第二十五章 32

 都知事の息子が買春だか強姦をしようとして、相手の女に撲殺されるというスキャンダラスなニュースは、まず匿名掲示板やSNSで、捨てアカウントによる画像投稿という形が発端となった。

 グロテスクな死体写真があちこちに掲載された後に、警察がラブホテルへと向かい、本人の死体を確認するという形になる。


 そして報道機関も圧力がかかる前に、とっとと報道体制へと入る。表通りの政治家程度の権力では、報道への圧力など大したことはできないが、非合法な手段を使えば、全く無理というわけでもない。しかし圧力がかかる前に先に報道してしまえば、こっちのものだ。ネットで先に情報が出回っている事も、この場合マスコミにとっては追い風となる。

 しかし当然であるが、表通りの政治家等よりはるかに強大な権力が関与している殺人倶楽部に関しては、触れられない。数日前に一雑誌が思い切って掲載したものの、他の報道機関は触れようとしていない。様子見といったところだ。


 翌朝、スポーツ新聞でもニュース番組でも、俱眠評太蓮(ぐみんひょうたれん)都知事の息子が殺されたことが報道される。ラブホテルにて変死体で発見され、女子高生を買おうとしていたことも全て暴露されていた。


 そして昼間になり、俱眠評都知事が緊急会見を執り行った。生放送で、それは放映された。


『息子は殺人倶楽部の会員に殺されたのです! どこのメディアも知っているくせに報道しないが、これは殺人倶楽部会員の所業です!』


 生放送で、泣きながら絶叫する禿かけた初老の都知事。


『皆さんは、殺人倶楽部という存在を御存知でしょうか? ネットの噂で知っている方もおられると思いますが、殺人倶楽部は実在しますっ! 殺人倶楽部に入っている人間は、法を無視して殺人を行うことが許されるのです! 信じられないかもしれませんが、そういう特権を持つ者が今の日本には存在するのです! 息子はその者達に殺されたが故に、犯人は捕まる事もありません!』


「うっひゃあ……とうとう殺人倶楽部の名がテレビのニュースで流れたじゃんよ。しかも生放送で、都知事っていう立場の人の口から。これ、中々凄い事態じゃね?」


 雪岡研究所リビングで、純子と並んで座ってテレビを見ていたみどりが、少し興奮気味な口振りで言う。


「あーあ……こういうことになるから、目立つ為政者とその身内は対象外にしておいたのにねえ」


 頭の後ろで手を組み、苦笑する純子。


「ひょっとして知事が思い切ったことしたのって、馬鹿息子が買春しようとして殺された意趣返しかねえ?」

「んー、それもあるかもだけど、話題流しと支持率維持のためじゃないかなあ。子供が少女買春ていうニュースだけだと、都知事にとってのスキャンダルになるけど、殺人倶楽部の存在も暴露して戦う姿勢を示しておけば、少しは面目と支持率を保てるでしょー」

「ふえぇ~、意趣返しじゃなくて、自分のために利用ってことかァ。ま、政治屋なんてそんなもんだよね」

「一応は子の仇って面もあるんじゃない? 政治屋さんだって、皆冷血人間てわけじゃないだろうし。まあそれでもこの告発は、自分のためっていうニュアンスが強い気がするけど」

「だよねー」


 報道陣の前で身も世もなく号泣する都知事を見ても、見え透いた嘘泣きをしているとしか見えない、純子とみどりであった。


***


 壺丘三平のアパートに、また来客があった。今日訪れたのは、同志であるライスズメと鬼町正義の二人だ。さらにもう一人、訪れることになっている。


「思わぬ展開だったけど、事前に壺丘さんが雑誌で告発しておいた効果も大きいよな」


 昼間の都知事の会見を指し、正義が言う。今やネット上でも話題は都知事の涙の会見と、殺人倶楽部で一色となっている。


「運任せとはいえ、こういう幸運な連鎖作用も起こりうるからこそ、打てる手は全て打っておくものなのさ。幸運を呼びやすい下地を作っておくとでもいうか」


 特に誇るわけでもなく淡々と語る壺丘の台詞を聞き、正義は脳裏に百戦錬磨という単語がよぎった。目の前の男は相当に修羅場をくぐっているのだろうと。


「良い風が吹いているようにも思えるが、これで敵がどう動くかはわからない。しばらくなりを潜めるか、本腰を入れて抵抗してくるか。通常は前者だが、オーナーの性格を考えると、後者も有りうる」

「間違いなく後者だろう」


 壺丘の言葉に、ライスズメが腕組みしたポーズのまま言い切る。ここに来てからずっとこのポーズだ。


「雪岡純子という人物を調べた限り、そういう女だ。それに奴は米党だ。粘り強い。覚悟した方がいい」

「そうか」


 米云々はともかく、ライスズメの意見を聞き入れる壺丘。


 その時、呼び鈴が鳴る。襲撃も警戒して、ライスズメが構える。


「僕だ」

「今開ける」


 扉の向こうの声に反応し、壺丘が扉を開く。

 現れたのは、中学生くらいの小柄で凛々しい美少年だ。


「相沢真だ。一応戦闘要員として勘定している。すでに何人も殺人倶楽部会員の、特に悪辣な者達を闇に葬っているとのことだ」


 正義に向かって、壺丘が少年を紹介する。しかしすでに彼とは面識がある。研究所でライスズメと会った時に、真とも会った。


「そして雪岡純子の側近でもある。彼女のやることが気に入らないということで、こちらの陣営に加わってくれた。情報もいろいろ提供してもらっている」


 壺丘のさらなる紹介を受け、流石に正義は驚いた。そんな立場の人間が味方になってくれている事も驚きだが、それをあっさり壺丘が信用している事も驚きだ。


「今後ともよろしく」

「よろしく」


 短く挨拶を交し合う正義と真。


 それから四人は、都知事会見の件についてしばらく会話をかわしていたが、やがて先日壺丘の元に訪れた、六人の会員について触れ出した。


「私はずっと裏通りを追ってきたし、裏通りの住人とも関わりが深いし、いろんなタイプを見てきた。だからかね、裏通りの住人であろうと、こいつは背伸びしているだけで本来表通り向きとか、表通りの住人でもこいつはいずれ裏通りに堕ちそうだとか、そういうのがわかってくるようになった」


 主に真を意識して、壺丘は喋っていた。


「あの六人のうち四人は、表通りの属性だ。例え殺人倶楽部などという組織に属していてもな。しかし……あの鈴木竜二郎という子は違う。あれは完全に裏通り属性だな」

「僕もそう思う」


 真も竜二郎のことは知っている。いつも愛想がよく、年齢不相応に達観したような所があるあの少年は、どう見ても表通りには収まらないタイプと映った。


「もう一人は?」


 正義が尋ねる。卓磨ではないかと不安になった。


「暁優だろう」


 壺丘が口にする前に、先回りして真が言うと、壺丘は神妙な顔つきになって頷いた。


「私は……人を見る目には自信があるつもりだ。いろんな人間を見てきた。特に裏通りでは非常に際立った個性的な人間が多かった。そしてそんな裏通りでもごく稀に、人とは思えない、悪魔か怪物かといった手合いを見ることもある。そう、君の主の雪岡純子のような……な。あの優という子にも……同質のものを感じた。底知れぬ何かを……人の形をした人ならざる者のような、そんな印象を受けた」

「そこまで大袈裟ではないけど、僕も気になる存在と感じているよ。あんな見た目で、中々切れ者だしな」


 何故気になるのかの理由を、真は壺丘達の前では語らない。純子は明らかに優を会員として特別視している。殺人倶楽部の設立を望んだのが優であると、本人が語っていた事もあるし、それも当然と言えるが、純子とどういうやりとりを経て、そして何の目的でこんな組織を作ったのか、真が最も気になっている部分である。


***


 都知事の会見があってから四時間後。日が傾きだした午後四時半殺人倶楽部グループのいつもの面々は、高級マンションにあるアジトへと集結していた。

 都知事が殺人倶楽部の存在を生放送で暴露したことは元より、その発端が昨夜冴子のやらかしたことである事も、すでに六人の間では知られている。


「純子さんとお話して、特別措置ということで、お咎め無しにしてもらいましたぁ」

 と、優が報告する。


「お咎め有った方がいいんじゃないか?」


 皮肉る鋭一を冴子が睨む。


「気軽に物を貸し借りするのと同じに扱うな。お前は殺人中毒にでもなったのか?」


 その視線を平然と受け止め、鋭一が言い放つ。


「ちっ、はいはい、反省してまーす。二度としませーん。これでいい?」


 誠意の欠片も無い謝罪を口にし、ぷいと横を向く冴子。


「これからどうなるんだ……」

「どうなるんだろ……」


 不安そうに顔を見合わせる、卓磨と岸夫。


「どうなるかも心配ですが、私達がどうするかを考えなくてはいけませんねえ」


 優が竜二郎を見つつ言う。他のメンツは優に注視している。


「それはもちろん、しばらく様子見でしょう。今下手に動かない方がいいですよー」

「無難な判断ですねえ」


 むしろそれしかないと、竜二郎と優の言葉を聞いて思う一同であった。

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