第二十九章 9

「待ていっ! 今度はそちらが怪人の番だったはずだぞ!」


 霧崎研究所にて、霧崎は純子からかかってきた電話の内容を聞いて、血相を変えて驚愕の叫びをあげた。


『えー、違うよ。教授、思い違いしてるよー。今回は私がヒーロー系マウス出して、教授が怪人系マウス出す番だよー』


 純子に言われ、霧崎はディスプレイを眼前に投影してチェックする。チェックしてみると確かに純子の言うとおりだった。


「い、忙しくて、うっかりしていた。私が勘違いしていたようだ。うぐぐ……。しかしそれは困るっ。すでに改造して正義のヒーローにしてあるし、今更『うっかり間違えたから、今の改造は無しで。やっぱり正義のヒーローじゃなくて悪の怪人をやってくれ』なんて言えんだろう!」


 頭を抱えながら訴える霧崎。


『おお……教授にもそれくらいの分別あったんだ……』


 意外そうに言う純子に、霧崎は眉をひそめる。


「君は私のことを何だと思っていたんだねっ。頼むっ、配役を逆にしてくれたまえっ。今回だけはどうか、順番を入れかえて、雪岡君が悪の怪人軍団を作ってくれたまえっ」


『いや、こっちもすでにヒーロー系マウスにしちゃったしさあ……。こっちも困るよ……』

「むむむ……落ち度は私の方にあったのだし、私の方でどうにかするしかないか。ならば……せめてもう少し時間をくれたまえ。急いで悪の怪人軍団を作ろう。しかし……こちらでもう作ってしまったヒーロー系マウスの扱いは、どうしたものか……」

『それなら私にいい考えがあるよー。最初は悪の組織の中にいて、悪の組織が実は悪者だと知らずに操られて、私が作ったヒーロー系マウスと戦うっていうシナリオ』

「否、それは無理があるぞ。上手くいかずヒーロー同士で本気の殺し合いをして、収拾がつかなくなる可能性が大だ。というか、だ。そんなシナリオは、実行するとなると私の負担が大きすぎる」

『えー、面白そうなのにー』

「フィクションでやるなら、作者の思い通りの展開にもっていけるが故、面白いかもしれんが、現実で実行するとなると、思い通りにはいかんのではないか」

『だからさー、思い通りにいかないからこそ、面白いんじゃなーい』


 ひとしきり純子と会話した後、電話を切り、どうしたものかと思案する霧崎。


「教授、あの人達がいるじゃないですか」

「おおっと、そうだった。すっかり忘れてた。最近何かにつけて物忘れが激しい」


 椅子になっていた少女の指摘を受け、霧崎はぽんと手を叩いた。


***


 木島一族の四名は、改造した日は雪岡研究所に一晩泊まり、様子を見た。主に、危険な改造を施した樹のためだ。拒絶反応などが出た際に、純子がすぐ対応できるように。


 訓練場に、純子、真、累と、樹、幹太郎、森造、早苗の七人が集る。能力のお披露目兼テストのためだ。


「俺からいくよ。姫、ちゃんと見ててくれな」

「いちいちアピールしなくてもそりゃ見るだろ」


 幹太郎に突っ込む真。


「そういうことじゃねーんだよ。わかんねーかなー。俺をしっかり記憶に焼き付けてくれってことと、俺を見て感じ入るものを――」

「早くせよ」

「ああ、いく」


 樹に促されて、幹太郎は右手を突き出し、人差し指と親指を立てて手をピストル状にしてみせる。

 人差し指の先から、細く輝く光の線が生じた。光量自体は大したことがないが、くっきりと輝く光の線が、直線ではなく、右に左と緩い曲線を描いて伸びて、光の先には真がいる。


「行くぞ」

 言った直後――


「来たぞ」

 一瞬に真の目の前へと現れ、ニヤリと笑う幹太郎。


「瞬間移動……って言いたいくらいの早さだが、違うな。光の線に沿って超高速移動しているのか」


 一目で能力の正体を見抜いた真。


「この速度で奇襲されたら、大抵の奴は反応できないだろ。真、俺のこの能力込みで組み手してみようぜ」

「その光の線で相手に動き読まれてしまうのが弱点だな。それ消せないのか?」


 嬉しそうな幹太郎であったが、冷静に否定する真に、トーンダウンして笑みを消した。


「ルートをはっきりと自分で視認しないと制御できないからねえ。光の線無しでの発動もできるけど、それをやっちゃうと、どこに飛ぶかわからないんだよ。視覚的な標があって初めて、高速移動の制御ができるんだ」

 と、純子。


「制御しきれてないだろ」

「何だと」


 真の言葉に、幹太郎は憮然として噛み付いた。


「なるほど……」


 累も真が何を言わんとしているか、理解した。幹太郎の能力の致命的な弱点が何であるかを。


「もう一度それやってみろ。今度はちゃんと攻撃しにかかれ」

「おうおう、殺してもいいわけか。じゃあ殺してやるよ」


 獰猛な笑みを浮かべると、幹太郎は真から離れて、再び光の線を発生させる。光の線は真の手前で直角に折れ曲がったかと思うと、その先はゆるいカーブを描いて真の後方へと周りこみ、今度は上に直角に折れて真の頭上へと上がり、さらに真の前方へと降りてきた。

 この光の線の軌道通りにのみ、目にも止まらぬ動きで高速移動が可能とあれば、光の線から離れれば攻撃は食らわない。能力が見抜かれれば、事前に攻撃の軌道を読めてしまうという弱点だが、真と累は、それとはまた別の弱点に気がついた。それを証明して体で教えてやるために、真はあえて光の線から離れようとはしない。


 幹太郎が能力を発動させるタイミングを狙い、真は幹太郎の軌道上から少し身を引いて、何も無い空間に膝蹴りを見舞う。


「ぐへっ!?」

「上手いこと当たった」


 体を折り曲げて倒れる幹太郎を見下ろし、真は言った。


「移動しながらの制御は無理だろう。線路上に置石をされたら御覧の通りだ。お前はその能力にあまり依存しない方がいい。ここぞという時に使うか、不意打ちに留めるか、あるいは別の用途にしておけ。攻撃と組み合わせて多発すると、命取りになりかねない」

「そ、そうか……ありがとよ、教えてくれて」


 腹を押さえてうずくまりながら真を見上げ、幹太郎は素直に礼を述べる。


「しかしそれをこんなに早く見抜くってことは、真はやっぱり相当な実戦経験積んでるってことか」

「実戦経験どうこう以前に、察しのいい奴ならわかりそうなもんだぞ。だからこそ、その能力は使い方を誤ると怖い」

「俺は実際に命がけの戦いをしたことなんて、まだ一度も無いからな。木島の戦士として生を受けたのに、国を護る役割とか言われて育ってきたのに、訓練ばっかりでさ……。俺ら四人以外にも木島の鬼はいるけど、戦えるのは俺達だけ。その俺達が木島の一族全ての食い扶持なんだが、別に国なんて護ってもいねえ。どこに敵がいるんだよ。面白くねえって、ずっと憂鬱な日々だった。真みてーな歴戦の兵とか、妬ましくてたまらねーよ」


 己の心情を包み隠さず吐露する幹太郎に、真は複雑な気分になる。


(やっぱりこいつ危ういな……)


 活躍の場を求め、功名を求め、急いては命を失うタイプと、真の目に幾度も映ってしまう。


「でも……ようやく暴れられる。楽しみで仕方無い」

「その初戦で調子こいて死なないようにしろ。相手を殺すことの意識より、自分が生き残ることの意識を優先させておけ」


 最も大事だと思うことを告げる。これを聞き入れるかどうかが、生存の鍵だと、真は思う。


「はっ、偉そうに……。ま、先輩様の言うことだから正しいんだろうけど、水差してくれんなよ。やっぱお前気にいらねーわ」


 そう言うわりに笑っている幹太郎を見て、真はほっとした。一応は耳を傾けてくれたようだ。


「やっと実戦に出るお許しを姫からもらえたんだ。ここで功をあげまくって姫を見返してやるからな。姫、しっかり俺のことを見ていろよ」

「功を急いて無駄死にする所なぞ見とうないぞ」


 自分の方を向いて笑顔で粋がる幹太郎に、憮然とした面持ちで言い放つ樹。


(こいつが早死にするタイプだと、樹もわかっていたから、戦いの場に立たせなかったんじゃないか?)


 幹太郎と樹を交互に見やり、真は勘繰る。


(そして早死にさせたくないタイプでもあるがな。どこかで自分の馬鹿さ加減に気付けば、こういう奴は、そこから変われる。強くもなれる)


 今までいろんな戦闘者を見てきた真は、その早死にするタイプが生き延びて成長した例も見ている。できれば幹太郎にもそうなってほしいと願う。


「真君も何のかんの言いつつ、幹太郎君のこと目かけているみたいだねえ」


 隣にいる樹を一瞥し、純子が言った。樹を安心させてやるつもりでの発言だ。


「僕は彼が気に入りませんよ。気に入らないと言いつつ、真と随分と仲良くなっている」


 嫉妬深さが人一倍の累が、面白くなさそうに言う。


「大目に見てやりてほしい。幹太郎は今まで同年代の子と触れ合い無き故、嬉しき也」


 樹に言われ、累も渋々目を瞑ることにする。


(幹太郎君はこれまでは戦う機会が無かったっていうけど……。弦螺君が彼等を私に預けたのは、明らかに戦力として彼等を強化する目的のためだよねえ。つまり今後は、戦う機会も十分に有りうる。ていうか、仮想敵がすでにいる、と)

 ふと、純子は思う


(貸切油田屋が不穏な動きをしているって聞くし、多分それを想定しているのかなあ……今後、大規模な侵略があると見ているのかも)


 だとすると、これから木島の四名を用いての遊びで、彼等を消費するのも不味いと純子は考えた。


***


 霧崎研究所地価座敷牢。

 鉄格子の前に、半裸の少女数名が現れ、床に仰向けになるのを見て、中にいる兵士達は何事かと顔をしかめる。

 少女達の上を踏んで歩き、彼等が標的としていた人物が現れた。


「君達の処遇をどうするか、決めたぞ」


 座敷牢の中の貸切油田屋の兵士達を見つめ、血色の悪そうな顔にねちっこい笑みを広げる霧崎。


「君達には悪の怪人軍団となって、世に悪を成してもらう」


 あまりにも意味不明な言葉が霧崎の口から出てきたので、兵士達は反応できずにいた。


「逆らうことはできん。君達の体内には毒薬を仕込むからな。それも散々苦しんで死ぬタイプのものだ。君達が逆らったら、遠隔操作で即座に体内で破裂させる。ちゃんということを聞いて、私が満足いく成果をあげたら、解毒剤をやろう」

「じゃあさっさと殺せ。テロリストまがいのことをやらされて、罪も無い市民を殺すような真似をするくらいなら、死んだ方がマシだ」

「おい、余計なこと言うな。そんなこと言ったら洗脳されて無理矢理……」


 噛みつく兵士の一人に、他の兵士が顔をしかめる。


「ただ改造されて毒薬を仕込まれるだけなら、まだ反撃のチャンスも生じただろう」


 さらに他の兵士が、噛み付いた兵士に耳打ちし、噛み付いた兵士もしまったと舌打ちする。


「ふむ。ここにきて綺麗事か。まあよい。君達にはある程度の自由意志の元、自由行動も許すつもりであるが故、心が痛まぬ程度の悪事で構わんぞ。いや……これだけでは伝わらんか。具体的には、改造後に、とある無法都市へと行ってもらう。そこで適度に建物を壊すだのして、最初は誰も傷つけないように暴れればよい。君達を殺しにかかる者が現れたら、反撃して殺せばよい。それだけの話だ」


 無法都市と言われて、思い当たる者が兵士の中に何人かいた。日本での活動期間が長い者達は、皆知っていた。


***


 百合、亜希子、睦月、白金太郎は、佐野望救出作戦の打ち合わせに入った。


「まず亜希子、貴女は純子と霧崎の双方に探りを入れて、両者の動きを出来るだけ掴んできなさいな」

「わかった」


 百合に指示を出され、覚悟を決めた表情で頷く亜希子。


「私と睦月と白金太郎は、どちらにも動きを悟られないように、陰で動きますわよ。現時点では、純子も霧崎も具体的な動きがわかりませんから、私達もこれ以上細かい作戦は立てようがありませんが、基本はそのような形でいきますわ。マッドサイエンティスト二人の動きと、周囲の状況、どのような遊びをするかを見極めたうえで、私達もそれに合わせて即興で作戦を組み立て、臨機応変に動くという形にいたしますことよ。何か質問はありまして?」


 百合が確認するが、誰も質問を出すことはなかった。

 作戦会議は以上で終わった。

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