやってきた輝明が襖を開けて、召集をかけた銀河をおちょくりだす。


「この一週間で当主は刺客に何度も狙われ、護衛の修は負傷した。星炭流の屋台骨を他ならぬ当主が揺るがしている。このまま看過はできない」


 顔を合わせるなりディスってきた輝明であるが、銀河は動揺することなく己の言うべきことを口にした。

 今夜、星炭流の妖術師達の見ている前で、輝明を徹底的に糾弾し、輝明への不信を煽ってやるのが、銀河の目的だった。そのために会話のシミュレートは、ばっちりと行ったつもりでいる。


「やっと顔を見せるなり、下品な悪罵。わざと皆の神経を逆撫でしてるのか? 少しは神妙な態度を取ったらどうだ。輝明のせいで星炭に無用な混乱と不安がもたらされているのは、事実だろう」


 輝明のいる襖に近い位置で座っている善治が、淡々と指摘する。


(お、おいっ、その台詞、私が言いたかったのに……)


 用意していた台詞の一つを善治に言われ、あんぐりと口を開ける銀河。


「私からいいかな」


 綺羅羅が立ち上がり、上座の前へと出る。そして銀河や輝明の許可を待たずに喋り出す。


「こないだはこいつがギャーギャー喚いて、それで流れちまったからね。あれから一週間以上も間が開いちまったけど、せっかく銀河が集会を呼びかけたんだ。銀河の浅はかな企みが何なのかはとりあえずおいといて、まず輝坊に、ちゃんと理由を説明させたいんだけど、いいよね?」

「綺羅羅さんまでひどいですよ……」


 肩を落とす銀河。


(ていうか、その台詞も私が言う予定だったのにぃ……)


 肩を落としている理由はそちらの方が大きい。召集をかけたのは自分なのだし、自分が言って初めて輝く台詞だろうにと、銀河はもやもやした気分になる。


 綺羅羅の言葉に反対する術師はいなかった。綺羅羅は視線と首の顎の動きで、輝明に部屋にはいて座れと促す。輝明は観念したように大きく溜息をつき、上座にふんぞりかえる。


「俺が国から離れるといった件だがな、ちゃんと理由がある」


 輝明が話しだした。一番重要な情報から入ったので、一同緊張する。


「あることを確かめたくて、朽縄正和に会ってきた」

「えっ?」

「はぁ!?」

「朽縄だと? どうしてそこで朽縄が……」

「な……何のために……」


 輝明の口から朽縄正和の名が出され、どよめく一同。白狐家と並び、この国の霊的国防の双璧と言われ、実質的に最高峰に位置する名家である朽縄一族。朽縄正和は、その現当主である。


「朽縄に聞いた話で、俺は星炭を国防の任から退かせることを決めた。朽縄正和も白狐弦螺も、認めてくれたぜ」


 さらに輝明から告げられた言葉に、どよめきが激しくなる。


「朽縄だけではなく、白狐にも……」

「我々に断り無しにそのような者達と接触をして、一体何を考えていなさる」

「いや、それよりも、どんな話をなされたのです? 一体どんな話を聞いて、千年以上続けた名誉ある任から退くと独断で決めたのですか?」


 口々に詰め寄る者達を手で制して、真剣な面持ちで銀河が問う。これは流石に、継承者争い云々している事態ではないのかもしれないと、銀河の頭でも判断がついた。


「そいつは言えねーし、言っていいなら最初から言ってるわヴォケガ。頭使えノータリン。それと、てめーら如き無才無能の人の形をしたゴミ屑に、当主の俺が断りを入れる必要がどこにあるのか、納得いくように説明してみろアホンダラ」


 頑固者の多い年配の妖術師達を主に睨みつけ、輝明が凄む。身長140もない小僧の威圧に、還暦を過ぎた老人達がもろにひるむ。絶対的な力の差の前には、齢の差など吹けば飛ばされることを、彼等も理解している。


「断りは確かに入れなくてもいいですが、理由そのものは肝心なことでしょうに。何故申すことが出来ないのか」

(うおおおっ、それも私が問い詰めたかったのにぃ……)


 年老いた術師の一人が厳しい口調で問い詰め、口を開く寸前だった銀河はうなだれた。


「朽縄正和に口止めされてるからだ。以上」


 ほぼ棒読みで、面倒臭そうな顔で、輝明は答える。


「それでは当主の虚言かもしれないではないですか?」

「へ~……俺って信用ねーんだなあ」


 術師の一人の言葉に、輝明は面白そうに笑う。


「虚言だと思うのなら、てめーらが朽縄正和に会って、確認してみりゃいいじゃねえか。それでわかるはずだぜ?」


 へらへら笑いながら告げた輝明の言葉に、星炭門下一同絶句する。


「てめーらは俺を信用してねーらしいが、朽縄の当主は俺を信用して、ある重大な真実を俺に明かしてくれたぜ? てめーらも会いにいって、教えてもらえよ。間抜け面して会いに行ったてめーら糞雑魚モブのことを信じてもらえたなら、てめーらだって真実を教えてもらえるかもしれないぜぇ~」


 嫌味たっぷりに言う輝明に対し、何名かがあからさまに輝明を睨みつけ、あるいは怒りに顔を歪めている。それを輝明は心地よさそうに受け止める。

 朽縄一族の当主のような大物に、一介の術師が面会を求めても、会ってくれるはずがない。しかしそこまで輝明が言うからには、朽縄の名を出汁にした虚言であるとも考えにくい。それを承知のうえで意地悪い言葉を投げかけた輝明である。


(ここで俺がびしっと言ってやらねば)

 銀河は思った。


(でも、この場合どう言ってやったらいい? すごくムカつくが、どうムカつくか、上手い言い方がわからない。ああ……時間をくれ。十分もあれば考えられる)


 銀河が悩んでいるうちに、別の者が口を開いた。


「卑怯者め。自分には出来て他者に出来ないことを盾にとるなんて、実に気分が悪い」


 思ったことをストレートに告げる善治。


(そ、そうだ。俺もそれが言いたかったことなのに、咄嗟に言葉が出なかった……)


 銀河が善治を恨めしそうに見る。


「善治の言うとおりよ。輝坊が馬鹿やって私が恥かくのももう慣れた感があったけど、今のは本当にどうかと思うわ。幼稚だと思わないの?」


 かなり険悪な形相で睨む綺羅羅に、輝明はひるんだ。他の者に何を言われても痛痒ではないが、流石に綺羅羅だけは分が悪い。


「ちょっと私から話させて。他の人だとただの悪口の応酬にされちゃうから」


 挙手しながら綺羅羅が確認を取る。反対する者は、銀河以外誰もいなかった。銀河は内心では反対だが、綺羅羅の言うことももっともだと思ってもいたので、反対できなかった。


「そのさ……生き方まで縛るやり方を改めようという主張は、まだわかるのよ。確かにあんたの言うとおり前時代的だし、ここにいる者もいない者も、それに同意する者はわりといるでしょうよ。それに苦しめられてきた人も、過去にいっぱいいただろうしね。でもね、やっぱり国に使えるお仕事辞めるってのは駄目だわ。どれだけの恩恵を得てると思っているの? どれだけ精神的支柱になってきたと思っているの? しかもその理由も不明瞭。これだけは誰も認められんねーよ」

「認められなかったらどうするんってんだよ」

「私と戦いな」


 綺羅羅のその言葉に、輝明は顔色を失くした。


「言ったよね? 私はあんたの敵に回ると。私が勝ったら私が当主になって、国防の任もそのままにする。もう一つはまあ……多数決でも取って決めればいいね」


 掟で人生そのものを縛る件に関しては、反対者の方が多いのでは無いかと見ている綺羅羅であった。


「どうして私達が星炭流という妖術流派を守ろうとしていると思う? それは単純にこの流派を大事に思っているからというだけではなく、それが幸福にも繋がるからよ。自分達の代だけではなく、子や孫の代に至るまでね。そうやって私達の先祖は、千年以上もこの流派を守ってきた」

「幸福じゃねーだろ。寝言ぬかすなババア」

「最後まで聞け、このすっとこどっこいのバカガキ。だから掟で生き方まで縛るのは、幸福とは矛盾するわ。そこだけは否定していい。頭の固い奴等はそれすら許さんと言い出すだろーが、そんなアホ共は放っておいていい」


 輝明の育ての親だけあって、綺羅羅も口の悪さはひけをとらないと、双方の応酬を見守りながら、何人もが思う。


「でもね、国仕えをしてどれだけ恩恵を受けているか、輝坊も知らないわけじゃないでしょ? 金銭的な事はもちろんのこと、望めば大概の援助はしてもらえるし、見返りは大きい。国の庇護下にあったからこそ、私達は千年もの間、安泰だった。もちろん一時期ヤバい時代もあったさ。大正の頃とかは、獣之帝との交戦にも参加できなかったほど、弱体化していたらしいしね。でもそこからまた盛り返せたのも、国の支援があったからじゃない。そういったことを差し引いてもなお、国から離れるとあんたが決断したからには、相応の事情だと思うわ。でもね、そいつをここで皆に説明して納得させられないのなら、誰も受け入れない。そんくらいわかるだろ?」

「ああ、わかってるさ。だから強引に押し通そうとしているんだよっ」


 こんこんと諭す綺羅羅であったが、それでもなお輝明は引かなかった。


「うん。引けないよね。理由はわからないけど、輝坊が引けないだけの理由なんだろうさ。でも私達にはそれがわからないから、私達も譲れない。だから、私も強引に輝坊をやりこめる。あんたがそういう性格に育っちまったのは、私の責任だしね」


 綺羅羅がにっこりと笑い、立ち上がった。

 綺羅羅の均整の取れた体から、闘気と妖気が噴出し、術師達が緊張の面持ちになる。星炭綺羅羅も、星炭流の中では上級妖術師に入る使い手だ。


(何でこんな展開になってるんだ。私が輝明に言いたかったことを綺羅羅さんにほとんど先に言われてしまったし、それは私が皆の前で糾弾して、私の存在をアピールしようと思ったのに、私の目論見がパーじゃないか。あんまりだ……)


 泣きそうな顔になっている銀河であったが、皆そのことには気がついていない。輝明と綺羅羅に注目している。


「どう見る? 善治」


 夕陽ケ丘良造が隣に座っている息子の耳元に顔を寄せ、小さく声をかける。


「綺羅羅さんに勝ち目があるなら、綺羅羅さんが最初から継承者だろ」

「身も蓋も無いが、そういうことだな。しかし……綺羅羅さんがあえて、ここでこのようなことを言い出したからには、何か考えがあるのかもしれん」

「俺には思いつかないよ。輝明に覚悟を示す程度にしか……」


 善治の目には、綺羅羅が痛々しく映る。そしてそこまで綺羅羅を追い詰めた輝明に、猛烈に腹が立つ。


「私なんかに負けないとか思ってるだろ」


 不敵な笑みと共に、ポケットから二枚貝を取り出す綺羅羅。

 それが何であるか、目にした術師達はすぐにわかった。超常の力を行使する者の底力を上げる、有名かつ極めて貴重な精神力向上作用をもたらす魔道具だ。


「おい、ババア……それ、いくらしたんだよ……。ふざけんじゃねーぞ! そんなもんに俺が稼いだ金かけるよりも、俺の小遣いを増やせよ!」


 当主の地位にありながら、金銭は全て綺羅羅に管理されたままなので、二十一世紀後半において高校生が貰う小遣い平均の、半分にも満たない小遣いしか貰っていない輝明であった。月額課金のネトゲくらいしか趣味の無い輝明には、それでもさして困りはしないが。


「ドービングは継承者争いで御法度ではないのか? そんなことが許されるのなら、誰も彼も雪岡純子の所で改造してパワーアップしてくるのも、有りになってしまうじゃないか」


 善治が呆れたように指摘する。


「別に私が次の当主にならなくてもいいのよ。ただ、こいつは力づくでも言うこと聞かす。そんだけよ」


 善治に向かって言うと、綺羅羅は廊下の方へと歩いていき、荒々しく襖を開ける。襖を開いた先は縁側であり、外の庭は訓練場の一つだ。それも、屋内では使えないような派手な妖術を使うための訓練場であるが故に、かなりのスペースがある。


「さあ、表にでな、輝坊。折檻の時間だ。今回に限り、抵抗は許す。何なら私を殺しても構わないし、恨まないよ?」


 不敵な笑みをたたえたままの綺羅羅に対し、輝明は無表情にゆっくりと立ち上がり、外へと向かって歩いていく。

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