第二十七章 20

 マードックは把握している。この戦いが実は代理戦争という側面もあり、日本の屋台骨とも言える裏通りを崩したいと願う他国が、傀儡であるマフィアを侵略者として放った戦いであると。

 マードックは計算し、事態を操作しようとしている。胡偉の前で口にした、彼に協力する理由は全て嘘だ。マードックはデーモン一族から指令を受けている。裏通りに少しでも打撃を与えろと。


 薬仏市のマフィアが活性化し、安楽市他の暗黒都市にまで足を伸ばし、支部を築くようになったのも、デーモン一族及び貸切油田屋による、影からの援助があったからだ。人も金も武器も手配してくれたとの話である。

 殺し屋のアドニスをマードックに紹介したのも、デーモン一族だ。アドニスにとって、彼等はお得意さんであるとのことらしい。


 もちろん胡偉も貸切油田屋とデーモン一族の影の支援も、彼等の目論見も知っている。今は彼等が利用できるから利用している。だが、マードックとデーモン一族との繋がりの強さまでは、把握しきっていない。


「肝心なのは、引き際の見極めだ。こちらが勝てる保障はねーしな」


 マードックが呟く。損害が大きくならないうちに撤収するのは当然として、その際に胡偉をどう説得するかが問題だ。


(あの爺らしくもなく熱くなっちまってるしな……まあ、なるよーになれって感じかな)


 正直な所マードックはこの時点で、嫌な予感がしていた。しかし人の心まではそうそう動かせない。ある程度は、胡偉のやりたいようにやらせるしかないと諦めていた。


***


 見ろ苦慕殺本部前の争いは終息を迎えた。

 マフィアの死体が、道路の至る場所に転がり、どちらが勝利したかを歴然と現している。


「こいつら、ロシア系とコロンビア系のマフィアみてーだな」


 死体を見渡し、その人種から、バイパーはそう判断する。


「他の組織はどうなった?」


 真が毒嫁に問う。薬仏市のマフィアが結束して、対立中の組織に同時攻撃を行っていることは、すでに聞き及んでいる。見ろ苦慕殺は、真とバイパーの活躍で敵を退けたが、他の三つの組織がどうなったかわからない。


「そのうち一つとは連絡が途絶えました。残り二つは交戦中です。さらには警察も交戦中とのことです」


 ディスプレイを眼前に投影し、毒嫁が報告する。


「警察が交戦している場所は敵本拠地かねえ」

 バイパーが呟く。


「僕等の標的もそこにいる可能性が高いな」

「うーん……芦屋がいるんじゃ、先に食われちまう可能性も大だが、襲われている裏通りの組織見殺しにして、俺達の我を通すってのもどうかと思うぜ」

「確かに……」


 バイパーが難しい顔になる。真も、場合によっては胡偉を諦めなくてはいけないと、覚悟した。


「いやあ、でもあんたらは鉄さんが目的でここに来ているんだろう? その機を俺達に付き合って失くしちまうってのも……」


 助け舟を出すのかのように、阿久津が口出しする。


「僕はどうしても自分の手で仕留めなければ、気が済まないほどでもない。まだ話したいこともあったけどな」

 と、真。


 黒斗に獲物を取られるのは残念だが、それならそれで仕方無いとも、真は考える。胡偉に対してそれほど思い入れがあるわけでもない。自分の手で彼に引導を渡してやれたら、それが一番いいが、強くはこだわらない。


「そっか。ありがてえ。よっしゃ。それじゃあうちらを二つに分けて、助太刀に行くぞ」


 上機嫌で阿久津が部下達に向かって命を下したが――


「いや、見ろ苦慕殺は一つに固まっていて、そのうちの一つを助けに行ってくれ。もう一つは、僕とバイパーの二人で十分だ」


 真の申し出に、阿久津は口笛を吹く。


「豪気だねえ。しかしあんたらはそれができちまうからな。んじゃあ任した」


 己のつるつるの禿頭を、ぴしゃりと平手で叩く阿久津。


「なーなー、親分さん。俺もその頭、一回叩いていいか?」


 バイパーが笑顔で、阿久津の頭上に掌をかざしてみせる。


「いや、やめて……。何か頭がすぽーんと吹っ飛ばされそうで怖いわ」


 阿久津はガードするかのように両手で頭を抱えて、首をすくめた。


***


 魂魄ゼリー本拠地ビル前。

 道路にはSATが詰め掛けて特殊車両が並び、ビル周辺を完全に封鎖している。

 ビルの上空ではヘリコプターが旋回している。もちろん警察のヘリだ。


 すでに何分も前にビルの内部には、薬仏警察署の署員達が突入した。

 SATの中に混じって、芦屋黒斗は魂魄ゼリーのビルを背にして、空中に無数に投影したホログラフィー・ディスプレイを見ていた。


「一応務めは果たしてくれたかな」


 ビル内部に突入した薬仏警察署署員達が送ってきた映像を見ながら、黒斗は満足げに笑う。単に突入させて戦わせるだけではなく、各自にカメラも取り付けて、ビルの中の構造や様子を見させる役目も果たさせた。


「警察署員から、一人も連絡ありません。おそらくは……全滅です」


 無線を手にしたSAT隊員が沈鬱な面持ちで報告するものの、黒斗は全く顔色を変えない。


「本当にいいのですか? このようなことをして……。まるで殺したようなものですよ?」


 隊長が震える声で黒斗を責める。現場指揮はSATの隊長ということになっているが、芦屋黒斗の指示に従うようにとの命令も、同時に受けていた。


「身内の中にいた屑を一掃できたんだ。ゴミ掃除もできたし、最後に役立たせたし、悪いことなんか何もないよ」


 隊長を見下ろし、にっこりと笑ってみせる黒斗。見た目は美女なので、隊長はいろんな意味でぞくっとしてしまう。


「勇気ある警察署員が市民を守るため、全力で立ち向かって殉職。SAT隊員は駆けつけたが間に合わなかった。こういう筋書きでいい。奴等には死と引き換えでも勿体無いくらいの名誉だ」


 嘲るでもなく、本気でそう思う黒斗である。名ばかりで何もしない警察官など、同じ警察の風上にも置けないと考えているので、薬仏警察署の署員には一切同情する気が沸かない。

 彼等が警察官としてしかるべき勤めを果たしていたなら、一体どれだけの命を救えていたか、どれだけの悲劇が起こらずに済んだか、そう考えると、黒斗は腸が煮えくり返る気分になる。殉職という名の名誉はくれてやるが、本心ではそれすら忌々しい。


「屋上のヘリポートに動きがありました」

 SAT隊員の一人が報告し、黒斗も隊長も驚いた。


「何名かが荷物を持って、ヘリに乗り込んでいるようです」

「馬鹿な……こっちがすでにヘリを出して、上空を飛んでいるというのに……」


 隊長が呻く。幹部かボスが、ヘリで脱出しようとしていると受け取った。


「囮かもしれないが、飛ぼうとしたら撃ち落とせ」


 黒斗が命じたが、その命令が実行される事は無かった。

 ビル上空を旋回していたSATのヘリが、先に撃ち落とされたのである。


 爆破音の後、ヘリが落下していく。恐らくスティンガーミサイルを食らったと思われる。


「スティンガーを警戒していなかったのか?」

 黒斗が問う。


「屋上はもちろんのこと、窓から撃たれることも警戒し、周囲のビルに狙撃班も待機させていました」

 隊長が答える。


「狙撃班から連絡です。窓にスティンガーミサイルを構えた男の姿を確認し、即座に狙撃したものの、銃弾は当たらなかったとのことです」


 隊員が報告し、黒斗と隊長が顔を見合わせる。


「当たらなかった? 外したではなく?」


 連絡に使われた言葉を聞いて、黒斗が再確認する。


「はい。外したわけではなく、当たらなかったと繰り返しています。何かに阻まれたと」


 その言葉で、何が起こったかおおよそ黒斗は察した。


「超常の力でガードされたか……」


 これは最早自分が出るしかないと、黒斗は判断する。薬仏警察署の署員はともかく、SATには必要以上の犠牲は出したくない。自分が先に出た方が、犠牲を出さずに済む。


 黒斗が背中からロケット噴射口と鋼鉄の翼を生やし、周囲をぎょっとさせる。

 次の瞬間、黒斗がロケットエンジンを噴射させて飛び上がったのを見て、SAT隊員達は驚きつつも上空を見上げ、ビル屋上へと消える黒斗を見送った。

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