第二十九章 17

 霧崎と半裸美少女軍団と望も、少し離れた場所で、イボマンと木島一族の戦いの様子を見物していた。


(亜希子……)


 小太刀を構える亜希子を見て、望は強烈な不安を覚える。亜希子は明らかに、あのイボマンと戦う構えを見せている。

 亜希子が裏通りの住人だということは、望も知っていた。しかしあの恐ろしい怪人を前にして、凛然とした佇まいを見せる亜希子は、望のよく知る亜希子と別人のように見える。


「おやおや、あれは君の彼女ではないか。ゴスロリに小太刀とは、これまた愉快奇天烈な組み合わせだな。さらに奇妙なのは、真君と組んでいる事だがな」


 霧崎が楽しげな口調で、望に声をかけてくる。


「君を追ってきたのだろうが、何故私のマウスと相対する構えを取るのだ? これまた珍妙。私が君を死地へと追い込む前に、取り戻すつもりなのかな? ふむ、それはそれで面白い展開だ」

「霧崎教授、僕は……」

「早く行きたまえ。君はもう自由ということでいい。気をつけてな……と言いたい所だが」


 霧崎がにたりといやらしい笑いを広げる。


「気が変わった。君はお姫様ポジションだ。せっかく君を取り戻しに勇者が馳せ参じたのだ。今ここであっさり返してしまったのでは、話が面白くない……というのは」

「やっぱり……そうスムーズにはいきませんか」


 肩を落とす望だが、その望の肩を霧崎がぽんと叩いた。


「というのは冗談で、今は危険だからここにいたまえ。どうも……他にも招かれざる客が来ている。君が今ここから出て行き、彼女と共に尊幻市を出たとすれば、そこを狙われる」


 期待させたり意地悪してみたり、いい加減どっちかにしてくれと思う望。


「招かれざる客?」

 気になる言葉に、望が怪訝な表情になる。


「懇意にしている情報屋が教えてくれたよ。大量の兵士が、この町に向かっているとね。おそらく彼等は……」


***


 イボマンの腹部から銃弾が押し出され、道路へと転がる。再生能力も備わっていることを示している。


 亜希子は最初から妖刀火衣の力を引き出して戦いに臨んだ。訓練がてらに手を抜いて戦える相手ではないと、イボマンを見て一目で判断した。

 正面から堂々とイボマンへと突っ込む亜希子。真が援護して銃を撃つ。


 今度の銃撃はかわした。かわしながらイボマンは、亜希子めがけて触手を横薙ぎに振るう。


 その触手が振るわれる刹那を見計らい、亜希子は速度を上げた。瞬間的に、ほんの数歩だけ、亜希子のスピードが何倍も跳ね上がったように、樹や森造の目には映った。

 触手をくぐりぬけてイボマンの横まで一気に飛び込んだ亜希子。イボマンが直前に銃弾をかわしていたが故に、このような格好になってしまった。


 至近距離からはその長い触手も振りにくいと思いきや、イボマンは長く伸びた舌で亜希子を攻撃してきた。


 亜希子は身を沈めて突き出される舌をかわしつつ、小太刀を両手に構えて、一気にイボマンの懐に入り、その鳩尾に小太刀を深々と突き刺した。

 相手が常人ならこれで勝負がついているが、霧崎に改造された怪人が、この程度で死ぬなど、亜希子も思っていない。


 すぐさま亜希子は離れる。そこに真が銃を三発続け様に撃ち、そのうち一発はイボマンの喉に、もう一発は下腹部を穿った。


「混沌ナポリタン!」


 さらには樹の手から出た大量の麺が飛来し、イボマンの手前で四方八方へ分散して、イボ怪人の全身に巻きついて、絡めとらんとする。

 もちろんイボマンは絡みつく麺を振り払わんとするが、そこに生じた隙を見逃さず、真がさらに銃撃をお見舞いする。


 真と亜希子の出現によって、イボマンは一気に己が不利になったことを自覚する。それまでは例え相手が四人でもこちらが優勢だったというのに、簡単に引っくり返されてしまった。

 何度も銃弾の衝撃と痛みを食らい、再生能力のあるイボマンも堪えきれず、前のめりに崩れ落ちた。


「俺にやらせろ! 早苗の仇は木島の一族が取らないと意味がねえ!」


 勝負がつきかけたところに、幹太郎が泣きながら叫ぶ。


「お主……今更出てきて何をぬかすかと思えば……引っ込んでおれ」

 険しい顔で樹がぴしゃりと制止をする。


「姫……何でそんなこと言うんだよ……早苗の仇なんだぞ。どう考えても俺の言ってることが筋が通っていて正しいだろ……」


 あっさりと却下されて、幹太郎は愕然としてしまう。


(俺は頑張ってるだろ。姫と四つしか歳違わないのに、俺はずっと任務に行かせてくれなかった。そして今も引っ込んでろとか……。何でだよ。そんなに力に違いがあるのかよ)


 この場でダメ出しされることが、理解できなかった。理不尽としか思えなかった。


(姫は俺の今の歳くらいの頃には、たまに入る任務に出向いてたってのに、何で俺は駄目なんだよ。しかも任務中に引っ込んでろとか、一体どういうことだよ。おかしいだろ。姫、もっと俺のこと見ろよ。認めろよ。なあ、姫。俺の何が悪いってんだ。俺の何が劣るっていうんだ。もっと認めてくれていいだろ。こんなに頑張ってるだろ)


 心の中で語りかけると、やがて幹太郎の中の何かが切れた。

 光の線をまっすぐに、イボマンめがけて放つ。


「よせ!」


 樹が怒鳴る。今の混乱している幹太郎の精神状態では、とてもまともに戦闘などできると思えなかった。


 幹太郎は樹の制止に従わず、イボマンの正面まで高速移動し、倒れているイボマンの頭を蹴り飛ばそうとした。


 その刹那、イボマンが顔だけを上げて、その舌が射出された。

 下腹部を槍のような舌が貫く。思ってみなかった反撃に、啞然とする幹太郎。


 舌が体から抜かれる。幹太郎はよろけて後退する。

 イボマンの舌が収縮し、再度狙いをつける。


 幹太郎が死を覚悟した時、横から亜希子が飛び込んできて、幹太郎の小柄な体を片腕で抱えて、大きく地面を蹴ってその場から飛びのいた。


 そのタイミングを見計らって、真が銃撃を行う。イボマンの個体の真ん中に穴が開く。


 しかしイボマンはまだ死ぬことなく、倒れながらも触手で麺を全て切断し、体内の銃弾を全て排出して、ゆっくりと起き上がった。


「よ、余計なことすんなよっ」

「ちょっと、もうあんたは引っ込んでなさいよっ」


 明らかに重傷を負っているにも関わらず、暴れて、なお戦おうとする幹太郎に、亜希子は呆れてその体を抑えこむ。


(こいつもかよっ。どいつもこいつも俺を馬鹿にして……。俺はそんなに役立たずかよっ)


 怒りと屈辱に震えながら、幹太郎は鬼へと変身する。


(この子も怪人……?)


 鬼の一族のことなど知らない亜希子は、腕の中で変貌を遂げる幹太郎を見て驚いた。


「どけよっ!」


 自分を助けてくれた亜希子に向かって怒鳴り、鬼の怪力でもって振り払うと、イボマンの方へ、光線も出さずにそのまま突っ込む。


(あの馬鹿……)


 真が声に出さずに呟き、幹太郎を援護するつもりで、イボマンに向かって、弾倉の中に残ったわずかな銃弾を全て撃つ。


「うへらああぁぁ~っ!」


 イボマンが突然奇怪な叫び声をあげると、ぼこぼこと音をたてて、その全身の至る所が球状に膨れあがった。

 膨れているのはイボだった。イボマンの体が、あっという間に元の三倍ほどの巨体になる。


 巨大化したイボマンに、全くひるむことなく殴りかかる幹太郎。


「うへらあぁぁ~」


 奇怪な呻き声と共に、幹太郎の体を蹴り上げるイボマン。幹太郎の体が夜空に舞い、バウンドして10メートル近く吹っ飛んだ。


「離れろ、亜希子」


 リロードしながら言う真。亜希子はそれに従って離れる。イボマンは視線の先に真を見据える。


 イボマンが触手を縦に振るった。先程までとは比べ物にならぬほど触手が伸び、真の居る場所まで届く。

 真はこれをかわしたつもりだったが、先程まで触手は一つの腕に二本だった触手が、今は三本になっていた。二本はかわしたが、もう一本が振るった途中から分裂したように現れ、真の体を袈裟懸けに斬り裂いた。


(しくじった……)


 敵の速度もさることながら、触手の三本目が飛んでくるなど、予想しなかった真である。斬撃のショックで体が硬直する。防弾防刃繊維があっさり切断されて、血が大量にあふれ出るのを感じながら、真は前のめりに崩れた。

 倒れる間際に、地面に手をついて防ぐ。急いでダメージの確認をして、次に動かなければならない。今はショック状態で難しいが、それでもやらなくてはならない。


「真っ!」

「真……」


 亜希子が思わず叫び、樹が呻く。


「グリーン・ジャージの世界! 慈しめ、その命を!」


 森造が叫ぶと、地に手と膝をついている真の体を草が生い茂って隠した。


「だから無駄に熱い奴は信用ならん。詰めが甘い」

 小さく息を吐いて、森造がぼやく。


「ミートソース爆弾!」


 樹が茶色い塊を出して、イボマンめがけて放り投げる。亜希子が離れているので、この技を使用できると判断した。

 茶色い塊はイボマンの近くで爆発する。


「やったか!?」


 高確率でやってないフラグの立つ禁句を口にする樹。


 案の定、イボマンが爆風の中から飛び出て、亜希子めがけて襲いかかった。


 明らかに先程よりパワーアップしているイボマン。そのうえ真までもが負傷してしまったという状況で、亜希子は戦慄しながらも、必死で応戦の構えを取る。


(亜希子が危ないっ)


 いても立ってもいられず、戦闘の場に向かって駆け出す望。


「おおっと、出ていってしまったか。うむ、まあ男の子だし、仕方が無いな。しかし……とても間に合わぬのではないか?」


 望の後ろ姿を見て、霧崎は顎に手をあて、難しい顔になって言った。


「うわ……最悪の展開かな、これは」


 純子も呟く。明らかに亜希子より、巨大イボマンの方が強いと見た。


(美学に反してでも、手出しをしたい気分だけど……)

 珍しく純子が逡巡する。


(真君は今回復に努めて、反撃の機会を伺ってるんじゃないかなあ。んー……そう思いたいところ)


 真を覆い隠した草を見て、純子は腕組みして、これまた珍しく難しい顔になった。


 イボマンが亜希子に襲いかからんとしたその時、上空から何かが降ってきて、イボマンの顔にへばりついた。

 亜希子はそれにとても見覚えがあった。よく知っていた。全身が刃で出来ている蜘蛛だ。

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