第二十四章 23

 一夜明け、東京府北多摩郡多磨村。


 押立神社という名の小さな神社にて、朝から子供達が遊んでいる。

 人気のつかぬ神社であることをいいことに、子供達は小さな本殿の屋根の上に上って遊んでいた。


「うるさいのう……」


 と、普段誰もいない本殿の中から、声と共に何者かが現れ、本殿の屋根の上を見上げる。

 最近村を荒らして回っている、腕斬り童子達であった。神社の境内の中に潜伏していたのである。


「う、うわああっ!?」

「鬼だーっ!」


 その姿を見て、震える子供達。この辺に、鬼が出るという噂は彼等も聞き及んでいた。


「罰当たりな童よ。罰をくれてやろう」


 現れた腕斬り童子がにたりと笑い、屋根の上へと上ろうとする。


「こら、やめぬか」

 その腕斬り童子を、青葉が制した。


「まだ子供だ。見逃してやれ」

「は、はい……」


 子供を脅した腕斬り童子がかしこまる。子供達は屋根の反対側から下りて、一目散に逃げていく。


「畏れを与えただけでも収穫だが、居場所を知られたのは不味いな。ここも潮時だ。そろそろ場所を移――」


 言葉途中に、青葉は気配を感じて身構える。青葉の隣にいた腕斬り童子も、小さな神社の鳥居の前に、二人の男が現れたことに気がつく。


「いつまで寝ておる! 敵だぞ! 出会え出会え!」


 青葉のかけ声に応じ、拝殿の中から腕斬り童子達がわらわらと姿を現す。


「古風な連中だな。桃島と気が合うんじゃないか?」

「うむ」


 からかったつもりの宗佑であるが、桃島はむっつり顔で真面目に頷いた。

 青葉を含めた七人と腕斬り童子と、桃島と宗佑の二人が向かい合う。


「私は腕斬り童子が頭、青葉!」

「銀嵐館筆頭戦士! 桃島弾三!」


 互いに名乗りをあげて向かい合う二人。互いに武人肌であることを感じあい、得もいえぬ高揚感に包まれていた。


「総力戦といくか? それともサシで勝負するか?」


 不敵な笑みを浮かべ、数のうえで優がある青葉の方から、あえて一対一を提示する。


「まず一対一に興じるとしよう。宗佑、手出しせずそこで見ていろ」


 そう言って桃島が銀色の大盾を手元に呼び出す。


 青葉が桃島に突っこんでいく。桃島が盾を垂直に立てたまま、地面と平行に飛ばす。


 まさか盾が飛んでくると思わなかった青葉は、この攻撃をかわせなかった。


「ぐはあっ!」

 盾の直撃を受け、青葉が吹き飛ぶ。


「浅い」


 一言発し、桃島が盾を手元に瞬間移動させる。かわすことはできなかった青葉であるが、二本の斧と四方の腕を交差させて防御を取り、体の芯に大ダメージを受けることは何とか食い止めた。


「頭(かしら)!」

「青葉殿!」


 部下の腕斬り達が色めき立つ。


「手を出すでないぞ。久しぶりに歯応えある敵と相見えたのだ」


 口の中が切れ、貯まった青い血を吐き出しつつ、笑顔で部下達を制する青葉。それを見て、今までむっつりしていた桃島も、称賛と歓喜の意をこめ、口角をつり上げて笑った。


 青葉は――今度は一気に突っこもうとはせず、すり足で左右に展開しつつ、少しずつ様子を見ながら桃島に接近していく。桃島も盾を飛ばそうとはせず、青葉の動きに合わせて立ての方向を変える。


(殺せる。今なら……余裕だ。俺に堂々と隙を晒して戦っていやがる。馬鹿だ、こいつは)


 自分に背を向けて隙だらけの桃島を見て、宗佑は裏切ることのできる機会が到来したと、嘲笑を浮かべようとした。


「その結果がこれだ。信じて裏切られ、殺される」


 声に出して呟き、嘲笑しようとして、できなかった。顔が笑ってくれない。顔の筋肉が笑いの形を作るのを拒んでいる。


「信じれば人は裏切る。そういうもんだろ。事実、俺は何度も裏切られてきた」


 激しい金属音が鳴り響いた。青葉が横から、盾を回りこむようにして滑り込み、斧を振るったが、桃島の盾によって防がれたのだ。


(なのに……よりによって、そんな俺なんかを信じて、奴はせっかく手にした地位も全て失う。馬鹿だ。大馬鹿だ。誰を信じても裏切られて、誰も信じられなくなった俺を信じるとか……馬鹿だ。大馬鹿だ)


 桃島が宗佑に向かって告げた『信じた』という言葉が脳裏に鮮明に蘇る。


「ふんぬ!」


 かけ声と共に、桃島が盾を大きく振り回す。盾の角で打ち付けられそうになった青葉だが、後ろ斜めに大きく跳び、何とか回避する。


(裏切られる痛みは……俺が一番よく知っている。それを見抜いたうえで、俺を……? あいつにそんなこと計算できる頭があるとは思えないし、直感で見抜いたのか?)


 戦う桃島と青葉を眺めながら、その戦闘の内容には全然集中できず、別の事を考え続ける宗佑。


(さっきから俺は何を迷ってるんだ? 気持ちが分裂していやがる)


 宗佑は知っている。人の心は厄介なもので、幾つもの分裂した自分を備えている。相反する心を複数抱えている。こうしなくちゃという気持ちと、こうはしたくない気持ち。それがいつも悩ませ、苦しませる。結局どうしたいのか、本当の答えがわからない。


 なおも回り込もうとする青葉だが、巨大な盾を振り回され、後ろに跳んで回避せずにいられない。


「何とも鬱陶しい」

 攻めあぐねて、苛立ちの表情となる青葉。


「どっせーい!」


 青葉の回避直後の体勢を不十分な隙と見てとり、桃島は盾を構えたまま、雄叫びと共に青葉めがけて突進した。


「うぼあああっ!」


 今度は回避も防御もできず、まともに食らってしまった。おかしな叫び声と共に吹き飛ぶ青葉。吹き飛んだ先の狛犬に、したたかに背中を撃ちつける。


「青葉殿―っ!」

「お、おのれっ……」


 狛犬の台座にもたれかかるように倒れ、どう見ても完全に戦闘不能となった青葉を見て、腕斬り童子達が桃島に向かって斧を構える。


「お前達では俺にはかなわん。わかるはずだ」


 静かに言い放つ桃島に、腕斬り達は動揺する。確かに、本能ではわかっている。


「お前達は子供を見逃した。だから俺もお前達を見逃してやる」

「おいおい」


 妖怪達を屠ることが使命であったはずなのに、堂々と見逃す宣言をする桃島に、宗佑が苦笑いを浮かべる。


「私はお主らを追い詰めた際は、絶対に見逃さんぞ。それでもよいのか?」


 仲間に助け起こされながら、青葉が桃島を睨み、問いかける。


「おう、構わん」


 泰然として言い放つ桃島に、青葉は自然に笑みがこぼれる。楽しい遊び相手を見つけた――そんな感覚であった。


「いいのかよ……あれ」


 逃走する腕斬り童子達の背を見送りながら、宗佑が桃島に声をかける。


「成り行きとはこういうことだ」


 桃島は動じることなく、堂々と言ってのける。


「そんなんじゃ何でもかんでも成り行きで済ませられるだろうが」


 自分も成り行きで生かされているだけなのかと思い、宗佑はそれがおかしくて笑ってしまった。


***


 弦螺と志乃介の二人は、今日も朝から顔をつき合わせて、妖怪達が暴れている件について話し合っていた。


「昨夜はあちこちで殺人事件が起こったようだ。その中には人外の仕業と思しきものも大量に含まれている」

「わぁい、同時多発怪異~」

「何喜んでるんだよ。敵が本格的に動きだしたということだぞ」


 嬉しそうな声をあげる弦螺に、小さな溜息をつく志乃介。


「だから面白いんじゃない。何で喜ばないんだよう」

「ったく、人が沢山死んでるってのに……」


 真顔になって尋ねる弦螺に、大きな溜息をつく志乃介。


「桃島のおっちゃんから白狐に連絡来たよう。多磨村とかいう所に妖怪退治に行くってさ」

「朽縄にも来た。奴等、帝都とその周辺に怪異を撒き散らし、畏れを蔓延させることで、この地に邪気を呼び込むつもりだろう」


 そうすることによって、妖はその力を強めていく。しかし邪気が満ちれば、皮肉にも彼等の敵である、呪術師や一部の妖術師もその力は増す。


「今夜も同じことをするかもしれない。白狐と朽縄は言うに及ばず、東京にいる妖術師呪術師に片っ端から声をかけて、対応に当たらせよう。蜜房さんには悪いが、星炭の呪術流派にも動いてもらわないとな」

「東京は広いし、事件が起こってから駆けつけても間に合わないよう」

「ま、そうなんだけどな……。それでも何もしないよりはマシだろう」


 今夜は一つの大きなヤマになると、志乃介は予感していた。

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