第二十三章 19
サラのインタビューを載せ、美香とサラの公開討論告知を行った翌日のこと。
義久はテレンスと共に、夜叉踊り神社の敷地内にある暗黒魔神龍庵という名の和風喫茶で昼食をとっていた。
最近この暗黒魔神龍庵という店は、喫茶店より食堂としての特色が強くなり、茶よりも食事目当てで通う客の方が増えていた。義久もその一人だ。
「黒縄地獄焼き肉定食でー」
「メニューの名前がいろいろすごいです。漢字多いですが、わかる分だけでも凄いです」
「あ、じゃあ俺が決めてやるよ。こちらは魔界スーパーノヴァオムライスで」
メニューを見て引いているテレンスの注文を、義久が勝手に決定する。
「オムライスは流石にわかりますが、どんなオムライスなんでしょうネ」
「中に肉と肉汁たっぷりのオムライスだけど、平気だよな?」
「鯨やイルカの肉以外ならオッケイですヨ。メニュー見ると、モビーディックの竜田揚げとか書いてありますし……」
「あ、大丈夫ですよ。魔界スーパーノヴァオムライスの中に入っている肉は、暗黒魔神龍の肉ですから」
心配げな顔のテレンスに、やってきた着物姿の店員が言った。
「えーっと……そもそも暗黒魔神龍の肉って何ですか?」
「その名の通り暗黒魔神龍の肉ですよ? うちの店員がわざわざ魔界まで行って狩ってきています」
テレンスの問いに、店員が笑顔で答える。
「モビーディックの竜田揚げってことは、やはり鯨の肉ですか?」
「はい。でもこの世界の鯨ではなくて、うちの店員が異世界転移して俺TUEEEして狩ってきた白鯨の肉ですから、お気になさらず。まだ何か御質問ありますか?」
「いえ……もういいです」
淀みなく答える店員に、あまり深く考えない方がいいと判断し、テレンスは質問をやめた。
「いい感じに盛り上ってくれてるな」
ホログラフィー・ディスプレイを投影し、義久はにやにやと笑う。同様にテレンスも顔の前に画面を出す。
「裏通りの反応、わりと過激ですね。裏通りが消失したり、今の生活や商売に支障が出たりするようなら、堅気の迷惑なんか考えず好き勝手やってやるとか、そんなのが多いです」
「公の場でそういう書き込みすると、ルシフェリン・ダスト側の思う壺なのにな」
裏通りの住人の、すぐに暴力や恫喝といった手段に走りがちな性質には、義久はうんざりさせられる。そういう暴力的な性質だからこそ、裏通りの住人になったのはわかるが。
「テロリストの長が言っても説得力ありませんが、一般人を傷つけるのは感心できません」
海チワワ自体が、かなり無差別に一般人を殺傷している組織でもある。そのボスがこんなこと台詞を吐くのは、確かにおかしいと義久は思う。いや、そもそもこの好青年があの悪名高いテロ組織のボスをしている事が、理解しがたい。
「しかし盛り上げることそのものには成功したぞ。テレンスにデザインしてもらったおかげだよ」
「複雑な気分です。自分が手がけたサイトを大勢の人間が見て、多少なりと影響を与えているなんて」
褒める義久に、微妙な表情で語るテレンス。
食事を終え、二人が店の外に出ると、一人の小柄な老婆が二人の前に立ち塞がっていた。
(あれ……この人って)
義久は少なからず驚いた。その道では結構な有名人だ。
「この人、上野原梅子さんでは?」
「ああ、違いない」
テレンスが義久に耳元で囁き、義久は頷く。
上野原梅子は、評論家の上野原上乃助の祖母にあたり、世界中でその名を知られている高名な武術家である。それが明らかに義久とテレンスを意識して二人の前に立ち、じっとこちらを見つめている。
「有名な動画見た?」
「調子こいた全身タトゥーのマッチョ新兵が、梅子さんにボコボコにされて、失禁しながら泣いて許しを請う動画ですネ。もちろん見たことあります」
「つーか、もしかして俺に用があるのかな?」
目の前でじっと佇んだまま動かず、話しかけてくるでもなくじーっと見てきている梅子に、義久はふと思い至った。孫にインタビューした件もあるし、全くの無関係というわけでもない。
「その通り。うちの孫に悪さする悪い虫を退治しにきたのよ」
義久の呟きがしっかりと耳に入っていたようで、よく通る声で梅子が告げる。
「えええっ? 俺が何したっての? 上野原上乃助さんに取材しただけだし」
「とぼけるんじゃないよ。あんたが裏通りの中枢の傀儡として動いているのは、私もちゃんと調べて把握棲みよ。大月君を殺したのもあんただろう。あんな馬鹿でも可愛い孫よ。うちの孫に手を出す前に、仕留めさせてもらうよ」
まくしたてるなり、半身に身構える梅子を見て、この婆ボケてるんじゃないかと思う義久であった。
「いや、俺違うから……。俺はただインタビューしてまわっているだけだし。あんたの孫の命なんていらないし」
「まだとぼける気? こっちはルシフェリン・ダストにも足を運んで、ちゃんと向こうの人からも聞いたのよ」
「お婆ちゃん、騙されてますよ。つーか片側の言うことだけ聞いて真に受けるとか……」
「年寄りだと思って馬鹿にするんじゃないよ。裏通りなんかの言うことと、裏通りと命がけで戦おうという組織の言うこと、どっちが信じられるかなんて、歴然としすぎてるわ」
こりゃ説得は駄目だと、義久は諦めてうなだれた。
義久の前に、テレンスが静かに進み出る。
「ふふふ、この坊や、少しはできそうね。しかも……動きからして、戦場経験も豊富なようだ」
テレンスを見上げて、梅子は不敵に笑う。数多の兵士を鍛え上げ、自らも戦場経験がある梅子は一目で看破した。
「はい。戦場育ちですから。上野原さんはデビル・グランマザーとか、そんなニックネームで呼ばれてましたネ。僕が軍隊生活していた時も、その名は何度も耳にしましたヨ」
梅子に向かってにっこりと笑いかけるテレンス。
「得物は使わなくていいの? 遠慮しなくてもいいのよ? 婆相手だとやりにくい? そんな甘ちゃんじゃ私には勝てないよ?」
テレンスが徒手空拳で得物を抜こうという気配が無いのを見て、梅子が煽る。
「銃は街中では迷惑ですし、使わなくて済むならそれに越したことはありませんヨ。それにお婆ちゃんも素手なのに、僕が武器使うなんて卑怯ですネ」
「どうやら本気で甘ちゃんのようね。否、未熟。私が素手と見せかけて、得物を隠している可能性は考えないの?」
「それならそれですぐに対処しますからノープロ……」
喋っている途中に、突然テレンスの方から仕掛けた。
「ブレムです」
梅子めがけて一気に飛び込んで、低位置にある顎めがけて容赦なく膝蹴りを見舞ったテレンスであったが、梅子は斜め前方に滑り込むように動き、あっさりと奇襲をかわしていた。
横に回った梅子が拳を突き出すが、テレンスは梅子の回避後の動きも読んでいたかのように、梅子のテンプルめがけて裏拳を繰りだす。
梅子の拳がテレンスの脇に食い込んだ一方、テレンスの裏拳は空を切った。
テレンスは顔をしかめながら体を梅子の方に向きなおしつつ、軽くバックステップして距離を取ろうとする。しかし当然梅子も、その分距離を詰める。
(肋骨いきましたね)
確かな折れる感触を覚えるテレンス。しかし痛みにへこたれているわけにはいかない。相手は素手の老婆だが、気を抜けばすぐに殺される。殺しにきている。
距離を詰めてきた梅子の足を狙って、テレンスは軽くローキックを放つ。梅子は即座に足を後方に下げてかわす。
さらにテレンスが左ジャブの構えを見せ、梅子が自分の左ジャブを警戒した瞬間を見計らい、右手の袖口からポケットピストルを手の中へと滑らせ、至近距離から二発撃った。
テレンスの言葉など最初から信じていなかった梅子は、二重の意味での騙ましうちであるこの銃撃に、驚くこともなくあっさりとかわす。しかし回避行動が大きくなった分、テレンスと距離が開く。
(オウ、これもかわしましたか。素晴らしい)
驚愕し、同時に喜悦を覚えるテレンス。ここまでの強敵と合間見えるのは久しぶりだ。楽しくなってきて、テレンスは自然と笑ってしまう。
そのテレンスの笑顔を見て、義久は奇妙な感覚を覚える。自分と朗らかな笑顔で会話するこの人懐っこい青年は、命がけで戦っている際にも、全く同じ笑顔だった。
戦場で育ったと聞いたが、その戦場とやらでもこんな風に楽しそうに戦っていたのだろうかなどと、いろいろ想像してしまう。戦場も日常も、まるで変化せず己のペースを保てるのかと。
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