第二十七章 エピローグ
病院に一晩入院してその翌日、真は強引にさっさと退院し、見ろ苦慕殺の本部へと赴いた。
「そっか。鉄さんを……」
真に顛末を聞き、しんみりとした顔になる阿久津。
「予定通りだ。爺さんともいろいろ話ができた」
「殺し合いの前に孫との交流か。いいもんだな」
真のその言葉を聞いて、しんみりしていた阿久津が笑みをこぼす。
「頭目の片割れを失い、魂魄ゼリーはしばらく活動を控えそうですね」
「おいおい、今この場でそんな話すんなよ。空気読めや」
「失礼しました」
毒嫁が口にした言葉に反応して、阿久津がたしなめる。
「クサいこと言うけどさ、爺さんの心の奥底には、相沢鉄男がずっといたんだと思う。爺さんはそれを見ないふりし続けていたのか、忘れていたのか知らないけど。父さんや僕と出会ったことで、かつての相沢鉄男を思い出したんだ」
「お孫さんにここまで言ってもらえりゃあ、鉄さんも浮かばれるだろうよ」
腕組みして、笑顔でうんうん頷く阿久津。
「生意気な餓鬼だとか何とか言うだろうさ」
そう言って微笑む真。珍しく真が表情を見せたので、阿久津も毒嫁も驚き顔になっていたが、真は無意識だった事もあり、何故彼等が驚いているかわからなかった。
***
黄強はマードック他幹部連中の前で、胡偉がどうやって死んだかを詳細に伝えた。
「周りが敵だらけだったし、胡偉は救いようが無かったか。あの葉山とアドニスを退けるような奴等だしな」
マードックは黄強に責任を問うような声があがらぬよう気遣い、言った。彼は護衛をするためではなく、見届け人としてあの場に残ったが、中国側に頭の固い幹部がいて、どうして護衛しなかったのかと咎める者もいるかもしれないとして、先手を打っておいた。
「そのうえあの黒斗までいたんじゃあ、どうしょうもない。あ、黒斗ってのは日本で一番戦闘力高いポリスで、あの戦場のティータイムも相当手こずらせた奴だ」
他の幹部連中も意識して、マードックは説明する。
「日本からは手を引こう。薬仏は美味しい市場だったが、今回の一件で今後はどうなるかわからんし、抗争も面倒だからな」
マードックの決定に、反対する幹部はいなかった。市場を手放す事や面子の問題はあるが、これ以上抗争を続けても、金と人員を失うばかりだ。手を引いて別の稼ぎ場を見つけた方がいいと、誰もが思っていた。
「それと、中国側は後釜のボスを立ててくれよ」
「今後もボス二人体制ですか?」
マードックの言葉に反応し、中国側幹部が確認する。
「そうでないとこの組織は維持できねーよ。例えば俺一人が組織のボスになって、中国勢が言うこと聞くか? そっちの気質もわからねーし、そっちはそっちで任せるわ。じゃあ、解散」
部屋を出て行く幹部達。
「お前はちょっと残れ」
マードックが黄強を呼び止める。
「お前はあの爺に惹かれてたのか?」
二人きりになった所で、マードックがストレートに尋ねる。
「はい」
「即答しやがって」
真顔で答える黄強に、マードックは笑う。
「俺もだ。上手く言えないが、惹かれる部分があったから、二つの組織の併合も、この爺さんならいいかと思えた。殺人や強姦が趣味のとんでもない怨恨爺だけど、そこいらを見て見ぬ振りしていれば、憎めない人だった」
言いつつ、マードックは部屋の中の酒棚から、ウイスキーボトルとグラスを三つ取り出し、テーブルの上にグラスを置き、酒を注いでいく。
「俺らだけで、先だって軽く葬式しておこう。あの爺の理解者同士で」
「はい」
マードックに差し出されたグラスを、黄強は神妙な面持ちになって受け取る。
「迷惑糞爺に」
笑いながらグラスを掲げるマードックに、黄強も同じ動きで合わせ、同じタイミングで中味を呷った。
***
アドニスはボロボロの葉山を病院に送り届け、翌日に病院に見舞いへと向かった
「あの付き添いのイルカさん、どうにかなりませんか?」
「知らん」
看護士が困り顔でアドニスに訴えたが、アドニスはすげない対応。
「調子はどうだ?」
「ジャアァーップ!」
病室に入って声をかけると、ベッドの脇に座っていたアンジェリーナが元気よく叫んで挨拶し、なるほどこれは迷惑だと、アドニスは納得する。
「ああ、アドニスさん、わざわざすみません。僕は見ての通り蛆虫です」
あちこちを包帯で巻かれた状態の葉山が会釈する。
「魂魄ゼリーは日本から撤退する事になった。俺とお前との契約も切れたぞ」
アドニスが腰を下ろし、腕組みして報告する。
「そうですか……。どうも僕は記憶が飛んでいまして……。バイパーと戦っている途中からの記憶が抜けているんですよねえ。どうやって負けたのかもよく覚えてません。まあ、蛆虫だから仕方ないですね。うねうねうね……」
「ジャップ……」
何故かアンジェリーナががっくりとうなだれる。
「俺はしばらく日本に留まろうと思う。ここは中々面白そうだ」
「ジャップ!」
アドニスの言葉に、アンジェリーナが力強く一声発した。
「今のは何と言ったんだ?」
「日本はいい所だと言ってます」
「ジャーップ!」
大声で叫び、ぶんぶんと首を横に振るアンジェリーナ。葉山の通訳を否定しているようだ。
「すみません……アンジェリーナ。僕は所詮蛆虫だから、イルカの貴女の言語は40%くらいしか伝わらないのですよ」
「ジャップ……」
葉山の言葉を聞き、アンジェリーナは疲れたような声を漏らす。
「裏通りの仕事を勉強してみるか。まずは名を売り込むことからだな」
「ああ、僕でよければ、いろいろ教えますよ」
「助かる。動けるようになったら頼む」
葉山の申し出に、アドニスは微笑んだ。
***
見ろ苦慕殺本部を後にした真は、クラブ猫屋敷を訪れた。
『わざわざ挨拶と礼を言いに来たのはいいとして、手土産も無しか』
真が口を開く前に、手ぶらの真を見て不機嫌そうな声を発するミルク。
「あとで玉ねぎでも送っておくから、バイパーと繭とナルで食ってくれ」
「ありがとさんにぅ」
「気が利くじゃねーか」
「くぅうぅぅぅ」
『ふざけやがって、てめーら……』
真の言葉に、笑顔になるナル、バイパー、繭であったが、ミルクはさらに不機嫌そうな声を出す。
「ミルクが情報をくれたおかげで、清算が出来た。僕にとっても、父さんにとっても、爺さんにとっても、これが一番いい結果だったと思う。その事には相沢家三代を代表して礼を言うよ。ありがとう」
『あ……いや、そんな改まって礼を言われても……何か照れる』
「じゃあどうするのが、お前にとって一番いい対応なんだよ」
礼を告げる真から視線をそらすミルクを見て、バイパーが笑う。
「僕は真実が知りたかった――という名目でここに来たけど、確かめるまでもなく、ミルクの言葉が正しいと思ってもいた。それでも爺さん本人の口から、確かめたかったし、会って話してみて、いろいろとわかったよ」
真が話を続ける。
「ミルクが爺さんに力を与えたのも、罪滅ぼしと憐れみだけではなく、別の意図があったんじゃないか? いつか間違った自分に気がついた時のために、力を活かせると信じて」
『い、いや……』
真の指摘にミルクが口ごもる。
「まあ活かすことなく逝かせてしまったから、それも無駄になったけど」
『何が言いたいんだよ、テメーは』
真が続けて口にした言葉に、憮然となるミルク。
「バイパーには特に世話になった。かなり助かった」
「そいつぁよかった。また薬仏に遊びに来な」
腰に手をあて、バイパーがにやりと笑う。
『来なくていいわ。あ……ちょっと待った。話しておきたいことがあったんだ。戻ってからも純子に聞けばいいかもしれんが、一応私の口から伝えておく。葉山の件でな』
ミルクのその言葉に、真とバイパーが反応する。
『実は昨夜、純子といろいろ話をしたのです。バイパーに葉山のことをいろいろ聞いて、奴のことが気になってね。バイパーの力で思いっきりぶん殴っても死ななかったとか。純子の話では、銃弾を頭に二発、喉に一発受けても死ななかったとさ』
「再生力の高いマウスなら、それくらいは……」
『奴がどこかのマッドサイエンティストに改造されたマウスであるなら、な……。だがあれだけ強力なマウスを作れる奴なんて、『三狂』くらいしか私は知らんですよ』
真が言うが、ミルクは否定しにかかる。
『純子はかつてあいつと交戦し、その際に奴の血液と吐瀉物を回収したんですと。で、分析してみた結果……DNAに未知の塩基らしきものが存在し、それは地球上では存在しない有機物だったそうだ。地球上の全ての生き物のDNAは、四種類の決まった塩基から構成されているが、こいつにはそのどれにも該当しないものが複数含まれていた。そして……アルラウネの中にだけ見受けられた有機物もあったとさ。しかしこいつは断じてアルラウネではない。純子に見せてもらったが、アルラウネの塩基配列とはかけ離れている。アルラウネのことは私もよく知っているからな』
「純子ってそんなに簡単にライバルのミルクに、ほいほいと情報あげちゃうにぅ?」
ナルが不思議そうに尋ねる。
『ライバルと言ってもなあ……相互協力する領域だってあるですし、そういう所で意地張って対立しても仕方無いでしょ。真剣に憎みあっている仲ってわけでもねーですし』
ミルクがナルに答える。
『話が逸れたが、アルラウネは研究者達の間では、地球外生物と見なされている。ここからは私と純子が話して導いた、想像や推測の領域だ。仮説だ。もし宇宙の彼方にアルラウネが生息していた星があるとしたら、寄生植物であるアルラウネの宿主となる生物も必ず存在する。こいつがアルラウネと同じ有機物を備えているという事は、アルラウネとは別の生物だが、同じ星の出なのではないか。あるいは宿主なのではないかと』
「つまり葉山は宇宙人てことか?」
バイパーが口を挟んだ。
『仮説の段階だ。そして葉山はつい最近まで、刹那生物研究所という場所にいた。そこであいつは自分の意思で研究データになっていたらしいが、葉山が研究所を出た後で、葉山が人ならざるものである証拠が幾つも判明したんだとよ。協力中に判明したら、葉山を外になんて出さなかっただろうがな。バイパー、それに真も、今度葉山と遭遇したら、私なり純子なりに連絡しろ。ひっ捕らえて余すことなく調べつくしてやる』
葉山もとんでもない連中に目をつけられたものだと、真とバイパーは思った。
(そして繭のDNAにも……おそらくは先祖の獣之帝から継ぐDNAにも、葉山やアルラウネと同じ有機物があったことは、黙っておくですよ)
それは純子にも話していないし、自分だけの秘密にしているミルクであった。
***
薬仏市における、日本の裏通りの組織とマフィアとの大抗争が終結してから、数日後。安楽警察署裏通り課。
「魂魄ゼリーを含め、四つのマフィアが日本から撤退したとさ」
梅津がホログラフィー・ディスプレイを覗いて煙草を吹かしながら言った。
「確か芦屋先輩が殲滅作戦の指揮取ってたんですよね。SATも動かして」
松本が黒斗に声をかける。
「俺が潰したわけじゃないよ。俺は裏方みたいなもんで、実際には真とバイパーの手柄と言った方がいいね」
「またまた謙遜しちゃってー」
「謙遜じゃないし、そういうおためごかしは好きじゃない」
「すいません……」
黒斗のすげない態度に、松本は決まり悪そうに頭を下げる。
「薬仏のマフィア共は、貸切油田屋の支援を受けていたっていう情報もある。日本の裏通りを少しでも弱体化させるためにな。それもあっさりと潰されて……ルシフェリン・ダストと合わせて二連敗だ。そろそろ本腰入れて何か仕掛けてくるかもな」
梅津のその言葉を聞いて黒斗は、自分と親しい裏通りの住人達のことを意識してしまった。
第二十七章 マフィアになった爺と遊ぼう 終
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