第二十九章 11

 望と別れ、亜希子はすぐさま雪岡研究所に探りを入れに向かった。

 どういう形で探りを入れるかは、すでに決めてある。先に霧崎研究所に行った事や、望が霧崎の元にいる事は、ちゃんと話さなくてはならない。知られない方がいいのだが、黙っていたとしても、霧崎の所に行った事が、霧崎経由で純子にバレる可能性がある。そうなると余計に厄介だ。


「ああ、亜希子ちゃん、心配してたよ。彼氏さんは残念だったね……」


 亜希子の顔を見るなり、珍しく神妙な面持ちで気遣いの言葉をかける純子。


(嘘つけ、自分の研究の方に夢中だったろうに……)


 そう思った真だが、亜希子のことを配慮して、口にはしないでおく。


「大丈夫。望、助かったから」


 亜希子のこの報告に、純子はきょとんした顔になる。


「え? でも脳死だって……」

「うん。その脳死の状態から生き返ったの。霧崎教授って人が助けてくれたわ」


 霧崎の名を出して、純子と真の雰囲気が変わった。二人共表情の変化は見受けられないが、明らかに反応している。


「望が助かったのはよかったけど、よりによって霧崎に助けられるとはな」


 真が言う。真は望や武麗駆とも面識があった。


「いやー……いくらなんでも、霧崎教授にそんな技術は無いはずだよー」


 一方で純子は不審に思いながら、指先携帯電話を取り出し、ディスプレイを投影して、霧崎に電話をかける。


「すまんこ。疑うわけじゃないけど、一応確認」

「いや、疑ってるからだろ、それ」


 断りを入れる純子に、真がいつにも増してジト目で突っ込む。


「あー、霧崎教授。えっとねー……」


 純子が事の次第を説明している間に、霧崎のほうから返答があった。


『その子を治したのはミルクだ。私には無理なので薬仏市からわざわざ来てもらったよ。しかしややこしいから、私が治したという事にしておいてくれたまえ』

「んー……それって嘘つく方がややこしくない? 脳死患者が次々と霧崎教授の下に運ばれてくる事態になるかもだよー?」

『それでも問題無いな。ミルクにその術式は習っておいた。元はと言えば、雫野君が編み出した術だというので、君も教えてもらったらどうだ? あ……いや、やっぱり患者が次々運ばれるのは鬱陶しい。まあ、黙っておいてくれるとありがたい』


 しかし電話の音を大きくしていたので、霧崎の声は、その場にいる真と亜希子にもはっきりと聞こえていた。


「ひょっとして、その子が教授のマウス?」

『うむ。しかし正義のヒーローにしてしまったので、このまま君のマウスと戦わせることはできん。変則的な形で遊ばせてもらおうと思っている』


 遊ばせてもらうという霧崎の言葉に、亜希子は激昂しかけたが、何とか声を出すのを堪える。


「どんな子?」

『中々礼儀正しい子だよ。死なせるには惜しいが、だからこそ修羅場へ放り込むのはドラマチックと言える。死んだ方がよい者を死地へやっても、面白くも何ともないからな』


 続けて口にした霧崎の台詞に、亜希子は霧崎への殺意と怒りで、頭が沸騰しそうになる。


(ある意味ママと似ているかな。愉快犯て、ママも言ってたけど、人の運命を弄ぶタイプなのは、霧崎も純子もママも全部一緒よね……)


 そう意識することで、亜希子は頭を冷やす。そんなタイプを散々見てきたからこそ、冷静に対処しなくてはならないと、自分に言い聞かせる。


『まあ楽しみにしておきたまえ。君も面白いマウスを頼むぞ』

「まかせてー、じゃあねー」


 電話を切って純子は、険悪な形相の亜希子を見た。


「大丈夫だよー。霧崎教授は、絶対死ぬようなシチュエーションに追い込むことは、絶対に無いから、どんな相手にも平等にチャンスを与えるのが、彼の美学だからねえ」

「そんなこと言われても、あまり大丈夫とは思えない」


 険悪から憮然程度に表情を変え、亜希子は言った。


「さっきまで霧崎の所に私もいたのよ。望を純子のマウスと戦わせるとか言ってたけど、どういうことなの?」


 それがどういう事なのか、百合から前もって聞かされて全て知っている亜希子であるが、あえて知らない振りをして、情報を聞き出しにかかる。


「頭のおかしい奴同士の遊びだ」

 純子が口を開く前に、真が答えた。


「戦隊ものになぞらえて、自分達が改造したマウスを戦わせて遊んでいる。ヒーローと怪人の陣営に分けてな」

「ふーん……それに望は巻き込まれたんだ」


 真のわかりやすい説明を聞き、亜希子は半眼になって純子を睨む。


「つまり純子は、遊びで私の彼氏を殺そうとするわけだ。ふーん……。ママでさえそんなことしないのに……。ふーん……そっかあ……」

「いや……その……もし私の所で改造したとかなら考えるけど、霧崎教授の管轄では、私にもどうにも……」


 詰め寄る亜希子に、純子が珍しくしどろもどろになる。


「どうかな? お前は知り合いより、自分の遊びを重視したことの方が多かっただろ。一線を越えて人間関係を破壊した事は無かったが、その寸前までいった事だってあるじゃないか」

 さらに突っ込む真。


 真を横目で見つつ、亜希子は百合から言われたことを思い出す。


『私の助力を求めるのなら、純子をあてにするのは許しませんことよ。でも、真を利用するのは構いませんわ。あれを利用しなさい。それは有効な手でしてよ』


 情報を引き出すだけではなく、真ならきっと、困っている自分の様子を見せれば、力を貸してくれるであろうと見込んで、亜希子はそれまで知らなかった振りをしていた。予め全て知っていたうえで助力を求めるより、純子と真がいる前で、自分が真相を知るという形にした方が、インパクトがあると計算して。

 とはいえ、そんな小細工をしなくても、真なら助力を請えば、あっさりと助けてくれそうな気もしないでもない。


(やっぱりストレートに頼んだ方がいいかも)


 そう思い、亜希子は真に直接頼むことにした。


「真、望を助けるのに協力して」

「わかった」


 二つ返事が返ってきて、亜希子は胸を撫で下ろす。


「ついでに雪岡の邪魔にもなるし、都合がいい」

「いやいやいや……私は何もしてないじゃない。亜希子ちゃんの彼氏に何をしたっていうの……」

「これからいっぱい悪いことするつもりなんだろう?」

「いやいやいやいや……霧崎教授の出方もわからないのに、これからとか言われても……。樹ちゃん達も死なせられない理由があるし、私の方は私の方で便宜を図るよ」

「死なせられない理由?」


 言い合いの最中、気になることを聞いた真。


「弦螺君は木島の人達をちゃんと戦力強化として見込んで、うちを紹介したようだからね。それをあっさり潰しちゃってたら、身も蓋も無い話だしさあ」

「なるほど、それくらいの分別はあったのか」

「いやいやいや……真君、私のこと、何だと思ってたの?」


 どうやら純子側で用意したマウスに関して話をしているらしいと、亜希子は真と純子のやりとりを聞きながら察する。


「どうも話を聞いた限り、今回の遊びはお前一人の主導ではないし、木島達も、望の安否も、お前には保障できないだろ。特に望に関しては手の届かない場所にいる」

「んー……」


 真に指摘され、純子は口ごもる。


「遊びの場はいつも通り、尊幻市か?」

「だと思うよー。あそこなら遊びやすいからねえ」


 真に問われ、純子は答えた。霧崎剣との遊びは大抵ここで行われる。安楽市内で怪人と正義の味方の戦いを行うこともあるが、怪人が暴走しすぎて、警察にも中枢にも怒られてしまいかねないという理由で、いくら破壊活動を行ってもよい場所として、尊幻市を選んでいた。


***


 研究室の一室にて、一人目の改造手術が終わった。


 霧崎研究所に捕らわれた、貸切油田屋の兵士九人は、まとめて拘束された状態で研究室へと入れられ、仲間の一人がマッドサイエンティストによって人外へと改造される様を見せ付けられた。

 彼等は恐怖よりも怒りの視線を霧崎へとぶつけていたが、霧崎はそれを意識し、心地良さそうに鼻歌混じりに改造手術を行っていた。


「よし、完成だ!」

「おつかれさまでした」

「おつかれさまままま」


 手術が終わり、半裸の美少女達がねぎらいの声をかける。


「ぐおおおおっ!」


 手術台に寝せられていた兵士が咆哮と共に覚醒し、起き上がる。

 全身の筋肉が異常なレベルで肥大化し、体も2メートルを優に越えた巨体と化している。霧崎の細い体など一瞬にしてへし折れそうだ。

 間近で憤怒の形相を向ける改造兵士に対し、霧崎はにやにやとおかしそうに笑っている。


「早いな。麻酔の効果も自力で消したか? しかしまだ改造直後であるし、安静にしていた方がいいぞ」

「うおおおおおぉぉぉっ!」


 余裕ぶる霧崎に、兵士が咆哮をあげながら腕を振るう。


 直後、兵士達は驚愕した。霧崎の細い体が超高速で移動し、部屋の扉の前に立つ美少女の上に肩車していたからだ。目にも止まらぬ速さというほどではないが、人間離れした速度であったし、何よりその移動の際にも、床に足をつけず、途中にいた美少女の頭や肩の上を踏んでいったのも、兵士達はしっかりと目撃した。


「元気があってよろしい。しかし今は大人しくしてもらおうか」


 霧崎が言った直後、室内にいた美少女数人が四方八方から改造兵士へと飛びかかり、これをあっさりと抑えこむ。そのうちの一人が兵士の首に注射をし、兵士は再び意識を失った。

 少女達の速度や体さばきもさることながら、少女達の細い体が、筋肉ダルマと化した改造兵士をいとも簡単に押さえ込んだ光景にも、兵士達は慄いていた。


「彼女達は私の足であり、椅子であり、お世話係りであり、護衛であり、私の心を潤う華でもある。もっとも護衛などなくとも、私は自分のマウスに足元をすくわれるようなこともないがね。ただ、地に足をつけて戦うなど、私のポリシーに反するのでな」


 兵士達に向かって自慢げに語る霧崎。


「私の指示に従う期間は、この遊び――このゲームの間だけでいい。前にも言ったが、その後は解毒剤をくれてやるし、解放もしてやろう。これも私のポリシーだ。場合によっては戦闘を複数回行ってもらうかもしれないが、ゲームが終われば、後は自由にしたまえ」


 そう言い残すと霧崎は踵を返し、即座に反応して床に伏した少女達を踏みつけて歩きながら、部屋を出ていった。


 兵士達は嫌でも悟らずにはいられなかった。抵抗は無駄だと。あの変態マッドサイエンティストに、完全に命運を握られてしまっていると。

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