第二十九章 4

 病院を出て、霧崎とバイパーとナルが、安楽市絶好町繁華街を歩いている際に、彼等は襲撃を受けた。

 繁華街でのドンパチなど安楽市では珍しくもないが、拳銃ではなくサブマシンガンを携帯しているという点が違う。拳銃以外の銃器は、日本の裏通りでは制限されており、あまり出回らない代物だ。


 襲撃者達は全員フルフェイスゴーグルで、統率の取れた動きをしていた。バイパーとナルは無視し、全員が霧崎に狙いをつけているのがはっきりとわかった。


「ほう……。白昼堂々こんな街中で派手にやらかすつもりか。いいぞ。そういう派手なのは嫌いではない」


 霧崎はというと、半裸の美少女二人を馬にして、一人の少女の背中に立ち、悠然と笑っている。

 ちなみに、馬の胸前と前脚の部分の担当の少女は、直立して普通に歩いている。背中と後脚と臀部の担当の少女は、上体をほぼ直角にかがめて、前の少女の背中に頭をつけ、手を腰に回して掴んでいる。霧崎は後ろの少女の背中の上で、少女達が馬となって歩いている最中も、バランスを崩すことなく立っていた。


「随分と大掛かりだにぅ」


 二十人ほどの武装集団に取り囲まれ、ナルが緊張感の無い声を出す。表情にも全く緊張や怯えは無い。


 当然だが通行人は素早く避難している。襲撃者達も一応は通行人のことを配慮し、すぐさま銃を乱射するのは控えているようであった。しかしもう通行人の避難も完了しているので、いつ撃ってきてもおかしくない。

 彼等が撃たないのは、霧崎以外の人間が霧崎の近くにいるからである。


「我々が用が有るのは、そこのイカれた男です。離れてください」


 流暢だが明らかになまりのある言葉遣いで、バイパーとナル、それに霧崎の馬になっている少女二人を意識して言う。


「ナル、離れておけ」

「わかったにぅ」


 バイパーに促され、ナルはバスケットを持ったままその場を離れたが、バイパーは離れようとはしない。


「別に私を守ってくれなくてもいいのだぞ? これくらい私一人で対処する」

「俺が守ってるつもりなのは、この便器二人だ。こいつらが離れたら、俺も離れる」


 からかうように言う霧崎に、バイパーが真顔で答えた。


「つーかお前一人で対処しろよ。こいつらも巻き添えにして戦うつもりか?」

「うむ。彼女達は私の馬であり、護衛でもある。何も問題は無い」

「気にいらねえな……。でもまあ、そいつらも腕は立ちそうだし、いいか」

「待て」


 少女達を一瞥し、バイパーもその場を離れようとした所を、銃を構えた男の一人が呼び止めた。


「そこの男は見逃さない方がいい。『魂魄ゼリー』と抗争したバイパーという男だ。間接的だが、我々とは相対する」


 日本語でも英語でもない言語で、仲間に伝達する。バイパーには理解できなかったが、霧崎は理解した。


「バイパー君、君もどうやら彼等の標的のようだよ」


 ニヤニヤ笑いながら、霧崎が言う。


「何でだよ。つーか何語だ、今のは」

「ヘブライ語だ。彼等はイスラエルマフィアだよ。いや、正確には違うか。マフィアの振りをした――」


 霧崎がバイパーの疑問に答えている途中に、彼等は一斉に発砲してきた。


「ま、それならそれでもいいぜ」


 銃弾の雨をものともせず、バイパーは徒手空拳で武装集団へと突っ込んでいく。

 銃弾を浴びつつも傷一つ負わずに高速で迫り来るバイパーという、有り得ない光景を目の当たりにした武装集団は、一人残らず慄いていた。


 先頭の男の首が宙を舞う。切断されたのではない。引き抜かれたのだ。頭部には脊髄もついたままである。


 バイパーが前方に跳ぶ。同時に長い脚が勢いよく前方へと突き出され、二人の男の腹部をまとめて貫通する。

 着地した所で、バイパーが足を振り回すと、腹部に大穴を開けられていた男二人の体が、吹き飛ばされ、周囲の男に当たる。さらに腕が振り回され、側にいた男の頭部がぱかーんと派手な音と共に割れて弾け飛ぶ。 


「いやはや、なんとも豪快、なんとも壮観」


 最初の一斉射撃を、風邪にたなびく柳の葉の如くひらひらと動いてかわしきった霧崎が、バイパーが大暴れする光景を見て、おかしげに言った。少女二人はすでに馬の状態から解け、霧崎は少女一人の肩に乗っている状態だ。


「バイパーく~ん、できれば殺さないでくれたまえ。実験台として確保したいのでな」


 霧崎が声をかけるも、バイパーは加減することなく、次々と撲殺していく。霧崎は溜息をつき、少女二人にそれぞれ一瞥をくれる。少女二人はその視線一つで、霧崎の望みを察し、武装集団めがけて突っ込んでいった。

 バイパーの大暴れに混乱しつつも、武装集団の何名かが、少女二人と霧崎に向かって銃撃を浴びせるが、少女二人は人間離れした速度で左右にステップを踏み、無傷で武装集団の懐へと飛び込み、素手の打撃を見舞う。少女の力とは思えぬ威力の掌打や蹴りを食らい、武装集団が次々と崩れ落ちていく。


 少女達が加減して気絶するに留めたおかげで、二十名いた武装集団のうちの十名は、生かして気絶させるに留めた。この生きている者がどうなるかと言えば、無論、霧崎の実験台として扱われるのだ。


「イスラエルマフィアだと? 何でこんな奴等に狙われてるんだ? しかも俺まで……そんな奴等に狙われる心当たりはねーぞ」


 襲撃者全員が地に伏したのを確認し、バイパーが霧崎に尋ねた。


「パレスチナや周辺アラブ諸国に、大量の武器や化学兵器を安く売りつけてやったからな。おかげで第十八次中東戦争では、イスラエルがかなり深刻な被害を被った。こいつらはマフィアの振りをしているが、実際には軍人か殺し屋であろう。『貸切油田屋』からも相当なバックアップを受けているに違いあるまい。あるいはこの者達自身、貸切油田屋のソルジャーかもな。そしてバイパー君、君は貸切油田屋に狙われる心当たりがあるだろう?」


 霧崎の言葉に、バイパーは納得した。つい最近バイパーと相対したマフィア達の背後には、貸切油田屋という組織がいたという話だ。そして霧崎がそこまで知っていることに、舌を巻く。


「何でそんな所に売りつけたんだ?」

「どちらが悪でどちらが正義か、はっきりしているからだ。私は正義があると思った方に味方した。戦争に正義も悪も無いというのは嘘だ。背景事情をちゃんと紐解いていけば、善悪の区別ははっきりと浮き彫りになる。確実に悪が露わになる。もちろん勝敗が決してしまえば、勝てば官軍負ければ賊軍となる。白だったものも黒く塗りつぶされる。ついでに言うと、私は判官贔屓が好きであるからな」


 バイパーに問われ、得意気に語る霧崎。


『そもそも元凶はイギリスの二枚舌外交ですけどね』


 ナルが戻ってきて、彼の持つバスケットの中から、ミルクが口出しした。


『ま、その二枚舌外交の真相も、ン百年と続くと見込まれる争いを意図的に起こさんとした、デーモン一族の陰謀であると、世界中のフィクサー達――オーバーライフ達に見られている。終わる事のない争いを作れば、デーモン一族にとっては非常に都合がいい』

「なるほど、何もかも繋がっているってわけにぅ。糧にするための争いを起こすため、自分達の支配する土地と人々が、争いの糧というわけにゃ」


 ミルクの解説に、ナルが呆れたように言った。『貸切油田屋』を率いるデーモン一族は、アメリカ、イスラエル、イギリスといった国々を裏から支配しているとして、有名な話だ。


「そして彼等は私のための糧でもある。敵がいないと、実験台に不足してしまうからね」


 道に倒れた武装集団を見渡し、霧崎はにんまりと笑う。


『純子にしろお前にしろ、気に食わねーやり方だわ』


 バスケットの中で、後ろ足で頭をかきながら、ミルクが忌々しげに吐き捨てた。ミルクはミルクで、三狂の他の二人とは異なるポリシーがあった。

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