第二十六章 29
昼のワイドショーでは、壺丘へのインタビューが放送されていた。
研究所のリビングルームでそれを一人で視ていた純子であるが、特に気を惹くような言動は無い。
そして相変わらず、殺人倶楽部被害者遺族への顔にモザイクがかかってインタビューも流された。こちらは途中で号泣している。
(本当にこの人、被害者遺族なのかなあ? テレビ局で用意したサクラか何かな気がする)
あまりにわざとらしいので、純子はそう疑ってしまう。
「こんな状況が続くと皆不安がるし、また殺人倶楽部の面々集めた方がいいねえ」
純子がそう呟いていると、電話がかかってきた。
『やぁやぁ、純子~。テレビ視てるぅ? 何かいろいろとんでもないことになっちゃってるよう』
電話の相手は白狐弦螺であった。
「ああ、弦螺君。丁度いい。例の件ね、できるだけ手出ししないでほしいんだけどー」
『ええ~。どうしてえ? 僕のプランにも支障出ると困るよう。今まで僕、裏方としてどんだけ頑張って、殺人倶楽部を支えてきたと思ってるのさあ』
「別に諦めて放棄しろって言ってるんじゃないよ? 殺人倶楽部の会員達で解決を図るみたいだからさあ」
『わぁい、そういうことかあ。それなら生温かく見守ってあげるるるぅ~』
強大な権力を行使して今までマスコミや警察に睨みを利かせ、殺人倶楽部を維持してきた張本人は、安心したように言うと、電話を切った。
***
翌日、以前貸切にした体育館に、再び殺人倶楽部会員達が集められた。
ざっと見渡すと、不安げな面持ちの者が多い。一方で優や竜二郎のグループは、真相を知った上で立ち向かう心構えでいるが故、他の会員とは顔つきがまるで違う。
「殺人倶楽部の活動そのものはもう終わりだよー。警察もこれ以上協力できないって言ってるしねえ。そしてこれは、君達には黙っていたけど、予定通りだったんだー。殺人倶楽部は期間限定だからこそ認可されていたの。でもねえ、君達の戦いそのものはまだ終わりじゃない。これからも続くし、続かせないといけない。そのためには、ここで引いちゃ駄目なんだ。ホルマリン漬け大統領との戦いと同じだよ。殺人倶楽部を潰そうとしている者に屈して、敗北して終わりじゃあ駄目なんだよー」
純子の突然の殺人倶楽部終結宣言に、会員達はどよめいた。
「警察が協力しなくなった時点で、もう負けているのでは?」
会員の一人が意見する。
「殺人倶楽部が終わっても、君達はまだ生きているし、今後の活動だってあるんだよ? あ、これは今喋っちゃ駄目だったんだ。まあ後のお楽しみ。それに警察の全てが裏切ったわけでもないし、今、様子見していると思うんだ」
思わせぶりな純子の台詞を聞いて、多くの会員が期待に胸を膨らませる。
「とりあえず、今回の件は優ちゃんに任せてあるんで、優ちゃん、こっちに来て喋ってー」
純子に促され、優は壇上へと上がった。
「時間が経てば経つほど、こちらが不利になっていきます」
挨拶も無しに優が本題へと入る。いつもとは違う、間延びしていない喋り方だ。
「早々に反撃に出ます。そして一気に決着をつけます。敵も汚い手を使ってきたので、こちらも遠慮無く、物凄く汚い手を使って、息の根を止めるつもりでいます。私達は――世間の目から見れば間違いなく悪でしょうけど、悪には悪の意地が有ります」
悪には悪の意地が有るという台詞は、大勢の会員の胸に響くものがあった。
「確かに私達は悪です。ただし……世間の目から、常識から、法律から見て悪なだけです。私達には、確かに殺したい理由がありました。だから殺しました。殺しを楽しむに至る動機もありました。だから殺しました。私達はここにいます。私達の気持ちは確かに存在します。殺意に至った理由は人それぞれですが、私達はそれを押し通しましたし、少なくとも私は罪悪感など微塵もありませんし、法なんかに裁かれるつもりもありません」
見るからに穏やかで優しそうな風貌の美少女が、己を悪と断じつつ、殺人の肯定をし、法を否定する演説は、シュールでありつつも、非常に強烈な印象となって、会員達の魂に焼きつく。
「私は純子さんが口にした言葉を信じます。殺人倶楽部が終わろうと、その先があることを。少なくともその先に有る人生そのものは守りたいです。例え他者の命を奪おうと、他者の人生を踏み台にして貶めようと、私達の命を守り、生き方を貫き、我も通しましょう。そして短い間でしたが、私達の夢をかなえてくれた殺人倶楽部が、誰かに穢されて終わることも、私は許せません。これは私の意地です。私達を敵と見なす者に、私達の前に立ち塞がる者に、敗北することを受け入れられません。たとえ殺人倶楽部がもうすぐ終わるとしても、きっちりと敵を退けてから終えたいです」
優がそこまで喋った所で、拍手と歓声で包まれる。
「優さん……思いの他、演説上手いですねー。やりますねー」
竜二郎も拍手しながら、隣の鋭一に話しかける。
「俺は基本的に口の達者な奴は信用しないことにしている」
「へ~、何でです?」
拍手などせず、腕組みしたポーズのまま憮然とした表情の鋭一に、竜二郎は興味深そうに尋ねる。
「お前との付き合いが長いからな」
「あ、はい」
その長い付き合いで、心当たりがわんさかある竜二郎は、その一言で済ましておいた。
「どう反撃に出るんだ?」
拍手と歓声が鳴り止んだ所で、会員の一人が優に問う。
「まず、こちらも代表者が姿も名も晒したうえで、声明を出します。もちろん、私が出るつもりです」
「いや、それは絶対反対っ!」
人目も憚らず岸夫が叫んだ。
「それなら俺がやる。絶対に優さんが出ることだけは認められない。俺が優さんの言うとおりに喋る。そういう形にさせてくれ」
一人熱くなっている岸夫に、優は少なからぬ衝撃を受ける。
「岸夫君、こんなキャラでしたっけー?」
「中学生が代表とかどうなんだ……」
「それなら優の見た目だって、とても代表者としては不適切だろう」
「いや、優は可愛いから絵になるし、味方も増えるし、優が適切だと思うわ」
竜二郎、卓磨、鋭一、冴子がそれぞれ発言する。
「これだけは絶対に譲れない。優さんは出せない。それに、代表者が狙われる可能性を考えてもさ、たとえ俺が死んだとしても、司令塔の優さんが残れば戦いは継続できるだろ?」
「わかりました」
必死に訴える岸夫に、優は作り笑いを浮かべて承諾した。大勢の前で恥ずかしいという気持ち以上に、泣きたくなるほど嬉しい気持ちがあったが、それを悟られまいとしての作り笑いだった。
優は壇上より降りて、岸夫の側へと近づいていく。
「岸夫君……」
耳元で、岸夫にだけ聞こえる声で囁く。
「殺人倶楽部は父さんの妄想。それを小説として形にしたのは犬飼さん。その小説が現実にあればいいと望んだのは私。その私の願望を実現してくれたのは純子さん。この四人以外に、殺人倶楽部の幕引きはさせたくないです。その資格は無いと考えます。穢されたくないです。たったそれだけの、私個人のつまらない意地のための戦いですが、よろしくお願いします」
「うん、わかった」
力強く頷くと、岸夫は優の肩に手を置いた。
***
さらに翌日。自宅アパートにて、壺丘はライスズメと向かい合って、今後の方針を相談していた。
「殺人倶楽部の、比較的まともそうな会員に接触を取りたい。できればこちらに引き入れたい所だ。殺人倶楽部の中にも、心が揺れ動いている者がいるはずだ。そのために彼等の身内にも出てきてもらおうかと考えている」
「なるほど、そうやって少しずつ切り崩していくわけか」
相変わらず座ろうとせず、突っ立ったまま腕組みしてむっつり顔のライスズメは、珍しく感心したような声を発する。
「決定打とは言えない地味なやり方だけどな。そしてこちらに引き入れた会員に、これまた公の場に出て、呼びかけをしてもらう、と」
「呼びかけの役目は、俺では駄目か? 少しは手伝いたいが」
「あんたはこちらの切り札みたいなものだし、できれば表舞台に出したくは無い。しかし、どうにもならなくなった時は頼むかもしれない」
「そうか。ところで、正義と真はどうした?」
「二人共、私のやり方に反感を覚えたようだ。まあ……仕方ないな」
渋面になる壺丘。その直後、呼び鈴が鳴った。
訪問者は、渋面の正義だった。
「あんたのやり方は認められない部分も多いが、それでも……一応最後までこちらにつく。一度は殺人倶楽部と戦うと決めたんだ。やり方が気に入る気に入らないで分裂とか、そういうのもどうかと思ってさ」
「まあ上がれ」
玄関で言いづらそうに話す正義に、壺丘は中へ入るよう促す。
「雪岡純子の動きが無い。それが不気味だな」
「オーナーであることを遺族の方々には話したのだろう?」
ライスズメの問いに、壺丘は頷く。
「話したがしかし、公開することはできない。しかしその存在をせめて彼等に知らしめておくことは、後々芽が出ることに繋がるかもしれない」
自分が失敗した時の保険も兼ねて、純子の名を明かした壺丘である。たとえ自分がしくじっても、誰かが自分の役割を受け継いでくれるかもしれないという、淡い希望的観測だ。
「切り崩しを行うなら、先に雪岡純子を仕留めておくのも手だ。そうすれば少なくとも、殺人倶楽部の機能の大部分は失われる」
「それが出来るのなら、それも手だな。ただ、代わりを用意される可能性も十分にある。殺人倶楽部は、国家中枢の暗部も関わっている組織であることは、間違いない。頭を取ってそれで消失する保障など無い」
「なら……行ってくる。俺が勝てる保障も無いがな。米への愛が強い者こそ強者だが、あの雪岡純子もまた、朝飯はパンより米派であるが故。しかし――彼女は玄米入りごはんだ。白米の飯をよしとせず、健康文句などを謳い、玄米を混ぜた飯という邪道に堕ちている。そこに俺の勝機がある」
「そちらに任せる。しかし玄米だって米だろうに。精米してないだけで」
「白米こそトゥルー・ジャスティス。では」
ここで切り札であるライスズメに、そのような役目を任せていいものかと、内心壺丘は迷っていたが、もし雪岡純子を始末できれば、一気に優位になるという期待の方が上回り、壺丘に行かせるという選択をしてしまった。慎重策を放棄し、賭けに出た。
「見てみろよ、これ。今夜の九時に、殺人倶楽部が声明を出すって。しかも代表者が名と顔も出して」
ライスズメが出て行ってから、ネットを開いた正義が報告する。
「雪岡純子か?」
「違う。藤岸夫って……。以前ここに来た子だ」
「一番年下のあの子が、代表者だと?」
最も目立たないあの少年が代表など、とても考えられない。傀儡となって声明文を読むだけではないかと、壺丘は勘繰った。
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