第二十八章 22
闇の安息所を出た来夢、克彦、毅、の三名は、安楽市絶好町繁華街を歩き、褥通りへと入る。
褥通りは、文字通りの裏通りである。狭いビルの隙間の道を抜けた先にある、長く複雑にうねった裏道。ここは主に裏通りの住人のみが立ち入る危険地帯だ。裏通りの住人用の店や施設が多く、抗争も頻繁に発生する。取引の場所としても使われる。
かつて来夢と克彦は以前ここに一度入り、安楽市にまで進出してきた中華系マフィアと抗争を行ったことがある。
ジャンク屋『デミウルゴス』へ入ると、中は想像していたよりも広く、陳列棚は整理されていた。一見ゴミとしか思えないような得体の知れない機械類が、沢山置いてある。
「わけのわからないものいっぱいだな。このデカいのはエンジン? 車のじゃなさそうだけど」
特に目立つ巨大な機械を見て、克彦が呟く。
「昔、克彦兄ちゃんと一緒に、がらくた置き場で遊んだこと思いだす」
来夢が懐かしそうに微笑みながら口にした台詞を聞き、克彦も昔の事を思い出して口元を綻ばせた。
「赤城の――御無沙汰だな」
「覚えていてくれて嬉しいです」
カウンターに座って新聞を呼んでいた髭面の店主が、毅に声をかけてきた。毅は愛想笑いを浮かべて会釈する。
デミウルゴスの店主は、七十から八十ほどの老人であった。老人といっても、腕は太く、筋肉が盛り上っている。日焼けして、頭のてっぺんは禿あがり、髪も髭も真っ白だ。いかにも頑固爺という感じの厳しい顔つきをしている。
「雪岡純子と事を構えて、組織も失って行方不明だと聞いていたがね」
「最近その雪岡さんの下で働かせていただいています。で、今日は伺いたいことがあってきましたが」
毅はここで売られていたドリームバンドと、ペペに関して尋ねてみた。
「ドリームバンドのチェックは全部ペペがしていた。はっきり言うが、ジャンク屋に並ぶドリームバンドってのは、危険だぞ。しかもここは裏通り御用達のジャンク屋だから、さらに危険だ。当然、中には違法ドリームバンドだって紛れ込んでいる」
元々厳しい顔をさらにしかめて、店主が答える。
市販のドリームバンドには、人体への安全面を考慮されて様々な制限が成されている。また、個人でドリームバンドを製造することはもちろん、改造する事も禁止されている。これらは違法ドリームバンドと呼ばれている。
違法ドリームバンドの中には、麻薬的なトリップを促すものが多く、それらは違法ドラッグと同じくくりにされる。警察に所持や販売が見つかれば、問答無用で御用となる代物だ。
「警察に捕まるようなもの、ここでは堂々と販売してるの?」
興味津々といった顔で尋ねる来夢に、店主はボリボリとはげあがった頭をかく。
「警察だって、こんな店にまできて、ゴミ漁っていちいちチェックなんてしたくないだろ。そもそもここでドリームバンドを買う奴なんて、大抵は部品集めにバラすのが目的だ。そのまま使う奴なんてそう多くは無い。もちろん使用目当てのマニアックなドリームバンドの愛好家が、個人で作られたヤバそうなドリームバンド目当てに買いに来る事もあるがな。あとは……」
ここで店主は言葉を区切り、煙草に火をつける。
「専門知識があるならば、ドリームバンドを改造する目当てで買い漁る者もいると聞いた。つまり違法ドリームバンドの製造業者だな。まあ、客の目的なんかいちいちチェックしているわけじゃねーし、噂や憶測混じりに俺も言ってるよ」
しかめっ面のまま、しかし丁寧に事情を説明する店主。
「そもそもドリームバンドがおかしな具合に故障していたり、悪意あるプログラマーの手にかかっていたりしたら、どうなるって話だぜ。最悪、廃人になることも有り得るんだぞ」
「そうなると、ペペさんはどうしてここでドリームバンドを買って、それを安息所で使っているのかって話になるな」
店主の解説を聞き、克彦は唸った。嫌な想像しか思いつかない。
「おじさんはペペさんのこと知ってるの?」
来夢が店主に尋ねる。
「結構長い付き合いだ。人当たりいい子だから、よく喋っていた。こっちも暇だしな。以前から通って、いろんなものを買っているさ」
「ここの常連という事は、ペペさんの行動が特におかしいとも考えられない……か」
毅が言った。
「ドリームバンドはどこから仕入れているかはわかります?」
「おいおい、ここはジャンク屋だぞ。仕入れ先まで知らないさ。知っているのは持ってくる業者だ。でもここは裏通り御用達のジャンク屋だし、業者も裏の筋だ。絶対に教えてはくれないだろうな」
毅の質問に、困ったように答える店主。
大体の質問を終え、三人は店を出た。
「今の……凄く変な話だよね。ここで売っているドリームバンドが、危険なものも混じっているって話なのに、それを精神療養用のドリームバンドとして安息所で使ってるなんて」
店を出た所で、克彦が疑問を口にする。
「いいや、たまたままともだったドリームバンドを見つけて、精神医療用にカスタマイズしただけとも考えられます。そうすれば安くつくのは間違いない」
と、毅。精神療養用は高価だと言いつつ、ジャンク屋で買ったというペペの話はおかしかったが、こう考えると納得がいかなくもない。しかし……そうなるとまた疑問点が沸く。
「好意的に解釈すれば……ペペさんは元々ジャンクの改造が趣味で、ドリームバンドも壊れたものを自作して精神療養用に作り変えたとかになりますが、それにしても一歩間違えれば危険かもしれない場所のものを作り変えて、それを皆に使わせるという神経は……」
何をどう好意的に解釈しても、ペペの行動はおかしいという話になってしまう。
「やっぱり克彦兄ちゃんと毅も、ペペさん疑ってる?」
「ペペさんも赤猫に憑かれたって話だけど、それ自体狂言かもしれないしな」
来夢に問われ、克彦は言葉を選びつつも、その可能性を示唆する。
「どうする? ストレートにペペさんを問いただす? それとも……黙っておいて様子を見るか、あるいはそれとなくカマをかけてみるってのもありだと思う」
克彦が来夢と毅をそれぞれ見やり、問いかける。
「どれが正解に繋がる行動かわからないし、迷う所」
口元に手を添え、来夢が言った。
「俺が聞いてみますよ。交渉は得意なんです」
年下の少年二人に向かって得意気に微笑み、毅が名乗り出る。
「そっか。じゃあお手並み拝見」
毅を見上げて来夢も微笑んだ。
***
純子、みどりの二人は早めに撤収した。累はまだ安息所に残っている。
純子が早めに研究所に帰宅したのは、闇の安息所にあったドリームバンドを調査するためだ。
「へーい、純姉、おかしいの気付いてる?」
研究所の出入り口をくぐった所で、みどりが声をかける。
「うん、気付いてるよー。闇の安息所に、赤猫を放った犯人がいるとしたら、私達の動きを妨害する素振りを一切見せないってこと」
「それだわさ」
自分と同じ考えを述べる純子に、みどりがにかっと笑う。
「もし犯人があの中にいるなら、こうなることも覚悟してた……っていう路線も考えられるかなー」
「みどりね、すごく嫌だったけど、あの場にいる全員の心の中、ある程度だけど……うん、覗けるだけ覗いてみたんだ。バリアーが凄く厚いから、全部は見られなかったけど」
本当に嫌そうな顔で言うみどり。みどりは他人の心の中を覗けるが、相手に無断で心を読む行為を忌避している。
「犯人はいなかったってこと?」
「あの時、あの場所にはいなかったよォ~」
「んー、引っかかる言い方だねえ。つまり、場所と時間が変われば、あの中にいる可能性有り?」
「イエス。例えば単純に二重人格とかだわさ。でもそんなの疑うよりかは、あの場所には犯人はいなくて、全く別の場所に息を潜めて、様子を伺っていると考えた方が自然じゃね? ま、全部見たわけでもないし、あたしが心のバリアー突破できなくて、わからなかっただけかもしれないけどさァ」
みどりの話を聞いた限り、確かにそう考えるのが自然だ。しかし純子はそうは考えない。また、そう訴えているみどりすらも、そう考えてはいない。
犯人はあの中にいると、二人共見ている。二人共長生きしているせいもあり、人の悪意には敏感だ。それははっきりと現れてなくても、その場に隠れて息を潜ませているだけでも、経験則という名の勘で、悟ることができる。
「二重人格の人のもう一つの人格が出てないと、わからないってことかな? 誰が二重人格かまではわかる?」
純子の問いに、みどりは歩きながら腕組みして首をかしげる。
「ふわぁ~……ぶっちゃけると全員それっぽい感じなんだよね~。誰とは言わないけど、おもいっきし統合失調症の人もいるし……。あのさ、こんなこと言いたくもないけど、あそこにいる人達って……普通の人以上に頭の中覗きたくないんだよね。以前あたしが教祖様していた時にも、心の病抱えていた人は結構いたけど、夢の中に現れてお喋りする程度ならまだしも、奥の奥まで覗きたくはない。触れたくはない。差別意識してるみたいで、すっげえ自己嫌悪覚えるけど、その人の抱える辛い気持ち、こっちにもダイレクト響いてきて、すっげえキツいんだわさ」
みどりが喋っているうちに、二人はリビングへと着いた。ようするにもう頭の中を覗きたくはないと言っている。
「そっか。じゃあ無理に頼まないよー」
「解決の近道でもあるんだけどね~」
「気にしない気にしない」
個人のワガママで解決の道を遠ざけているかのようで、みどりは引け目に感じるが、そんなみどりの心情を察して、純子が屈託無い笑みをひろげて、みどりの頭を撫でた。
***
久留米狂悪は薬仏市に到着する前に、すでに逃亡先の下調べも行っているし、仕事も見繕ってある。
ドリームバンドの違法改造と販売を生業にしている、チンケなマフィアと、久留米は専属契約した。
「結構いい腕しているようだし、いっそうちらの組織の一員となるのはどうかな?」
「いや、あくまでフリーとしてやっていきたい」
「そうかい、残念だな。ま、気が変わったらいつでも言ってくる。」
交渉途中、下っ端マフィアに誘われたが、久留米はやんわりと断った。
マフィアの一員になった方が、いろいろと便利なのはわかっているが、できるだけ一人でやっていきたい。人との関わりあいは最小限に留めたい。
久留米はもう誰も信じない。信じられない。人は裏切る生き物だ。本心では誰かを信じたいという気持ちもあるが、それより裏切られる方が怖い。
一人で出来ることなど限界があるとわかっているが、それでも一人でやっていくと心に決めた。そして一人でも、可能な限り挑戦してみて、いずれは栄光を掴み取ってやると誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます