第二十三章 25
カメラが回り、いよいよ裏通りの是非を賭けた公開討論が開始される。
たかが公開討論一つで世界が変わるなど、冗談のような話だが、実際にそうなる可能性が濃厚である。サラが勝てば、世論という波の力が加わり、裏通りが気に入らない連中や、その波に便乗して利を得ようとする者達が、こぞって裏通り潰しにまわるからだ。
美香が勝てば、おそらくこれまでと変わらない。裏通りを潰そうと目論んでいた勢力が、当分の間、台頭できなくなる程度の話で終わる。
「まず前もって話しておきたいことがある!」
いつも以上に気合いの漲る声で、美香から第一声を発した。
「この公開討論で私が言い負け、世間の裏通りへのイメージがさらに悪化したら、私の顔は二目と見られないように引き裂かれるという、制裁を受ける予定だ! 裏通りのお偉いさんにそう宣言された!」
この発言は、生で見ていた視聴者達を仰天させた。いや、同室にいたサラと義久とテレンスも驚かせた。
「そうなったらそうなったで仕方が無い! 幸い私はアイドルではない! 私の曲さえ楽しんでもらえればよいのだから、顔の皮をズタズタに引き裂かれる程度ならノープロブレム! もちろんそんな結末を避けたい所だな!」
不敵に笑う美香。
ネット上でも騒然となっていた。この瞬間、匿名掲示板は物凄い勢いで書き込みが埋まっていく。各SNSもサーバーが重くなって落ちかけている。
「敗れたからといって、そのような制裁を受けるとは、やはり裏通りは野蛮かつ過酷ですね。わかりきっていたことですが」
静かに述べるサラ。美香の口にしたことがハッタリなのか、真実なのかは不明だが、その辺は考えないようにしておく。
「そうとも! だから相応の覚悟か、他に行き場が無いという性質の持ち主で無い限り、裏通りなどに興味本位に堕ちない方がいい! 私はそれでもこの世界で生きるがな!」
叫びつつ、美香はカメラの方を向いてビシっと指差す。こういうジェスチャーは正直いらないと思う義久であるが、一方でこれがあるからこその美香のキャラとも感じた。
***
対話のライブ配信は当然、雪岡研究所のいつもの面々で視聴していた。
「うっひゃあ、先制攻撃が決まったってところだねえ。これはインパクトあるよォ~」
感心するみどり。当然、顔ズタズタの制裁のことを指している。
「本当に制裁なんてあるんですか? 嘘ですよね?」
「嘘だと思うけど、何にヒントを得てこんなこと口にしたかが謎だ」
累と真が言い合う。
(エボニーのあの台詞をここで持ち出して利用するとはねえ。美香ちゃん、考えたもんだよー)
この場では純子だけが真実を知っている。
「そのインパクトを自分の流れへと持っていけるかどうかだな。しかし……美香は雪岡の教えをよく守っている」
何事も流れを掴む事が大事であると、真は純子に何度も言われた。それは、美香はもちろんのこと、裏通りに堕ちる前に純子を師とした者全てが、叩き込まれているのであろう。
***
シルヴィア・丹下、エボニー、黒崎奈々の、オーマイレイプ最高幹部の三名も、同じ部屋で公開討論を視ていた。
「顔面ズタズタねえ。それ脅したの、おめーだろ」
シルヴィアが、奈々の膝の上に座ってディプレイを睨む黒猫エボニーを一瞥し、指摘する。
『あんにゃろー、にゃーをだしにしやがって、ぜったいにゆるせんにゃー』
空気を振動させて喋るエボニーの声が、明らかに怒りを帯びている。
「冗談で言ったんですよね?」
膝上のエボニーを怖そうに見下ろし、確認する奈々。
『にゃーはげきどしたにゃー。しっぱいしたら、うそからでたまことにしてやるにゃーっ』
エボニーが毛を逆立て、憤懣やるかたない声を発した。
***
「裏通りは表通りからの過度な干渉をされたくはないと思っている! 今、表通りで話題になっている状態も、望まざる有様だ! 裏は裏! 表は表! 交わる部分はできるだけ最小限に! 交わる部分は隠れてひっそり! それが両者にとって正常なバランスだ!」
「その隠れた部分で犯罪がなされ、被害にあっても助けも請えず、罪を犯した者を訴える事もできない件については、目を瞑れというのですか?」
「そんなものは表通りにもあるだろうが! 法には触れずに悪としか思えぬことを平然と行う輩が、吐き気がして掃いて捨てればいいほどいる!」
討論が開始されたが、現在二人が交わしているやり取りは、この二人が行うまでもなく、テレビ番組でもネット上でも散々やられている代物であり、特に目新しいものではない。
(美香ちゃんもサラも、その辺わかってるのかなー……。まだ様子を見合って牽制している段階だったらいいけど、このやりとりばっかり、いつまでも続くのは不味いぜ)
二人の応酬を聞きつつ、心配する義久。
「日本だけの問題ではありません。全世界に悪影響がありますよ」
義久の心配を察したかのように、ここでサラの方が仕掛けた。これまでに触れられた事のない主張だ。サラの立場ならではの主張とも言える。
「日本のやり方を模倣する国が出てくるかもしれません。ならず者達を上手いこと飼いならし、彼等を国の力とする一方で、彼等に犯罪特権を与える国が出る。それは途轍もない悪影響です。許されざることです。そうなった場合、日本に責任が無いとは言わせません」
日本が外圧に弱い国だと――日本人が他所の目をどうしょうもなく気にする国民性だと見抜いての、サラの揺さぶり。
(そういう奴も日本には多いが、そうでない奴には反感を買うだけだ。この論法は微妙だ)
義久は思う。日本人の外に弱い性質を、嫌っている日本人とて少なくないというのに、明らかに国と国民を見くびって弱い所を突くというやり方を、よりによってその国の中で、その国の言葉で行うというのは、どう考えても悪手ではないかと。
「この討論が私の勝利という結果になろうと、諸外国は裏通りの存在を外交カードとして扱い続けるだろうな! しかしいくら日本の政治屋達が腰抜けだろうと、裏通りの必要性が証明されたうえで、容易く屈するとは思えんな!」
「随分と話が飛びますね」
「話の間を省いてやった! 外交で圧力をかけたいだけというのが本音なら、それは裏通りが非とされた時にしか使えず、裏通りを非とするための材料にはならんと言っているのだが、通じないか!?」
「国連も再三警告をしているはずです。いえ、今もこれからする所です。少しテレビをつけますね」
美香の確認も待たず、サラはテレビをつける。
番組を変える事もなく、そこでは丁度ニュースが流れていた。しかも内容のテロップを見ると、『国連が裏通りを容認する日本の姿勢を批難』と出ている。
『国連事務総長チンピラーノ・イー・ガカリ氏は、日本の裏通りを模倣し、国が地下犯罪集団を取り入れるようなことがあってはならないとし、日本の今の在り方を強く批判しています』
「うまく時間を合わせたものだ! 大した根回しと言える!」
国連に根回ししていた事は、美香も知らなかった。あまりにもタイミングがうまく合っているし、出来すぎている。おそらくテレビ局の番組スタッフにも根回しは済んでいるのであろうと見る。美香が依頼したオーマイレイプは、サラの周囲の動きをチェックしていたが、ここまでは把握できなかったようだ。
「その程度の小賢しい手でひるむと思ったか!? 貴女が相手をしているのは、腰砕けな政治屋ではないぞ! 月那美香だ! 無能の代名詞の国連が喚いたからどうだというんだ!?」
余裕綽々といった表情で嗤う美香。
「しかし貴女が言うように、貴女は気にしなくても、政治家は国連を無視できないでしょう?」
「いくら日本の政治屋が無能の腰砕けであろうと、国民が真実を知ってはねのける姿勢を見せれば、票取り風見鶏の政治屋共がそれを無視することはできん! 大体知らんのか!? 国連など、国の内情をろくに調べもせず、外側を見ていちゃもんをつけるだけの、不誠実な鬱陶しい組織というのが、最近の日本人の認識だ! 政治屋共が如何に愚かでも、それくらいは理解しているだろう! もし理解できないようなら、奴等が理解するようにしなくてはならないな! ここでは言えない方法で!」
(おいおい、そんなこと言っちゃっていいのか? 裏通りのダーティーなイメージが加速するし、政治家連中だって黙っていないだろうに)
ドン引きし、突っ込みたい衝動に駆られる義久。
「高田さん! これからは撮影する一方で、リアルタイムのニュースもチェックを逐一頼む!」
不意に義久の方に振り返り、美香が要請する。
「何かを仕掛けてくる可能性は濃厚! そうしたらこの場で報告してくれ! いや、ボリュームを上げて流してくれ!」
「それは僕が担当しますヨ。撮影しながらでは義久さんも大変でしょう」
「サンクス! 頼む!」
テレンスが申し出て、美香が笑顔で礼を述べた。
(俺は中立の立場なのに、そんなこと頼んでくるのはどうかと……。そしてどっちかっつーと、美香ちゃんの敵側の立場であるテレンスが応じちゃってるし。俺からすると美香ちゃんの言い分の方に異論有りまくりだし。もうこれ、いろいろとわけわかんねえ。でも……)
美香の脅迫めいた言動だけをとっても、この場で美香にしかできない発言であることは間違いないし、今後の状況に応じて、プラスにもマイナスにも作用すると、義久は見なした。
***
「たかが十六歳の小娘が裏通りの代表を背負い、思い通りにならない行動を取った場合を想定して、政治家の暗殺を示唆。随分とリアリティーの無い話だが、脅された者達にしてみれば、無視のできない話だな」
執務室で討論を見ながら、ヴァンダムは薄ら笑いを浮かべる。美香が、自分が負けても裏通りを破壊はさせないという、保険のための脅迫を行ったのは、中々愉快に感じられた。
「それができないわけではないからな。テロと暗殺。この二つを防ぐのは至難だ。特に後者は、人前に姿を晒す政治家にとってはキツかろう」
「ああ、政治屋ではないが、私も十分身に染みてわかっているよ」
私見を述べるロッドに、ヴァンダムは苦笑気味に言う。
「双方、政治屋を引き合いに出したけどさあ、現段階で政治の決定どうこうはナンセンスじゃない? どーせ国民の世論に合わせるわけだもん」
「ああ」
キャサリンの言葉に、ヴァンダムはもっともだとして頷く。
「もし裏通り否定に傾けば、この国の政府は本気で裏通りの破壊に踏み切るか? 恩恵もあるからこそ、安全弁も働いているからこそ、これまでその存在を確保していたというのに」
ロッドが問う。
「裏通りはこの国に多大な恩恵をもたらし、安全を確保しているものだ。しかし仮に国民が安っぽい正義感に流されて、それを自ら捨てたがっているのであれば、民主主義という愚劣な政治体制によって選ばれる政治屋達は、喜んで国益を捨てて、それに従うであろうさ。国民もそれで御満悦だ。民主主義の信奉者達は、無意識のうちに自らの首を絞めて喜ぶ、気色悪い変態プレイが大好きなのだから」
世論如きで国政を変えてはならないというのがヴァンダムの考えだが、実際に世論が高まれば、政治家はあっさりと従うケースが多いのもまた、事実である。民主主義政治は国民の自己満足でしかないというのがヴァンダムの持論であったが、この公開討論の結果次第で、それが最悪に滑稽な形で現出する可能性もあると見る。
(やはり羊は羊飼いの元で飼いならされるのが一番だ。羊の声など理解しない方がいい。メエメエと可愛く鳴いている。そう認識しているのが一番だ)
改めてヴァンダムはそう認識するに至った。
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